【書籍版】84話 エピローグ 謎の冒険者、水樹了介のヤバすぎる正体
ダンジョン統合実働検査演習こと、日本初の実践的ダンジョン運用試験の顛末について、サクッとお伝えしよう。
最終日における火又三佐のテロ行為、およびボス・キマイラ動乱によって生じた死傷者は、約40名以上。それらのほとんどがキマイラの放った特大の火炎によって生じた負傷者、もしくは火又の催眠によって実行させられた殺人である。捻挫等の軽傷も含めると、その負傷者数はさらに増加する。重傷者と死者の大半が自衛隊側の人員であり、その内の4名が死亡したことが伝えられた。
陣頭指揮を執った駐屯地司令の山本陸将補は、状況下における機甲部隊出動の判断の是非を問われて、現在詰問会が開かれている。しかしメディアの報道の仕方とは裏腹に、多くの人は、この陸将補の決断に好感を持っていることがアンケート等によりわかった。山本陸将補の処分は、この世論も鑑みて決定される見通しである。
事件の詳細については、防衛省と警察が目下調査中。
事件を主導したと思しき火又三佐についても、現在全国指名手配中。
また火又の催眠の影響下でテロに協力してしまった隊員たちに対する処分等についても、現在盛んに議論が交わされている。現時点で、彼らは催眠の他にも、火又が施していたとされる教育や勉強会と呼ばれるものに参加していたことがわかっているが、その詳細は現在捜査中。またスキルによる催眠下の犯罪は、果たしてどのように判断すればいいのか。これはもはや、現在の法整備の枠組みを超えてしまっていた。
この途方もない混乱と大いなる後始末の中で、もう一人、有名人になった人物がいる。
それはこの俺、水樹了介である。
「大変だった」
黒バンの後部座席に座り込みながら、俺はそう言った。
四輪を駆動させて走行中の車両は、窓の外の景色を後方へとすっ飛ばし続けている。しかし代わりに前方からすっ飛ばされてくるのは、何秒何分何十分経とうが全く同じ景色。灰色の高速道路だ。後ろへとすっ飛びながら、無限に前から湧いて来る無機質なコンクリートの色と等間隔に並べられた金属製の支柱。それは憔悴している俺の気分をさらに滅入らせた。
「とにかく、解放されて良かったじゃないか」
隣に座るキャロルが、俺にそう言った。
「マジで逮捕されるんじゃないかと思ったよ」
「警察の聴取を受けたら、誰だって最初はそう思うものだ。ラーメンを食べるか?」
「どうしてラーメンなのかわからん」
「ラーメンを食べると大抵の悩みは和らぐぞ」
「それはお前がジャパニーズラーメンに嵌っているだけだ」
「Would it be alright if I did this together with you?」
最後にそう言ったのは、運転席でハンドルを握っているケビンだった。
お前はいつ自動翻訳スキルを買うのだ。むしろ俺が買った方がいいのか。
国道沿いのラーメン屋に車を停めて、俺とキャロル、それにケビンが入店した。
ボス・キマイラ戦で脚を負傷したキャロルであったが、治癒系のスキルも用いてあらかた回復しているらしい。それでも一度完全に骨折した脚は、いまだにやや引きずられている。
三人で奥の座敷席に座ると、俺とキャロルが醤油ラーメンを頼み、ケビンは炒飯を頼んだ。
注文が運ばれてくるのを待ちながら、キャロルに尋ねる。
「ケシーはどうしてる?」
「REAで保護している。大丈夫だ、元気にしているぞ」
「俺について何か言ってたか?」
「心配していたから、すぐに顔を見せてやるといい。最近はもう、めっきり元気が無かったからな」
「早くあいつと一緒に、テレビでも見てゆっくりしたいよ」
「あとはケシー氏の好きな芸人が、闇営業とやらで謹慎になったらしくてな。そっちの方でも落ち込んでいた。むしろそれで落ち込んでいたのかもしれない」
「あの野郎。というか謹慎? 誰が?」
そんなことを話していると、ラーメンと炒飯が運ばれてきた。
