☆新規章【書籍版】56話 ていうかどこ住み?電話番号は?REA入る? #
ということで、戦闘後。
俺の連続火炎放射によって完全に活動停止したボス・スライムは、ついに黒曜石のようなどす黒い色に変色し、幾何学的な結晶を辺りに散乱させた状態で沈黙していた。
上半身の衣服を全て溶かされてしまった多智花さんは、俺の着ていた防刃ベストを羽織ってガクガクと震えている。
「し、しししし、死ぬかと思いました……」
「かなり焦ったが……何事も無くて良かったな」俺がそう呟く。
『よかったですねー』
「本当に危なかった」キャロルは震える多智花さんの肩に手をやると、グッと拳を握りしめて微笑んだ。「だが良かったな、タチバナよ。ボス・スライムに食われかけるなど、なかなか出来る経験ではない」
「ほ、ほほほほ、本当ですか……はは」
「いいかタチバナ。衣服が溶けていたのは、スライムの捕食過程だ。獲物を効率よく吸収するために、スライムは服装や装備品などの不純物をあらかじめ溶かしてしまうのだ」
「そ、そうなんですね……」
「衣服が全部溶けている所を見るに、これは捕食過程に進む直前だ。もう数十秒救出が遅れていたら、死にはしないまでも表皮はあらかた溶かされていただろう。人体標本の状態で助け出されなくて良かったな」
「…………えっ?」
多智花さんが、目をパチクリさせてキャロルに聞く。
「そんなヤバイ状況だったんです?」
「大丈夫。これくらい、我々の業界では日常茶飯事だ。死線は潜れば潜るほど強くなれる。だろう、ミズキよ。ついこの前も、我々は一緒に死にかけたものな?」
「…………えっ?」
多智花さんは、今度は俺を見ながら目をパチクリさせた。
「水樹さんも、こんな感じの日常なんです?」
「まあ、死にかけたのは事実だが」
「その時なんて、私はこーんな大きいボス・オーガに押さえつけられて、危うく凌辱されながら殺されるところだったのだぞ。きっと正視に堪えない遺体になっていただろうな」
「……ハードすぎません?」
「とにかく良い経験ができたな、タチバナ! それで、R・E・Aに入るのだろう? その辺の話をもう少し詰めようか」
「………………」
やや目を逸らして黙り込む多智花さんに、キャロルが首を傾げた。
「どうした? 顔色が優れないが、どこか痛めたか?」
「えっ、いや……そういうわけでは、無いのですが……」
「どうした? どこか痛いのだろう。診せてみろ」
キャロルがペタペタと多智花さんの身体を触り、解析スキルである『龍鱗の瞳』も使いながら体の異常を診てやっている。
そんな二人の様子を、俺は遠巻きに眺めていた。
「…………」
キャロルは微妙に察してあげられていないようだが、多智花さんは心の方を痛めたのだ。
つまるところ実際に死にかけて、予想以上にハードすぎた冒険者ライフに、ドン引きしてしまったのだ。
せっかく高収入確定のR・E・Aにスカウトされた多智花さんではあるが、おそらく入隊には至らないだろう。彼女の心がボキボキ折れていく音が、こっちまで聞こえてくるようだった。『私にはハッキリポキポキ聞こえてますよ』やっぱり?
