【書籍版】58話 変態アーマーを普段使いにするな
その後は貸し出された自衛隊の迷彩戦闘服に着替えてから、別の宿舎に泊っている多智花さんと合流し、試験演習の開式に参加した。
開会式では、よくわからないが階級が凄く上の将官(陸将というらしい。事前にちょっとは調べてみたのだが、どうやら海外の軍隊における中将にあたるようだ)や、同じく凄く階級が高いらしい駐屯地の司令(陸将補という階級らしい。これはおそらく少将)、それに火又三佐(いわずもがな少佐)によるスピーチを聞くことになった。
その途中で、あのキャロルも壇上に立った。
中世の騎士然とした甲冑を身に纏う金髪碧眼の少女の登場に、それまで厳粛に静まり返っていた自衛官たちが軽くざわつく。
「どうも。私はキャロル。英国の冒険者パーティー、R・E・Aの隊長を務めるキャロル・ミドルトンである」
彼女は大勢の前でも物怖じせずに、落ち着き払った声色でそう言った。
「今回は英国と日本における国際ダンジョン条約に基づいて、試験演習にオブザーバーとして参加させてもらう。私の容姿や年齢に驚かれた人が大半だとは思うが、ダンジョンにおいては年齢や男女差というのはほとんど関係がない。そのような、一般的な常識とは異なる冒険者特有の性質についても…………今回、我々は不測の事態に備える予備戦力、及び洞窟性生物に対する知見を…………」
最初はさすがに色物を見るようだった参加者たちの目も、キャロルの堂々たる話し方とその内容に、少しずつ傾聴していく雰囲気が感じ取れた。
しかし彼女は16歳にしてこれだけしっかりとしたスピーチが行えるのに、どうして俺に裸の自撮り画像を送ってしまうのだろう。それに厳かでキリッとした雰囲気で聴衆の前に立つキャロルではあるが、甲冑の下にはあの変態ビキニアーマーを着用しているらしい。汗を吸収して発散くれるので、インナーとして最適とのこと。ヒートテックみたいな感覚で変態アーマーを普段使いにするな。
そんなこんなで開式が終わり、参列者たちは一旦解散という運びとなった。
俺と多智花さんも立ち上がって移動しようとすると、誰かが参加者たちに囲まれ始めているのを目にした。
川谷と馬屋原だ。
「テレビで見ました! サイン貰っても良いですか?」
「一人でボス・キマイラを撃破したっていう話、本当ですか?」
「この前しゃべくりボンドに出てましたよね!」
「『プロフェッショナル ~一流の流儀~』にも! 俺見ました!」
主に若い自衛官たちに囲まれている馬屋原は、それにすっかり気を良くしているようだった。日本を代表する冒険者として数年前からメディアに取り上げられている馬屋原は、日本での知名度としてはREAのキャロルよりも上なのだろう。
それに、成人しているかどうかという年齢の、若い自衛官の子たちは……もしかすると、そういう特殊な戦闘職への憧れが特に強いのかもしれない。特殊部隊の隊員を囲んでいるようなものかな、と俺は思う。
「もちろん、テレビで語っている通りだよ。今回の実戦演習では、その辺りのスキル運用や洞窟性生物への対処方法についてもレクチャーできればと思っている」
馬屋原が対応していると、隣に立っている川谷が、周りを制するようにして割って入った。
「ええとな、君たち。馬屋原さんも暇ではないから、何か用があるときは上官を通じて僕に言ってくれよ。彼のペアは僕だからな」
「まあまあ、川谷君。演習はまだ始まってないんだし、良いじゃないか」
「そうもいきませんよ」
とは言っても、川谷も馬屋原と共に人に囲まれて、鼻高々でまんざらでないという様子であった。
多智花と一緒に歩きながらそんな様子を眺めていると、人混みを掻き分けて、甲冑をがちゃがちゃと言わせながらキャロルが近寄って来る。
「ミズキ、タチバナ。やっと見つけた」
「おうキャロル。なかなか良い感じのスピーチだったぜ」
「本当か? ふふん、実はああいうのは得意なのだ」
冒険者の顔から少女の顔で微笑んだキャロルは、多智花さんにも目を向ける。
「それでタチバナ、契約書の方には目を通してくれたか?」
「あっ、いえ。も、もうちょっと待って頂けますと……」
「そうか。できれば早いところ進めて欲しい。使わせる『魅了系』スキルも取り寄せてあるので、あとで時間があるときに渡しておきたい」
「ま、マジですか」
「マジだ。ミズキ。あとで時間があるときに、タチバナと共に挙動を確認しよう」
そんなことを話していると、向こうから長身の自衛官が歩み寄って来るのが見えた。
高い背丈、長い手足。
胸に付けた勲章の数々に、深めに被った軍帽と頬に刻まれたほうれい線。
火又三佐だ。
「やあ! 水樹君。それに多智花さんに、キャロル氏」
「どうも、火又三佐」
俺がそう返すと、キャロルも火又の方を振り返る。
「ヒマタ大尉。久々であるな」
