90話 洞窟坂47
本日のキャロルは、いつもの普段着じみた騎士甲冑……ではなく、最近新調したプロテクタースーツの上下を身に纏い、大きめのスポーツバックを抱えていた。
それは身体にぴったり張り付くタイプのアンダーアーマーのような、もしくはロボットアニメの女の子がよく着ているような、やたらに身体のラインが浮き出るタイプの全身タイツじみたセットアップ。赤と黄色を基調としたそのスーツの胸や肩、脇腹等の各所には衝撃吸収用のシリコンパッドが付いていて、上から簡易の軽装鎧を着込むためのストラップが各所に付属している。それは特注の代物で、何でも海外で映画撮影用の服飾などを専門に作っている業者に依頼したらしい。キャロルはこれを気に入って、最近はこればかり着回している。
「おっ、みんないるではないか。タチバナにミズキにケシー殿に……それにお前は、ミズキに付き纏っているユアチューバーだな」
「おや。そちらこそ、水樹さんに付き纏ってるイギリス人じゃないですか」
ジリ……とした空気が部屋を満たした。
俺の周囲を取り巻く女性陣である、ケシー・キャロル・詩のぶ・多智花さんの4名。
この中で唯一仲良くならなかった組み合わせであるキャロルと詩のぶは、お互い眉間に皺を寄せまくって、俺には見せない類の険しい表情を浮かべながら対峙している。
「ちっ……AかBがせいぜいの貧乳イギリス人が」
「詩のぶ、人の身体的特徴でマウントを取るな」
「チッ……イギリス政府とのコネクションもない、一介のユアチューバー風情が」
「キャロル、女子高生に対して国際政治力でマウントを取るな」
にわかに衝突する二人の間に割って入る。
「まあ待て、二人とも。いきなり喧嘩をしないでくれ」
「喧嘩などしていない」
「向こうから突っかかってきたんですよ」
「わかった、わかったから。とりあえず落ち着こう」
「大体ですね、これは水樹さんがいまだに結論を出さないから悪いんですよ」
「結局どちらにするのだ、ミズキよ。あのボス・キマイラ戦の覚悟とやらはどうしたのだ」
「すみません、本当に申し訳ございません。これはものすごく難しい問題なんです、はい、予想以上に難しくて。もう少しだけお待ち頂ければと思います、はい。近日中には必ず」
会社員時代に培った平謝りでなんとかその場を収めてもらうと、キャロルはテーブルではなく、少し離れたパソコンデスクの椅子を引っ張ってそこに座った。彼女は以前に骨折した足を治癒系のスキルを使って無理やり回復させてから、未だにやや足を引きずっている感じがある。引きずるというよりは、歩く際にほんの少しだけ……負傷した足が遅れるといった方が正しいか。
ともかく座って背筋を伸ばしたキャロルは、アンダーアーマーの下から発育に乏しい薄い胸を突き出すと、「ふん」と笑った。
「まあいい、とりあえず進捗を報告しよう。結論から言えば、イギリスはミズキの提案に乗り気だ」
「本当か」
「政府、というのは主語が大きすぎたかもしれないが。とにかく、私と個人的に交友のある、ダンジョン関連の議員達は乗り気だ。冒険者産業において、イギリスはアメリカと中国に遅れを取りすぎているからな。ミズキとそのビジネスとやらには、かなり前向きだと思っていい」
「よかった。ありがとう、キャロル」
「だが、これはあくまで一部の話。政府一丸で乗り気なわけではない。今まさに日本政府が対応に苦慮しているミズキを、その上から手を伸ばしてイギリス側で抱え込むとなれば、外交的な問題が発生するのは明白。特に、保安局や情報部が反対しているらしい」
「ううむ……まあそうだよな」
「そこで、向こうが条件を提示してきた」
「条件?」
俺が聞くと、キャロルはコクリと頷く。
「オオモリ・ダンジョンに置き去りにされた、とあるチートスキル……暗号名『エクスカリバー』! これを、秘密裏に回収せよとの指令だ」
◆◆◆◆◆◆
エクスカリバー。
某スマホゲームかアニメでにわかに有名になった感のあるこの剣は、世界で最も有名な『伝説の剣』であるといって差し支えあるまい。
「エクス……カリバー?」
「なんだそりゃ」
詩のぶと俺が、口々に反応した。
「それって、あのスマホゲームのアレですか? アーサーなんちゃら王みたいな」
多智花さんがそう聞いた。
「スマホゲームについては存じないが、エクスカリバーは中世初期のブリテン君主、アーサー王が振るったとされる伝説上の剣のことだな」
「だが、それとは違うんだろ?」
「もちろん、これは暗号名にすぎない。とにかくその『エクスカリバー』と呼ばれるスキルを、オオモリ・ダンジョンから回収して欲しいとのイギリス政府筋直々の依頼だ」
「……それって、一体どういうスキルなんだ? そんなに強いスキルなのか?」
そう尋ねると、キャロルは軽く首を振る。
「詳細については、私にもわからない。だが噂によれば……直接戦闘力は無いものの、使いようによっては強力無比なスキルであるらしい。何でも、対象のあらゆる情報を抜き取る効果があるとか」
