☆新規章【書籍版】71話 好き好き大好き愛してるぅー! #
「…………一体、何があったんです?」
「ニャオー」
その後。
店の外でベンチに座りながら警察やら何やらを待っている俺に、詩のぶは眉間に皺を寄せながらそう尋ねた。
「人命救助のために戦ってきたんだ」
「人命救助のために戦うと、顔がベタベタになってめちゃくちゃ臭くなるんですか?」
「そういうこともあるんだ」
「不思議ですね」
「人生は不思議なものだからな」
タオルで顔を拭きながら、俺はそう答える。
身体的なダメージはそれほどでもない。突進の際に、首と肩を微妙に痛めたくらいだ。
しかしそれ以上に、俺には心の傷が残ったような気がした。俺はゴブリンに襲われた詩のぶや、オーガに犯されかけたキャロルの気持ちをようやく理解できたような気がして、世界が男女平等へと一歩近づいたような気がした。
すると多智花さんが、買い物袋を提げながらパタパタと駆け寄って来る。
「水樹さん、大丈夫ですか!?」
「ああ……多智花さん、どうでした?」
「ええと、事情聴取とか色々あるので、ここで待機していて欲しいとのことです!」
「了解。あと、さっき助かりました。まさかあそこに居るとは……」
危ない所を助けてもらったので、感謝を伝えておこうと思ったそのとき。
多智花さんが両手に抱えた、大小さまざまな買い物袋に目が留まった。
半透明の袋にはスマホ、靴、衣類、財布、生活用品。
その他諸々、十数万円は下らなそうな買い物の名残り。
「…………二十万円か……」
俺は察して呟いた。
「ま、まあまあ! あの件については、これでチャラになったりしませんかね!」
「ならないな……」
「そうですか……」
しかしまあ、チャラにはならなくとも助けてもらったことは事実であった。
「はぁ」と俺はため息をつく。
とうとうというか……完全に公の場で、大々的に『スキルブック』を使用してしまった。一部始終は防犯カメラやら何やらにバッチリ抑えられているだろうから、この壊れスキルの実態がニュースとなって、世間の皆様方や関係各位へと知れ渡るのは時間の問題だろう。いつかこの時が来るとは思っていたが、なかなかにあっけなく来てしまったものだ。
しかし、これが今日、このタイミングで良かった。すでに『スキルブック』の仕様はそのほとんどが明らかになり、火又三佐という政府とのパイプも手に入れた。事情聴取等で休みは潰れることになること間違いなしだが、演習最終日には間に合うだろう。もっとも、間に合わなくたって俺が困るわけではない。あとはひと段落したタイミングで、この壊れスキルを……キャロルか火又三佐を通じて売買すればいいだけだ。
それよりも、気にかかるのは今回の事故。
ダンジョンから出てこないはずの、洞窟性生物の脱走。
恐らく今回の事件は、世界的なニュースとなるに違いない。
俺はいつかの白竜の言葉を思い出した。
『“橋の対岸が落ちれば、橋の上に居る者はもう一方の対岸を目指すだろう。”』
「にゃおお」
猫が鳴いた。
◆◆◆◆◆◆
そんな次の、次の日。
やっとこさ演習場の宿舎まで帰ってきていた俺は、疲れ果ててベッドの上で寝転がっていた。
「お疲れですねー」
そう言って俺をねぎらってくれるのは、視界の中をひらりと飛んだケシーだ。
「ああ、なんだか疲れた。外出しなけりゃ良かったよ」
そう言って、俺はゴロンと横に転がる。
デパートにおけるゴブリン戦の後。夜まで事情聴取を受けた俺はその翌日も丸一日警察のお世話となり、諸々の全てにひと段落がついてやっと帰って来たのが本日の17時頃だった。それから荷物を纏めて、迎えに来てくれたキャロルと火又三佐と共に宿舎へと再度赴き、自衛隊車両で遠路を揺られて現在時刻が21時。
