87話 実は宇宙人と一緒に住んでます
本日の姫川詩のぶこと本名田中しのぶは、深緑のパーカーにグレーのTシャツ、それに目に嬉しいホットパンツという出立ちだった。
「ということで! 自他共に認めるしかない激カワJKユアチューバーこと姫川詩のぶちゃんが、水樹さんを取り巻きまくっている状況について纏めてあげましたよ!」
スラリとしていて肉付きが良い。そんなアンビバレントな贅沢さを備える太腿を見せびらかすようにして胡座をかきながら、詩のぶはローテーブルの上でノートPCを操作している。
トラックパッドを指でスイと操作して呼び出したのは、マインドマッピングだか何とかという、テキストを地図状・階層構造の連想ゲームみたいな形で纏めることができる今風のソフトウェアだ。
「ありがとうな、詩のぶ」
「これくらい朝飯前ですよ。あ、ケシーちゃん久しぶりー」
「詩のぶっちおひさっさー! 今日もえっちな太腿だねー!」
「ケシーちゃんのぴっちりスーツもなかなかのシコリティ」
そんな風に俺にはついていけない挨拶を交わす、手のひらサイズの同居人とJKユアチューバー。
あの事件以来、ケシーと詩のぶは改めて知り合っていた。
改めてというのは、ケシーの方は一方的に詩のぶのことを知っていたことから。俺が日常生活に復帰した直後あたりに、詩のぶにはケシーの存在や、今まで隠していた理由など色々と事情を説明した。この説明は「実は宇宙人と一緒に住んでます」的な難易度であったわけで、実際、詩のぶは説明を聞いた当初、俺に優しい口調で心療内科を勧めてくれた。しかしご本人登場でケシーとご対面すると、彼女はやはり、俺と一緒に心療内科を受診するべきか悩んだ。
しかしそこから詳しく状況を説明した結果、彼女はわりとすんなりと雑多な様々を受け入れて、今では普通に仲良くやってくれている。しかしダンジョンが存在するとはいえ、よくもまあすんなりと妖精の存在を受け入れてくれたものだ。若さの成せる技だろうか。しかし彼女の立場になって「もしも俺だったら」と考えてみると、わりと受け入れる以外の選択肢が無さそうな気もするのだが。
さてそんな詩のぶには、今回俺の家を訪れるにあたって、とあるタスクを受けてもらっていた。
「いろんな方向から情報を漁った上で纏めてみたんですけどもね。水樹さんについて、やっぱり政府の方では意見が割れてるみたいです」
詩のぶがトラックパッドを操作すると、ポインタがスゥッと動いて格納されていたテキストを開く。
・『スキルの没収が出来ないのであれば、身柄を拘束するしかないのでは?』
・『人権を無視する形で刺激するのは、逆に危険なのでは?』
・『度を超えて危険なスキルを保有する個人を管理するための法改正について』
・『解散総選挙の争点に?』
「大筋としては混乱中、次回の解散総選挙でこの辺の是非を問う形になるかもです。与党は慎重派、野党は拘束派で主張してくるのではないかと。信頼できる情報筋からの情報です」
「その信頼できる情報筋っていうのは?」
「信頼できるユアチューバーと、あと堀ノ宮さんです」
信頼していいのかわからない情報筋が混ざっていた。
しかし俺たちは日本政府にまで顔が利くわけではないので、結局はその辺の情報源に頼る他ない。
特に堀ノ宮は、破産して社長を退きユアチューブ堕ちしたとはいえ、未だに財界政界にそこそこ顔が利く。どうやら彼の昔の顔馴染みというのは、今でも時たま、銀座や金持ちの集まりに誘ってくれるらしい。高級クラブや上流階級の店で密かに醸成されている、秘密サロンじみた会合。そこで彼が得られる情報というのはなかなか貴重で、現在REA傘下の堀ノ宮は、元大企業グループの総帥系エンタメYourTuber兼REAの協力者として多忙な生活を送る中、時間が空いた時にそういった会合に顔を出してくれていた。
このところ俺は色々と忙しくしまくっているので、こういった情報収集や堀ノ宮が得た情報の整理、進捗管理等の諸々については、俺を取り巻く状況を完全理解した詩のぶに投げさせてもらっている。
忙しい理由というのは後ほどに回すが、もちろん無料で働いてもらっているわけではない。色々とギブできるものはある。先週登録者100万人を突破した、ホリミヤチャンネルとのコラボとか。
「それで、堀ノ宮の見解は?」
「堀ノ宮さん的には、今すぐ水樹さんをどうこうするってことにはならないだろうって。日本はその辺慎重というか、動きが鈍いとこがあるので」
「そうか」
今だけは、日本型のスローな政治運用に感謝しなければならない。おそらく政府内部では、現在『人間核爆弾』と渾名され、実際に文字通りの力を持ってしまっている俺を一体どう扱えばいいのか、無数の法的根拠を参照しながら会議や調整に勤しんでいる所だろう。
