☆新規章【書籍版】52話 童貞を殺すメカニズム
『ダンジョン統合実動検査演習。スキルブックを試すにはうってつけの機会ではないか』
ここは自宅。
デスクの前に座りながら耳に押し当てているスマホは、キャロルへと繋がっていた。
『実は、私の方にも話が来ていてな。演習には、REAから私を含めて数名がアドバイザーとして参加することになっている』
「もしかして、火又っていう人の仲介じゃなかったか?」
『なぜわかった? ヒマタと知り合いなのか』
大体そうだろうとは思ったのだ。
『まあいい。とにかく、捕獲済みのモンスターを相手にした実戦演習だ。スキルも国有のものが使用できるとなれば、参加しない手はあるまい』
「俺もそう思ってる」
統合演習では、ダンジョンを模したエリアの探索演習の他、ダンジョン内の生物が市街地へと侵入してしまった事態を想定した、実戦対処の演習等が含まれていた。
その際に、演習参加者は国有のスキルを一時借りる形で使用することができるらしい。
「リストはすでに手元にあるから、あとはこのリストに無いけど特に試してみたいスキルだけ、事前に買っておこうと思ってる」
『それが良い。結局、スキルブックは売ってしまうのだろう?』
「そうだな。俺には冒険者は向かないし」
『そんなことは無いと思うのだが』
そんなことはある。俺にはこういう世界は向かない。
ダンジョンを探索する冒険者といっても、その実態はRPGゲームのような華やかで楽しいものではなく、民間軍事会社めいた命がけの戦闘職種。
今回の統合演習を通じて『スキルブック』の性能をより詳しく確認したら、俺はこのスキルを、演習中かその直後に売却しようと考えていた。
俺のような一般市民に、こんなレアスキルは荷が重たすぎる。
この壊れスキルを保有している限り、俺に平和な日常というものは訪れそうもない。
『まあスキルブックを売った後でも、一度はREAに所属してみると良い。大規模な取引を行った後は、色々とゴタゴタがあるかもしれないからな。私の手元に居てくれれば、身の安全を保障できる。それに我々の世界を少しでも経験してみれば、もしかしたら考えも変わるかもしれない』
「考えておくよ」
『私はお前のことを見ている。『スキルブック』はツールにすぎない。極限状況でその真価を発揮させたのは、他ならぬお前自身なのだ』
「…………ありがとうな。そこまで言われたら、一度はそっちに出向かないわけにはいかないかもしれない」
『考えておくといい。ところで、どうして私のLainをブロックしたのだ?』
「お前がエロ写メを送るからだ」
『参考のために、私の全体像を前と後ろから撮ったものを送っただけではないか』
「それをエロ写メと言うんだ」
『結婚後に認識の相違があると困る。いわば必須の提出情報だ』
「お前がなんと言おうとそれは未成年のエロ写メであって、日本の法律では俺が死ぬのだ」
通話を終了した。
俺は冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、居間のテーブルに座り込む。
テーブルの上にはケシーが座っていて、彼女はいつも通り、砕いたカントリーバームを小皿から取りながらテレビを見ていた。映っているのはなんてことはない、お昼のワイドショー。俺も一緒にテレビを見始めると、画面上に【速報】というテロップが流れた。
「ん? ニュース速報?」
「なんですかねー」
ケシーと一緒にカントリーバームを食べながら、何の気なしに速報の内容を待つ。
『昨日未明 北海道大守市のダンジョンから洞窟性生物の脱走の可能性有り 道警が明らかに』
「は? マジか」
「脱走……?」
俺は手近に置いてあったスマホを取り、WEBブラウザで情報を探してみる。
「どうです? 何かありました?」
「オオモリダンジョンから、ゴブリンが一体逃げ出したかもしれないらしい」
俺はニュースサイトをスワイプしながらそう答えた。
「えっ? マジです? どういう状況で?」
「調査中だって。あとはあくまで、まだ可能性って話らしいけど」
「でもそれって……その辺をゴブリンがほっつき歩いてるかもしれない、ってことですよね。普通にヤバくないです?」
「マジだったとしたら普通にヤバすぎる」
