91話 同じ空の下で大切な仲間に僕の声届かないけど涙の数だけ強くなって追いかけても掴めない夢を夢で終わらせたくないかもー!
ということで、『エクスカリバーの位置を占おう大作戦』が始まった。
『夢占い』スキルを担当するのは、鋼のメンタルでもって心力値が最も高い詩のぶ。
彼女は俺のスキルブックでカード化した『夢占い』を起動して睡眠改善薬を飲み、アイマスクと耳栓をつけて俺の布団の中に入ろうとする。
「あ、寝る前に聞いておきたいんですが」
アイマスクで目を覆った詩のぶは、耳栓をつける直前にそう言った。
「なんだ?」
「これって、具体的にどう占えばいいんです? 本当に寝るだけでいいんですか?」
「えーっと……どうなんだ、キャロル」
「その認識で構わない」
少し離れた場所で、パソコンをカタカタと弄っているキャロルが答えた。
「具体的には、就寝中にタチバナが『怪しい踊り』で支援。タナカシノブの心力値を強化した状態で夢を見てもらい、起きたら速攻で叩き起こして、忘れないうちにヒントを筆記してもらう。『夢占い』は夢から情報を得るスキルなので、モタモタしていると内容を忘れてしまう」
「だが、夢からヒントを得るって……結構とんでもないスキルじゃないか?」
俺がそんな疑問を口にした。
「そんなことができたら……大体なんでも占えばいいだろ。上がる株の銘柄を占ったり、ヒントで何か事業を起こしたりさ。占えば、なんでもヒントが出てくるんだろ?」
「いや。残念ながら、そう便利なスキルではない」
キャロルが首を振った。
「このスキルが有名ではないのには理由がある。まず、要求レベルが35と非常に高い。これはミズキのスキルブックでもないとなかなか扱えないレベルだ。そして『夢占い』の強みは、大体どんなことでも占えることだが……その反面、得られるヒントの精度は完全に心力値の多寡に依存する。さらにヒントは絶対正確というわけではなく、場合によっては逆に不利益を被るような、完全に間違ったヒントを得てしまうこともある。まあ占いというのは、元々そういうものだが」
「それじゃあ……いわゆる産廃スキルなんじゃ?」
「その通り。だがその不安定さを、今回は魅了系の強化スキル『怪しい踊り』で補う。タチバナがタナカシノブを最大限支援して、心力値を大幅に強化。占いの精度をマックスまで高めるのだ。場合によっては、現在のダンジョンの正確な地図まで手に入るかもしれないな」
「なるほど。それじゃあ……」
呟きながら、俺は多智花さんの方を見た。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
リビングのテレビ前。
そこで相当な負のオーラを纏っているのは、人気アイドルグループ洞窟坂47のコスプレ衣装を着た、多智花真木さん24歳。
その衣装は大まかには女子高生の制服をベースにデザインされているが、そのスカートの短さと赤と黄色の派手な配色、攻撃的で前衛的すぎるデザインから絶対に普通の高校で制服として採用されることはない。アイドルにしか着ることが許されない、アイドルによるアイドルのためのアイドル専用衣装だ。
しかし元々の整った顔立ちと平均より二回りほど上位のスタイルを兼ね備える多智花さんは、そんなコスプレ衣装を身に纏っても力負けするどころかむしろ押し勝っているような雰囲気がある。その地獄から漂わせているような負のオーラさえスルーすれば、まさか彼女が本物のアイドルではなく、催眠系コスプレ無職だと思う者はいるまい。
その手にはマイクが握られていて、口元には申し訳程度に顔を隠すマスク。
目の前には全身を撮影する三脚とカメラが立てられ、踊ってみたの配信環境が完璧に整ってしまっている。
さらに、その周囲には……
「…………」
「…………」
アイドル多智花さんを屈強なREAの隊員が取り囲み、凄まじい熱量と筋肉量での声援が約束された全力応援体勢が確立されている。
