☆新規章【書籍版】54話 ソフトボールとピンポン球の比較 #
そのまま侵入手続きを済ませて、俺はキャロルと多智花さんと『私と!』共にダンジョンに入った。
もうダンジョンに入るのはわりと慣れたもので、特段緊張も興奮も無い。コンビニに行くような感覚……とまで言ってしまうと軽すぎるが、普段行かない店に行くぐらいの気軽さではある。
俺たちはとりあえず奥までは進まずに、暗い洞窟空間の入り口に陣取った。多智花さんのステータス化を待つためだ。腕に巻いたデジタル時計を、俺とキャロルで一緒になって見つめている。
「ステータス化は、大体3~5分以内には完了する」
「なら、もうすぐだな。あとキャロル、あまり俺に身体を寄せるな」
「どうしてだ。一緒に時計を見てるだけじゃないか」
一緒に時計を見ているだけでも、ド変態装備の金髪少女がむやみに身体をすり寄せてくるのは刺激が強すぎる。
一方。
微妙によくわからないままとりあえず立って待たされている多智花さんは、やや不安げな様子だった。
「ステータス化するときって……何か起きるんですかね? 痛かったりします?」
「いや、全然そんなことないから大丈夫」
「待ってればババッと出てくるぞ」
「ば、ババッと?」
自分の中からババッと出てくるらしい何かに、多智花さんの不安が加速したようだ。するとちょうど彼女の目の前に、ステータス画面がポンッと飛び出した。
「おおっ!? ば、ババッと出ました!」
「よし、ステータス化したな」キャロルが多智花さんのステータス画面を覗き込む。「どれ、どんな感じだ?」
ステータスというのはそこそこプライバシーな情報であるような気もしたが、俺の心の中で発生した『多智花さんのプライバシーを考慮しよう委員会』は秒で好奇心が勝利したので、キャロルに乗じて拝見させてもらうことにする。『好奇心!』その通り。
「ど、どういう感じでしょうか……?」
俺とキャロルに覗き込まれながら不安げに呟く多智花さんのステータスは、こんな感じ。
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レベル16
HP13
MP1
筋力 7
体力 25
知力 19
知識 37
心力 6
敏捷 9
魅力 29
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「一桁台が三つか。平均以下だな」
キャロルが単刀直入にそう言った。
「でも、体力値が俺より高いぞ」
「えっ。私の体力、水樹さんより高いんです?」
「うん。高い」
『命が大事』を基本戦術に据える俺は、レベルアップ時の能力値上昇を全て体力に振っている。しかし多智花さんの体力値は、上昇させた俺の体力値すらも初期値で上回っていた。すぐ過呼吸になったり標準の顔色が悪かったりするので、てっきり体力はゴリ低いものだとばかり思っていたのだが。
「体力値は単純な体の丈夫さとは違うからな」キャロルがそう言った。「多智花真木の身体的特徴やら何やらを総合的に加味した場合、こういう値になるのだろう」
「えっ? 身体的特徴?」
混乱している様子の多智花さんだが、俺は彼女の胸をチラリと見て、優秀な体力値の秘密を理解する。
いわゆる巨乳。E~F? いやそれ以上か?
しかも多智花さんは女性にしては背が高い方で、そのプロポーションは普通にモデル並みである。水着などを着てもらえば、まさか彼女が一介の市役所職員だとは誰も思うまい。グラビア雑誌の表紙をバリっと飾っていても全然文句は無い。むしろ見てみたい。腰はくびれていて、女性的な丸みを帯びながら広がるお尻は大きい。たしかに言われてみれば、女性としては相当恵まれた体型。巨乳はダンジョン攻略まで有利だというのか。
それに比べて……。
「…………」
俺はこっそりと、キャロルの薄い胸にも視線を這わせた。
発育途中ゆえに仕方がないとはいえ、キャロルの胸は薄い方である。多智花さんがソフトボールだとすれば、キャロルは卓球玉レベル。彼女はこれほどのディスアドバンテージを抱えながら、これほど強力な冒険者になったわけか。俺はこのキャロル・ミドルトンという少女に、より一層の敬意を払わなければならないような気がした。
「ミズキ、何を見ている」
「いや、俺は何も見ていない」
「見比べていたな?」
「いや、俺は何も見比べていない」
「許さんぞ」
「すまん」
気を取り直して、俺たちは多智花さんのステータスをより詳しく吟味してみた。するとキャロルが、何かに気付いたように呟く。
「……しかし、魅力値が高いな。他の基礎値は低いが、尖った将来性のある初期値だ」
