92話 まあザックリいえば百合
多智花さんの生配信ライブによって強化されまくった夢から帰還した詩のぶは、七十時間は悪夢を見ていたかのような凄まじい顔つきで眉間に皺を寄せまくっていた。
「すっごいカオスな夢を見てた気がする……とんでもない悪夢だった気がする……」
「がんばれ詩のぶ、思い出せ! どんな内容だった?」
詩のぶにペンを握らせると、彼女はうんうん唸りながらノートに何かを書き付け始める。
「ええと……ダンジョンに入って……こっちに行って……ここを曲がって……たしかここ真っ直ぐで……あ、ここの洞穴、壁から多智花さんが生えてましたね……」
意外と絵心があった詩のぶは、洞窟を示す楕円の中に、壁からお尻を突き出した多智花さんらしき棒人間を書き足した。
「壁から多智花さんが生えてる?」
「たしか……多智花さんが壁尻になってましたね。歌って踊る壁尻」
「えっ、なにそれ怖い」
「まああくまで夢だから、謎のノイズも含まれているだろう」
そう言ったのはキャロルだ。
「問題ない。そのまま続けてくれ」
「この洞穴進んで……えーと……ここ真っ直ぐで……あ、まずい。夢の内容忘れてきました。えーとですねー、なんだったかなー」
「がんばれ詩のぶ、多智花さん一世一代のライブを無駄にしないでくれ」
「お願いします。もう絶対やりたくないです。二回目は絶対ないです」
「ええと……それでここ曲がって……最後にここにたどり着くんですよね……ここにイギリス人がいて……イギリス人とでっかい蜘蛛が……いや、これは流石に言わない方がいいな……」
「何それどういうこと?」
俺が聞いた。
「まあ、ザックリいえば百合ですね」
「もっとどういうこと?」
キャロルが聞いた。
「ええと……それで、エクスカリバーがここに突き刺さってます! そう、ここ! この道順でたどり着けます! あとここで、小指と親指も交尾してます!」
「なに? 小指と親指がどうしたって?」
「ですからとにかく! ここにエクスカリバーがあって、小指と親指も交尾してるんですよ」
「い、意味がわからん……」
「そういう夢だったんですから、仕方ないじゃないですかー」
「…………まあ、夢占いというのはこんなものだ」
キャロルが難しい顔をしながら呟く。
「タチバナ決死の全力強化でもこのふわふわ精度なのだから、元から実用的な代物ものではない。むしろ、かなり頑張ってくれた方だ」
「そういうものか……まあたしかに、大体の道順がわかっただけでも大収穫だな」
俺がそう言って立ち上がると、キャロルもすっくと立ち上がって薄い胸を張る。
「よし、早速オオモリ・ダンジョンへ向かおう。事態は一刻を争うぞ!」
「ダンジョンの地形が変化する前に、エクスカリバーを回収しなきゃな……多智花さん、同行お願いできますか」
「えっ、私も行くんですか」
まだアイドル衣装から着替えていなかった多智花さんが、自分を指差して「はえっ」という顔をした。
「REAの皆さんを連れて行くと、銃火器の申請とかで下手すると一ヶ月後とかになるので……頼みます! 報酬はお支払いするので!」
「えっ。それはまあ、いいんですが。とりあえず着替えていいです?」
「いやタチバナよ、そのまま行った方がいいぞ。『怪しい踊り』で我々を支援する都合上、向こうでどうせアイドル衣装に着替えるのだから」
「えっ、私この格好で探索するんです!? いやそれでも着替えますけど!?」
「あ、私お薬でまだ眠たいので寝てまーす」
そう言って、詩のぶは再びアイマスクをつけて布団の中に潜り始める。
「ご苦労詩のぶ、助かった! 多智花さんの準備は……よし! もうOKですね!」
「いやまだですけど!? 着替えますけど!? 24歳がこの格好で出歩けないですけど!?」
そんな嵐のような身支度の中で、俺はふと気付く。
あれ……。
ケシーはどこに行った?
そういえばケシーの声をしばらく聞いてなかった気がする俺は、ふと部屋の中を見渡す。
REAの皆さんが配信設備を撤去してくださっている中で、ケシーはその小さな身体で部屋の隅に陣取り、大人しくスマホを弄っていた。
「あー……ケシー? 行くぞ?」
「ん? あ、あいあいさっさでーす。いつでも行けますよー」
「…………」
どことなくテンションの低いケシーに、俺はちょっと調子を狂わされる。
…………うん? どうした?
さっきまで、普通に元気だったよな。
というか……こいつ、テンション低いことあるのか?
