20 とっても頼もしい用心棒
かわいくてかっこいいセレのお世話係になったのはいいんだけど、具体的にどんなことをすればいいのかわからない。
ということで、これまでセレのお世話係をしてくれていたラスロさんから引き継ぎをしてもらうため、今日は朝からいろいろと教わることになりました!
そして今、私は屋敷の裏にある庭で虎型になっているセレと並び、ラスロさんの前に立っている。
とはいえ、あのラスロさんからの指導。
必要最低限のことしか言わない雰囲気があり、人と話すのが苦手オーラを放つあの人からちゃんと話を聞けるのか不安だった。とても。
「セレはこちらの言っていることを理解している。頭がいいから特別何かする必要はないが、定期的なブラッシングと飲み水の準備はしてやってくれ」
なんて、失礼なことを考えていたのだけれど。
意外や意外、ラスロさんはとても丁寧にいろんなことを教えてくれた。
きっとあれだよ。雑談はしないタイプだね。
仕事はすごくできるけど、プライベートなことは持ち込まない、みたいな!
できればラスロさんとも少しくらい仲良くなりたいし、いろんな話ができたらな、とは思うんだけど。
ま、まぁそれは追々ということで。とりあえずは仕事のことを聞けそうでひと安心。少しずつ雑談を引き出せたらいいな。
「ブラッシングと飲み水ですね。あれ、エサはどうしたらいいんですか?」
「ほしがったらあげればいい。用意していなくても勝手に狩りに行って帰ってくる」
「そ、そうなんですね」
ワイルド……! 猫と同じように自由気ままに過ごしているセレは、こちらが何かしなければいけないということはあまりないのだそう。
もしかすると、やることがほとんどないからこそラスロさんはこの仕事を引き受けたって可能性がありそう。
いや、別にラスロさんが怠け者ってわけじゃなくて、その、必要のない無駄な仕事はしたくない、みたいな雰囲気があるから……偏見だけど!
「じゃあ、食べさせたらいけないものとか、気をつけることはありますか?」
「ない。さっきも行ったけど頭がいいから。食べられないものは自分で判断するし、トウルが厳しく躾けたから無暗に人も襲わない」
「セレ、すごい」
「ぐるるぅ♪」
本当に賢いんだなぁ。こちらの言葉を理解しているんだもんね。私もセレの言葉がわかればいいのに。
それにしても、本当にあまり仕事がないね。ブラッシングなんてむしろこっちのご褒美タイムみたいなところあるし。飲み水の用意なんてそんなに大変なことでもないし。こまめに変えてあげようっと。
「あ、でも」
結局、私の仕事なんてあまりないなぁ、なんて思っていたら、ラスロさんが思い出したように声を上げる。
「あんたは気に入られているから、人に襲われないように気をつけたほうがいい」
私が気に入られているから?
人に襲われないように?
……どういうこと? あ、もしかして、セレみたいな魔獣は悪い人たちに狙われたりするのかも。
お世話係になった以上、セレと一緒にいることが増えるだろうし、でも私に戦う力はない。むむ、守り切れない自信しかない。
「セレは賢い魔獣だから誰かに狙われる可能性がありますもんね……き、気を付けます」
「違う」
「あれぇ?」
けれど、私の言葉をラスロさんは即座に否定した。じゃ、じゃあどういうこと?
「あんたが人に襲われないように気をつけろ。あんたを守ろうとして、セレが襲ってきたヤツを殺しかねないから」
「ひぇ、え、私?」
つまり、私がセレに気に入られているから、私を襲おうとしてきた人を過剰に攻撃してしまうかもってこと……?
怖がるべきところなのだろうけど、セレってそんなに強いんだ? 虎の姿だと見た目からして強そうだとは思っていたけど。
すごい、頼もしいんだね。でもほどほどにしてね。
セレのことを撫でながらそう言うと、ごろごろと喉を鳴らしながらすり寄ってきた。かわいい。
「私が誰かに狙われることなんてないと思いますけど……あ、それともクランに所属していると、そういうことが多かったりするのでしょうか」
見た目で誤解されやすい人が多いもんね、このクラン。知らぬ間に恨みを買ってる、なんてことがあったりするのかも。
みんないい人なのになんというか理不尽だよねぇ。町に住む人は多いから、全員に理解されるっていうのは難しいだろうけど……少しでも多くの人に、彼らがいい人だって知ってもらいたいなぁ。
……あれ? ラスロさんがどことなく微妙な顔をしている、気がする。
三白眼だからか眉間にシワが寄っていると睨まれているような錯覚をしてしまうけど。え、違うよね? 私、睨まれてないよね?
