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壊れスキルで始める現代ダンジョン攻略  作者: 君川優樹
【書籍版】この多智花真木が日本行政の総意!
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【書籍版】81話 オギャーッ!? ジリ貧すぎるーっ!


 火炎の濁流が辺りを飲み込み、舐め回した。


 ろうそくの炎は700℃から1000℃ほどだと聞いたことがある。

 この青火がちらつく巨大な火炎の温度はいかほどか。

 しかしとにかく、そんな炎の息吹が、周囲の全てを吹き飛ばしたのだ。


「っはーっ! はぁーっ!」


 背後に転がりながら、俺はそんな息を吐き出している。


 視点はいまだ定まらず、ガチャガチャと転がるカメラの視界を見ているようだった。

 辺りの芝生が燃えている。残り火がいたるところにまき散らされている。

 咄嗟に背後を振り向くと、かなり進んだ辺りまで火炎の手が伸びていた。


 俺とキャロルはかなり前線の方まで進んでいたとはいえ、後方でいまだに逃げ遅れていたか、もしくは迎撃に出ようとしていた隊員やら人員の一部が…炎に包まれている。


 彼らは足やら腕やらに纏わりつく火を見てパニックになり、周囲の人間やスキル持ちの人員によって消火されていた。炎に丸呑みにされている隊員が、水撃系のスキルを浴びせられながらのたうち回っている。


 俺は咄嗟に、自分の手に握られた一枚のカードを見た。


 『透過』。

 1ターン秒の間、あらゆる物理攻撃を無効化する……特殊効果系のスキルカード。


 腿のポケットから、ケシーのやかましい声が響く。


「あっぶねええーーーーっ! 死ぬかと思いましたよ! 丸焼き妖精0.1秒前でしたよ!」

「無事だったか! ケシー!」

「一瞬前にスキルを発動してくれたおかげで! 私も効果範囲内だったみたいですねー!」

「よかった! 俺だけだったらどうしようかと思った!」

「というかこれって! 『スキルブック』的には、私もズッキーさんの装備品の一部っていう判定なんですかね!」

「とにかく助かったんだからいいだろ!」


 叫びながら、いまだ透過して半分透き通っている身体で立ち上がる。

 咄嗟に『透過』のスキルを引き抜き、発動させたおかげで助かった。

 マジで0.1秒の前後、本当のマジに焼け死ぬところだった。

 今のって、物理判定なんだな!


「ミズキ!」


 甲高い叫び声に呼ばれて顔を上げると、火炎を吐き終えたキマイラの足元で、キャロルがこちらを向いているのが見える。


「俺は大丈夫だ!」


 俺がそう声を返すと、キャロルが安心したように一瞬だけ微笑んだのがわかった。


 しかし。


「待て待て待て! 危ない!」


 俺が叫びながら、大振りのボディランゲージでジェスチャーした瞬間。

 何かに気付いたキャロルは、剣を構え直して顔を上げた。

 キマイラのバカみたいに太い爪付きの腕が、横なぎにキャロルへと襲い掛かる。

 瞬時に何らかのスキルを発動させて防御したようだが、まるで子供が人形でも弾き飛ばすかのように、キャロルの小さな身体が吹き飛んだ。


 彼女はそのまま地面と平行に十数メートル吹き飛ばされ、芝生の上に転がる。

 それを見た瞬間、俺も駆け出していた。


「『火炎』!」


 緩慢な動作でキャロルに追撃を加えようとしているキマイラに対して、駆け寄りながら『火炎』のスキルカードを抜いて発動させる。


 先ほどの業火に比べれば、マッチの灯程度にも思える小さな火炎。

 というか全然届かねえなこれ! 射程距離外だ!


 しかしキマイラは、俺の『火炎』の発動に気づいたようだった。


 全力で走り寄るちっぽけな俺の姿を、キマイラの三頭の一つ……山羊頭の巨大な目が睨みつけてくる。

 キャロルの身体を踏み潰さんとしていた足がその場で踏み直されて、地鳴りのようなゆったりとしたステップを踏み、その巨大な図体が俺の方を向いた。


 口を開いたのは、グロテスクな前歯を剥き出しにする巨大な山羊頭。

 前々から思っていたことだが、山羊の顔は結構怖い。

 その頭部から生える角には、帯電する電撃の迸りが蓄えられている。


 次は……電撃攻撃か!


