【書籍版】61話 144点
キャロルに促されて檻の中に入ると、ゴーレムがちょうど、よろめきながら立ち上がろうとするところだった。首から伸びていた三つの頭のうち、二つはすでに潰れて、左手側の石頭だけが残っている。
「残り体力はちょうど1点だ。なんでもいいからぶっ放してやれ」
キャロルがそう言った。
『スキルブック』を発動させると、保有スキルのカード化が確認される。
どうにもこの『スキルブック』は、俺の状態をある程度読み取って、操作のサジェストをしてくることがある。戦闘時など緊急の際にはこういうポップアップは出ないのだが、俺の精神状態に余裕がある際には、「やっておいた方がいいよ」みたいな操作をオススメしてくるのだ。人工知能でも入っているのだろうか。
だが、すでに最初に試しておきたいスキルはカード化済みだ。
まだカード化していないスキルの処理は、「いいえ」をタップする。
「来るぞ、ミズキ」
斜め後ろに立つキャロルがそう言った。
俺は試したいスキルが纏められているページを開くと、スキルの重ね掛けを始める。
「『爆発現象』、『爆発現象』、『爆発現象』、『手を取り合う増幅』、『手を取り合う増幅』、『手を取り合う増幅』……っと」
視界の脇に、スキルの継続時間が合計で六つ表示された。
減少速度の速い3本の赤い縦ゲージは『爆発現象』、減少速度が遅い方の3本の緑ゲージは『手を取り合う増幅』。
『爆発現象』は、炎属性の威力を2倍にする強化スキル。
『手を取り合う増幅』は、付与される強化スキルの効果を2倍にする強化の強化スキル。
つまりは2倍効果を3回と、その倍加をさらに2倍にする効果を3回、合計6回分のスキルを重ねたわけだ。
『火炎』を用いた倍化の多重重ね掛けはかなり前に思いついていたのだが、ダンジョンのような狭い洞穴空間ではとんでもない威力になった時に困るため、なかなか実験できずにいた。しかしこの見晴らしの良い広場ならば、思う存分倍化を重ねられる。
これで……元々が4点ダメージの『火炎』の威力はどうなる?
どういう計算になる?
2回ずつではわからない挙動がわかるはずだ。
二枚のカードをホルダーに素早く戻すと、起爆剤となる『火炎』の魔法カードに指をかけた。
立ち上がった意志の無いゴーレムが、俺の方へと突進してくる。
さあ、どうなるかな。
俺は『火炎』のカードを抜くと、それをゴーレムへと突きつけながら叫ぶ。
「『火炎』っ!」
その瞬間。
スキルブックから、爆発の如き衝撃が走った。
「うおぉおっ!?」
『おぎゃっ!?』
火山の噴火の如き凄まじい炎が、前方へと一気に破裂したかのように吹き荒れる。
あまりの炎の勢いで、前が全く見えない。
視界のすべてを覆いつくす、目の前に何十発ものミサイルが着弾したかのような圧倒的な炎の渦。
それは、この世の全てを燃やし尽くさんとする地獄の業火が立ち上ったようにも見えた。
その異常な灼熱の渦は、通常の『火炎』とは異なり数秒間も突風を巻き上げながら吹き荒れた後に、爆縮したかのような炸裂を残して消え去る。
「はっ……! はぁ……っ!」
後ろに尻餅をついて倒れこみながら、俺は無意識に止めていた呼吸を再開する。
死ぬかと思った。完全に焼け死ぬと思った。
こんなのを狭いダンジョンの中で試していたら、一瞬で焼け死ぬところだった。
極大の火炎が吹き荒れた後には……何も残っていない。
目の前にいたはずのゴーレムは跡形もなく消滅し、前方の芝生は全て焼け落ちて土がむき出しになり、炭化して緩やかな煙を上げていた。周囲を囲んでいる檻の鉄棒が高熱によって赤く発光し、溶けかかっている。
俺だけではなく、周囲を取り囲んだ演習参加者たちも。
万が一に備えて小銃を提げて待機していた自衛官たちも、みな唖然としている。
「ミズキ」
背後から、キャロルの声が響いた。
「これまで、世界で最も高いダメージを叩きだしたのは、米国のウォレス・チャンドラーだ。彼の世界記録を知っているか?」
