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壊れスキルで始める現代ダンジョン攻略  作者: 君川優樹
【書籍版】デパート・ダンジョン!
70/110

☆新規章【書籍版】70話 異種格闘技戦


「詩のぶ! そこ動くなよ!」

「えっ!? どうするんです!?」


 下りのエスカレーターを駆け下りながら叫ぶ俺に、三毛猫を抱えたままの詩のぶが返した。


「ちょっと、どうにかしてくる!」

「マジですかー!?」


 エスカレーターを降りた先で、階下を走っていたゴブリンにちょうど追い付く。


 恐らく、あれがオオモリ・ダンジョンから脱走したという奴だろう。あれからかなり経っているから、すでに山か森にでも入り込んだのだろうと思われていたが。

 今まで、どこにどう隠れていたのだ?


「ゴブッ!?」


 俺に気付いたゴブリンは、見た感じ完全なるパニック状態だった。想像するに、狭い洞窟空間から飛び出して広く明るいこちら側の世界を逃げ回り、現在はわけもわからないまま、このデパートにて狂騒の真っただ中。


 明らかに、ダンジョンで出会った時とは様子が異なる。

 みながゴブリンに恐怖しているのと同様に、彼自身、この状況に恐怖しているのかもしれなかった。


 ゴブリンは一瞬棍棒を握るが、迷ったように周囲を素早く見渡すと、踵を返してどこかへと走り去ってしまう。


「あっ! ま、待て!」


 スキルブックを展開しながら、ゴブリンを追う。

 逃げ出したゴブリンは、道のすぐ脇にテナントを借りている中華料理屋へと入って行った。


「ま、まずい!?」


 誰かが襲われる前に制圧してしまおうと思って飛び出したが、下手に刺激しない方がよかったか?

 最悪だ!

 あんな狭い場所でゴブリンに襲われてしまったら、逃げ場が無い!


 後を追ってすぐさま店内へと入ると、ご飯を食べていたお客様方の悲鳴が巻き起こっていた。当然だ。

 チャーハンを食べていた所で突然ゴブリンが入店してきたら、誰でもビビる。

 俺でもビビるし、流石のキャロルでもビビるだろう。


 席同士が小さな壁で迷路状に仕切られた、狭い店内。

 そこに乱入したゴブリンは、パニック状態で棍棒を振り回していた。


「ゴブゥ!」


 バギン! と仕切り壁が力任せに殴打されて、耐久性の無い板が真っ二つに砕けた。

 恐慌状態で暴れるゴブリンは、誰かを人質に取るという知能までは無いようで、鼻息を荒くしながら周囲を威嚇している。


 「俺に近づくな」と言わんばかりに棍棒を振りかざすゴブリンにとっては、洞窟世界から見れば完全に異空間であるこのデパートこそが、俺たちで言うところのダンジョンに他ならないのかもしれない。彼のパニック具合は、ダンジョンに突然放り込まれた一般人が、見慣れないモンスターの群れに囲まれている状況と同じものと考えれば理解しやすい。人間でもゴブリンでも、そんな危機的状況陥れば誰でもこうなる。


「お、落ち着け。落ち着けよ……」


 そんなゴブリンの注目を最も集めている俺は、奴をなんとか宥めようとして、ゆっくりと彼に近づいた。

 片手にスキルブックを構え、もう一方の手には『火炎』のスキルカードを構えている。


 しかしそこで、俺は『火炎』が使えないことに気付く。


 狭い店内。両脇には、恐怖で縮こまっているお客様方。

 強化無しで打てばそこまでの範囲攻撃にはならないとはいえ、こんな場所で火炎放射器をぶっ放すわけにはいかない。


「落ち着け。何もしないから。ほら……何も武器を持ってないだろ」

「ゴブゥ…………!」


 ゴブリンに睨みつけられながら、そっと『スキルブック』から別のカードを取り出そうと試みた。範囲攻撃になるスキルは駄目だ……ここは……『ゴブリンの突撃』。


 これだ。格闘で制圧するしかない。


 適当なホルダーへと『火炎』のカードを戻し、『ゴブリンの突撃』に指をかける。それをそっと引き抜こうとした所で……不意に、店内で「おぎゃあっ!」という泣き声が響き渡った。


「ゴブッ!?」


 赤ん坊の泣き声に反応したゴブリンが、咄嗟にそちらを振り向く。店内の隅で震えていた家族連れ。赤ん坊が泣きだしてしまった母親は、自分もパニックで泣きだしてしまいながら、赤ん坊を守ろうとして本能的に我が子を抱きしめる。


「ゴブウッ!」


 ゴブリンは突然わめき始めた赤ん坊に向かって、棍棒を振りかざしながら駆け出した。

 奴も混乱している。彼らも混乱している。俺だって混乱している!