光沢のある油が浮いた、タールみたいに濃い醤油ラーメンだ。備え付けの割りばしをパチンと割って、忘れずに胡椒を振りかけると、ズルズルと麺を啜る。
美味い。めちゃくちゃ美味い。拘置所の味気ない食事に慣れていた俺にとっては、まさに身体に染み渡る濃厚な味。舌から全身の血管へと、しょっぱい醤油が染み流れて満たしていくような錯覚があった。
「取り調べでは、何を聞かれたのだ?」
キャロルがそう聞いた。
「火又との関係について。あとは、俺の『スキルブック』についてとか……最後の爆発についても。とにかく何でも聞かれまくったよ。本当に裁判になるんじゃないかと思った」
「お前を放っておくことができないから、適当な容疑で拘束されただけだ」
「さすがにアレだけ、派手にやればな」
「そういうことだ」
レンゲでスープを啜りながら、キャロルはそう言った。
「それで、『スキルブック』については……今、どうなっているのだ?」
「簡単に言うと、譲渡できなくなった」
「譲渡できない?」
「どうもそうらしい。俺の一部になっちまって、誰にも渡せなくなった」
濃いスープが絡みついた細麺を存分に咀嚼して飲み込んでから、俺は続ける。
「固有スキル化、っていうらしいぜ。もう手放すつもりもないんで、ちょうどいいよな」
そう言った瞬間。
俺の視界の左右に、薄く発光する壁か翼のような紋様が、一瞬だけ浮かび上がった。
それを見て、キャロルとケビンは一瞬目を瞬かせる。
俺が不意に意識したせいで、『スキルブック』が勝手に発現しようとしてしまったのだ。この制御には、いまだに慣れない。ふとした瞬間に汗が噴出するみたいにして、このスキルは俺の外側へと展開しようとしてしまう。
もはや本の形を成していないこのスキルが。
本のような形状をした何かとして発現してしまう、この壊れスキルが。
俺の身体と精神と、完全に融合を果たした『スキルブック』が。
◆◆◆◆◆◆
道庁職員もとい大守市役所職員、多智花真木の顛末についても、サクッと語っておかなければなるまい。
ダンジョン統合実働検査演習の後、俺と火又の直近の関係者であった多智花さんも、相当な事情聴取を受けることになった。さらにあのボス・キマイラの騒乱の渦中で、彼女にはいささか……いやかなりの問題行動があったそうで、一時期は相当、人生を何周してもなかなか遭遇しないレベルのまずい状況に追い込まれていた。
しかし彼女への責任追求とやらは、一旦難を逃れる形となったらしい。それには現役隊員のテロ行為をあくまで自隊でもって対処したという形にしたい自衛隊と、そうでなければ困りすぎる関係各所防衛庁政府の様々な思惑とパワーバランスの天秤の中で、とあるとんでもなくヤバイ行為について秘されることになったらしいのだが……まあその辺は、今度詳しく聞いてみよう。
そうして現在は仕事を休職し、多智花さんは退職への手続きを進めている。俺と同じ栄光の無職ロードを突き進むようだ。俺と関わった人間たちは、どうしてこうにも職や地位を失っていくのだろう。
「R・E・Aに入るのか?」
『いやあ……とりあえずまだ、考え中です』
あはは、と電話の向こうの多智花が笑う。
ラーメンを食い終わった後、再び黒バンに運ばれる俺は、多智花と電話で通話をしていた。
『まあ色々ありすぎちゃったんで……その、一回考え直してみようと思いまして。はい。貯金はわりとありますので……』
「そうか。じゃあ今度……一回さ、飲みにでも行こうぜ」
『はい、ぜひ! 行きましょう! あと二十万円の件についても、アレでもうチャラということでいいですか!?』
「それはチャラじゃない」
『そんなあ』
「冗談だよ」
俺は笑った。
「ありがとう、助かった」
『いえいえ、全然ですよ』
多智花さんは嬉しそうな声色で答えた後、不意に声をひそめる。
『あの、それで……水樹さん?』
「なんだ?」
『もう、記事は見ましたか?』
「記事?」