そんなことを考えていると、不意に洞穴の中心に、光の結晶が生み出された。
「ん?」
その出現物はしばらくの間発光して、次第に光量を落ち着かせていき、最後には一つの水晶の姿となる。
「お? キャロル、なんか出てきたぞ」
「……ん? ドロップアイテムか?」
歩み寄り、それをひょいと拾い上げてみる。
手に取って見てみると、それは内部に紫色の霧を内包した、手のひらサイズの小さな水晶体だった。
「水晶……? キャロル、これはどういうアイテムだ?」
「おおっ!? それは、レベル・クリスタルではないか!」
そう言ってスッと立ち上がったキャロルが、ズレた紐パンを片手で直しながら近寄って来る。
「レベル・クリスタル?」
「ボス・スライムからドロップするレア・アイテムだ」キャロルは指で引っ張った紐パンをパチンと言わせた。「使用することで、対象のレベルを引き上げる効果がある。貴重な物なのだぞ。ラッキーだな」
「レベルアップのアイテムか。どれくらい上げてくれるんだ?」
「上昇値には個体差があるのだが、紫は上物だ。一発で5レベルは上げてくれるだろうな」
「5レベルったら相当だな。数百万は下らないんじゃないのか?」
「それどころか一千万相当だ。最上位の金色のクリスタルなら、数億という値がつくぞ」
「ひょえーっ。これが一千万の塊か……」
「うむ。それでミズキよ」
「なんだ?」
「このレベル・クリスタルだが、タチバナに使ってみないか?」
「…………えっ? 私に!?」
自分に話が戻って来るとは思っていなかったらしい多智花さんは、自分自身を指さして目を丸くした。
「多智花さんに? 別に良いが……どうして?」
「5レベルも上げれば、タチバナもすぐに魅了系スキルを使えるようになるだろう。即戦力が手に入るぞ」
「えっ……いや、その……」
なんとなくマズイ雰囲気を感じ取ったらしい多智花さんは、話の方向性をなんとか軌道修正できないか探っているようだった。
「私は……あの、全然大丈夫なので、ぜひお二人で使って頂ければ……」
「そう言うな、タチバナよ。冒険者になりたいのだろう? ミズキよ、使っていいな?」
「まあ俺には必要無いから、キャロルの好きにしてくれ」
「いや、あのー! その、やっぱり、ちょっと考えさせて頂きたいと言いますか、そのー! そんな高価な物を使って頂くのは、申し訳ないといいますかですねー!」
多智花さんが全力かつ遠回りに拒否しようとしているのも構わず、俺からレベル・クリスタルを受け取ったキャロルは、間髪入れずにそのアイテムを使用した。
すると彼女の身体が一瞬発光して、ピピピピピン! という軽快な音と共にステータス画面がポップアップする。
「…………えっ? 使っちゃいました?」
「うむ。ステータス画面を出してみろ」
「あ、はい」
言われるがまま、多智花さんは発現したばかりのステータス画面をポップアップさせる。
「見ろタチバナ、レベルが16から22になった。6も上がったぞ。良い個体だったのだな」
「えっ……ありがとうございます」
「経験点を6点割り振れるぞ。全て魅力に振ってみるといい」
「は、はい」
言われるままに能力値を上げた多智花さんは、魅力値が29から35まで上昇した。
「よし! よかったではないか!」キャロルが多智花さんの肩をポンと叩く。「それでは『魅了系』スキルを取り寄せてあげるからな。レベル22の魅力値35もあれば、初級の魅了スキルは使用できるはずだ。加入の契約書やその他諸々はR・E・Aの事務に送ってもらうから、あとで私に住所や電話番号を教えてくれ」
「え、あ、あ、はい……」
「うむ! 今日は良い日だった! ミズキよ、帰りはラーメンでも食べに行こうではないか。多智花も一緒に食べるだろう?」
「は、は、は、は、は、はい…………」
そのままキャロルが先頭に立つ形で、俺たちは帰路につくことにした。
ややゲッソリとした顔の多智花さんは、ボソリと俺に呟く。
「冒険者って、大変なんですね……なんかまた過呼吸になりそうです……」
【WEB版からの変更点⑤】
新規章の追加。
書籍2巻の刊行にあたり、担当編集Yさんから「『現代ダンジョン攻略』なのに、2巻って全然ダンジョンに潜らないよね……」との指摘に君川が「そうなんですよね…」と何も反論することができなかったため追加された章。
とにかく壁尻が書きたかった。
とりあえず着せてみたキャロルの新水着アーマーが、この後改稿作業に波乱を巻き起こすことになる。
それはまた別のお話。