俺はあくまで人命救助のために動いたわけであって、犯罪をしでかしたわけではなかったので、取り調べは時間がかかったものの友好的で軽いものだった。なにせ事件が事件であり、さらには巻き込まれた人や戦場と化してしまった中華料理屋やら様々な関係者が存在するので、その処理は簡単にはいかなかったのだ。
「あー。しかし、演習に参加してて良かったな」
「ほんとですねー」
その後の喧騒を俺と一緒に体験することになったケシーが、同意してくれる。
そんな長時間の拘束を経て、警察署を後にした俺を自宅アパートで出迎えたのは、多数の報道陣だった。演習も何もなくて暇だったら、俺はあの家で今でも、マスコミの取材に引っ張られていたかもしれない。期せずして、マスコミが絶対に入って来れない演習場という領域に逃げ込むことが出来たわけだ。
ちなみに、詩のぶはあの三毛猫を飼うことにしたらしい。
「これからどうします?」
「とりあえず……今日はもう、疲れたから寝る。明日最終日だし」
「りょりょりょのりょですー。ケシーちゃんもおやすみしますかねー」
「あ、そうだ」そのまま寝てしまおうとする前に、俺はあることを思い出す。「デパートで、お前用のパソコン買ったんだよ。すっかり忘れてた」
「えっ? マジすか?」
「詩のぶに預けて来ちゃったけど……」寝転がったまま手を伸ばして、サイドボードに置いていた財布から保証書付きのレシートを取り出すと、それをケシーに見せた。「これ。買っといたから」
「どれどれ? うんうん? うん? …………おほおおおおぉぉぉッ!? BappleのノートPCじゃーん! これちょうど欲しかったんです! PCの中でもコレが! コレが欲しかったんです! しかも11インチ1.1GHzデュアルコアCore i5プロセッサSSD256GBメモリ16GBモデルコスモグレイ! 超良コスパの良機じゃーん! さっすがズッキーさん、わかってるぅ!」
「お前ほんと、俺よりこの世界に詳しいよな」
「マージ嬉しいー! 大好きズッキーさん! 好き好き大好き愛してるぅー!」
「満足そうで何よりだ。買った甲斐があった」
まあ色々と度を超えて騒がしすぎた休日ではあったが、ケシーが喜んでくれたので何よりである。
「んふふー! 楽しみ楽しみー! 早く触りたいなー!」
「……ちょっと思ったんだけどさ」
「なんですなんです?」
「お前もう、元の世界帰る気無くしてない?」
「そんなわけないじゃないですかー。どこに行ったって故郷は故郷! 私だってちゃーんと、日々テレビやYourTubeをチェックしながらも、心の故郷である妖精の森に帰る日を……」
そこまで言ったところで、ケシーは固まる。
「…………テレビもYourTubeもゲームもスマホもズッキーさんもない世界に……? あの木と鹿以外に何も無い森に……? か、帰らなきゃいけないんですかね?」
「……いや、知らんけど」
そして俺は一応、ケシーの中でテレビやYourTubeやゲームやスマホと同程度には優先順位が高いようだった。嬉しいのか嬉しくないのかよくわからないが。
「…………ま、まあ! 元世界への帰還は、十年計画で考えましょう!」
「お前もう絶対帰る気ないだろ……」
そんな他愛のない話をしながら、ふと明日は演習最終日だということを思い出す。
いよいよ、すべてのひと段落がついてくれる日だ。
無難にこなして、一連の出来事に終止符を打ち、平和な日常を取り戻して。
あとはゆっくり……ケシーと一緒に、ゲームしたりテレビを見ながら暮らそうかな。
十年計画で。
【WEB版からの変更点】
新規章の追加。
詩のぶとデパートを書きたかったというアレ。
(担当編集Yさんからの、「2巻に詩のぶとヒースが全然出てねえだるぉ〜〜〜!!!???」との要請にも依る)
巨大デパートって現代のダンジョンですよねみたいな。
異世界人がデパートにいきなり来たら巨大迷宮だと思うに違いない。
誰か異世界の勇者が田舎のイオンに転移してきて攻略しようとするお話書いてくれませんかね。
もうあるかも?




