【書籍版】60話 世の中には色んな仕事がある
「いやぁ……はは……先ほどは、本当すみません……」
演習のために準備された広場。
隣に立つ多智花さんは、苦笑いしながらそう言った。
「いや、俺が悪かった」
「いやその……自分が不用意に着替えていたのが問題ですので……」
「こういう時に悪いのは常に男なのだ」
支給された迷彩服のサイズが1着だけ合わなかった多智花さんは、別のサイズに変えて貰ってちょうど着替えてみる最中だったらしい。借用順番を早くしたのは多智花自身とはいえ、俺があれほどすぐに帰って来るとは思っていなかったようだ。
「その、お見苦しいものを見せてしまいまして……本当にすみません……」
「いや、ぜんぜん大丈夫だ。気にしないでくれ」
そう。全然大丈夫。やっぱりあれくらいのスレンダーさに、乗るところはガッツリ乗ってるボリューム感が良いよな。キャロルはどうしても犯罪感がちらつくし、詩のぶはガチ高校生だし。多智花くらいが素直に良い。彼女の豊満な胸はこの前の探索でも拝むことが出来たわけだが、あの時は全然そんな余裕は無かったので。もう一回チャンスがあってよかった。『全部聞こえてるんですけどー!? ズッキーさーん!?』お前はもう慣れてくれ。俺は慣れたから。
わあっ、という声が上がった。
黒い小銃を提げた自衛官たちが取り囲む、広い檻の中。
その中に、あの馬屋原と……今しがた、彼のスキルによって檻の外枠付近へと吹き飛ばされた、石作りのゴーレムが転がっている。
「さて、こんな感じです」
馬屋原はピンマイクを使って、檻の中から周囲に呼びかける。
「キマイラは、ダンジョン深層の浅部ではオーガと同じくらいありふれたモンスターです。基礎体力はオーガと同程度ですが、三頭それぞれに分割体力と、別属性の弱点と耐性が割り振られています。そのため、単独の冒険者や近代火器では撃破が非常に困難なモンスターになります」
馬屋原が周囲に説明している間に、外枠まで吹き飛ばされた三つ頭のゴーレムが立ち上がった。
事前に説明されたことではあるが、このゴーレムはダンジョンから連れ出したものではなく、政府の役人がキマイラとの戦闘を模すために土属性の魔法で作り出したものらしい。どうやら演習用に、そういった専門職種があるようだ。世の中には色んな仕事がある。
のそりと立ち上がった土くれのキマイラに対し、馬屋原は特に危機感を覚える様子もなく、周囲に説明を続ける。
「しかし、私くらいの冒険者ならば……」
ゴーレムが、再び目の前の馬屋原へと突進を開始する。
馬屋原は手を振ると、自身が保有しているスキルを発動させた。
「『氷打』・『火炎』・『電撃』!」
馬屋原の魔法が三発連続の速射で唱えられ、ゴーレムに三方向から襲い掛かる。
三つ頭のそれぞれに氷属性と炎属性と雷属性の魔法が叩きつけられて、突進していたゴーレムはそのまま、芝生の上で転がるようにして倒れた。
「……このように、それぞれの弱点を的確に当てることによって撃破が可能です。ただし、このような魔法の速射は相応の『知能』値が必要になりますので。やはり単独での交戦はオススメできません。それに実際のキマイラは、この石くれよりもずっと素早いですからね」
おおー、と周囲が沸き立つ。
「やっぱりすげえな、冒険者って」
「馬屋原さんだからだよ。俺だったら、スキル持っててもあんなの無理だわ」
「ハチキューの実弾いくら持ってても戦いたくねえな」
「馬屋原さんって、ボス・キマイラも一人で倒したことあるらしいぜ」
拍手と共に、そんな声が聞こえて来た。
「ははは。私みたいに合計12点の魔法ダメージを速射で一気に当てられるなら、一人で戦ってもいいですけどね。ただし、それほどレベルの高い冒険者は……残念ながら、日本にはほとんどいないでしょう」
馬屋原がそう言って、周囲の歓声に応えた。
たしかに、俺から見ても素直にすごい技術だ。
最初に見たのがキャロルのような変則型の冒険者だったので、微妙にイメージがズレていたが……普通の上級冒険者の戦い方というのは、大体こういうものなのだろう。彼は自分のことを「実績も無い内からメディアに作られた冒険者」などと自嘲していたが、その過程で十分な経験を積み、今では相応の実力を有しているように見える。どんな人間だって、どんな理由であれ、飽きられずに人前へと出続ける人間はきっと陰で努力しているものだ。
馬屋原は檻の中から出ると、満足気な表情を浮かべる川谷の方へと歩いて行った。
今度は川谷が、マイクを使って周囲に説明する。
「ええと、ご心配なく。事前に説明した通り、このゴーレムは人が操作しているものですので、危険はありません。みなさんには、これからこのゴーレムを仮想敵として……」
川谷がそんなことを話していると、檻の中からキャロルが手招きしているのが見えた。
彼女は今回、檻の中で演習参加者のサポートに回っている。他の参加者がモンスターや演習用のゴーレムと対峙するときは、横にキャロルが付きっきりで戦うことになるのだ。まあ、あいつがいれば危ないということはないだろう。
「ミズキ!」
キャロルにそう呼ばれて、俺は檻の入り口付近へと歩み寄る。
「『龍鱗の瞳』で解析したが、もう少しだけ体力が残っている。あのゴーレムに『スキルブック』を試してみるといい」
「俺が?」
「大丈夫だ。いざとなったら私が控えているから。何も心配はないぞ」
キャロルはそう言うと、別の方向へと顔を向けて叫ぶ。
「ヒマタ少佐! 良いな!?」
演習の様子を自衛官幹部たちと一緒に眺めていた火又三佐は、キャロルに笑顔で親指を立てた。