「あらゆる情報を抜き取る……?」
『エクスカリバー』という仰々しい名前からはややイメージのずれた効果に、俺はやや困惑する。
「それはキャロルの……『龍鱗の瞳』とは違うのか?」
「性質が異なるようだ。私の『龍鱗の瞳』は解析系だが、『エクスカリバー』は盗賊系に属するスキルだとか。つまり、解析するのではなく盗み出す。その対象範囲は広く、記憶や経歴、身体情報に至るまであらゆる情報を対象として、これを支配するという話だが……どこまで本当かはわからん」
「なるほど?」
もしもその噂とやらが本当だとしたら、たしかに……相当に強力なスキルだといえる。
むしろこの情報化社会においては、俺の『スキルブック』よりもある意味では強力、凶悪なチートスキルだと言えるかもしれない。しかもそれを国家が秘密裏に保有して、諜報活動に運用できるならなおさら。
「英国諜報部が、そのようなスキルを活用して諜報活動を行なっているという噂は以前からあったのだがな」
「……なんか、聞いたことありますね」
話を聞いていた詩のぶが、そう呟いた。
「都市伝説的な話ですけど……イギリスのスパイ組織MI6が、そういうヤバイ諜報スキルを秘密裏に運用してるって。ユアチューブとかで見たことあります」
「んなとんでも話があるのか」
「しかも、そのスキルで荒稼ぎしてる闇の組織も存在してるとか! 彼らは自分たちをアーサー王と円卓の騎士になぞらえて『円卓評議会』なんて自称していて、最強の諜報スキルエクスカリバーを悪用して莫大な富を形成! あの仮想通貨の大高騰も事前に情報を掴んで、何兆円っていう利益を確定! 世界経済を影から支配し、大恐慌も事前に予測! 世界中の巨大金融会社はすでに彼らの手先で、影の支配者として君臨してるって話!」
「…………いや、大恐慌はダンジョンができる前の話だろ。どういう因果関係してるんだ」
「まあまあ……エリア51とかフィラデルフィア計画みたいな、荒唐無稽レベル高めの都市伝説ですから」
「だが、どうしてそれがオオモリ・ダンジョンに?」俺はキャロルに聞いた。「コードネームエクスカリバーとやらは、元々イギリスの物なんだろ?」
「『オオモリ・ダンジョン』の特異な状況に興味を持った情報部が、先日秘密裏に保有エージェントを派遣して調査を試みたのだ。そして探索に入ったきり連絡が途絶え、保有者ごと喪失したとか」
「身分を伏せて探索させたわけだな」
ダンジョンは所在国の管轄となるため、外国が国として探索するためには相応の手続きが必要になる。目的によっては、当然拒否するということもあるだろう。
「その通り。しかし『エクスカリバー』は、英国諜報部にとって重要スキル。早急に回収する必要があるが、本国からさらに人員を派遣する時間は無い。すでに情報が漏れていて、イギリス秘蔵のチートスキルを外国勢力が回収に動いているとの噂もある。そこでちょうど、日本に滞在している私とミズキへと話が回ってきた」
「なるほどね」
先程の話から考えるに、キャロルはイギリスのダンジョン産業関連の議員とのコネクションはあっても、諜報筋とは交友が薄く、一枚岩というわけではない。
このゴタゴタは、そのへんの連携不足から生じているものかもしれない。
「じゃあ俺たちは……至急オオモリ・ダンジョンに潜って、そのイギリスが失くしたっていうスキルを回収してくればいいわけか」
「その通り。重要スキルの喪失は、イギリス諜報筋の失態。この尻拭いをしてやれば、交渉の足掛かりになるだろう。反対派の主体は保安局と秘密情報部という話だから、味方につければ……話は一気に進展するかもしれない」
「よし、わかった。早速動き始めよう。大体どのあたりで喪失したっていうのは、わかってるのか?」
「いや、それが全然わからないのだ。そのまま連絡が途絶えたわけだし」
「なんだそれ、じゃあ探しようがないだろ」
「心配ご無用、私に策がある」
「策?」
「全員、ステータスを開いてくれ」
キャロルに言われるまま、全員でステータスを開いてみる。
全員の能力値は、現在こんな感じだった。
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水樹了介
レベル27 HP14 MP1
筋力 27
体力 35
知力 15
知識 42
心力 22
敏捷 30
魅力 15
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キャロル・ミドルトン
レベル50 HP19 MP5
筋力 36
体力 20
知力 29
知識 78
心力 15
敏捷 65
魅力 18
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田中しのぶ
レベル15 HP12 MP1
筋力 7
体力 18
知力 9
知識 28
心力 30
敏捷 6
魅力 9
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多智花真木
