44 公爵家から消えた娘
ドキドキしながらヨハンさんの話を待つ。
なんだか時間がとてもゆっくり流れているような錯覚を覚えた。
「……我がキンドリー家には、当主であるサイファ様のご子息とご息女が三名いらっしゃいます。一人はそこにおられるご長男、セルジュ様」
「そうはいっても、私は父とは血の繋がりはないがな」
「えっ、どういうことですか?」
ヨハンさんの言葉を引き継ぐようにセルジュが言ったことが気になって質問すると、セルジュは一つ頷いて説明してくれた。
「私はキンドリー家の後妻の連れ子だ。実の父は幼い頃に亡くなっている。その後、同じようにパートナーを亡くしたキンドリー公に母が嫁ぐこととなったのだ」
なんでも、貴族家では若い内に相手がいないといろいろと不都合も多いらしく、政略的に縁を結ばされることもよくあるのだとか。
そんな中、キンドリー公爵とセルジュのお母様は相性がよかったようで、今は仲睦まじく過ごしているんだって。よかった、ドロドロした関係じゃなくて。
それで、セルジュのお母さまとキンドリー公爵の間に二人のお子様がいるらしい。
長女で十六歳のアデライード様と、次男で十四歳のシュトルツ様。この次男がキンドリー家を継ぐことになっているんだって。
「いくら長男といえど、私にキンドリー家の血は流れていないからな。私から自分はふさわしくないと断って次男に」
「そうだったんですね……」
でも、セルジュだったらキンドリー家当主としても務まりそうだけどな……と、事情も知らない私が言ったって仕方ないか。
私だけじゃなくて、本人にその気がないというのなら、きっと誰が何を言ってもダメだよね。
そう思っていると、トウルさんが小声で耳打ちしてきた。
「キンドリー家としてはどこか頼りない次男のシュトルツより、セルジュに継いでもらいたいと思っているやつが多いんだがな」
あ、やっぱりそんな感じなんだ? 複雑な家庭事情だ……!
だからセルジュはずっとクランに所属しているんだって。なるほど、ここはセルジュの居場所でもあるんだね。
「しかし、キンドリー家には実はもう一人お子様がいらっしゃるのです」
「え?」
ここで、場の雰囲気が一変したのを肌で感じた。
見ればトウルさんもセルジュもどこか複雑な表情を浮かべている。
たぶん、この先の話が私にとって重要になってくる。そんな気がした。
「サイファ様の最初の奥方でいらっしゃる、マリエル様のご息女です。ミュリエッタ様、と名付けられるはずでした。彼女こそ、サイファ様の初めてのお子様でした」
本当は四人いた、ってことか……。
どくんどくんと心臓が早鐘を打つ。この先の話を、私は聞いたことがあった。
「ですがマリエル様のご息女、ミュリエッタ様は……生まれたばかりの頃、急に消えてしまわれました。異世界から召喚されたという聖女の代わりに、その異世界に飛ばされてしまったと神官から説明されたのです」
「異世界……」
「とても納得出来る話ではありません。でも、いなくなってしまわれた事実だけが残りました。せっかく考えていらっしゃったミュリエッタ様というお名前を、一度も呼ぶことなく。なんという悲劇でございましょう」
この世界に来る時に、神様から言われた話と同じだ。
『あなたはね、呼ばれた聖女のかわりに地球へと転移させられた、私の世界で生まれた赤ん坊だったんだ』
いつかは向き合う時が来るとは思ってた。
でも、心構えなんてまだ出来てないよ。
……ううん、今が考える時なのかもしれない。自然な流れで知った時に考えようって思っていたじゃない。
ただ、こんなに早いとは思っていなかったというのと……まさか貴族だったとは思わないじゃない?
「我々は長く苦しみ、見つかるはずもないミュリエッタ様を探し続けました。わかるのは艶やかな黒髪と、深い青の瞳だけ。ご年齢は異世界の移動で変動があるかもしれないとあまり参考にはされませんでした」
ああ、混乱する。
ヨハンさんが、そしてキンドリー家が探している人物が私であることは間違いないと思う。でも。
「そして今日。私はルリさんを……いえ、ルリ様を見つけました。こんなにもミュリエッタ様である可能性が高い女性と出会ったのは初めてでございます。ですからどうか……どうか、我が主人との血縁関係を調べることをお許し願えないでしょうか」
ヨハンさんが深々と頭を下げるのを見て、言葉につまってしまう。
でも、だって。今更、本当の両親に会ったとして……私はどんな顔をすればいいんだろう。
一緒に住もうと言われたらそうしなきゃいけないのかな? やっと今の生活に慣れてきたのに?
ミュリエッタ……それが、本当の私の名前。
でも、違和感しかないよ。ずっと私はルリだったんだから。
ああ、頭が混乱する。実感なんて何もない。間違いないことはわかるし、気持ちはわかるけど……。
私は、どうしたらいいの?
戸惑い、困惑したまま何も言えないでいると、両肩にそっと手を置かれた感触があった。
あったかい……思わず振り返ると、トウルさんとセルジュがそれぞれ手を置いてくれていたみたいだった。
二人は優しい眼差しで私を見た後、ヨハンさんに視線を向けて口を開いた。
「ヨハン、急な話でルリも混乱している。今日のところは一度帰ってくれ」
「セルジュ様、ですが……っ」
「まさか、こんなに不安そうな顔をしたレディーを無理やり屋敷に連れて行くつもりか? あ?」
トウルさんの凄みにほんの少し冷や汗が……!
おそるおそる再び顔を正面に向けると、ヨハンさんははっとしたような様子で肩の力を抜いたのがわかった。
「そう、ですね。気が急いてしまいました。申し訳ありません、ルリ様」
「い、いえ、その。私のほうこそ……」
「いいえ、全面的に私に非があります。ですがどうか、前向きに検討いただけませんか? 今もずっと、ご息女を探し続けるサイファ様の心を、私はどうしてもお救いしたいのです」
ヨハンさんの真っ直ぐな瞳が私に突き刺さる。
気持ちは十分伝わった。力になってあげたいとも思う。だけど……。
「……わかりました。ですが、もう少し考えを整理する時間をください」
「もちろんでございます! ああ、ありがとうございます」
ヨハンさんが何度もお礼を言うので、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。