危険な熊が、その辺を彷徨ってるようなものだ。
しかしやはり、今のところ詳細は不明で、ハッキリしたことはまだわからないらしい。
まあ、わからないことについてアレコレ考えても仕方ないか。
「そういえば、ヒースさんと連絡ついたんですか?」
「いいや。相変わらず留守にしてる」
「どこ行ってるんでしょうね」
「俺がわかるわけもない」
ケシーが食べていたカントリーバームを、俺も一口食べる。
「そういえばさ。お前って、俺がREA入るの嫌なの?」
ケシーにそう聞いてみた。
「ん? なんでです?」
「何となく、嫌そうな雰囲気醸し出してたろ」
「あー。いやー。なんといいますかー。ズッキーさんがあんまり忙しくなったりー、変なことになると嫌だなーって。一緒にテレビも見れなくなりますし―。できればこのままな感じがいいなーって」
「まあ、別にそんな変わらんと思うぞ。色々と目途も立ってきたしな」
そんなことを話していると、チャイムが鳴った。
玄関口に出てみると、そこには黒髪を綺麗に切り揃えたボブカットの少女。
詩のぶだった。
彼女は片手を挨拶のために上げると、もう片方の手で風呂敷を持ち上げる。
「これ、意図的に作りすぎたんですけど。食べません?」
「それは作りすぎとは言わないのだ」
詩のぶから風呂敷を受け取ると、何やらズッシリとした中身が感じられる。
……ありがたいのだが……なんか、変なもの入れてないだろうな。
いや、わざわざ持ってきてくれたのに、失礼極まりないのだが。
でも詩のぶだからな……。
そんな心中を見透かしたように、詩のぶがクスクスと笑った。
彼女は俺と会う時はいつも、パーカーの下に童貞を殺すメカニズムを搭載した、胸元が不思議に開く系のTシャツを着ている。この前コンビニで偶然会ったときは、そんなもん着ていなかったのに。というか生活感丸出しのスウェットだったのに。下は腿丈のミニスカ生脚。足元にはハイカットのスニーカー、だるだるの白ソックスを履いている。
「心配しなくても、ホラー系のヤンデレみたいに変な物入れてませんよ」
「何となく頭によぎっただけだ。ありがとう」
「でも不透明タッパの方は開けないで、小穴が空いてる方を居間かパソコンデスクが見える位置に置いといてくれませんか?」
「すまん、返すわ」
「冗談ですって。そういえば、私そろそろ動画投稿再開しようと思ってるので。よかったら見てくださいね」
「お前、まだ懲りてないのか」
「今度は健全にやります。何もしなくても好感度が青天井で上昇し続けるHIBAKINさんを目指します」
ぜひ目指してくれ。
しかし、ゴブリンに襲われて裸に剥かれている動画がいまだに無断転載されて、現在進行形で海外のエロサイトにて数字と高評価とコメントを獲得し続けているというのに。図太い奴だ。
どうやら学校では、あの件によって苛められるわけでもなく、むしろ不可侵でアンタッチャブルな地位を確立することに成功したらしい。拡散力があって実際に拡散されまくっている奴に、不用意に突っかかってはいけないということがわかっているのだろう。最近の子は賢い。
つまり日常の方は、大体こんな感じだった。
直近には、『第一回ダンジョン統合実動検査演習』がそこまで迫っている。
詩のぶが作ってくれた料理をケシーと一緒にあーだこーだという話をしながら食べている間、つけっぱなしのテレビには夜のニュース番組が流れていた。あのゴブリンの脱走?事件以外は、大体ありふれたニュースばかり。特に注意を向けるでもなく、ビールと一緒にありがたく料理を頂戴する。あいつ料理上手いな。
『……………………次のニュースです……』
『……アメリカ行きの旅客機……パスポートを持たない人物が紛れ込んでいた可能性が……空港側は……』
『アメリカでは、ステータス化した冒険者による事件が多発していることを受け……政府は対応策を……つい先日に……ロサンゼルスの警官が……インタビューに……』
『“確実に頭に命中した。頭が弾けて、その辺に脳みそが飛び散ったんだ。だけど、死ななかった。死んでるのに死ななかった。赤い火花みたいなものが迸ったのを覚えている。そんなスキルは、訓練や講習でも聞いたことがなかったんだ。俺が焦っていると、その黒服は……”』




