【書籍版】67話 国連軍の介入が必要か!?
その後も演習は続き、そこで連日行われた模擬戦闘を通じて、俺は『スキルブック』の挙動をいくつか明らかにした。
1つ目。倍加系の強化スキルを重ね掛けする際は、同種の倍加は互いに掛け合わずに、単純に足し算で計算される。例えば2倍にするスキルを3回重ねた場合、合計倍率は6倍になる。
2×2×2=8倍、つまり2の三乗ではなく。
2+2+2=合計6倍。もしくは、2倍×3回=合計6倍。として計算される。
つまり同一のスキル同士の合計倍率は、『元の倍率×回数』で算出される。
そのため倍率を効率よく上げたい場合は、別の倍加スキルを併用した方が良いことがわかった。別種の倍加スキル同士は、足し算ではなく掛け算によって計算されるからだ。つまり4回以上スキルを重ねる場合は、一種類の倍加スキルだけを4回重ねるのではなく、二種類以上の倍加スキルを組み合わせて重ねた方が合計倍率は高くなる。
たとえば、炎属性の威力を2倍にする『爆発現象』だけを4回重ねると、同種のスキル同士は『元の倍率×回数』で最終的な倍率が決定するため、合計倍率は8倍になる。
爆発現象(2+2+2+2)、もしくは『2倍×4回』は合計倍率8倍。というわけだ。しかし同じ4回の重ね掛けでも、『爆発現象』を2回、同じく倍加スキルである『手を取り合う増幅』を2回という風に分けると、同種のスキル同士は足し算、別種の倍加スキルは掛け算で計算されるため、合計は16倍になる。
『爆発現象』(2+2)×『手を取り合う増幅』(2+2)=4倍×4倍=合計倍率16倍。
つまりこういうこと。
こうなると、4点ダメージの『火炎』に倍率をかける際に、『爆発現象』だけを4回重ねた場合は8倍なのでダメージが32点、二種類を二回ずつ重ねた場合は16倍なので64点。結果として2倍もの差が生まれる……とはいっても、ここまでの爆発威力が生まれると30点だろうが60点だろうが普通のモンスターは消し炭になるため、そこまで最大倍率を追い求める意味は無いのだろうが。別に俺は、『火炎』を核ミサイル並みの威力にしたいわけではない。
そもそも、元々が倍率2倍の効果を、10回重ねればMAX20倍の倍率として運用できるのが破壊的なのだ。
ちなみに現在のMAX倍率は、『爆発現象』を10回と『手を取り合う増幅』を10回ずつ、つまりは『2倍×10回』×『2倍×10回』で……20倍×20倍の合計倍率400倍ということになる。十数秒の間に、20回もスキルを発動できたらの話だが。
「この『スキルブック』、ただ単に過剰なダメージを叩き出すだけのスキルではないな」
演習中にそう言ったのはキャロルだった。
模擬戦闘訓練の順番待ちの途中、他のREA隊員にサポートを任せたキャロルは、芝生の上で俺の隣に座り込んでいた。北海道といえども、真昼の日差しは甲冑姿のキャロルにはいささか辛いようで、首筋が汗で濡れて白肌が火照っている。イギリスとダンジョンは涼しいのに、としきりにボヤいていた。
「どういうことだ?」
「考えてもみろ。スキルや魔法は、ただ単に攻撃するためのものだけではない。他人への強化に回復……他に様々ある系統のスキルを全て過剰な効果にすることができるとしたら?」
「まあ、それでも強いだろうな」
「強いなんてものじゃない。大変なことになるぞ」
「たとえば、どんなのが思いつく?」
「色々あるだろうが、タチバナに教えようと思っている『魅了系』スキルが筆頭かな」
「『魅了系』か……」
「ミズキが肌で体感したように、精神に干渉するという性質上、『魅了系』は凶悪極まりないスキルが多い」
俺は精神攻撃を受けて、危うくこのキャロルと事に至る所だったことを思い出した。襲われる側が合意しているが襲う側は合意していない性的交渉は、一体どういった罪にあたるのだろう。
「だが『魅了系』は強力な反面、その持続時間には問題がある。ミズキが食らった『誘導』も、有効時間は3ターン秒、つまりは30秒ほどだ。ヒマタほどの使い手であればかなりの長期間に渡って影響を及ぼすことも可能らしいが、それには桁違いの魅力値と技量、それに別スキルとの併用が要求される」
しかし、とキャロルは続ける。
「ミズキにいたっては、それは全く関係ない。スキルブックを用いれば、レベルや能力値に関係なく『魅了系』スキルを操れる。『魅力値』の継続時間に爆発的な倍率をかけて、数十分…いや一時間や二時間も他人を操れるとしたら? そもそもどれだけ高いレベルやMPが必要な魔法であっても、ミズキには関係ないのだ」
「持続時間を2倍にするスキルがあるとして……」俺は考えてみた。「『手を取り合う増幅』も使って合計倍率をMAXの400倍にしたら……『誘導』の持続時間を30秒×400にできるのか」
つまり30秒×400は12000秒、12000秒は200分、つまり3時間くらい?