『記事でもニュースでも良いんですけど……水樹さんについての報道ですよ』
「ちらっとは聞いたが、まだ確認してない。今出て来たばっかりなんだ」
『一回見ておいた方がいいかと……思いますね』
「なんて検索すれば出てくる?」
『水樹了介、って検索すれば……いやもう水樹、だけでも』
「わかった。それじゃあ、また後でかけ直す」
多智花との電話を切り、通話画面を終了させると、検索窓に自分の名前を入れる。タップで検索結果を表示させる前から、俺の心を暗澹とさせる検索予測が並んでいた。
>水樹 ダンジョン統合実働検査演習
>水樹了介 演習場焼失
>水樹了介 スキル キマイラ
>水樹了介 正体 ゴブリン
>水樹了介 小和証券
とにかく『水樹了介』とだけ入れて検索すると、ネット記事の見出しがズラリと並ぶ。
・ダンジョン統合実働検査演習事件– Wilypedia
・米国が最高ダメージの記録更新を認定、日本の冒険者
・●●野演習場の●%が消失、スキルの暴走
・水樹了介とは(みずきりょうすけとは)[記事]-ニホニホ大百科
・ボス・キマイラを倒した水樹了介とは何者か?【海外の反応と全容】
・謎の冒険者、水樹了介のヤバすぎる正体|国際・経済
・水樹了介と火又容疑者は英国のスパイ?英国冒険者集団との蜜月
そのどれもが、タップして覗いてみる気にすらさせてくれない。
「これからミズキの家に向かうが。伝えておくことがある」
多智花との通話が終了した所を見計らったのか、キャロルが出し抜けにそう言った。
「わかっているとは思うが。あの演習によって『スキルブック』の真の性能を引き出してしまったミズキは、いま非常に微妙な立場に立たされている。ボス・キマイラのみならず、軍隊の演習場を核爆発の如き火力で吹き飛ばしてしまったお前のニュースは、もはや世界的な大事件として扱われているからな」
「…………」
俺は黙ったまま、何も答えなかった。
あの時に俺がマークした最終ダメージは、32,768点。
操作制限が解除された『スキルブック』の、強化の乗算処理により弾き出された……文字通りに規格外な威力の、ただの『火炎』。
それまでの世界記録であった最高ダメージ87点。そして俺がレコードを塗り替えた144点ダメージ。そのいずれも、カス同然の威力でしかなかったとでも言わしめる破壊的絶滅的圧倒的火力。
その爆発的火力は巨大なボス・キマイラを塵も残さず消滅させたうえに、その後方2キロメートルに渡って草木を吹き飛ばし、その効果範囲に存在した全ての物質を炭化させてしまったらしい。火力にある程度の指向性が付けられていたのが、不幸中の幸いだった。
「話によれば、各国の機関や冒険者が、あの事件からミズキに興味を持ち始めたという話だ。ミズキがこれから会う人間は、みな何かしらの意図をもって派遣されてきた人間だと疑ってかかった方がよい。ヒマタの行方や目的も、依然わかっていないのだ。一人で外を出歩くことは難しいと思え」
「…………」
「そこで。ミズキの借りているアパートだが、我々REAが全室を借りた」
「……は? 全室?」
押し黙っていた俺は、そこで思わず聞き返した。
「全室って……元から住んでた人は?」
「引っ越し費用と相応の謝礼を払って、部屋を空けてもらった」
「追い出したってことじゃねえか」
「結果的にはそうなったが。みな棚から牡丹餅みたいに喜んでくれて、嫌な顔はされなかったぞ。百万単位で包んだからな」
「滅茶苦茶なことをしやがる……」
「だが一室だけ、右隣の隣室だけは占有できなかった。以前に会った、ヒースという男とマチルダという女が住んでいる部屋だ。全然交渉に応じてくれなくてな」
「……じゃあ、それ以外の部屋は?」
「ミズキの安全を保護するため、我々が居住する。左隣の部屋には、これから私が住むからな。その隣がケビン。他の部屋も全て、我々REAのメンバーが居住することになる。すでに住んでいる」