『あ、全然なんでも無いですよ!』俺が心配していると、ケシーが脳内に直接語りかけてきた。ほんとに? なんか不機嫌じゃない?『テレビが見れなくて病んでただけでーす! では、いきまっしょう!』
……そういえば、と俺は思う。
こいつ、会議も早々に離脱したよな……テレビ見るとか何とか言って。
『ただテレビが見たかっただけですよー! ではでは! いざゆかーん!』
◆◆◆◆◆◆
俺たちはそのまま、車でオオモリ・ダンジョンの管理施設へと向かった。
ダンジョンへの侵入は事前の申請が必要だが、俺とキャロルはいつでも探索できるように平日を埋め尽くすレベルで申請を出しまくっているので、その侵入予定日を窓口で変更するだけで済む。ついでにいつか多智花さんを連れて行くことも想定して多智花さんの分の申請も出していたので、手続きは比較的スムーズに進む。普段は申請だけ出しておいて、探索しなければその都度キャンセルしまくるわけだ。制度の穴を突くようなグレーなやり方だし役所の事務作業を増やしまくるのであまり褒められた手段ではないしもしも有名人がこんなことしてたら炎上確定だが、やり方を選んではいられない。
本当はケビンらREAの隊員も連れて来たかったところだが、彼らは基本的に小火器で武装する関係で申請や準備自体が難しく、このような突発的な探索には残念ながら参加できない。
「本国から、追加で情報提供があった」
ダンジョンへと向かう車内で、助手席に座るキャロルがそう言った。
「やはり、エクスカリバーの喪失が他の情報機関に漏れている。調べによれば、アメリカも独自に部隊を編成して回収に向かっているらしい」
「まあ、このまま先に回収してしまえば問題ない」
俺はアクセルを踏み込みながらそう答えた。
「気にかかるのは、出動が予測されているその部隊とやらだ。情報部によれば、米軍所属のP2と呼ばれる部隊が、すでに日本に入っているとか」
「P2? なんの略称だ」
「わからないが……もしかしたら。フィラデルフィア計画は知っているか?」
「……あれだ、あの都市伝説だろ」
俺は以前YourTubeで見た、都市伝説紹介の動画を思い出した。
フィラデルフィア計画とは……ペンシルベニア州のフィラデルフィアで行われたとされる、米海軍極秘の実験のこと。
これは新型のステルス兵器を開発するための実験で、磁場発生装置によってあらゆるレーダー波を無効化する、完璧なステルス戦艦を実現しようとした。このために極秘で行われた実験は、当初成功したように見えた。
しかし、ここで異常発生。
レーダーから姿を消したステルス艦は、次の瞬間、物理的に姿を消してしまったのだ。
奇妙な現象に混乱する中、駆逐艦は再出現。
その船内では乗員の体が壁にのめり込んだり、自然発火現象が起きたりと微グロ系超常現象の闇鍋状態。つまるところ実験は大失敗し、この世の地獄が完成してしまったわけだ。
結果、この実験における行方不明・死亡者は多数。生存した乗員も漏れなく精神に異常をきたし、この実験は永久に秘匿された……という趣旨の、まあよくあるとんでも都市伝説である。
「このフィラデルフィア計画だが、どうやら実際に行われていたらしいのだ」
「……マジで?」
「内容は誇張されているだろうが、実際にこういう実験はあったらしい。そしてダンジョンが出現したことで、この計画は再始動した。第二次フィラデルフィア計画の目的は、科学とスキルを組み合わせたステルス兵士の研究。これはある程度成功し、その部隊は……特殊冒険者部隊『Philadelphia2』として、極秘に編成済みであるとか」
「……それ本当なのか?」
「いやまあ、冒険者界隈の噂話だから。P2で思い出しただけ。本気で言ってるわけではないが、なんらかの特殊チームであることは間違いないだろう」
「まあ本当なら、そんな連中とやり合いたくはないな。とにかく急ごう」
「あの……一ついいですか?」
後部座席に座る多智花さんが、そう聞いた。
「なんです?」
「あの私……マジで、この衣装のままダンジョンに入るんです?」
バックミラーをちらりと見ると、そこにはあの洞窟坂47のコスプレ衣装を身に纏った多智花さんの姿があった。あの嵐のような身支度の中で、彼女は結局着替えることに失敗していた。
「無論だ」
キャロルが答える。
「タチバナは今回の探索で、状況に応じて『怪しい踊り』で我々を支援して欲しい。その衣装とマイクは、立派なタチバナの装備だぞ」
「いや、さすがに色々キツイと言いますかね……! 私もう24ですからね……! そろそろこんな服着てるとヤバめな年齢ですからね……!」
「頼みます、多智花さん。報酬は出しますので」
「30万出すぞ、タチバナ」
「あー、そっかー! うーん、そっかー! 頑張るかー! うーん! やっぱ無職ってつれえなあー! あー!」
「…………」
そんな車内の喧騒の中、俺はちらりとケシーを探した。
運転席と助手席の間でスマホを弄っているケシーは、相変わらず、何も喋らずに動画を見ている。
「…………」
…………どうしたの、この子。
俺、何かした? 急に反抗期になったの?
いや、聞こえてるなら答えろよ。