「たしかに。魅力値29か」
俺の魅力値は15なので、多智花さんの値は俺の2倍近い。
「これってどういう能力値なんだ?」
「魅力値は、魅了系スキルの威力に関わる値だ」キャロルが答えた。「つまり洗脳・催眠・扇動・鼓舞に関する能力値だな」
「なんか、凶悪そうだな」
「実際凶悪だ。相手の行動や思考に直接影響する魅了系は、最凶スキルの一角なのだから。たとえば魅了系の基礎スキルである『催眠』は、1ターン秒の間対象を操る効果がある」
「対象を操る? それって、どういう意味で?」
「文字通りの意味だ。相手の精神を支配し、言いなりにする。仲間割れをさせるも良し、そのまま自殺させてしまうもよし」
「……強すぎないか?」
「だから最凶なのだ」キャロルは俺に目線を配した。「だがそれゆえに、魅了系スキルは必要レベルや能力値の制限が厳しい。『火炎』のような、とりあえず要求レベルさえ満たしてれば使える単純な代物ではない。魅了系は『能力値依存型』のスキルで、レベルがあっても能力値が伴わなければマトモな効果にならない。ゆえに使い手も少ない」
「じゃあ、魅力値29ってのは……」
「初期値としては、なかなか破格の値だ。育成すれば良い使い手になるだろう」
俺とキャロルが多智花さんのステータスについて話し込んでいる最中、彼女本人は置いてけぼりにされまくっていた。しかし俺たちが、彼女の初期ステータスに一定の好評価を抱いているということは、伝わっているだろう。
ふと疑問が湧き上がる。
なあケシー。『はいさいなんでしょう』この魅了系スキルって、つまり精神干渉ってことだよな?『ということですね』ケシーのこのテレパシーも、魅了系スキルの一種なのか?『うーん? いえ違いますけど?』そうなのか。『私のはスキルというより、種としての固有能力ですので。サイにツノが生えてたり、鳥に翼が生えてるのと同じです。それに精神干渉と精神感応は違いますよ』なるほど、了解。『でもまあ機能的にはたしかに同系統なので、色々と感知はできますですー』
「なんか……意外と良いっていうことで、良いんですかね……?」
多智花さんがおずおずとそう尋ねた。
「なかなか良い。いや見方によっては、すごく良い」
キャロルは多智花さんのステータス画面から視線を外すと、彼女を真っ直ぐ見据える。
「タチバナ・マキよ。R・E・Aに入ってみないか?」キャロルがそう言った。
「えっ? R・E・Aに? 私が?」
「うむ。ちょうど、魅了系の使い手が欲しいと思っていた所なのだ」
唐突すぎる、英国最強パーティーからの隊長直々のスカウト。
多智花さんは言われていることがイマイチわかっていないようで、目を白黒とさせる。
「R・E・Aって、そんな簡単に入れちゃって良いものなのか?」
俺がそう尋ねると、キャロルは首を横に振った。
「簡単に入れるわけではない。だがこの多智花のステータスには、希少な魅了系への将来性がある。こういう尖った値はなかなか稀なのだ。数年がかりの育成計画になるだろうが、ぜひ抑えておきたいとこだな」
「えっ……? 冗談とかじゃなくて、ま、マジで言ってますか?」
「私は冗談を言わない」キャロルはきっぱりとそう言った。「どうだ、タチバナ? R・E・Aにヘッドハンティングされてみないか? 育成中の年俸としては4万ポンドほどで我慢してもらうが、探索の頭数に数えられるようになれば……最低でも、10万ポンドは約束しよう」
「ポンド? えっと、日本円に直すと……?」
「いくらだろう。ミズキ、わかるか?」
キャロルに聞かれて、俺は頭の中で計算してみた。
これでも元証券マン。外貨計算はそれなりに出来る。『ケシー様がお手伝いしましょうか?』暗算中に話しかけないでくれ。『ぴえん』
「今のポンド円のレートがわからんが……4万ポンドは大体500万円、10万ポンドは……1000万と数百ってところかな」
「えっ!? そんなに!? マジです!?」
「マジだ。興味があるか?」
「あの水樹さん。私、何かドッキリ的なものにかけられてます?」
「いや、キャロルはマジだ。マジで多智花さんに、最低一千数百万の年俸を提示してる」
「うむ。どうする、タチバナよ。公務員の立場は捨てることになるが、検討してみないか?」
「…………ぜ、ぜひ! ぜひ検討させてください! なにとぞ!」
【WEB版からの変更点④】
多智花の強化。
WEB版では無能力だった多智花ですが、諸々の検討により書籍版で強化。
この強化によって、書籍への改稿量が飛躍的に増えることに。
結果この後のわりと何もかもへと影響していく。
WEB版消滅の最大要因の疑惑あり。




