88話 えっ、ぶち込まれるんですか
現在絶賛無職で求職中の多智花真木は、本日も無職なのだが公務員時代のスーツを着用していた。
立派な市役所勤務であった頃と違う所といえば、そのスーツが微妙によれていて、細かな皺がいくらか入っている所くらい。彼女は見かけと態度によらず怠惰でズボラなところがあるので、スーツを部屋着にしている疑惑があった。
「あ、詩のぶさんにケシーさん。どうもお久しぶりですー……あはは」
「どうもですー」
「おひさーっ!」
あの事件後に顔見知りとなった二人に挨拶してから、多智花さんはローテーブルにつく。
平均よりも二回りほど大きな彼女の両胸は、背の低い天板の上に置かれるというよりは圧しかかった。いつも思うのだが、多智花さんの胸は俺の主観フィルターによって大きくなっているような気がする。腰の細さとの対比でそう見えているだけで、実際には詩のぶよりもちょい大きいくらいなのでは? 俺は訝しんだ。『ケシーちゃんもそんな気がします』
「ええと、それで……」
多智花は頬を指で軽くかきながら、こちらの様子を伺うようにして切り出す。
「色々ワチャクチャなことになってますが、これからどうするんです?」
「多智花さん。単刀直入に言いますが……正式にREAに入ってもらえませんか?」
「えっ。REAにですか?」
「求職中ですよね?」
「ええと……まあ、そうなんですが……ははは……」
多智花さんは人差し指を突き合わせると、それをクルクルと回し、愛想笑いなのか苦笑いなのか暗黒微笑なのかわからない笑みを浮かべて早口で話し始める。
「いやですね、REAも魅力的だと思うんですけどねぇ、はい。年収一千万コースですからねぇ。でもやっぱり、もうちょっと安全な仕事がいいなというか、できれば肉体労働じゃない仕事がいいなというか、なんならプログラミングとか勉強してそっちで就職しようかと思ってたりするんですよねぇ……ほら、プログラマーって需要あるらしいじゃないですか。なんかリモートで仕事できるらしいじゃないですか。なので最近、そういうスクールとか入ってみようかと思ったりですね。ほら最近、YourTubeとかで流行ってるじゃないですか。あと結婚するときとか、職業が冒険者ってあんまり良くないかなあみたいな、引かれるかなあみたいなですね」
「年収で二千万円出しますよ」
「二千万? 二千万!? やります!」
脊髄反射で加入を即断即決した多智花さんは、その一瞬後にハッと我にかえる。
「でも、急にどうしたんです? 水樹さんって、私のREA加入どっちでもいい派じゃなかったでしたっけ?」
「今は色々と状況が違いまして……入って欲しい理由は二つあります。一つは、多智花さんには魅了系のスペシャリストになってもらいたいんです」
「えっ、すぺしゃりすと? 私が?」
狼狽えた多智花さんは、その巨きめの胸を張って背筋を仰け反らせる。
「そう。あの火又がいつ何時、どんな方法で襲撃してきても対応できるような特A級の催眠使い。多智花さんには、そんな存在になって欲しいんです。つまりはあの火又クラスの……いや火又を上回る使い手に、ぜひなって頂きたい! いやお願いします。ほんとお願いできませんか。マジで多智花さんしかいないんですよ。あの火又戦も、多智花さんのおかげで何とかなったわけじゃないですか」
「いや、普通に無理ですよ」
多智花さんがバッバと手を振った。
「だって火又さんって、世界でもやばめなレベルじゃないですか。催眠界のメジャーリーガーじゃないですかあの人」
「大丈夫です。多智花さんの才能があれば、金をかけまくってゴリゴリに育成して催眠界のサイ・ヤング賞狙えます。圧倒的に成長できますよ」
「何それ怖すぎなんですけど」
「すでにキャロルが、外国から大量の魅了スキルを取り寄せてくれてますから。とりあえずそれ、全部ぶち込みましょう」
「私ぶち込まれるんですか」
「まあそういうことなのですが、理由はもう一つあって」
俺はケシーと一緒のタイミングでポテチをつまみ上げると、それをパリッといわせた。
「ちょっと、国家間規模でデカイことがしたいんですよね」
◆◆◆◆◆◆
「ご存知。俺は現在、色々とまずい立ち位置にいる」
多智花さんと詩のぶに対して、俺は改めて話し始めた。『ケシーちゃんは?』お前も入ってるって。ときどきお前と俺の境界線がわからなくなるから省きがちなんだ。『ほいほい』
「状況はもはや俺の手には負えないし、キャロルの手にも負えない。誰の手にも負えない。政府がそこまで強硬的な方針を取るとは……まあ考えづらいが、気まぐれで街一つ吹き飛ばす可能性がある俺に対して、何らかの法的な制限が付けられるのは間違いない」
俺こと水樹了介、もしくは『人間核爆弾』こと水樹了介。
強化の重ね掛けによって破滅的な威力を実現するスキルブックは、突如存在が露呈した国家安全上の不安分子。この壊れ火力は、世間では「街一つを吹き飛ばす威力」とも言われたりしているが……もしも重ね掛けに上限が存在しなければ、理論上俺の火力は無限。この地球を吹き飛ばす威力を実現できる可能性すらある。
「問題は、その制限っていうのがどのレベルか」
「ワイドショーとかでも、めっちゃ報道されてますしね……」
詩のぶと多智花さんが、口々に言った。
「そこで、だ」
俺が続ける。
「事態が手に負えないなら、さらに問題を複雑化してしまえばいい。俺にも俺の周囲にも、誰にも。週刊誌だろうが報道番組だろうが政府だろうが、誰も手出しができなくしてやればいい……そう考えるわけだ」
俺の右拳が、ギュッと握り込まれた。
いまだ記憶に新しい、ボス・キマイラとの死闘。あの死地にて王道バトル漫画の覚醒イベントよろしく、覚醒というあまりに偶発的かつご都合主義な現象のおかげで生き延びた俺は、あの日あの時に誓ったことを守ろうとしていた。
『スキルブック』が承認しなければ、あの時に殺されていたはずの俺。
一体何がきっかけかは全然定かではないのだが、『スキルブック』は俺の猛省と懇願に呼応する形で、その真の力を使わせてくれた。
やり直すための、責任を取るための、向き合うための時間を過ごすために、その全ての力を貸してくれたのだ。
どちらにせよ、一度死んだ身。
あの場所で、『スキルブック』と一心同体になることで生きながらえたこの命。
俺はあの日あの時から、文字通りに生まれ変わろうとしていた。
そんな心の中の決意に気づいた以心伝心のケシーは、嬉しそうにピョンと跳び上がる。
「いいですねー! ズッキーさんの決意がビンビン伝わってきますねー!」
「だろう、ケシー! 俺の決意の固さを感じ取ってくれたか!」
「もうバッキバキに感じますよ! ズッキーさんかっこいい! そこで、ケシーちゃんは一つご相談があります!』
「なんだ? なんでも言ってくれ、ケシー!」
「この会議長くなりそうなので、ケシーちゃんは木曜のダウソタウンの録画の続き見てていいです!?」
「………………うん、いいけど」
「おほほー! 木曜のドッキリエグすぎるー! ぴえーー!」
「……」
「……」
「…………まあ、あれは気にしないでくれ」
「あ、わかりました」
「あ、了解です」
「うちの妖精は多忙なんだ」
ここの会話パート1話に収めたかったけど、長くなっちゃったので分割しましたわ!(更新お嬢様)
明日も更新します。