 そうだ、キマイラは三つの頭のそれぞれが別属性。

 電撃攻撃って、『透過』ですり抜けられるのか!?

 物理判定なのか!? いやどっちだろうと、もう一回『透過』でやり過ごすしかない!


 判定が不確かな防御スキルを発動しようとした瞬間、俺に向かって角から雷撃を打ち出そうとしていた山羊頭の横っ面が、とつぜん爆発した。


「メェェッ!?」


 腹の底にズシンと来る山羊の鳴き声と共に、ほんの少しだけ頭を揺らした山羊頭が、俺への攻撃を中断する。


「Fuck!! Kiss my ass! Boy!」

「くそったれがぁっ!」


 見てみると、中距離に陣取るREAの隊員が、小銃に備え付けたグレネードランチャーのような物をキマイラめがけて乱射していた。


 が、頑張ってらっしゃる!

 助かった!


 キマイラが今度はREAの隊員に引き付けられている隙に、元運動部たる由縁を見せつけた俺の全力疾走は、転がったキャロルの下へと辿り着いた。

 彼女は今まさに立ち上がろうとした所だが、そのために突いた腕は糸の切れた人形のように力なく折れてしまう。


「つぅ……っ!」


 キャロルは、顔をしかめて呻いた。

 右足が、膝からおかしな方向に曲がっている。明らかに骨折している!


「一撃で、持っていかれなかったのが幸いか……!」

「後退させるぞ!」

「頼む……!」


 キャロルの華奢な身体を両脇から抱え込み、全力の後ろ歩きで彼女を引きずりながら後退する。甲冑が全損して手足甲以外はほぼ全裸に近いおかげで、体重の軽いキャロルを引きずるのはそんなに筋力を必要としない。

 一方でREAに注意を引き付けられていたキマイラは、火力重視の近代火器で必死に応戦する彼らに向かって、面倒くさそうに火を吹いた。


「おいおいおい! アレまずいんじゃないのか!」


 俺は慌てて叫んだ。


「大丈夫だ! 衛生兵のケビンが、最低限の後衛スキルは持っている!」

「後衛スキルって!?」

「防御系とか、強化系とか! とにかく色々!」


 特大の火炎の息吹に飲み込まれた、REAの隊員達。

 しかしその火炎が跡を引きながら立ち消えると、彼らが無事に生き残っているのが見えた。よく見てみれば、彼らの半径1メートル弱の範囲だけ、芝生が燃えていないのがわかる。


 バリア的なスキルを使ったのだろう。ボスオーガの時はわからん殺しの不意打ちで瞬殺されてしまった彼らではあるが、さすがはイギリスで一番の冒険者パーティーの精鋭というだけはある。


 彼らが態勢を立て直そうとしている間に、キマイラがまたこちら側を向いた。


 その獅子頭の口内には、今しがた吹き終えた火炎の残り火が揺蕩っており、「いつでももう一回吹けますけど?」とでも言いたげに火の粉を散らしている。


「やばい! 次はこっちだ!」

「相手のスキルを打ち消すスキルがあったはず! アレで凌げ!」


 俺に両脇を抱えられて引きずられているキャロルが、高い声で叫んだ。


「お前を引きずりながらじゃ、スキルブックが操作できない!」

「なら置いていけ!」

「そうは行くか!」


 全力でキャロルを引きずって後退しようとも、キマイラの攻撃射程外へ出るには速度が足りなすぎた。

 巨大な獅子頭の口に、再び火炎が充填されていく。


「ズッキーさん! 私に任せて!」


 響いたのはケシーの声だ。

 それを聞いた瞬間、俺はケシーのやりたいことを理解する。

 テレパシーで伝達するよりも素早い、阿吽の呼吸じみた以心伝心だ。


「『スキルブック』!」


 目の前に発現させたスキルブックが、俺に引きずられているキャロルの胸元に落下する。


「おっ!」


 両脇を抱えられながらも、彼女はそれを何とかキャッチした。

 どうすればいいか察した様子のキャロルが、そのページを素早くめくる。

 キマイラの火炎が、一瞬後に迫っている!


