【書籍版】74話 頭上注意
「うん。うん。うん。よし良くやった。そのままこちらへ輸送してきなさい。こちら? こちらは完全に状況をコントロールしているよ。心配するな、一尉。計画は全て順調に進んでいる。オワリ」
キマイラの檻を前にしながら、広場の中央に陣取った火又はパイプ椅子に座りながら無線で連絡を取っていた。
火又の周囲には何人もの隊員が小銃を提げて立っており、周囲を絶えず警戒している。
そんな彼の横に連れてこられた俺は、三人の自衛官に銃を突き付けられながら、膝をついて跪いていた。
「俺をどうするつもりだ?」
無線連絡が終わったらしい火又に、俺はそう尋ねた。
「処刑するつもりか?」
俺がそう聞くと、火又はおどけた雰囲気で、わざとらしく驚いて見せる。
「処刑だって? 物騒なことを言うなよ、水樹くん。私が君を殺すわけないじゃないか」
「ならどうするつもりだ」
「水樹君。君の保有する『スキルブック』は、日本の最たる財産の一つだ。この壊れスキルは、必ずや莫大な国益をもたらしてくれるに違いない。そんなスキルを発見し、今日まで他でもない日本人の所有としてくれていた水樹君は、勲章が与えられて然るべき功労者。安心したまえ。そんな水樹君を、決して無下には扱わないよ」
「質問に答えろよ、火又」
俺は語気を強めて言った。
「一体どうするつもりだ? って聞いたんだぜ」
「とりあえず、我々と一緒に来てもらう。君にはぜひとも、我々の仲間になってもらいたいからな。ここを離脱した後は一緒に連れて帰り、教育を施そうと思う」
「そんなまどろっこしい真似をしなくとも、俺からスキルを奪えばいいじゃないか」
「いいや。それは駄目だ」
火又の口調が不意に、厳しいものに変わった。
「君からスキルを取り出すことはしたくない。君のそれが、私の予想している物と同種であるなら……君から取り出すことによって『スキルブック』は損なわれる。おそらくはすでに、その段階まで進んでいる」
「損なわれる?」
俺は聞き返した。
「どういうことだ?」
「その辺については、帰投してからじっくり話すとしようじゃないか。今は作戦中だから……おっ、来たぞ」
火又が視線を送った先に、一台のジープのような自衛隊車両が見えた。
その車両は広場を突っ切って真っ直ぐこちらまで走行し、俺たちのすぐそばで停車する。
車両から、迷彩服姿の若い自衛官が降りてきた。
彼は風呂敷のような布に包まれた何かを大事そうに抱えていて、それを火又に手渡す。
「よくやった、一尉。管理施設の攻撃を君に任せて良かった」
「三佐、ありがとうございます!」
素早く敬礼した幹部自衛官が後ろに下がる。
火又が風呂敷を広げると、そこには以前彼に見せられた、金色のレベル・クリスタルが隠されていた。
「よし。作戦の99%は成功だ」
彼はその水晶体を手に、キマイラが閉じ込められている檻へと進んでいく。
「待て、火又」
俺は彼の背中に呼びかけた。
「成長したボス・キマイラを市街地に放つって……本気で言っているのか?」
「逆に、どうして本気じゃないと思った?」
軽く振り返った火又は、そう言ってニヤリと笑った。
俺は以前に戦った、ボス・オーガ変異体のことを思い出す。
あんなのが市街地に放たれたら、一体どうなるんだ?
デパートにゴブリン一体が迷い込んだだけでも大変なことになったんだぞ。
どれだけの被害が発生する?
そこで俺は、あることに気付いた。
「あのデパートのゴブリン……まさか、お前が放ったのか?」
「ご名答」
火又はニッコリと微笑んだ。
「今回の布石として、アレにはもうちょっと被害を出してもらう予定だったんだが。いわば威嚇射撃だよ。何だって連続した方が、問題意識が高まるだろ? 芸能人の不倫とか、ドラッグとかな」
「管理施設に侵入した連中ってのは……お前らのことか」
「その通り。だがしかしなあ。それなりに苦労したのに、まさか君に鎮圧されてしまうとは思わなかったよ。人員の関係で演習の休みに実行したのが間違いだったな。まあ狭い町だから、こういうことはあるだろう。むしろ君のおかげで、より注目が集まったかもしれん。世間はヒーローが大好きだからな」
フハハ、と火又が笑う。
「ボス・キマイラはゴブリンどころか、ボス・オーガよりも数倍は強力だ。私の予想では、陸自戦力では鎮圧できず、対処のために爆撃が必要になるだろう。死者は数千人単位となるかもしれない」
火又は淡々と続ける。
「だが、犠牲者は多ければ多いだけ良い。これは一種の意識改革、士気高揚作戦なのだから。強力であればあるだけ、被害は大きければ大きいほど良い」
「……お前は狂ってる」
喉を詰まらせながら、俺は何とか声を絞り出した。
「あんたがいつも笑っていた理由がわかったよ。そのどす黒い本性を見抜かれたくなかったから、あんたは底抜けに明るい男を演じていたんだ。狂人め……俺を鍋に誘ったり何かと気にかけたのも、あわよくば説得だけで仲間に引き入れようとしていたからだな」
「いいや。それは違うぞ、水樹君」
火又はそこでようやく身体を振り向かせ、俺に指を指した。
「何でも見透かしたように語るな。明るくて快活な私も、部下を気に掛ける私も、国のために犠牲を厭わない私も、全て本当の私だ。たしかに君を懐柔できればとは思っていたが、それ以上に私は、君と酒を飲んで、鍋を突くことを楽しんでいた。君のことを少なからず気に入っていた。人は仮面を被って生きる生き物だが、そのどれもが素顔だ。その仮面の素顔の集合体こそが一人の人間なのだ。そのことがわからないのか?」
「狂った悪党が、哲学者ぶるな」
「そんな言い方をする人間だとは思わなかったよ。君には少なからず失望した」
「お前が利口じゃないのは事実だ」
俺は彼の目を、真っ直ぐ見据えながら続ける。
「こんな大がかりなテロを画策しておいて、作戦完了の直前に、俺なんかと話し込んじまうんだからな」
俺は彼から、決して目を離さなかった。
目の前にいる火又の頭上に、上空から一人の剣士が降って来ていることがわかっていても。
「――――――ッ!?」
火又がようやく何かに気付き、頭上を見上げた。
そこでようやく、俺も上を見上げる。
上空から飛来していたのは、一本の両刃剣を握ってミサイルのように飛翔してきた一人の少女。
R・E・Aの隊長、キャロル・ミドルトンだ。




