☆新規章【書籍版】69話 じゃあ行きますよ……1、2、3、スタート!
「つまり水樹さんは、しばらく見ないうちにあのデカパイ幸薄女とよろしくやっていたわけですね」
「一目会っただけの女性に不敬すぎる形容詞を付けまくるな」
デパートのフードコートにて。
俺は詩のぶと共に、ファストフードの昼飯を食べていた。
「はーショックですねー。私はてっきり、新しい仕事相手ってのは男の人とばかり思っていたんですがねー」
「別に男とも女とも言ってないし、どっちでもいいだろ」
「それがあんなデカパイとはねー。デカパイならまだしも、頭にそこそこ良さげな顔まで付いてらっしゃるとはねー」
「デカパイに親でも殺されたのか」
「私よりデカイのは許せへんですね」
「お前もそこそこ大きいだろ」
「おっ? これはセクハラですか? 触ってみます?」
「斬新なセクハラ対応だな」
詩のぶはスマホを片手で操作しながら、左手だけで器用にハンバーガーやら何やらを食べ続けている。
俺は椅子の背もたれに背中を預けると、ふと周囲を見渡した。
演習には外部の人間も多く集まっているため、多智花さんを始めとして、デパート内では演習で見たことのある顔といくらか遭遇した。休日といっても、都会か田舎かでいえば田舎であると言わざるをえない大守市では、ここくらいしか来るところが無いのだろう。
そんな顔が他に歩いてないかと思って周囲を見てみると、すぐに知っている顔が見つかった。その二人組は目立ちすぎるので、視界に入った瞬間に見つけることが出来た。
「グハハ、こいつは凄いなマチルダ! 8段重ねのアイスクリームなんて初めて見たぞ」
「ヒース様! 落ちます! それもう落ちちゃいますよ! 8段重ねの内6段ぐらい一気に崩れ落ちますよ!」
自分の頭を飛び越える高さの多重アイスクリームを手にしているのは、我が隣人である外国人、ヒースとマチルダの二人組だった。
「あっ」
フードコートで席を探していた二人は、俺のことを見つけると、こちらへ歩み寄って来る。
「おおミズキ、久しぶりだな! こんなところで会えるとは」
「ヒース。しばらく見てなかったが、どこに行ってたんだ?」
「外国に行ってて、ちょうど昨日戻って来たんだ」
ヒースは俺たちの隣の席に腰かけると、そこにマチルダさんも呼んだ。
「どうも、マチルダさん」
「どうもー、ミズキさん。おや? 恋人とご一緒でしたか?」
「正解です」詩のぶがそう答えた。
「知り合いです」俺がそう答えた。
「ぐわっ」8段重ねの一番上のアイスを舐めたヒースが、顔をグシャリとしかめる。「なんだこの緑色のアイスは。薬の味がするぞ」
「チョコミントって言うんですよ、ヒース様」
「なんだこの変哲な味は。俺はアイスが食いたかったのであって、薬を舐めたいわけじゃないんだが?」
「ヒース様が選んだんじゃないですかぁ」
「こんな破滅的な味だとは知らなかったんだ」
「外国に行ってたらしいが、どこに行ってたんだ?」
俺がそう聞いた。
「アメリカって国だ。ちょいと視察に行ってたのさ」
「視察? まあ観光か」
「観光とはちょいと違うが……まあそういうことだ」ヒースは8段重ねのアイスをどう攻略しようか、悩みながら続ける。「ミズキに繋いでもらったパソコンで調べたんだ。まずナリタっていう所まで跳んで、それからよくわからなかったんで、地図を頼りに直接アメリカまで跳んだ」
俺にはこの非常識外国人ヒースが、成田空港で職員の皆様に迷惑をかけている様がありありと想像できた。おそらく窓口で直接地図を広げて、「この国まで行きたいんだ」とでも説明したのだろう。いや流石のヒースでも、そんなコントじみたことまではしないかな。
「パスポートとかは大丈夫だったのか?」
「まあ面倒くさかったが、何とかなったよ。だがメルカトル図法の地図ってのは厄介だよな。コンパスと地図を頼りにして跳んだんだが、グリーンランドだか何とかっていうわけわからん国に着陸しちまってさ。この世界は球体形らしくて、平面地図は歪んじまうらしい」
「何か、不思議と話が噛み合わないな」
俺たちは共通の事柄を、全然別のアプローチから話し合っている可能性があった。
「なあそれより、この一番上のチョコミントって奴を誰か食ってくれないか? こいつが邪魔で下を食えないんだ。このままじゃ溶けて崩れちまう」
「人が舐めたものを食べたい人はいないですよー」
マチルダさんがそう言った。
「フィオレンツァなら食べてくれたのに」
「フィオレンツァっていう人に何をさせてたんだ?」
3
相変わらずの謎である二人組、ヒースとマチルダさんとフードコートで別れた後。
そういえば……でとある用事を急に思い出した俺は、二階の家電屋で詩のぶにある物を選んでもらい、決して高くないその商品をクレジットカードの一括払いで購入した。
買い物を終えて家電屋を出ると、俺の両手はそこそこ大きいUNIKUROの買い物袋とそこそこ大きい家電屋の買い物袋で塞がってしまい、いい加減歩き回るのが億劫になる。