「ゴァアッ!」


 キマイラの巨躯に比べれば、アリかネズミでも逃げているように見えているであろう俺たち。しかし、獅子はネズミ……いや兎を狩るにも何とやら。


 まともに受ければ数十回は余裕で死ねそうな、火山の噴火を思わせる火炎の息吹。

 そんなオーバーキル確実の炎の渦が、俺たちに向かって吐き出される。


「うおおおっ! やばいやばい!」

「これか!? どれだ、ミズキ!」


 それとほぼ同時に、ケシーが腿のポケットから飛び出す。


「これですーっ!」


 空中を素早く滑空したケシーは、キャロルの開いたページから、とあるスキルカードを抜きだした。


「『拒否』!」


 ケシーが引き抜いたスキルカードを俺の命令によって発動した瞬間、刹那で俺たちを灰に変えようとしていた猛火が、パシュンッと弾けて蒸発するような音と共に消え去った。


 『拒否』。スキル・魔法を一つ無効にする許諾系スキル。

 どうやらあの火炎の息吹も、俺たちでいう所のMPを消費する技のようだ。


「やったぁ!」


 スキルカードを重そうに抱えるケシーが叫んだ。


 自分が吐いたはずの業火が一瞬のうちに消滅してしまい、キマイラは何が起こったのかわかっていない様子。不思議そうに頭を傾げる獅子頭は、ネコ科ならではの可愛げがあるように見えなくもない。その背丈が、二階建てのアパートみたいにデカくなければ。


「まだだ! 次!」


 キャロルが叫んだ。


 困惑している獅子頭に代わり、今度はキマイラの三頭の一つ……尻から生える蛇頭が、俺たちのことをロックオンしたようだった。


「キマイラの蛇は氷属性! 氷撃が来るぞ!」

「『拒否』を再装填してくれ!」

「わかってますけどー! 重い! クッソ重たいなこのカードぉ!」


 足を骨折したキャロルとそれを引きずる俺に、そしてケシー……。

 全力で後退している三人が、そんな風に叫び合っている混乱の中で。


 大きく口を開いた蛇頭から、今度は槍の如き氷柱の嵐が放たれた。


 バキキキキキッ! と何かが砕ける音が響き渡り、その大小無数の氷の結晶が俺たちを圧殺しようと襲い掛かる。


「いやーっ!? 死にますーっ!?」

「貸してっ!」


 『拒否』のスキルカードをホルダーに戻すために奮闘しているケシーから、キャロルがカードをぶん取った。そのカードをホルダーに素早く戻し、そのまま引き抜いて再発動の条件を満たす。


「ミズキ!」

「『拒否』!」


 すんでの所でスキルが発動し、俺たちを無残にも串刺しにしようとしていた氷柱たちが、空中で消滅する。

 しかし次は獅子頭が、ふたたび火炎を噴こうと口を開いていた。


「また来る!」

「オギャーッ!? ジリ貧すぎるーっ!」

「『拒否』ぃっ!」


 息つく暇もなく連続で降り注ぐ即死攻撃を、カウンタースキルで消し続ける。


 どこまで逃げればいい!?

 というか、逃げ切れるのか!? 拒否はあと何回使用できる!?