「3時間も『誘導』の効果が続いていたら、ミズキは私を猿みたいに抱きまくって、私はヘトヘトになっていただろうな」
「恐ろしい限りだ」
「私は孕んでいたかもしれない」
「恐ろしい限りだ」
「さらに『手を取り合う増幅』のような強化の倍加スキルが、もう一種類あれば? その場合のMAX倍率は20倍×20倍×20倍になるから……暗算できるか?」
「8のゼロが三つで、8000倍だな」
「30秒の8000倍は何時間になる?」
暗算が面倒になってきたので、俺はスマホの電卓アプリを呼び出した。
「………大体66時間。約三日間」
「66時間も『誘導』の効果が続いたら、ミズキは私を三日三晩犯し尽くして、私は滅茶苦茶にされていただろうな」
「恐ろしい限りだ」
「その場合、私は間違いなく孕んでいただろうな」
「恐ろしい限りだ」
『スキルブック』が変態の手に渡ったら大変なことになるな。
キャロルの手に渡っても大変なことになるだろう。
「でもなキャロル、それはあくまで理論値だ。十数秒の間に、スキルや魔法を30個も発動するのは無理だと思う。それに、倍率には上限があるかも」
「いいかミズキ。他者を操る『魅了系』は……たとえ十数秒の効果時間であっても、強力なスキルであることに変わりは無いのだ。それが数分や数十分になるというだけでも、恐ろしいことなのだぞ。それに、魅了系に限らず……スキルに通常は出来ない操作が加わることで、もっと破壊的な現象を引き起こす組み合わせが存在するかもしれない」
「カードゲームでいう、速攻で禁止されるような無限コンボとかか」
キャロルは俺のことを覗きこんだ。
「ミズキ。『スキルブック』はルールブレイカーなのだ。そうはならないものを、そうなってはいけないものを、そうしてしまう可能性を持った壊れスキル。これまでの常識を根底から覆しかねない。これは……思ったよりまずいスキルだぞ」
「……俺もそう思えてきた」
二つ目は、『スキルブック』の細かい仕様について。
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1.一度カード化したスキルは、元の形に復元できない。
2.カードの使用回数は恐らく10回で固定。回復しない。
3.『チップダメージ』のような常在型スキルは、1回の発動で2ターン秒持続。効果は重複する。
4.スキル名を宣言したりカードを対象に突きつけなくとも、ホルダーから抜くだけで発動可能。
5.2枚以上同時に抜くと、2枚以上同時に発動できる。
6.カードをホルダーから抜く起動の準備行為は、自分自身が行わなくてもよい。
7.カード化したスキルは、必要レベルや能力値を無視して発動する。MPも消費しない。
8.カード化したスキルは、本来重複しない効果であっても重複して発動する。
9.『スキルブック』自体に持続時間は存在せず、物理的に破壊できない。
10.『スキルブック』の発現場所は、自分の半径約1m以内で任意。
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「大体こんなところか?」
「何か、他に操作は無いのかー?」
判明した仕様をメモに取っている間、キャロルは俺が発現した『スキルブック』を弄り回していた。借用スキルをいくつかカード化してしまったおかげで、現在のホルダーには何種類ものカードが並んでいる。
「うーむ。やはりスキルは10回で使い切りか……? 時間経過で、使用回数が回復とかしてくれると良いのだがな」
「そこまで求めたって仕方ないだろ。これで十分だよ」
キャロルはホルダーからカードを取り出して、グニグニと曲げてみたり隅々まで眺めたりと、隠された操作が無いか確認しているようだった。
「キャロル。『火炎』のカードは戻しておいてくれ」
「どうしてだ?」
「それ、ホルダーから抜いたら起動条件満たしちゃってるから。俺が変なこと考えたら、いきなり暴発するかもしれん」
「怖い怖い。戻しとく」
「よし……まあ大体わかったな」
これだけのことを調べるのに、結構な労力がかかったものだ。本の形をしているのだから、最後に説明書くらい付けてくれればいいのに。しかしとにかく、基本的な仕様についてはあらかたわかった感じ。最終日まで休みを挟んで数日だが、ここまで明らかにすればもう十分、というラインには到達したように感じられる。
「そういえば、ミズキよ」
「なんだ?」
「明日は休みだが、一旦家に戻るのか? それとも営内にいるか?」
「あー……いったん家に戻る。明日は用事があるんだ」
「用事?」
そう聞くと、キャロルはジトリとした目を俺に向けた。
「……まさか、他の女と会う用事じゃないだろうな?」
「…………嘘をつきたくないので正直に言うが、他の女性と会う用事だ」
「なー!? あああーっ!? なにー!? なんだとー!?」
「いや、別に変な奴じゃない! 詩のぶだから! あいつが買い物したいらしくて、ちょっと車を出して欲しいって言ってるんだよ!」
「お前、貴様、そんなの車出してやる必要ない! そんなこと言って、どうせミズキの身体目当てに決まってるのだ! デートの口実だ!」
「俺の身体目当て!? そんな奴お前しかいないだろ!」
「いいか! そんな奴、徒歩で行かせればいい! それかバス! タクシー!」
「いやだって、もう約束しちゃってるから!」
「おおおおおお!? んんんんん!? ミズキ、貴様、私がこれだけ献身的に尽くしてやってるというのに、休みになれば別の女と遊びに行くのかっ!? あぁ!? それってどうなのだ!? もはや人道的にどうなのだぁー!? 人道に対する罪か!? 国連軍の介入が必要か!?」
「待てキャロル! 興奮しすぎてよくわからんことになってるぞ!」




