☆新規章【書籍版】55話 なんで壁尻になってるんだ!?
多智花さんがステータス化したことで、本日の目的は達成されたと言ってよい。
予定ではこのまま帰ってしまっても良かったのだが、多智花さんの思わぬ才能が発掘されたことで、もう少し探索を進めることとなった。キャロルには『ダンジョンで自分が発見したものに執着する』という精神偏執があるのだが、どうやらそれが微妙に発動しているように見える。『早くお家に帰ってテレビ見たいですー』留守番してれば良かったのに。『行くか迷って来てみたら微妙に後悔してるパターンですー』まあそんなにかからないだろうから、待っててくれ。
「いいか、タチバナよ。ここはダンジョンの浅層で、いわゆるステージ1だ。脅威度の高いモンスターは基本的に存在せず、遭遇するのはゴブリンかスライムがほとんど。どれもスキルでなくとも、拳銃等の現代兵器によって制圧できる」
「は、はい。なるほど!」
ダンジョン内を進みながら、キャロルは多智花さんに探索の概説を行っていた。
思いのほか才能があった多智花さんのことを、キャロルは気に入り始めているらしい。
出会った当初はあれだけ敵意を剥き出しにしていたのがウソのようだ。こいつは本当に好き嫌いが激しい奴で、その高低差について行けない所がある。
「ゴブリンの弱点は魔法属性、スライムは炎属性に弱い。だがどちらも、弱点攻撃を意識しなくとも倒せる相手だ。唯一ボス・スライムだけは、炎火力が無いと倒すことに苦労する。有効な攻撃手段が無い場合は、ボス・スライムからは逃げた方が良い。だがこのモンスターは、稀にレベルクリスタルという大変貴重なアイテムを落とすからな。対抗手段があるならば優先的に倒したいところだ」
「なるほど、わかりました!」
キャロルの言ったことに頷きながら、多智花さんは逐一メモを取っている。
二人はさながら、教育熱心な先生と勉強熱心な生徒といった雰囲気だ。
さて俺はというと、そんな二人の後ろを黙ってついて歩いていた。
「…………」
なんというか普通に、かやの外だった。
キャロルは基本的にR・E・Aの面子か俺にしか懐いていない上に、その中でも俺の優先順位が馬鹿高いので、そっちのけで多智花に構われるのは微妙に寂しい思いがしなくもない。自分のことを滅茶苦茶気に入っているとばかり思っていた先生が、他の意外な生徒の魅力に気付いて夢中になってしまっているような気分だった。『ケシー様がいるではないですかー』そういう問題ではないのだ。『ぶー』
そんな複雑な心境を抱えながら、俺は話し合う二人の後ろを歩いて、特にすることもないのでキャロルのお尻を眺めている。新調したキャロルのビキニアーマーは後ろがTバックというかVバックのような形になっているのだが、それはキャロルのツンと張った逆ハート型の尻を隠すのではなく、よりスケベに見せる効果しか有していない。そしてキャロルの尻は、実際素晴らしい。『尻より胸派なのでは?』だからといって尻が嫌いなわけがないだろ。『ほほーん』
途中の洞穴で数体のゴブリンと出くわしたが、そのどれもがキャロルの剣によって瞬殺される。今しがた斬り殺したゴブリンの前に立ったキャロルは、剣先でその身体を突きながら、多智花に詳細な説明をし始めた。
「タチバナ、これがゴブリンだ。見たことはあるか?」
「いえ、初めてです……!」
「小柄だが、見ての通り筋肉量が多い。身体に搭載されている筋肉はチンパンジーの1.5倍ほどで、見た目よりも危険な存在だ。スキルも銃火器も持たない一般人が勝てる相手ではない。基本的に群れを成して生活しているので、一匹見つけた場合は最低でも3体以上が近くにいると思え」
「わ、わかりました」
「だがダンジョンにおいては、このゴブリンすらも雑魚でしかない。こいつとは比べ物にならないほど危険な存在が、深層では山のように跋扈しているのだ。ダンジョンの危険性について、肌で実感できただろう?」
「は、はい! ありがとうございます!」
「よし、次はスライムと交戦したいところだな……どうした、ミズキ? 何かあったか?」
急に話を振られて、俺は肩をすくめる。
「いや別に」
「先ほどから静かだが、気分が悪いのか?」
「いや、全然悪くない」
「……ははーん。わかったぞ?」
キャロルはそう言うと、俺に近寄りながら、年相応の悪戯っ子な微笑みを見せた。
よく見てみると、彼女は戦闘で少し汗をかいたのか、アーマーの布地が少し透け始めている。発汗を吸収して透けるという噂の謎機能か。
「私がタチバナばかりに構っているので、機嫌を損ねたのだろう」
「そんなことはない。もっと教えてやれ」
「ふふん、そんなことを言っても顔に出ているぞ。可愛い所があるではないか? もっと構ってあげた方が良いか? でもミズキだって、いつも私のことを蔑ろにするものなあ。これは自業自得という奴だなあ」
「だから、やることが無いなあって思ってただけだ。別にんなこと思ってない」
「ん? 怒ってるか? 怒っているのか? ふふふん。仲直りのキスでもするか?」
「くそっ、おちょくりやがって。いいから先に進むぞ。なあ多智花さ——ん?」
