【書籍版】78話 羞恥心だけは残しておいて欲しかった #
眩い光矢が炸裂した。
光矢というのは、あまりに眩しいことの比喩ではない。
それは実際の威力を伴った、閃光の範囲攻撃だった。
太陽を直視したかのような光の爆発が、歪んだ陽影を網膜に刻み付ける。反射的に手をかざし、衝撃で背後へと尻もちを突きながら倒れ込む。視界を奪われながら背後に倒れて、周囲で大地が張り裂けるような轟音が響いた。目を瞑りながらも、鼓膜が張り裂けないか不安になる。
『ズッキーさーん!?大丈夫ですかぁーっ!?』
脳内にケシーの声が響いたが、いまだ目を開けられない。返答すらできない。
そうこうしていると、俺は腕を何者かに腕を掴まれて、凄まじい勢いで後方へと引きずられていく。腰のあたりを削られんばかりの勢いで引きずられた俺は、そのまま横合いに投げられて転がった。
「ミズキ……ミズキっ! しっかりしろ!」
「あっ? あぁっ!? キャロルか!?」
何とか返答しながらも、俺はいまだに平衡感覚を失っていた。
太陽を直視した直後のように、目の前が曇って何も見えない。
バチン!
奪われた視界の中でもがいていると、その頬に何発かの平手打ちが食らわされた。
バヂンッ!
一発目は手加減がされていたが、二発目はほとんど殴打に近かった。
「おっ!? ぐあっ!?」
戦場さながらの混乱の中で、無理やりに目が開かれる。
目の前に、キャロルの顔があった。
アングロ・サクソン系の色白の肌、非の打ち所がないほど整ったパーツ。
ぱっちりと開かれた二重の瞳は、『龍鱗の瞳』のスキャン状態に切り替わっている。
「よし! 異常なし、外傷なし!」
俺の状態をスキャンしたらしいキャロルがそう吠えると、俺を引っ張って立ち上がらせた。そこは待機列の後方に停められていた、ゴツイ自衛隊車両の裏側。どうやらかなり遠くまで吹き飛ばされ、キャロルによってさらに引きずられて来たらしい。
「何があった!?」
「見てみろ!」
キャロルに促された俺は、自衛隊車両の影から顔を出して広場の中央を見た。
周囲は地面が張り裂けている。まるで地割れでも起こったかのようだ。そこかしこの芝生が禿げて、下から茶土が露出している。つい先ほどまで模擬戦闘が行われていた中心部は土煙が立ち上っていて、内部がよく見えない。
しかしその中で、何かのおぼろげな影が聳えているのはわかった。
やたら大きい影だ。
民家ほどの背丈はあろうかという物影。
しかしそれは、建造物ではなく……何らかの生物の姿を予感させる。
「クソッ、やられた」
車両の影から身を乗り出しながら、キャロルが呟いた。
「クリスタルを使用されてしまった……ボス・キマイラだ。しかもおそらく、変異種……!」
「今の爆発はなんだ? キマイラの攻撃か?」
「いいや違う。物理法則を無視して急激に進化した結果の、一種の爆縮のようなものだ」
車両の影から様子を窺っていると、漂っていた土煙が段々と晴れてきた。
そこから見えてきたのは、瘤のように隆々と発達した筋肉。
どす黒い毛並みに、血走った目を開く獅子頭。グロテスクに伸びた歯をむき出しにするヤギの頭部に、人を簡単に丸呑みできそうなほど大きな口を開けた蛇頭。
先ほどの姿よりも、二回りどころか五回りほどは大きく成長した体躯。
霧散しつつある土煙の中で、急激な異常成長を果たしたらしい三つ首の獣は、人形のようにじっとしてその場に鎮座していた。蛇頭などはそのまま体から垂れ下がって、寝入るように地面を這っている。
「………………」
そのおぞましい姿かたちとは裏腹に、巨大なキマイラはまるで餌をおあずけにされた間の抜けた飼い犬のように、その場にちょこんと……いやズシンと座り込んで、開いた口から涎を垂らしっぱなしにしたまま、微動だにしない。
車両の影から恐る恐る様子を眺めながら、キャロルに聞く。
「…………動かないぞ? どうしたんだ?」
「混乱しているのだ。自分の身体がとつぜん三倍以上に成長したら、誰だって呆け気味になるだろう」
「そりゃそうだな」
俺がそう返すと、キャロルは再度その瞳を蛇のように変質させて、キマイラに対し『龍鱗の瞳』によるスキャンを開始した。
火又は……多智花さんはどこにいる?