「…………本当に、このコスプレ必要です?」
海底から響いてくるような声で、多智花さんが聞いた。
「無論だ」
多智花さんの疑問というか抵抗に、キャロルが即答する。
「不安定極まりない『夢占い』を制御するには、タチバナが全身全霊でもって歌って踊る、全力支援が必要不可欠なのだ」
「…………本当に、配信しなきゃ駄目です?」
「無論だ」
キャロルがやはり即答する。
「不安定極まりない『夢占い』を制御するには、配信で数万人の視聴者にタチバナを応援してもらう、全力踊ってみた配信支援が必要不可欠なのだ」
「…………やっぱり、この作戦降りてもいいです?」
「ふむ……まあ、無理強いはできないな」
腕を組んだキャロルは、残念そうにそう言った。
「それじゃあ、やっぱり……」
「でも投げ銭の収益は全額、タチバナの報酬にしようと思っていたのだがなあ……」
「…………ん?」
「まあやりたくないのであれば、仕方ないよなあ……登録者百万人越えのホリミヤチャンネルなら、きっとかなりの額になると思うのだがなあ……」
「………………ん?」
「もしかしたら百万円とか行くかもしれないけど……タチバナがやりたくないなら、仕方ないよなぁ……」
「…………ちょっと待ってくださいね、キャロルさん」
「どうした、タチバナよ。やはり作戦は、中止にするか?」
「い、いやいや…………やらないとは……………………」
そう絞り出してギクシャクと笑う多智花さんの笑顔は、できればあまり見たくない感じの笑顔だった。
「言って、ないじゃないですかぁ〜……えへへ……。ほらぁ、一応、聞いただけですよ〜…………降りたりできるのかなあ……みたいな……?」
「では、やってくれるのか?」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
これがドラマならば数年の月日は流れてそうな、大いなる沈黙。
そして、多智花さんは吐き出すように呟く。
「がっ、がっ、がっ、がんばりましょう……っ!」
「た、多智花さん!? 無理しなくていいぞ!?」
「い、いえ……! 大丈夫です……! ゴホっ! ゴホッ……!」
「本当に大丈夫!? もし本当にお金に困ったら、俺が貸せるけど!?」
「コー……ホー……! も、問題ありません……! コー……ホー……! コーホー……ッ!」
「大丈夫じゃなさそう!」
「呼吸が乱れすぎてもう別のキャラになってる!」
「やりましょう………………! 生活費、大事ですからね………ッ!」
◆◆◆◆◆◆
ということで、俺たちは詩のぶが眠りにつくまでひたすら待機した。
耳栓の上からノイズキャンセリング機能搭載のヘッドホンを被った完全入眠体勢で布団に入っているとはいえ、このカオスな部屋でみんなに凝視されながら眠るのはかなり難しい。「うんうん」と唸りながら足の位置を変えたりする詩のぶを一時間近く眺めながら、俺たちはとうの昔に配信の準備を完了していた。
「おお……もう1万人くらい待機してるぞ」
詩のぶの入眠を邪魔しないように、俺は小声で囁く。
待機中のライブ配信画面を覗いてみると、そこにはすでに大量の視聴者が張り付いていた。
「すごいなホリミヤチャンネル。堀ノ宮って人気者だな」
「今まで、このチャンネルでライブ配信は一度もしていないからな。生の堀ノ宮にコメント送ったり投げ銭送ったりできると思って、ファンが楽しみにしているのだろう」
「でも、実際に流れるのは多智花さんの踊ってみた配信なのか……」
「まあ……終了次第すぐに堀ノ宮へ繋ぐから、彼に何とかしてもらおう」
それからさらに、しばらく待ち……
「……くぅ……」
詩のぶの寝息のような物が聞こえた瞬間、俺たちはビクッと体を反応させた。
「ね、寝たぞ! ついに詩のぶが寝た!」
「よし、配信スタートだ! タチバナ、準備はいいな!」