「わ……わからん」
「複数の強化スキルを用いて、最大威力の攻撃魔法を上昇させて87点。それが公式に確認されている、一撃の最大威力だ。連続攻撃も含めるとまだ上がるのだがな」
「そ、そうか」
俺は振り返らずに、目の前の焼け野原を呆然として眺めながら、キャロルの声を聞いていた。
「今の攻撃が何点ダメージだったか、わかるか?」
「わからん……何点だった?」
「私の『龍鱗の瞳』で解析したものだから、公式の記録にはならなくて残念だが。流石は私の夫」
背後のキャロルが、ふふっ、と笑ったのがわかる。
「今のは一撃で、144点のダメージだ。レコードを塗り替えたな」
◆◆◆◆◆◆
俺が放った『火炎』のあまりの威力に誰もが、俺すらも唖然としている中で。
一人の長身の自衛官が、雷のような速度で檻の中へと駆け込んできた。
「水樹君! 今のはなんだ!?」
大股でズカズカと歩み寄ってきたのは、火又三佐だ。
これだけの歩幅で歩ける人間というのは、この男以外にそれほど居るまい。実際地面に座り込んだ角度から彼が全力で駆け寄ってくる様を眺めてみると、その長い脚から繰り出される歩幅は巨人じみているようにさえ思える。
俺は衝撃で倒れていたところを立ち上がると、彼の方を向いた。
「いや……ちょっと強めの、『火炎』のつもりだったんですが……」
「『火炎』だって!? 基本魔法の!? 「今のはメラじゃないよ」って奴か!? ぐははぁ! 本当に凄いな! 想像以上だ!」
火又は俺の背中をポンポンと叩きながら、豪快に笑った。
「何の能力値を上げたら、『火炎』がそんな威力になるんだ? というか、さっき使っていた本はなんなんだ?」
「まあ、その……後で説明します」
「約束だぞ! ぎはははは! なんてこったぁ!」
あーはっははははははははぁ!
火又三佐は100m先からでも明瞭に聞こえるであろう声色で高らかに笑う。
この人は本当によく笑う人だ。一生の間にどれだけ笑うつもりだろう。
「いやはや凄い! 凄すぎる! まったくもって予想以上だよ、水樹くん!」
「ああと、どうも……」
彼は満面の笑みを浮かべながら、俺の肩を掴んで鼓舞するように揺さぶった。両手でがっしり掴まれてみると、彼の筋力というのが相当な物であることが改めて実感される。人間に揺さぶられているというよりは、大型のクレーン車に掴まれているような感覚だ。
「ヒマタ、ヒマタ。あまり私の夫を独占しようとするな」
見かねたキャロルが割って入り、ようやく俺は火又三佐から解放される。
ありがとうキャロル。そろそろ脳震盪を起こす所だった。
俺から引き離された火又は、最後に俺へとウィンクして持ち場へ戻っていく。
演習はまだ続いているが、とりあえず、俺の今日の出番は終わった。
多智花さんの下に戻るためにトボトボ歩き出すと、不意にケシーが話しかけてくる。
『ズッキーさんズッキーさん』なんだ?『さっきのヒマタっていう人、知り合いです?』覚えてないか? ボス・オーガと戦った時の探索で、侵入前に銃の装填を手伝ってくれた人だよ。『うーん。覚えてないんですけどー、まあそれは良いんですけどー』なにかあったか?『あの人、心の中読めないんですよね』読めない?
その場でふと立ち止まって、俺は持ち場へと戻っていく火又三佐の大きな背中を眺めた。
どういうことだ? お前が人の心の中に入れないなんてことがあるのか?『うーん。うーん。無いはずなんですけどー。考えられるのはですねー』なんだ?『同じ系統の……魅了系の精神干渉みたいなスキルが使えて、それでテレパスを無効化するような常在型スキルを発動してる……とか?』魅了系スキル、多智花さんのか。『ですです。多分そういうことかもです』……わかった。ありがとう。『どうします?』とりあえず、キャロルに聞いてみるか。
そこで俺は、ふと気づく。
火又から感じた、妙な既視感の正体。
それは、あのヒースから感じたのと同種の雰囲気だった。