 そこで不意に、攻撃の間隙が生まれたことに気付いた。

 咄嗟に顔を上げると、交代で火炎と氷柱を降らせていた獅子頭と蛇頭が、やや疲れたかのように口を開き、ハアハアと吐息を吐き出している。


「やったっ! MP切れか!? しのぎ切ったかっ!?」

「いや……違う」


 キャロルがそう呟いた。

 彼女の顔が向いている方向……その視線を追ってみると。


 攻撃に参加していなかった、キマイラの三つ頭の最後の一つ。

 醜悪な顔の山羊の頭が、その角に電撃を蓄えているのが見えた。


「山羊頭の、電撃属性……!」キャロルは顔を引きつらせる。「アレは……カウンターできない!」

「な、なんで……?」

「……雷が落ちてから自分に当たるまでに、何かできると思うか?」

「…………」


 あ……そういうことか……。

 俺は色々と察した。


 発生した物に対してカウンターで発動させるから……そういう弱点があるのね。発動から着弾までが速すぎる奴は……というか物理的に無理な奴は、割り込んで消せないのね。


 俺はなぜか冷静に、そんなことを考えた。

 山羊頭の湾曲した角に蓄えられた電撃。

 その迸りが怒りの雷へと形を変えて、俺たちを炭化させんとして放たれようとする。


「ミズキ! 『透過』を使え!」

「お前は透過できないだろ!」

「いいからぁ! 全員死ぬ!」


 叫びあったその瞬間。

 山羊頭を支える太い首に、轟音と共に高速の鉄槌が襲い掛かった。


 ゴンッ!


「うぉおっ!?」

「メェエェエエッ!」


 腹に響く不快な呻き声を上げて、山羊頭が首をくねらせる。

 咄嗟に振り返ると、幕僚本部のテントが構えられている広場の隅……その奥手から。


 キャタピラを回して前進する、一両の戦車の姿が現れた。

 その主砲は今しがた弾を打ち終えたようで、砲口から煙を吐き出している。

 キャンプの脇に立っているのは……。


「多智花さん!」


 俺は思わず、叫んだ。

 耳を塞いでいたらしき多智花さんは、振り返った俺に対して片手を振っている。


「機甲部隊……!」


 キャロルが微かに笑う。


「ははっ……万が一に備えて配備されているとは聞いていたが……まさか、本当に動くことになるとは」


 爆音と共に、次弾が発射される。

 咄嗟に片手で耳を塞いだが、塞げなかった方の鼓膜が破れたような感覚があった。


 ブリーフィングで一度だけ聞いた名前……10式戦車の徹甲弾なる弾薬が、目では追えない速度で飛翔し、キマイラの胴体に突き刺さった。


 否。


 その鋭い弾頭はキマイラの胴体に確かに着弾したが、物理装甲によって貫通することは敵わず。

 柔らかい表皮に逸らされて、針のような弾頭がズドンと地面に突き刺さった。


「キシャァアアッ!」


 キマイラの蛇頭が吠えた。

 その口から大量の氷柱が吐き出され、弾幕の如き物量で戦車へと飛翔する。


 戦車の装甲は氷柱の大半を逸らして防ぎ切ったが、何本かが突き刺さった。

 キャタピラの回転が止まり、車体がその場で停止する。

 しかし、主砲はそれでも微細に動いて、キマイラの身体を狙っていた。


 爆音が轟き、主砲が大きな火柱と共に砲弾を撃ち込む。

 それに応戦するように、キマイラの蛇頭が氷柱を撃ち出す。

 大音量の砲撃と、大気を凍らせる氷結の炸裂音が交錯して地鳴りを響かせた。


 自衛隊VS怪獣大戦争の真っただ中に放り出されている俺たちは、もはや後退することも叶わず、その場にうずくまって必死に耳を塞いでいる。


 戦車の主砲が撃ち出されるたび、地面が揺れて、大気が激しく振動し、爆音の衝撃でこちらまでダメージを受けているような気分になる。


 そして、4発目の主砲を打ち終えた後。

 戦車は完全に沈黙した。その周囲には無数の氷柱が刺さり、戦車自身にも……何本もの鋭い氷柱が、装甲を貫通して突き刺さっている。


 キマイラは……その場に膝をついて、倒れかかっていた。

 4発もの徹甲弾の直撃を受け、さすがによろめいてはいたが……。

 そのバグった物理装甲で、すべてを凌いだのだろう。


 キマイラは再び4つの足でたしかに地面を捉え、その巨躯を立ち上がらせると。

 今まで激しい砲火を浴びせてきた戦車が動かないことを確認して、再び俺たちの方を見やる。


 ははっ、となぜか俺は笑ってしまった。


「あー……終わったかもしれないな……」

「ズッキーさーん!? 諦めないでー!?」


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