89話 賢者の石的な不可能論が唱えられがちな男女の友情
ゴホン。
咳払いで仕切り直して、ケシーが見ているテレビをBGMに改めて話し始める。
「……まあ、とにかくだな。そのために、信頼できる奴らでチームを組みたい。俺たちは組織化するんだ」
「その信頼できる人間第一号が、私ってわけですねー」
そう言って腕を組んだ詩のぶは、鼻高々といった様子。
「えっ? 私って、その信頼できる人間第二号に入ってるんです?」
「もちろん。多智花さんにはこれから、色々ぶち込む予定ですし」
「あんまりぶち込む言わないでくれません? 変な意味に聞こえません?」
「すまん」
感覚が麻痺していた。反省した。
しかしともかく、共に死線をくぐった経験のある多智花さんは、俺の信頼できる人間リストに入っている。彼女はちょくちょく裏切るのだが、大事なとこでは裏切らない人間である。おそらく。たぶん。そう信じたい。さらに彼女は色恋沙汰が絡まない純粋な同僚感があるので、謎に貴重な人材だった。俺は多智花さんとなら、賢者の石的な不可能論が唱えられがちな男女の友情が成立するのではないかと思ったりもしているのだが、それは彼女の発育の良すぎる胸を見るに、難しい気もしている。
「でも組織化するって……どういうことですか?」
多智花さんが尋ねる。
「具体的には、REAを母体とした新規ビジネスを立ち上げます。REAで冒険者を囲い込んで、こいつを傭兵的に運用する会社を作ろうと思ってます」
「各冒険者パーティーがバラバラにやってることを、さらに大規模に組織化しちゃうわけですね」
「おぎゃーっ! お腹! 笑いすぎてお腹痛いですー! おほほー!」
ケシーの笑い声にややかき消されながら、詩のぶがそう補足した。
「そうだ。冒険者の需要は日に日に高まってるからな」
「あっ! 出た出た人気企画! 今回は天井に人がいるのが一番怖い説ですねー!」
テレビを楽しそうに見まくっているケシーは、極力気にしない方針で続ける。
「むしろ需要が供給に追いついてなさすぎて、自国のダンジョンを満足に探索できない国もたくさんある」
「うきゃーっ! 出山のリアクションマジで神―――!」
「そういう国や自治体に、高級冒険者パーティーを雇うよりも安価に、しかも質が担保された冒険者を派遣して、各国とコネクションを繋いでいく」
「おっ! マヂカルフォーリンラブじゃないですかー! 売れましたねー!」
「そして俺たちは、この世界の誰からも手出しされない、アンタッチャブルになる……! どうだ、計画についてはわかったか? あとケシー!? 色々な音量もうちょい下げられるか!? 大事な話してるから!」
「失礼いたしましたー!」
「ええっ……」
多智花さんが、若干困惑したように呻く。
「あの、言いたいことはわかるんですけども……」
「なんです?」
「なんというか……ぶっちゃけですよ? 気を悪くしないでくださいね?」
「言ってください」
「今の水樹さんの話って、起業家志望の大学生とかが語る感じの夢物語というか……かなり現実味がないと言いますか……うーん」
多智花さんは、苦々しい表情で続ける。
「いやですね、私も役所でダンジョンを管理していた立場だったので……そういう企業が未だに現れてないのは、そもそも冒険者の絶対数がまだまだ少なくて、さらに本当に実力と経験のある冒険者っていうのはもっと、ほんと一握りレベルで少ない現状があって……なのでそもそも、冒険者を囲い込むっていう所からつまづきまくるというか……そもそも『囲い込む』ほど、数がいないというかですね」
「うむ」
全くもって多智花さんの言う通りである。
冒険者の質も量も確保できていると言えるのは、世界中で見ても大国アメリカと中国くらい。
他の国に関しては、『自国でちゃんとした冒険者パーティーが何組かあればいい方』なレベルで、そんな冒険者さえも、すぐに資金や設備に人材、国家的な支援システムが整った大国に引き抜かれてしまうのが現状。キャロルがあれだけの年少にも関わらず、各方に様々なパイプを有して英国最強と称され、もはや国をあげて持て囃されているのにはそういう事情もある。彼女のような冒険者は、一国にとって貴重すぎるのだ。
日本でもその状況というのは変わりなく、そもそも本当に『実行的探索能力のある冒険者パーティー』なるものが日本に存在しているのかすら怪しい。だからこそ馬屋原のように、メディアやSNSで祭り上げて、探索そのものではなくメディア露出やコンサル、もしくはダンジョンツアー事業など、その周辺で稼ぐのが主流となっている。
だが、しかし。
「問題ない。いないなら、作ればいいからな」
