23 神様にお礼を言いに行きます
この世界やクランでの生活にも慣れたある日のこと。私はふと思い出した。
そういえば、まだ教会に行ってないなって。
神様にはミルメちゃんを与えてもらって、いろいろと助けてもらったというのに一度もお礼を言いに行ってないというのはものすごく薄情なのでは……?
これはいけない。絶対にダメ。
急に焦ってしまった私は研究室の片づけを後回しにさせてもらい、慌てて出かける準備をした。
出かける準備といっても、持ち物があるわけではない。
道案内を頼める人探しである。
セレは賢いから頼めばきっと連れて行ってもらえるとは思うんだけど、さすがに中までは入れないだろうから……たしか動物の立ち入りは禁止だって聞いた覚えがあるし。
教会に入るのになんか、こう……作法とかあったら詰む……!!
神聖な場所ってそれだけで緊張するから、せめて初めて行く時は誰かと一緒がいい。
とはいえ、急に頼んでついてきてもらえる人がいるかな? あ、ちなみにギャスパーさんには最後まで聞く前に断られました。わかってた。研究に没頭していたもんね……。くすん。
「あ、セルジュ!」
「ん? ああ、ルリか」
屋敷の広間まで来ると、ちょうどどこかに出かける様子のセルジュを発見したので思わず声をかけた。
んー、これから出かけるみたいだから断られるかもしれないけど……一応聞いてみよう!
「お出かけですか?」
「ああ。仕事探しにな」
仕事探し……あ、ギルドに行くのかな?
この世界には各町にお仕事斡旋所みたいなのがあって、その場所のことをギルドって呼んでいるみたいなんだよね。
誰でも仕事を引き受けられるけど、その人に頼むかどうかは依頼人が決めるのだそう。
依頼人が仕事の依頼をギルドに持ち込み、仕事を探しに来た人に合わせて職員が紹介する。
だから仕事内容は本当に多種多様なのだとか。雑用などの簡単な仕事なら誰が受けても断られることはほとんどないんだって。
逆に専門的なことや魔物の討伐や素材採集なんかは、実績のある人や専門家じゃないとダメだとか。まぁ、当たり前だよね。
そんな中、セルジュは元王城勤務の騎士という肩書があるから、護衛任務や討伐依頼などを紹介されることが多いそう。むしろ指名されることもあるとか。
確かに、セルジュはクランにいる時間が少ないかも。今日ここで会ったのもすごい偶然だ。
うーん、常に仕事をしている印象があるけど、ちゃんと休んでいるのかなぁ。
「ルリも出かけるのか。……一人で?」
キュッと眉間にしわを寄せて聞かれてしまい、私は苦笑しながら答える。
「実は教会に行きたくて。でも初めて行くので誰かに案内してもらえたらと思っていたんですけど……」
「教会か。それなら私が一緒に行ってやる」
「え、いいんですか?」
聞く前から申し出てくれた。それはとてもありがたいけど、これから仕事を探しに行く予定だったのでは。
「ああ。別に仕事はいつでも受けに行けるからな。やることがないから行こうと思っていただけで、今日行かねばならないわけでもない」
「え、やることがないからって……セルジュ、休みの日ってないんですか?」
もしかして、暇さえできたら仕事を入れてるってこと!? そんな口ぶりだよね、今の!
「休日? ……そうだな、時間が空いたらすぐに仕事を入れているな」
「だめですよ!!」
やっぱり休む暇もなく働いてるこの人ぉ! 思わず叫んじゃったよ。
セルジュは片眉を上げて少し驚いたように私を見下ろした。
「体力に自信があるかもしれませんし、それで平気なのも見ていてわかります。でも、でも、お休みの日は作るべきですよ!!」
「な、なぜそこまで」
動いてないと落ち着かないって人っているよね、たぶんセルジュはそのタイプだ。
でも見てるこっちは心配で仕方ないよ。お節介? そうです、お節介です!
しかもセルジュの場合、暇な時間は趣味に費やすわけでもなくすべてを仕事にしてるってことでしょ?
や、病まない? 大丈夫なの? って余計に心配になっちゃうよ。
「自分は平気なつもりでも、疲労は少しずつ蓄積されるんですよ。体だけでなく、心にも。せめて気晴らしになるような趣味なんかがあればいいんですけど」
「趣味か。剣を振ることだな」
「それ、やってることは仕事とあまり変わらなくないですか?」
「筋トレや走り込みも好きだぞ。体づくりは仕事とは別だ」
動いてないと死んじゃうの……? 脳筋っていうんだよね、こういう人。
はっ! もしや、休ませるほうがこの人にとって苦痛だったりするのだろうか。そうなると、余計な口出しだったかも。なんだか申し訳なくなってきた……!
でもセルジュは真剣に悩んでくれている。ま、真面目でいい人っ。
「なんというか、ゆったりする時間はないんですか? その、ずっと動き回っているみたいなので、心配になっちゃって。うぅ、ごめんなさい。余計な口出しだとは思うんですけど」
「そんな風に心配されたのは初めてだな。ふむ……」
きっと鬱陶しがられている、と思いきや、セルジュはフッと笑った。
え、笑った? なんで?
「ならば、今日は休日としよう。ルリ、私にゆったり過ごすということを教えてくれないか?」
「えっ」
「もちろん、教会に行った後で構わない」
意外な方向に話が進んだ。いいのかな? ひょっとすると呆れられてたり?