レベル22 HP13 MP2
筋力 7
体力 25
知力 19
知識 37
心力 6
敏捷 9
魅力 35
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「ふむ、やはり」
キャロルが全員のステータスを見回して、そう呟いた。
「話には聞いていたが、タナカシノブは心力値が突出して高い。さすがメンタルお化け……いや面の皮が厚いだけはある」
「水樹さん、私喧嘩売られてます」
「気にするな。鈍感力だ」
心力値はいわばメンタルや精神力の強さに対応する能力値で、催眠への耐性や精神異常からの復帰時間、はたまた祈祷や信仰に関わるような様々な精神力を表している。
YourTube活動謹慎の大炎上を経験して、現在もなお自分がゴブリンに色々な意味で襲われている動画が海外のエロサイトで出回っているのにケロッとしている詩のぶの鋼のメンタルを考えれば、この値が突出して高いのは納得。逆に多智花さんの心力値は、なかなかのクソザコナメクジだった。
「これだけ面の皮が厚……いや心力値が高ければ、このスキルを運用できる。ミズキ、これをカード化してくれ」
そう言うと、キャロルはスキルを二つほど俺に渡してきた。
それぞれ、『夢占い』と『怪しい踊り』という名前のスキルだ。
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『夢占い』 ランクD 必要レベル35
占術系スキル
夢からヒントを得る
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『怪しい踊り』 ランクD 必要レベル27
魅了系スキル
舞踏によって対象の能力値を上昇させる
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「これは?」
「『夢占い』は、心力値ベースで色々なことを占うことができるスキル。『怪しい踊り』は、魅力値ベースで味方の能力値をバフすることができるスキルだ」
「これでどうする?」
「タナカシノブは心力値が高く、タチバナは魅力値が高い。どちらも要求レベルが高いためそのままでは扱えないスキルだが、スキルブックでカード化すればいい。この重ね技で、『エクスカリバー』の位置を占いで特定しよう」
「そんなことができるのか……よし、やってみよう。二人とも、協力してくれるか?」
「もちろん! いいですよ!」
詩のぶが元気よく快諾してくれる。
「えっ、ま、まあ! 協力しましょう!」
多智花さんも『怪しい踊り』という字面にやや引っかかったようだが、快諾してくれた。
そんな二人の様子を見て、キャロルは「ふむ」と頷く。
「よし、それでは早速準備に取り掛かろう。必要な物はすでに揃えてきたのだ」
彼女は抱えてきたスポーツバッグの中をガサゴソと漁ると、そこから何やら色々と取り出し始める。
「まず、こっちは睡眠改善薬とアイマスクと耳栓。早速、この場で寝てもらおう。『夢占い』は夢からヒントを得るスキルだから、実際に寝る必要がある」
「布団は……俺が寝てる奴しかないな。詩のぶ、寝袋か何か買ってくるか? さすがに嫌だろ」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。むしろ役得って感じ」
俺が詩のぶと一緒に布団の準備を始めると、キャロルは多智花さんの準備へ移った。
「タチバナの役割は、『怪しい踊り』でタナカシノブの心力値に強化をかけて、彼女の占いの精度を高めることにある。この作戦の成否は、タチバナにかかってるといっても過言ではない」
「ま、まじですか……」
「そこで、タチバナにはこれを着てもらう。これは日本のアイドルグループ、洞窟坂47のコスプレ衣装だ。早速着てくれ」
「えっ、なんでコスプレする必要があるんですか」
「『怪しい踊り』は、文字通り踊りで魅了するスキル。魅力値の多寡以外にも、踊りのクオリティで効果が高まるのだ。なんでも形からだな」
「わ、わかりました……」
「それと、これはマイク。使い方はわかるな?」
「えっ、えっ。なんでマイクが必要なんですか」
「『怪しい踊り』の強化は、歌うことでも底上げできる。全力で歌って踊り、タナカシノブの『夢占い』を支援するのだ」
「わ…………わかりました……?」
「それと、これはカメラ。三脚を立てて撮影しよう」
「えっ、えっ、えっ。なんで撮影が必要なんですか」
「歌って踊れるジャパニーズアイドルといえば、観客が必要だろう。『怪しい踊り』は観客から応援を受けることで、強化を底上げすることができる。登録者100万人超えのホリミヤチャンネルでライブ配信して、その効果を爆発的に高めるのだ。あとREAのみんなも呼んで、歌って踊れるタチバナ生配信応援団を結成する。完璧な作戦だ」
「えっ、えっ、えっ、えっ」