「たしかにうちのメンバーってだけで絡まれることも多いが」
「やっぱり。気をつけますね!」
「……まぁ、気をつけるんならそれでいい」
なんとなく諦められた雰囲気を感じたけど……ラスロさんはいまいちつかみどころがないので私もあまり気にしないようにしよう。なにはともあれ気をつけます!
「すでに誰かに言われてるかもしれないが、町に行くときはクランの戦えるメンバーを誰か連れていくか、セレを連れて行くようにしろ」
いわゆる用心棒みたいなやつ、かな。なんだか甘えてばかりで申し訳ないな。
日本よりずっと治安がよろしくないとわかっているから、一人で事件に巻き込まれてしまうよりは誰かに頼ったほうがいいのはわかる。わかるけどぉ!
「やっぱり、ご迷惑になりそうで気が引けちゃうなぁ」
「クランの仲間は助け合う。あんたは、あんたにできることでクランに返せばいい」
私は、私にできることで、か。
今のところ食事とセレの世話くらいだけど、他にもなにか力になれることを見つけなきゃ。
なんかこれ、ずっと言ってる気がする。気が急いてしまうなぁ……!
「それもそうですね。じゃあ、私にできること、もっといろいろ探してみます!」
「……ま、がんばれ」
ラスロさんはそう言いながら、ふっとわずかに笑ったような気がした。
えっ、笑った!? すごい、なんだか貴重なものを見た気分!
「セレのことはもういいな? 俺はもう行く」
「あ、わざわざお時間取ってくれてありがとうございました!」
「ん。またなんかわからないことがあったら聞いて」
「はい!」
その言葉を最後に、ラスロさんは庭を去っていった。
静かな人だなぁ。足音もほとんど聞こえない。素人目にも只者じゃないってわかるよ。
一体、普段はどんな仕事してるんだろ。いつか教えてくれる日がくるかな?
ラスロさんと親しくなるのはもう少し時間がかかりそう。
「よし。せっかくだから今からブラッシングしようか、セレ!」
「ぐるるるぅ♪」
さ! せっかく専用のブラシも渡してもらえたんだから、大きな虎さんセレのブラッシング、がんばるぞー!
ふふふっ、至福の時間っ!
◇
ブラッシングを終えると、セレは白猫の姿に戻って私の手にすり寄り、その後ふらっとどこかに行ってしまった。
まるでお礼を言われたみたいで顔がにやけちゃう。喜んでもらえたみたいでよかったよ。
「んん、ルリくんじゃないか。ちょっと頼みたいことがあるんだ。ついてきてくれ!」
「え? あれ? えっと」
食堂の向かい側にある談話室で少し休憩、と思って向かっていると、途中の廊下で白衣を着た人に声をかけられる。
しかも返事を待たず手首をつかんでぐいぐいひっぱられて……ちょ、急ですね!?
淡い茶髪を肩の上で切りそろえた彼は眼鏡をかけていて、白衣もあいまっていかにも博士って感じ。
ちゃんとした挨拶はまだだけど、たぶんこの人は……!
「ギャスパーさん?」
「なんだい?」
振り返りもせず、そして足も止めずに返事をするギャスパーさんに、思わず苦笑を浮かべてしまう。
私をつれていくのは決定事項って感じだ。変わり者だっていろんな人から聞いていたけど、このわずかなやり取りだけでなんとなくわかった気がするよ。
「部屋のドアノブに防犯装置をつけてくれたんですよね? ちゃんとお礼を言っていなかったと思って。ありがとうございました!」
「ん? ああ、あれね。なかなか作り甲斐があって楽しかったよ。殺傷力を強めたかったらいつでも言って」
「弱めたいくらいなんですけど!?」
どうしてわざわざ強めちゃうの。あれ以上はけが人が出て危ないよ。
続けて私がそういうと、ギャスパーさんはピタリと足を止めて少しだけこちらに顔を向けた。
「ルリくん、君ってつまらないやつだな」
「えっ」
それだけを言ってギャスパーさんは再び私をぐいぐい引っ張りながら歩き始めた。
つ、つまらない? 自分を面白い人間とは思ってないけど、もしかして今……悪口言われた?
わ、私がおかしいのーーーっ!?
【悪意はありません】
余計にタチが悪いよ、ミルメちゃぁん!!
っていうかほんと、どこまで連れて行く気なの、ギャスパーさん!?