「ルリが言ったのだろう? ゆったりする時間が必要だと。だが私にはどう過ごすのがゆったりなのかわからない。先生が必要だ」
「先生って……ふふっ、セルジュは真面目ですね」
なんだか肩の力が抜けちゃったな。セルジュの優しさに救われたって感じ。
よし。それなら今は、せっかくなのでその申し出を喜んで引き受けさせていただきますっ!
「わかりました! では今日は私がセルジュにゆったり過ごす休日を教えます!」
「よろしく頼む。ではまず教会に向かおうか」
「はい! こちらこそよろしくお願いします」
セルジュはわずかに目元を和らげると、先に進んで玄関のドアを開けてくれた。紳士!
よーし、まずは神様にお礼を言わなくちゃね!
◇
教会は住宅街から少し離れた人気のない場所にひっそりと建っていた。とは言っても寂れているというわけではない。むしろ神聖な雰囲気すぎて近寄りがたいって感じだね。
まったく人がいないわけではないし、教会周りも掃除が行き届いていてとても綺麗な場所だ。
住宅街や商店街が賑やかだったからこそ、静かに感じるのかも。それと教会から漂う厳かな雰囲気が、ここで騒いではいけないという気にさせる。
うん、この場所、好きかも。ほどよく緊張感があって、そこがまたいい。
「礼拝は朝や昼過ぎに最も人が多くなる。今はその間くらいの時間だからあまり人がいないな」
「夕方や夜はいないんですか?」
「夕方はみなが忙しくなる時間だからな。夜は閉じている」
それもそうか。日本で過ごしていた時の感覚だったよ。この世界では夜に開いている店は居酒屋くらいだ。
「誰でも気軽に祈ることができる。私は離れた場所で待機しているから、好きなだけ祈ってくるといい」
「わかりました!」
もっといろんな決まりがあるのかと思っていたけど、祈るだけなら散歩の途中に立ち寄る気軽さでできるみたいでちょっとホッとしたよ。
神官に祈祷してもらうとか、特別な時はいろいろと手続きも必要みたいだけどね。神社に近い感覚だ。
日中は開け放してある大きな両開きのドアを通ると、ひんやりとした空気を肌に感じた。
室内が石造りだから涼しいのかな? でもそれだけじゃないっていうか、神聖な空気みたいなものを感じる。気のせいかもしれないけど。
中に入って数メートルほど先にまた大きなドアがあって、ここも開け放たれていた。
ドアの先、突き当たりには祭壇があって、上のほうにある窓から差し込む光がなんだか神々しい。
通路があって両サイドには長椅子が何列も設置してあり、そこで座って祈る人の姿もちらほら見かけた。
祭壇の前に膝をついて祈る人も多いそうなので、私もそうさせてもらう。
セルジュが真ん中あたりの長椅子に座ったので、そこからは一人で進んだ。なんだかちょっぴり緊張する。
目の前までくると、祭壇の荘厳さに目を奪われた。思わず口を開けたまま見上げてしまうくらい。
ここなら本当に神様に声が届く気がする。私は早速その場に両膝をついて、両手を組んで目を閉じた。
神様、私をこの世界に転生させてくれた神様。
最初は緊張したけれど、いい人たちに出会えて楽しく過ごさせてもらっています。
まだ私の出身地が本当はこの世界だったという実感はない、かな。うっかり日本での常識を基準に考えてしまうことも多いですし。
でも、与えてくれた見る目のおかげでなんとかやっていけそうです。
これからはお世話になっている人たちに少しでも恩返しができるよう、がんばっていこうと思います!
それから私はこの世界で起きたあれこれを神様に報告していった。くだらなくて、面白みもないただの報告みたいになっちゃったけど、なんだか聞いてほしくて。
セルジュも待たせていることだし、そろそろ行こうかなと目を開けかけた時、ふっと何か温かな何かに全身が包まれたような感覚を覚えた。
『楽しく過ごせているみたいで安心したよ』
「え?」
驚いて目を開けると、香苗の姿が目の前に。
えっ、あれっ!? 見れば周囲も教会ではなく、真っ白な空間になっている。転生する時にいたあの場所みたいだ。
『でもまだ私の姿は日本にいた時の親友に見えるんだね』
「え? あ、はい……」
『報告ありがとう。楽しかったよ。また来てね』
「わ、わかりました! あの、本当にありがとうございます、神様!」
フッと白い世界に霧がかかり、それが晴れていくように見えていた景色が消えていく。
同時に消えていく香苗の姿をした神様が、嬉しそうに微笑んだように見えた。
気づくと私は教会の祭壇前に戻っていた。周囲を見回しても特に変化は見られない。
私の意識だけが、あの白い世界に飛んでいたのかな?
まだどこか夢見心地だったからか、立ち上がった時によろけてしまう。危ない、危ない。
「ルリ、大丈夫か」
それをセルジュに見られていたみたい。慌てたように駆けつけてくれた。あ、ありがたいけど恥ずかしい。
「大丈夫! ごめんなさい、お待たせしましたよね」
「いや。だが、ずいぶん熱心に祈っていたようだな」
やっぱりそれなりに時間はかけていたのかも。
熱心に……。うん、そうだね。
「はい。神様にたくさん聞いてほしいことがありましたから」
私が笑顔で答えると、セルジュもそうか、と優しく微笑んでくれた。