そこで俺は、傍に立っていたはずの多智花さんの姿が見えないことに気付く。
「あれ? どこに行った」
周囲を見回してみると、彼女はすぐに見つかった。
だがしかし、発見できたのは下半身のみだった。
俺たちは洞穴の土壁付近に、多智花さんの下半身を発見した。
「…………」
「…………」
『…………』
俺とキャロル(とケシー)は、その奇妙な光景を前にして揃って言葉を失う。
多智花さんはいつの間にか、洞穴の土壁に頭を突っ込んで、それどころか上半身を全て突っ込んだ状態で、外にお尻を突き出しながら土壁の中に埋まっていたのだ。
「た、多智花さん!?」
「た、タチバナァ!?」
『で、デカパイさん!?』
三者三様の叫び声が、洞穴と俺の脳内に響く。
多智花さんは、つまるところ洞穴の壁に埋まっていた。
土壁の中から、多智花さんのお尻から両脚だけが外に放り出されている奇妙すぎる状態。
四つん這いのような格好で壁の中に沈み込み、上半身が全て埋まってしまっている多智花さんは、ビクンビクンと突き出したお尻を悶えさせながら、新品らしいスニーカーが履かされた足をピクピクと震わせていた。
「な、なんだこれ!? なんで多智花さんがいきなり壁尻になってるんだ!?」
『ほんまになんで!?』
「ボス・スライムだ!」『龍鱗の瞳』を起動したキャロルが、蛇じみた黄色い瞳で周囲を見回しながら叫ぶ。「しまった! レクチャーに夢中になっていて、気付かなかった!」
「どういうこと!?」
「この洞穴全体が、ボス・スライムの擬態なのだ!」
「なんだそりゃ!?」
『あっ! なるほどですー!』
納得したらしいケシーは置いておいて、俺はとりあえず多智花さんに駆け寄って彼女の足を掴む。そのまま引っ張って、粘性の壁に沈み込んでいる身体を引きずり出そうと試みた。
「ぐぐぐ……!」
しかし、ビクともしない。綱引きの要領で体重をかけて全力で引っ張れば、何とか引っ張れそうな気配はあるが……そうすると、彼女の身体の致命的な部分がブチンとかバキンとか言いそうだった。『あっ、これ駄目ですわ! これ以上やったら一生車椅子系の後遺症が残る奴ですわ!』
「駄目だ、引っ張り出せない!」
「ミズキ、炎攻撃だ! 『火炎』に強化をかけて撃て!」
「『スキルブック』!」
瞬間。
実体化したスキルホルダーは俺の右手の平に収まるようにして発現し、風が吹いてもいないのにバララッとページをたなびかせた。ちょうど開かれたのは、使用するつもりの『火炎』のカードを封じたページ。
前回のボス・オーガ戦の後に気付いたことだが、俺はほんの少しであれば、この『スキルブック』を触れずに動かすことが出来るようだった。動かすといっても、こんな風にページを勝手にめくらせるくらいが限度で、宙に浮かせたりはできない。
開かせたページから『火炎』のスキルカードと、隣のホルダーに収めていた『爆発現象』を同時に引き抜く。
「『爆発現象』、『火炎』! どこに打てばいい!?」
「えーと、天井! この洞穴自体がボス・スライムだ!」
ピンッ、と『火炎』のカードを頭上に掲げる。
すると手の先から迸るようにして、特大の火炎放射器の如き炎が噴出された。
ブオオオッ!
『爆発現象』によって強化をかけた『火炎』は、洞穴の天井を舐めまわすようにして滞留し始める。
すると、固い石の姿をした天井がゆらりと波打った。水たまりに石を投げたようにして生じた波紋は天井の四方へと伝播し、天井と壁の境界を越えて、ついには床まで伝わっていく。
そうやってひくつくようにして蠢く洞穴に一発分の火炎を打ち切り、次弾を準備しようとした所で。
洞穴は突如として、その正体を現した。
「ピィィィィィィィィィィィィイィィィィィィイィィイイイィイッ!」
「うおおっ!」
鳴り響いたのは、ネズミの如き甲高い悲鳴。
周波数帯の高い悲鳴は洞穴全体を鳴き声で振動させながら、その形状を幾何学的に変化させていく。巨大なスライムの柔らかな体組織は変形するたびに硬質化し、軟泥状態からクリスタルのような硬質状態へと交互に変異した。それは彼なりの身悶えであり、体表を炎で焼かれてのたうち回っている姿のかもしれない。
「ピィィイイイイィイイッ!」
悲鳴が響く結晶化の最中、壁に発生した底なし沼に沈み込んでいた多智花さんの身体が、不意にズルリと吐き出される。ボス・スライムの体内から解放された多智花さんは、上に何も身に着けていなかった。剥き出しの大きな乳房がブルンと震えながら地面に投げ出されて、彼女はそのまま這いつくばった。
「げ、ゲボッ!? げほぉッ!?」
「やったぞ……って!? なんで上裸なんだ!? 服だけ溶かす不思議な成分なのか!?」
『ズッキーさん! 危ない!』
「えっ!?」
ギンッ!
耳元で凄まじい音が鳴り、俺は驚き振り返る。
槍のような形状に変化して俺を突き刺そうとしていたボス・スライムの体組織が、すんでのところでキャロルの剣によっていなされていたのだ。
「ミズキッ! もう一発打ち込めっ!」
「あ、ああっ! 『爆発現象』、『火炎』ッ!」
『やったれーっ!』