「くそっ! 『ゴブリンの突撃』!」


 カードからスキルを発動し、俺はゴブリンに向かって咄嗟に突進をかました。

 飛びついて棍棒を振り下ろそうとしていたゴブリンの横合いから突っ込んで、物理強化がかかったタックルを突き刺す。


「ゴブブッ!?」

「ぐおおっ!?」


 横っ腹にタックルをかまされたゴブリンは、俺と共に吹っ飛んで中華屋の壁に激突した。物理強化プラス3点が付与された突進は、衝突した壁にバトル漫画のようなヒビを走らせる威力がある。


 店内に悲鳴が響き渡った。俺とゴブリンは揉みくちゃになりながら、そのまま壁から引きはがされるようにして落下する。下にあったのはとある客席のテーブル。まだ皿は片付けられていないが、幸いにも空席。テーブル上に二人して落下して転がると、中華皿やらガラスコップがバキバキと割れた。交通事故にでも遭ったかのような衝撃で、眩暈と共に視界に火花が散る。


 先にその衝撃から復帰したのは、俺ではなくゴブリンの方。

 素のフィジカル差である。


「ゴブゥッ!」


 俺に馬乗りになるような恰好で上体を起こしたゴブリンが、片手で棍棒を振り下ろした。


「うおおっ!」


 咄嗟の反応で振った腕が、ゴブリンの前腕に引っ掛かった。意図せずして攻撃をパリィするような形になり、棍棒が弾かれてどこかへと飛んで行く。


「ゴブゴブゥゥウウッ!」

「ぐおおおぉおおおっ!」


 互いに両手を取り合い、俺たちはそのまま指を咬み合わせて、力比べ(ロックアップ)へと移行した。


 ゴブリンの筋力はチンパンジーの1.何倍だとキャロルが言っていたが、スキルによって上方修正が付与された俺の力と拮抗する程度だ。ゴブリンの荒い鼻息が顔にかかる。膝蹴りか何かで突き飛ばしたいが、馬乗り(マウント)から上手く抜け出せない。脱出(エスケープ)しなければ。大学時代に齧った総合格闘技で、その技術だけは知っている。ブリッジ、エビ、シングルエックス……だが目の前の相手は普通の人間ではなく小型のゴブリンで、いくら総合(・・)格闘とはいっても、その技術体系は対ゴブリンまではカバーされていない。人間と微妙に異なる身体構造が俺の頭を混乱させる。まずい。『ゴブリンの突撃』の強化(バフ)時間が切れる。


 視界の端に表示されていた、効果の持続時間を表すメーター。

 それがミリまで減ったとき、俺は一瞬死を覚悟した。


 しかし、次の瞬間。

 キィンという耳鳴りと共にゴブリンが繰り出したのは、攻撃ではなかった。


「ゴブッ! ゴブゴブッ!」

「オアっ!? べっ!? ぐあぁああっ!?」


 突如として興奮しだしたゴブリンが、俺の顔をベロベロと舐め回し始める。

 恐ろしく臭い唾液が滴り、その粘液が空気に触れる嫌な臭気が立ち込めた。


「ばっ!? なんだこいつ!?」

「ゴブゥ!」


 引き剥がそうとするが、あまりの腕力で押さえつけられ、上手くいかない。極度の興奮状態に陥っている様子のゴブリンは、ついには腰まで使い出して、股間を俺に押し当て始めた。


「な、なんだ!? やめろ、やめろ!」

「水樹さん! 私です!」


 聞こえたのは、多智花さんの声。


 ゴブリンに首筋を舐められながら何とかそちらを向くと、隅の席にいた多智花さんが、立ち上がってこちらに向かって叫んでいた。どうやら、ここで昼飯を食べていたらしい。彼女のテーブルには、炒飯とラーメンと餃子という男顔負けのガッツリ中華が並んでいる。


「『誘導』しました! 『性的興奮』です! 今のうちに!」

「た、多智花さん!? マジか! ええと……よし!」


 舐められながら、俺はスキルブックを再起動する。その中から『火炎』のカードを取り出して、『ゴブリンの突撃』と『火炎』を再度使用した。


 いや、その前に。


「あー、ちょっと多智花さん。みんな逃がしてもらえます?」

「あ……はい、了解です! みなさーん! 今のうちに逃げてくださーい! ここは危険ですー! お子様の教育にもよろしくありませんよー!」


 多智花さんが店内の客を避難させている間、俺は彼女の『誘導』によって興奮させられているゴブリンに性的な目で見られ続け、ベロベロと顔や首を舐められ続けた。


 その後のことについては、あまり思い出したくない。


 とにかく店内の避難が完了するまでしこたま舐められたり股間を擦りつけられたりまさぐられたりした俺は、安全が確認されたタイミングで、ゴブリンを消し炭にした。


 以上だ。

 果たして、これ以上詳しい説明が必要かな。


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