【書籍版】83話 何もしてないのに壊れたんですけどー!!
『直後のスキルに対して発動』によって待機状態にされたスキルは、キマイラの電撃とほぼ同時に応発した。それは正確には、コンマ0.00000……というレベルの前後だったのだろう。
直前に発動されたスキルを打ち消す、許諾系スキル『拒否』。
あくまで「人が発動する」という性質上、人間の反応速度の範囲内でしか打ち消せないはずのこのスキル。しかし『スキルブック』の上級操作は、まるでコンピューターが予めプログラムされていた動作を自動で処理するかのようにして、このスキルを同時に発動させた。
バヂンッ!
という激しい電撃音が鳴り響いた瞬間、周囲に展開していた『スキルブック』のカードの壁が、一瞬だけ青色に発光する。
『拒否』のスキルが自動的に応発し、キマイラの怒りの電撃があえなく打ち消された。
あまりにアッサリと。
まるで、何事もなかったかのように。
「…………」
その後には、ただ静寂だけが存在している。
「ガァッ?」
状況が理解できていない様子の、キマイラの呆けたような鳴き声。
自分が放ったはずの電撃が打ち消された山羊頭は、ヒョコヒョコと頭上を見上げている。
その隙に、俺は足元で倒れているキャロルの腕を握ってふたたび引きずり始めた。
「ミズキ! これは一体なんだ!?」
身体を引きずられながら、キャロルは俺の周囲に展開した『スキルブック』の壁を眺めている。俺を起点として、左右へと本を開いたかのように整列しているカード達は、まるで一対の巨大な翼のようにも見えた。
「あー、俺にもわからん! 正直よくわからん!」
「でも、操作していたではないか!」
「使い方がわかるんだ!」
まるで拡張機能と説明書が、脳へと直接インストールされたかのように。
俺とスキルブックが一体化したかのように。
再び後退を始めると、ケシーがひらりと目の前を飛ぶ。
「ズッキーさーん! なにか出来ることはありますかー!?」
「もう一回『拒否』! 長押しから、『直後のスキルに対して発動』を押してくれ!」
「あいあいさー!」
ふたたび後退を始めたのは、少しでも時間を稼ぐためだ。
やることは決まっている。
すでに頭の中に出来ているし、理解できている。
しかし、少しだけ時間が欲しい。
キマイラの攻撃一回分は、残りの『拒否』で打ち消せるが……スキルを使わずに、その鋭い爪が生えた前足などで直接襲い掛かられてはどうしようもない。『透過』ではキャロルを透過できない。
ケシーが左手側に展開している『拒否』を操作している間に、俺はキャロルの身体を片腕で抱きしめるようにして引きずりながら、右手で別の操作をしている。
『火炎』のカードをダブルタップして、発動の詳細を展開させる。
スマホアプリのようにしてポップアップした画面には、こう書かれている。
・『発動』
・『時間を指定して発動』
・『ブーストして発動』
・『別のスキルをリンクして発動』
・『残回数を移動して発動』
『別のスキルをリンクして発動』をタップ。
するとさらに画面がポップアップし、現在リンク可能なスキルが提案される。
・『爆発現象』×0 ⇒ 『火炎』
・『チップダメージ』×0 ⇒ 『火炎』
爆発現象を連打して、残回数のMAXまで重複させる。
『爆発現象』×6となった時点で押せなくなったので、下の『OK』をタップ。
さらにポップアップ。
・『リンクして発動』
・『追加でリンクして発動』
『追加でリンクして発動』をタップ。
さらにリンク可能なスキルがポップアップする。
・『手を取り合う増幅』×0 ⇒ 『爆発現象』×6 ⇒ 『火炎』
迷わず『手を取り合う増幅』を連打し始めた所で、ケシーの声。
「火炎が来ますよ! ズッキーさん!」
目だけで確認すると、キマイラの獅子頭がふたたび火炎を噴こうとしていた。
問題ない。待機状態の『拒否』スキルが自動で応発してくれる。
『手を取り合う増幅』を連打し続けた結果、残回数MAXの×7で停止。
『OK』をタップすると、最終確認がポップアップ。
『重複方式を指定してください』
・『全て加算して自動処理』
・『全て乗算して自動処理』
・『全て手動で指定』
・『処理設定を開く』
『全て乗算して自動処理』を押しかけた所で、俺の指がピタリと止まった。
ええと……これって、つまり、
イメージ通りだよな……?
ゴォッ! という音が一瞬だけ聞こえる。
キマイラが火炎を噴いたのだ。
「きゃぁーーーーっ! 大丈夫だってわかってても怖いーー!」
ケシーのやかましい悲鳴が聞こえてくる。
しかしその火炎の息吹は、発動が待機されていた『拒否』によって発動の瞬間に打ち消される。
「ズッキーさん! 次! 次!」
ちらりと視線を送ると、今度は蛇頭が周囲の空気を凍らせて、氷柱を作ろうとしているのが見えた。
まずい。もう『拒否』の残弾が無い。
正確には残回数が無くても、『スキルブック』の上級操作を使えば何とかなるのは理解できているのだが……その時間が無い!
「もう『拒否』押せないんですけどー! ズッキーさーん!?」
「いや、それでいいんだ! ご苦労ケシー!」
「やたら『残回数を移動しますか?』って出るんですけど!? 何もしてないのに壊れたんですけどー!!」
「壊れてないから! ええい! やってしまえ!」
俺は意を決して、『全て乗算して自動処理』を押し込んだ。
すると最後の画面がポップアップして、計算式が表示される。
・重複方式:全て乗算して自動処理
・対象スキル:『手を取り合う増幅』・『爆発現象』・『火炎』
・計算式:(2×2×2×2×2×2×2)×(2×2×2×2×2×2)×(4)
『発動しますか?』
『はい』『いいえ』
『はい』をタップ!
すると、ポン! という音を立てて、またもやポップアップ。
『最終ダメージは発動時に計算されます』
『以後この画面を表示したくない場合、チェックボックスに☑を入れてください』
『□ 以後この画面を表示しない』
『OK』
『OK』を押し込むと同時に、キマイラの蛇頭が、無数の氷柱を砲弾のように射出した。
その瞬間、俺を取り囲むようにして展開する『スキルブック』が赤色に発光する。
展開されていた『火炎』と『爆発現象』と『手を取り合う増幅』のカードが光り、それぞれが黄金のラインで繋がれる。
ピン! という音と共に、目の前に白色の火球が浮かび上がった。
俺たちを串刺しにするべく襲い掛かる氷柱たちの目の前に、立ちはだかるようにして出現した白い火球。
それは本当に、コンマ何秒という一瞬の前後だった。
俺は咄嗟にキャロルの身体を抱きかかえて倒れ込み、ケシーを捕まえて身体の影に隠す。
その全ての最後に、画面がふたたび表示された。
『最終ダメージ:32,768点』
『この画面を発動前に表示したい場合、『スキルブック』の詳細設定から『表示設定』を変更してください』
『OK』
キャロルによれば、ボス・キマイラの魔法攻撃の防御装甲は1000点分。
HPは50点分。
この世の全てを燃やし尽くさんとする勢いで加熱する白い火球は、
何かを鋭く共鳴させるような不思議な音と共に、
その燃焼を、核爆発の如く暴走させた。
次回2巻エピローグ、書籍版移植終了。