「作る?」
立ち上がると、俺は『スキルブック』を展開した。
周囲にホログラムの翼のように浮かび上がる、もはや本の形を有していない左右翼のカードホルダー。俺が保有する『スキルブック』は、簡易操作状態が終了して全操作状態へと移行している。
全ての操作制限が解放され、俺と直に接続・同期して譲渡不可能な固有スキル化した状態。
今までのようにも使えるし、今まではできなかったことも可能になっている。
「スキルブックの拡張機能だ」
左右にズラリと整列したカードを眺めながら、俺はそう言った。
現在表示されているのは、保有しているスキルカードが並んでいるだけの、スマホでいえばホーム画面。こいつを右へ大きくスワイプしてやると、別の画面を呼び出すことができた。
そこからいくつかタップすると、ブインという鈍い音がして、覚醒前に使っていたような物理的なカードが出現する。トレーディングカードか、もしくはクレカのような形状と硬さのカードだ。
「詩のぶ、これやるよ」
「なんですこれ……『透過』?」
「発行した『スキルカード』だ。これがあれば、詩のぶでもスキルが使える。十回限定だけどな」
「マジすか?」
「マジだ」
全操作状態の『スキルブック』の拡張機能、『スキルカードの発行』。
これは『スキルブック』の能力を一部他者に譲り渡すことができる機能で、10回使い切りのスキルカードを自由に生成、譲渡することができた。
「これがあれば、俺と同じようにレベルやMPを無視して強スキルを扱える冒険者を量産できる。冒険者としての経験や能力値が無くても、REAの伝手で元軍人や特殊部隊出身の強面を集めて、短期的にトレーニングを積めばすぐに実戦投入できるだろう」
「えっ、それ……かなりやばくないですか?」
そう呟く多智花さんの眉が、グイッとひそめられた。
彼女の表情は険しめな方向に豊かなのだが、思えば満面の笑みとかそういう表情は、いまだに見たことがないような気がしてならない。彼女は爆笑したりすることがあるのだろうか。
「ダンジョン産業の、世界的なパワーバランス……一気に崩壊させるようなこと言ってません?」
「崩壊させるような、じゃない。崩壊させるんだ」
俺はキッパリと答えた。
「スキルブックと伝手を最大限に使って、メチャクチャに暴れ回る。厄介で手が出しづらい状況を、もっとワチャクチャにして手出しができなくする。もうこうなったら、この状況って奴をコントロールしようとは思わん。カオスに振り切って何もかも振り回し、誰も追い付けなくしてくれる」
「わお、水樹さんかっこいい。魔王みたい」
詩のぶがパチパチと拍手してくれた。
実際かなりかっこつけて話したので、普通に嬉しい。
かっこつけすぎて微妙な空気になったらどうしようかと、言ってからヒヤヒヤしていた。
「でもそれ、そのカードを持ち逃げされたりしたらどうするんです? 人材流出しまくりますよ」
「発行したスキルカードは、『スキルブック』本体を通していつでも機能の停止ができる。即席冒険者軍団の管理運用は、俺にしか不可能だ」
「それじゃ……マジで出来ちゃうかもしれないですね。うわマジですか……」
そう言いながら、多智花さんは詩のぶに渡した『透過』のスキルカードをまじまじと眺めた。
「会社はREAを母体として立ち上げるから、イギリスに本社を置くことになる。国を跨いでコネクションを構築しまくって、日本が俺に対して干渉しづらくするんだ」
「でも……そんなポンポン上手くいきます?」多智花さんが、追撃で問い正す。「私が心配性なだけですかね? 起業家意識が足りないんですかね?」
「いや。そう思うのが普通だと思う」
誰だって、友達がいきなり「俺、傭兵軍団を組織して世界めちゃくちゃにするわ……まじでこれに人生賭けるわ……」と真剣に語り出したら、色々道を正したくもなるだろうし、引っ叩いてでも現実的な世界に連れ戻した方が良い。
「まあその辺は、キャロルを通じて今まさにイギリス側と交渉中。彼女はダンジョン産業周りの議員と交流があるから、彼らの支援が獲得できれば……事はスムーズに進められると思う。ただのベンチャーじゃなくて最初から、半分国家事業みたいにできれば。それにイギリスが乗り気になってくれれば……というところだな」
「はえー……キャロルさんってすごいですね。さすがイギリス最強……」
「それで、そのイギリス人さんは今どこに?」
「キャロルなら……」
ピンポン。ピンポン。ピン・ピンポン。
独特のリズムで、またチャイムが鳴った。
我らが誇る最高戦力にして英国最強パーティーの長。
三人目の登場である。