周囲を見回しても、群衆の中に火又の姿は見当たらない。
何処かへ逃げてしまったか、隠れているようだ。
戦場さながらに混乱している広場をさらに見渡すと、一般枠の演習参加者たちは錯乱し、辺り構わず逃げまどったり、腰を抜かしてしまって、その場に尻もちを突いたりしている。
彼らはこの異常事態の中で自分がどう動けばよいのか、決めかねているような雰囲気があった。それは混乱の中の一種の手持ち無沙汰で、とりあえず、なんとなく周囲で倒れている人へと手を伸ばしたり、肩を貸してやったり、自分に指示を下してくれる上官を探して、せわしなく辺りを見回したりしている。
その中に、多智花の姿は見つけられなかった。
一体どこにいる? 無事か?
「ちっ」
そんな広場の様子を眺めていると、キャロルが舌打ちした。
「まずいぞ、ミズキ。あれはもう、我々の手には負えないかもしれない」
「どういうことだ?」
キマイラの解析が終わったらしいキャロルは、『龍鱗の瞳』を解除しながら俺を見た。
「ただのボス・キマイラではない。変異体に異常進化している」
「それだと、どうやばい?」
「基本のステータスは大して変わらないが、耐性系の値が異常だ。おそらく、直前まで私の攻撃を受けていたせいだろう。危機に瀕した状況下で、それに適応する形で進化してしまったのだ。物理装甲を頂点として、他の装甲値も異常な数値になっている」
「……つまり?」
「我々の現状の武装では、どうやってもダメージを通せない。倒す手段が無い」
「なんだって……」
一瞬のあいだ、俺たちは見つめ合った。
ズシン、と腹の底に沈みこむ重低音が響く。
そちらの方に顔を向けると、一軒家ほどの背丈を誇るボス・キマイラが、ついに動き出そうとしているのが見えた。人間の一人や二人ならば易々と踏みつぶせるであろう巨大な足を踏み出し、三つ頭がそれぞれ立ち上がって、別々の方向を向き始める。それはさながら、怪獣映画の特撮を見ているような気分だった。
「……火又については後だ。とにかく、避難が終わるまでアレを止めないといけないぞ」
「止めて……どうするんだ? 攻撃が一切通らないんだろ?」
「それについては考える。戦いながら考える。とにかく交戦を開始する」
「被弾したばかりだろ。火又からもダメージをもらったはずだ」
「心配ない。時間を置いたし、先ほどの羞恥心で全部吹き飛んだ。今はサッパリしている」
「羞恥心はもう感じないのか?」
「効果時間が切れたらしい。今の私は正常だ」
できれば、ダメージは回復しても羞恥心だけは残しておいて欲しかった。
「…………わかった。俺にできることは?」
「バックアップしてくれ。キマイラの相手は私がする」
スキルブックを開き、使用できるスキルの一覧を眺める。
何をどうやって使う……?
「ミズキ! もう行くぞ!」
「ああ、わかった! ケシーもいけるか!」
「あいあいさーっ! ですよー!」
【WEB版からの変更点】
バッキバキに変更されたラストバトル。
WEB版では火又とは戦わずに済んだ状況ですが、書籍版ではやっぱり黒幕と戦わなきゃいかんだろうということで、戦闘になりました。
こちらも初稿段階では、もっとスーッと戦って比較的アッサリ次に進んでいく感じだったのですが、第2稿の締め切り前日に事件発生。
クルエルGZ先生が描いてくれたキャロルのビキニアーマーラフが届き、心打たれた作者がこれを絶対に本編で活躍させなければいけないと決意した結果、徹夜でほぼ全部書き直すことになり、このような形に。
(たしか結局締め切りには間に合わず、一日伸ばして頂いたり頂かなかったり)
この大改稿が後々まで響き、最後の手直し期間であるはずの最終稿でもバッキバキの改稿をやらかして担当編集Yさんのスケジュールを渋滞させたのはまた別のお話。