「じゃあもう用事も無いし、帰るか?」
「えー。映画とか観てから帰りませーん?」
「別に観たい映画はねえよ」
「しゃあないですね、じゃあラブホテルでも行きますか」
「どうしてその流れで行くと思った?」
そんなことを話していると、不意にニャアという鳴き声が聞こえてきた。
振り返ってみると、そこには一匹の猫。
白黒茶の三毛猫が、こちらに猫撫で声を発していたのだ。
「猫? 何でこんなところに?」
「おおっ!? かわいー!」
詩のぶがタタタと駆け寄っても、三毛猫は人に慣れているようで、逃げる気配はなかった。しかしその毛並みはいくらか汚れていて、首輪もない。飼い猫というわけではなさそうだ。
どうやら人間に対して警戒心ゼロの野良猫が、デパートに迷い込んでしまった……ということかな。
「猫ちゃんじゃないですかー! どうしたの? こんなところに何の用? 迷ってきちゃったの?」
詩のぶが抱き上げて撫でてやると、三毛猫はニャオオと鳴きながら甘えだす。なかなか人に慣れた、利口な猫だ。こうしてやれば、人間がほいほいエサを与えるのがわかっているのだろう。
「よく人に懐く猫だな」
「うっわ! この子めっちゃ可愛いんですけど! めっちゃ可愛くないです!? わんこみたいに懐いてくれますよ!」
「頭の良い奴なんだろうな。猫界の天才児だ」
「あっ……そうだ! ちょっと水樹さん、スマホで撮影してくれません!?」
逃げる気配が一ミリも無い三毛猫を抱きかかえた詩のぶは、自分のスマホを俺に差し出してきた。それをひょいと受け取ると、俺は写真アプリをタップして慣れない手つきで詩のぶと猫を画角に収め、録画ボタンに指をかける。
「SNSにでも上げるのか?」
「動画にしちゃおうと思って! じゃあ行きますよ……1、2、3、スタート! どうもー! 詩のぶチャンネルの、姫川詩のぶでーす! 今日は買い物に来てたんですけど、見てください! デパートに猫ちゃんが迷い込んでたんですよー! それで急遽動画を回してるんですけど! この子すっごく人間に懐いててー……」
一瞬で不遜な女子高生からYourTuberに切り替わった詩のぶが、2トーンほど上げたテンションと声色でまくしたてる。
数分ほど撮影し終えると、詩のぶは三毛猫を抱いたまま、ベンチに座って俺が撮った動画をチェックし始めた。
「やった! 良いネタをゲットしちゃいましたねー!」
「ちゃんと撮れてたか?」
「バッチリです! この後に後日談みたいな動画をくっつけて10分以上にするので、現場の動画としてはこれでOK! これは100万再生行くかもしれないですよ!」
「珍しいけど、野良猫で百万は言いすぎだろ」
「ふふふん、これだからYourTube初心者は」
チッチッ、と詩のぶが舌を鳴らす。
「猫は超人気コンテンツなんですよ。『子猫を保護しました』系動画なんて軒並み100万再生、ちょっと可愛い姿が撮れただけで何十万再生。登録者数万人でも、上手くバズったら何百万再生なんですから! まさに最強コンテンツ!」
「猫をコンテンツ呼ばわりするな」
「決めました、私この猫飼います!」
三毛猫を抱き上げながら、詩のぶはキラキラした目でそう宣言した。
「保護して飼い猫にしちゃいます! 再生回数も登録者も爆増間違いなし! ついでに好感度も爆上がり!」
「保護する理由が不純すぎるだろ」
「いわばビジネス猫ですね」
「なかなか嫌な単語の組み合わせだな」
「私は広告収入をガッポリ貰えますし、この子も私みたいな美少女JKからご飯貰ってヌクヌク飼われて可愛がられて完全にウィンウィンですよ。ねー猫ちゃん? ウチに来てくれるよねー? 可愛いねー?」
「ニャオー」
当人同士が幸せなら、まあ良いか。
「ちゃんと色々……トイレとか遊び場とか買って、世話してやれよ。病気の検査とかもな」
「するに決まってるじゃないですか。全部きっちり完璧に動画にするんですから」
見方によっては、下手な飼い主に任せるよりも安心できる可能性があった。
そんなことを話していると、階下がにわかに騒がしくなっていることに気付く。
なんだろうと思い一階を覗き込むと、階下はいつの間にか、騒然としていた。
走り回る客、悲鳴を上げる女性、慌てて店の中に逃げ込む家族連れ。
そんな有様の広い通路の中心を突っ切る形で走り抜けているのは、棍棒を握った緑色の小人…………。
ゴブリンだった。
「…………は!? ゴブリン!?」
「えっ!? なんです!?」
三毛猫を抱えた詩のぶも一緒になって覗き込む。
すると、デパートの館内放送が流れ始めた。
『お客様へのご連絡です……現在デパート内に、洞窟性生物の存在が確認されております。スタッフの避難指示に従い、落ち着いて行動なされますようお願いします……』
「なんでゴブリンまで迷い込んでるんだ!?」
「おおおーっ!? 撮れ高!? 猫とゴブリンが迷い込むデパート!」
作者は猫派。