市民生活の安全上絶対に無視はできないし、だからといって具体的な対応にも苦慮する色々大変な存在。以前まで一介の証券営業マンに過ぎなかった俺も、謎の大物になったものだ。
「火又はどうだ? 何かニュースになったりしてたか?」
「特に進展無しです。ニューヨークで目撃されたとかそういうニュースはありますけど、信頼できる情報かといったら微妙ですね」
「そうか……」
ふむ、と俺は腕を組んだ。
政府の動きとは別に、野放しになっている特A級危険人物である火又も、相当な不安材料である。テロ行為が失敗に終わり全ての計画が狂った今の彼にとって、俺とスキルブックにどれだけの価値があるかは謎だが……必要とあらば、その強力な催眠スキルでもって何かを仕掛けてくるだろう。
奴は国際指名手配犯になったからといって、ただ逃げ回るだけの男では絶対にない。アメリカでの目撃情報が本当ならば、彼は現在、また別の目的をもって元気に活動しているのだろう。それが新しいテロ行為であるかは不明だが、いささかの猶予は感じられるといった所か。
だが、来るなら来い。
迎え打つ準備はできている。
…………
……いや、正確にはまだ全然準備はできていないから、もう少し待ってほしい。というかできれば来ないでほしい。火炎で焼け爛れた激おこ火又は、俺の小さなトラウマになっていた。
「それよりも」
俺が火又戦のトラウマで肝を冷やしていると、詩のぶがそう呟いた。
「水樹さんってワンチャンマジで、国家権力で拘束されちゃう可能性ありますけど……これからどうするんです?」
「とりあえずは様子見だが、黙っているつもりもない」
「でも、もう色々と手に負えない段階になってると思うんですが……」
「手に負えないなら、もっと手に負えなくすればいい」
ジッ……と何かが焦げ付いたような音がした。
その瞬間、周囲に一瞬だけ、ホログラムの翼を広げたかのような残像が浮かび上がる。
覚醒して俺自身と強固に結びつき、固有スキル化した『スキルブック』。
こいつが俺の精神状態に反応して、無意識の内に起動しようとしたのだ。
そんな俺由来の瞬間イルミネーションを目の当たりにした詩のぶは、「うおっ」と背筋をのけ反らせる。
「あーっ。ズッキーさんまたですよー」
羽でひらりと飛び上がったケシーが、俺に注意する。
「『スキルブック』を無意識に起動しちゃダメって話じゃないですか。抑えないと!」
「悪い、勝手に起動しちまった」
指で頬を掻きながら、俺はスキルブックを抑え込む。
固有化した『スキルブック』は、基本的に俺の起動意識によって発動する。たとえばそれは、少年バトル漫画的な『技名を叫ぶ』みたいな具体的な動作意識によって為されるのだが……俺の精神状態が『一定の閾値』を超えた瞬間にも、勝手に起動してしまうことがある。それはちょうど、スリープ状態のパソコンが勝手に目覚めたり、カメラのピントが不意に意図せぬ場所に合ってしまうような感じで。
どうやらこれは、本体と深く結びつく固有スキルにありがちな傾向らしい。あのキャロルの『龍鱗の瞳』も、慣れるまでは勝手に起動しまくって大変だったと聞く。彼女の場合は目そのものだから、なお苦労したことだろう。
「もー。パパラッチなテレビ番組に囲まれた時とかに、キレていきなり起動しちゃったら絶対やばいんですからー。気をつけましょう!」
「わかってるんだが、難しいんだこれが」
そんなやりとりの中でチラリと詩のぶを見てみると、彼女は「ふふん」と口角を上げて、何かよからぬことを考えているような笑みを浮かべていた。
「どうした、詩のぶ」
「なんていうか……水樹さんって、ちょっと雰囲気変わりましたよね。良い感じに」
「雰囲気?」
「前は日和見草食系男子だったのが、今は積極雑食系男子になった感じ」
「肉食ではないんだな」
「夜は激しそう」
「それは知らん」
「かなりアブノーマルなプレイを要求してきそう」
「たぶんしない」
「それってセクハラでは?」
「自分ごと仕掛けに行く巴投げみたいなセクハラをするな」
とは言いつつも、詩のぶの言う『変化』について、身に覚えがないわけではない。
あのボス・キマイラとの戦闘の際、『スキルブック』覚醒のきっかけとなったと思われる猛省。その心境の変化は、俺の新しい行動指針となっていた。
全てに向き合い、俺なりの責任とやらを取って、俺なりに全てと戦ってやる。
流されるのは終わりだ。
これからは、俺が流れを作る。
濁流で全てを流し尽くしてくれる。
ピンポン。ピンポン。ピン・ピンポン。
独特のリズムで、またチャイムが鳴った。
我らが誇る元公務員系無職の催眠使い。
二人目の登場である。




