☆新規章【書籍版】68話 そーゆーの怪しい
「知ってました? 時速60kmで走る車から手を伸ばしたら、風圧がちょうどおっぱいの感触になるんですよ」
制限速度ギリギリまで加速した車の窓から手を伸ばしながら、詩のぶはそんなことを呟いた。
「んなもんお前が物心つく前から知ってる。常識だ」
「でも、こういうのって胡散臭いですよねー。本当なのかなー。ほら、世の中って本当かどうかわかんない豆知識が結構あるじゃないですか」
「たとえば?」
「腐りかけが一番美味しいとか、そういうの」
「少なくともソレについては自分に付いてるんだから、比べてみりゃ良いじゃねえか」
「お? 水樹さん、試してみます?」
「俺はまだ捕まりたくないからな」
信号が赤に変わり、俺はブレーキをゆっくりと踏み込んだ。
「そういえば。オオモリダンジョン、封鎖されちゃいましたね」
「ああ、そうなったのか」
「やっぱり、マジでゴブリンが抜け出しちゃったんですって。とりあえず、捕まるまでは封鎖らしいです」
「原因はわかったのか?」
「まだ詳しいことは。でも、誰かに侵入された形跡があるらしいですよ」
「侵入? 泥棒か」
「わかんないですけど、そうなんじゃないです? それで深夜の間にセキュリティが破られてて、その隙に逃げちゃったらしいです。でもモンスターって、ダンジョンからは出てこないはずなんですけどねー」
「うーん。まあとりあえず、お前もあんまり出歩かないようにしとけよ。一人の時に襲われたら、さすがに助けに行けないからな」
「お? それはアレです? 水樹さんが私のボディーガードになってくれる伏線です?」
「そんなに暇じゃない。とりあえず、用があるのはデパートだっけ?」
「はいですです」
そんな風に答える本日の詩のぶの服装は、いつも通りのパーカーに生脚ホットパンツ。ぶかぶかの白ソックスに底の薄いカジュアルなスニーカー。胸が大きく開いた浅緑のTシャツと、口元には同色のマスクという出で立ちだった。
「俺はよくわからんのだが、本当にデパートで良いのか?」
「どういうことです?」
「YourTubeの買い出しなんだろ?」
「ですけど?」
「そういうのって、家電屋とかじゃないのか? デカい家電屋まではちょっと遠いけど、別にそっちに寄っても良いんだぜ。どうせ車は出してるんだし」
「あー、ちょっと勘違いですね」
チッチッ、と詩のぶは舌を鳴らした。
「別にカメラとかマイクとか、そういうのを買うんじゃないんですよ」
「あ、そうなの?」
駐車場に入りながら、俺は意外な感じで答える。
「てっきり俺は、そういう撮影機材のことかと思ってたけど」
「正直そういうのは、一番良いのをネットで買うからいいんですよね。家電屋って、そんなに品ぞろえ良くないですし」
「そういうもんか」
「今回の買い出しの目的は、UNIKUROとかGVとか、そういう所なんですよ」
「服屋?」
「動画の企画で、ファストファッションのネタをやろうと思って。ちょうど夏物の新作が出たところなんで、ガーッと色々買いまくって、新作とかコーディネートの紹介で何本か動画撮ろうかなと」
「ははあ、なるほどね」
俺は納得して頷いた。
「それ良さそうだな。俺も着る服っていったら、そういう安いのがほとんどだし。参考になる」
「でしょ? あとはそういうのやれば、自然とエロめな内容にできるんで。コーデで谷間出してみたりとか、おへそ出してみたりとか、太腿出したりとか。私ってあの動画がエロサイトで拡散されまくってるんで、多分そういうの需要あるんですよ」
「お前の商魂たくましさは普通に尊敬してるよ」
詩のぶは強かさという面において、キャロルとはまた別次元のリスペクトができる少女だった。
◆◆◆◆◆◆
キャロルは本日の買い物に最後まで一緒について行きたがっていたのだが、演習の運営側に近い彼女は全体としては中休みであるこの連休中も色々とあるらしく、その調整に失敗してついに出てくることはかなわなかった。最終日の進行や人員の配置、警備体制等について、外部顧問として色々と打ち合わせがあるらしい。特に火又とのミーティングに明け暮れるようだ。
ということで、今日は詩のぶと二人きりで、彼女の買い物に付き合わされている。ケシーは本日、自宅にてお休み中。ケシー自身も自由に動き回れないショッピングに着いてくるつもりは無かったようで、自宅に引きこもってゲームに明け暮れる予定を立てていた。あいつはあいつで、俗世のコンテンツに耽るのに多忙なのである。