そんなことを話していると、車が我が家に辿り着いた。
駐車場には、黒塗りのバンが何台も並べられている。全てREAが所有している車両だろうが、これではヤクザか何かの集合アパートだと疑われても仕方ない。
車から降りると、俺は真っ直ぐ自分の部屋へと戻ろうとして。
やはり立ち止まり、振り返った。
「そういえば。キャロル?」
「ん? なんだ、ミズキ」
「今度の週末、デートでも行かないか?」
「…………えっ?」
言われた意味がわからなかったのか、キャロルは目をパチクリとさせた。
「ああ、デートだよ。別に……あれだ。忙しかったらいいけど」
「…………」
キャロルは数秒、唖然とした様子で黙り込む。
しかし次第に、ほんのりと頬を染めると、彼女は笑ってくれた。
「う、うん! 行く! 行こう、ミズキ!」
「よし、決まりだな。空けといてくれよ」
そんなことを約束してから、玄関の前に立つ。
カギを開けて部屋に入ると、そこには、俺の愛すべき妖精にして相棒が居てくれた。
「ズッキーさーん! ご無事だったんですねー!?」
「ケシー! お前も大丈夫だったか!」
ヒラリと一回の羽ばたきで俺の下へと飛翔してきたケシーは、俺の眼前でわちゃわちゃと小さな手を振り回す。
「心配したんですからねー!? もうズッキーさんは、これから一生牢屋の中で無期懲役の終身刑かと思いましたよ! 面会してあげようにも私はこーんな感じの妖精ですので、あらら!? できない!? もしかして面会できない!? みたいな! 仕方ないので手紙を書いてあげようかと思いながらも、私って鉛筆持てないじゃーん! みたいな!」
「悪いことはしてないんだから、そんな食らうわけねえだろ」
俺はそう返しながら、思わず笑ってしまう。
とにかく、良かった。
すでに山積みで手に負えそうもなかった問題の数々は、ついに爆発して辺り構わず散らかり、音におびき寄せられたさらなる厄介事どもが足音をひたひたとさせている。
これは不可逆的な現象だった。
俺はいつの間にか、途中下車の効かない超特急に乗り込んでいて、その特急はすでに発車してしまったのだ。
いや、違うな。
それは最後の最後で、俺が自分で乗り込んだのだ。
まあ、なにはともあれ。
こいつと命が無事でよかった。
「REAの皆さんに匿ってもらってる間にも、木曜のダウソタウン録画してたんですよ! 一緒に見ましょーう!」
「そうだな……ああ、ビールはあったっけ?」
【WEB版からの変更点と2巻あとがき】
水樹の覚醒。
WEB版ではそのままスーッと終わってしまった水樹君ですが、書籍版では精神的に成長(?)しました。
これは元々書籍版のプロットからそうだったわけではなくて、多智花ブチギレからの連鎖的な大改稿の中で、バチバチテンションの作者に呼応して水樹君も突然バキバキになった感じの結果こうなったという感じでした(語彙力)。
作者的には、主人公の水樹君も成長してくれたので、小さなサプライズでした。
それが良いのか悪いのかわかりませんが、死ぬほど改稿してよかったな、とは思いました。
【あとがき】
ということで、ドタバタしてしまって申し訳ございません。
書籍版の移植が終了したので、明日一日お休みしてから、決戦第三部に入っていこうと思います。
あと、移植作業中に気づいたこと一つだけ。
色々と政治的っぽい発言をしまくった2巻部分ですが、作者は君川個人としての政治的思想を作中に反映させたり、登場人物に語らせたりすることは基本絶対にありません。
でも2巻の黒幕だった火又に関しては、これは僕ではないにしろ、無意識に、自分の父親をモデルにしていたのかな、と思ったりしました。
男の子はことあるごとに父性と対決したがるものなのかもしれないです。
父性をビキニアーマーで倒してしまいましたが。
以上!
それじゃあ、行くぜ第三部!ワオーッ!
クルエルGZ先生のバキバキ挿絵口絵付きの書籍版もよろしくぅ!