「お久しぶりだな、R・E・Aの隊長殿。こうして会うのはオオモリ・ダンジョン以来だ。話すのはもっと久々かな?」火又は口角を吊り上げながら、鋭角気味に微笑む。「あと一応、俺はもう大尉じゃなくて少佐だ。階級章をよく見てくれ」
火又三佐は制服の襟元をグイと引くと、そこに付けられている金属製の階級章が見えるようにした。金色の横棒二本に星一つ。それが少佐階級の目印らしい。
それを見たキャロルは、「おっ」と小さな声を上げて親し気に微笑んだ。
「大尉のイメージが強くてな。申し訳ない、ヒマタ少佐」
「まあ実際、俺の階級などはどうでもいいのだがな。みずからを高きにおく者は、神によりて低きに堕とされるという奴だ」
「その言葉は?」
「ユダヤ人じゃなかったかな」
「二人は……どういう仲なんだ?」
キャロルと火又三佐があまりにも親しげに話すので、そう尋ねてみた。
「俺はダンジョン関連の視察や会合で、いくらか世界を飛び回っていてね」火又がそう答えた。「キャロル君と会ったのは、たしか英国の軍関係者洞窟会合だったよな」
「その通り。去年の夏だったか」
キャロルがそう答えた。
そんなことを話していると、周囲の視線が、いつのまにか俺たちへと集まっていることに気付く。
「あれ。三佐の人と……REAの人と話してるの誰なんだ?」
「あの人もヤバイ人なのか……?」
「ダンジョン・アドバイザーっぽいけど、誰か知ってるか?」
…………。
……まあ。いくらか注目を集めたとしても、この試験演習限りだ。
俺たちに好奇の目を向けている群衆の中には、こちらへと近寄って来る人影もある。
あの川谷と、馬屋原のペアだ。
「火又三佐、キャロル・ミドルトンさん」歩み寄りながら、川谷は柔和な笑みを浮かべて挨拶した。「キャロルさんは、初めましてですね。私は川谷慎といいます。大守市役所のダンジョン管理課で、若手の実質的なチームリーダーをやらせてもらっています」
俺と多智花には目もくれず、川谷はテンプレートめいた挨拶をまくし立てる。
「お二人とも、今回の演習では何卒よろしくお願いいたします」
「そうか、よろしく」
外向きの笑顔を作ったキャロルは、そう返した瞬間に首を傾げた。
「待てよ? カマダニは、ダンジョン管理課のリーダーだと言ったか?」
「川谷です。一応、そのような役回りということですね。R・E・Aの隊長であるキャロルさんの評判は、かねがね聞いていたところでありまして……」
「ということは……カワダマルは、タチバナの上司にあたるのか?」
「川谷です。役職的には同列ですが、一応はそのような立場にあります」
「ならちょうどいい。実はタチバナは、近いうちに役所を退職する可能性がある。まだ決定ではないのだが、一応頭に入れておいてくれるか?」
「多智花が、退職する?」
川谷は、話がわかっていなさそうな表情を浮かべた。
「ウッ……」隣に立っている多智花さんが、小さなうめき声を漏らす。
「どういうことでしょう?」
あまりに唐突すぎる話の展開に、川谷はさすがに聞き返した。
「タチバナは、私がR・E・Aにスカウトしている最中なのだ」
「えっ?」
川谷が間抜けな声をあげた。
キャロルは多智花さんの背中に手を添えると、嬉しそうに宣言する。
「貴方の部下は、冒険者としての特異な素質に恵まれている。ぜひ我々の一員として迎え入れたいのだが、ヘッドハンティングという形になるので、現在の職場であるそちら側にも話を通しておいた方が良いとは思っていたのだ。ちょうどよかった。な、タチバナ?」
「えっ!? あいや、えっと、まだ確定しているわけではなくてですね、はい!」
「なにっ!?」突如として驚き叫んだのは火又三佐だ。「多智花くん! 君もR・E・Aに入るのか!?」
「あっ!? ですから、ええとですね!?」
「いやはやそれは凄い! なるほどなるほど! 水樹君のペアがどうして君なんだろうと思っていたら、そういうことだったのか! いやあ、私も知れてよかったよ! こいつは実のある出会いだったな!」
火又三佐は多智花さんの手をぶん取るように手に取って嬉しそうに握手すると、可笑しそうにグハハと笑った。
彼はひとしきり笑い転げると、今度は俺の方に視線を向ける。
「さて、水樹君」
火又三佐は俺に向き合うと、改めて握手を求めた。
「洞窟性生物との実戦演習は、明日からすぐに始まるからな。ボス・オーガの変種体を討伐したっていう実力、ぜひ見せて欲しい」
「うむ。ミズキはヒマタの期待に応えるだろう。なにせ、私の夫であるからな」
「多智花君の才能とやらにも期待大だな」
「うむ。タチバナはヒマタの期待に応えるだろう。なにせ、私の将来の部下であるからな」
周囲がにわかにざわついている。
俺と多智花さんは、背筋をピンと伸ばして恐縮しまくっていた。
「……もしかして私たち、えらいことになってません?」
「気付くのが遅い。俺たちはえらいことになっているんだ」