「俺、別のところ見てていいか?」
車を降りてデパートに入り、UNIKUROの前まで来たところで俺はそう聞いた。
「どっかその辺に居るから、終わったら携帯に電話くれよ」
「えー? なんでー? 一緒に見ましょうよー」
「だって、俺べつに服買わねえし」
「一緒に買いましょうよー。ほら、私選んであげますからー」
「別に良いって。俺なんて、年中ワイシャツしか着ないんだから」
「えー。こんな可愛い女子高生と一緒にデートしてるのに、別行動とかありえなさすぎなんですけどー」
「まあデートじゃないから仕方ない」
「悲鳴上げますよ?」
「なんでそんなことするの?」
そういうことで、ゴネる詩のぶに押し切られる。
俺と一緒に店内を回るなり、詩のぶは自分の買い物そっちのけで、まずは俺に着せるための洋服を漁り始めた。
「コレと、コレと……コレ! よし水樹さん! これ試着してみてもらえます!?」
「別に良いが、お前の買い物は?」
「もう目星は付けてるので、水樹さんが着替えてる間に漁っておきますよ」
「そういうことなら」
ということで、詩のぶセレクションの洋服に袖を通してみた。
彼女が選んだのはダークグレーのセットアップに、茶色のUネックTシャツ。試着室で着てみると、落ち着いた印象で良い感じに大人っぽいシルエットになった。シンプルながら配色も好みで、足下には茶色のローファーとかを合わせてみたいコーディネートだ。
試着室を出てみると、すでに目の前で詩のぶが待っていた。
彼女は俺を見るなり、「おおっ!」と嬉しそうな声を上げる。
「良いじゃないですかー! 水樹さんって意外と体格良いんで、やっぱりこういうスーツっぽいのが似合いますねー。立体的でいい感じ。私の予想通り!」
「うん、俺も気に入った」
たしかに、予想以上に良い。俺は鏡で自分の姿を確認しながら、素直に認めた。
「こいつは買っちゃおうかな。同じのを2着くらいさ」
「おお? ほんとです? 選んであげた身としては嬉しいですねー。あと眼鏡かけてみたり、足下に革靴とか合わせると良いですよ。外して明るめのスニーカーでも良し」
「それも一緒に買っちゃっていいな。それで、そっちは目当ての物は買ったのか?」
「あ、もう全部買いました」
「買い物袋は?」
「もうネットで全部ポチッてるので、そろそろ家に届いてると思います」
「…………ここに来た意味は?」
「だから、デートって言ったじゃないですか」
「お前この野郎……」
完全なるだまし討ちだった。
怒った方が良いのかどうか葛藤していると、二つほど離れた試着室から、他の客が出てくる。そうして彼女と目が合った瞬間、俺たちは一瞬固まった。
「あっ、水樹さん」
「あっ、多智花さん」
試着室から出てきたのは、秋物と思われるカーディガンやら何やらを数点脇に抱えた、私服姿の多智花さんだった。つい先日に俺のことを15万円+5万円の計20万円でキャロルに売って、あやうく一線を越えさせる手伝いをした多智花さんである。
「あいや、その節はどうも……」
「……どうも、買い物ですか?」
「ええ、まあ……」
「……あの二十万円で?」
「ええと……あれについてはですね……いやもうほんと、すみませんでしたとしか……ついノリで……」
エヘヘ……と多智花さんは反省しているのかどうなのかわからない苦笑いを浮かべた。
ノリと二十万円で人に精神攻撃を仕掛けないで欲しかった。
俺は最近、この多智花さんの性根というのが真面目系のクズ寄りなのではないかと思えて仕方がない。
「水樹さん、この人誰です?」
何やら因縁があるらしい多智花さんについて、詩のぶが尋ねる。
「あれだ。例の役所の人だよ」
「えっ、マジ? 話には聞いてましたけど、てっきり男だとばかり」
「多智花真木さんだ」
「ええと……」
多智花さんは俺とその同行者と思しき詩のぶを見比べて、「両者の関係性を答えよ」の空欄を埋めようとした。
「……あっ、妹さんが居たんですね。どうも」
迷った多智花さんは、真実ではないが最も波風が立たない解答を導いてくれた。
「えっ、違いますけど」
「余計なことを言うな。お前は俺の妹だ」
「人生でなかなか言われる機会の無い台詞が飛び出しましたね」
真実が常に人を幸せにするとは限らない。
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ケシーがグリグリ動き回ってるよ!