「え、ええええい! やってやりますよ! やりましょう! 『怪しい踊り』!」
ヤケクソでスキルカードを発動した多智花さんの体が、一瞬紫色の怪しい光に包まれる。
そして配信がスタートした瞬間、彼女はカメラの前でギクシャクと踊り始めた。
「ふ、フレー♪ フレー!!♪ 詩のぶさーん! がんばってー!♪ 負けないでー! 占ってー!♪」
ダンス未満痙攣以上のギクシャクとした踊りで体をクネらせながら歌う多智花さんに、キャロルとREAの隊員たちが叫ぶ。
「もっと良い感じに踊って! ロボットみたい!」
「世界一可愛いよ!」
「歌も恥ずかしがらないで、全力で!」
「がんば、がんば! グッジョブ!」
「VERY CUTE! EXCELLENT!!」
そんなカオスすぎる状況でハイになったのかさらにヤケクソ具合が高まったのか、多智花さんの声量が一段と上がり、甲高い歌声が炸裂した。
「お、おおー! いえぇぇええー!♪ がんばー!♫ ふぅぅぅううう! 私が応援すればー、大丈夫―! あの頃の私不器用すぎて草ー!♬ 占い成功間違いなしー! あなた思うと夜しか眠れないー!♩ あの日のこと忘れないかもー! あなたを愛してるー!♪」
即興のめちゃくちゃメロディに、さらにアドリブの邦楽歌詞あるある集みたいなカオスな歌声が乗る。
そんな多智花さん決死の生配信を応援するために、REAの隊員たちがスタンディングオベーションで拍手と声援をぶつけ続けた。
「Foooooooo! MARVERAS!!!」
「アイドル! ジャパニーズ・アイドル! 女神!」
「銀河一可愛いよ!」
「よし、いいぞ! その調子!」
「おお、すごい! コメがめちゃくちゃ流れてる!」
初のライブ配信をジャックされたホリミヤチャンネルのコメ欄は、困惑と応援と通報と投げ銭が入り混じったカオス状態。様々な感情とお金が高速で流れる無法地帯である。
「すごいことになってるぞ! 投げ銭もすごい!」
「がんばれ、もう少し! もっと観客の心に響かせて!」
「つ、翼ひろげてー!♬ 大切な仲間―! あー、そのー! 無理―! マジ無理ー!♬ 全然歌詞が浮かばないー! 誰か私を助けてー!♪」
ダンスというよりは地団駄に近いステップを踏みながら歌う多智花さんの巨乳は、コスプレ衣装の下でゆさゆさ揺れて色々大変なことになっていた。
「がんば!」
「宇宙一可愛いよ!」
「一生懸命可愛い!」
「う、移り行く街並みドラマチックー!♬ 繋いだ手離せないかもー! 明日に向かって走りだそうー!♪ 季節巡りまくりー! 瞳閉じれば占い大成功―! 超成功万馬券大当たりぃぃいえいえいお―!♪ 3億円欲しい〜!♪ あーはぁー! おーいえー!? おおぉーっ! し、死にたいー!♪」
クルリと回った瞬間、多智花真木24歳のスカートがふわりとめくれてギリギリのラインを舞う。その下までカメラに収められていたかは、あとで配信アーカイブを確認しなければわからない。残っていたらの話だが。
その瞬間、布団にくるまっていた詩のぶがのそりと動いた。
「ぅ、うるさ……っ」
「はっ!? 詩のぶが起きた!」
「すぐにメモを取らせろ! ええと、配信終了! じゃなくて、ホリノミヤにバトンタッチ!」
「ああーー、おおおーー!♪ う、うるさくてごめんなさいー! あの日の悲しみー! さえー! ええーとー!♪ 昨日の悲しみかもー!♬ そのー! 同じ空の下で大切な仲間に僕の声届かないけど涙の数だけ強くなって追いかけても掴めない夢を夢で終わらせたくないかもー!!!!♬♬ おおっおおー!♫ おーいえいえいえいおひえええー!♪♬♪」
「タチバナもういいぞ! お疲れ! 頑張った! 本当によくやった!」
「はっ! はーっ! はーっ!? お、終わった!? やった! やりきった、私! なんだこの地獄のスキル!?」
コミカライズ版、コミックガルドで連載中!




