【書籍版】50話 警察沙汰に対するフットワークが軽い
待合室に戻ると、川谷が我が物顔で部屋の中央に座っているのが見えた。
そこはちょうど、壁に座る多智花さんの目の前。
さっきまではその位置に椅子は無かったので、わざわざ移動してきたのだ。
俺が缶珈琲を持って多智花の横に座ると、また川谷が話しかけて来る。
「そういえば」
椅子の背もたれにだらしなく脇を通しながら、彼は薄ら笑いを浮かべた。
それが俺に対する話題の提起だとはわかっていたが、とりあえず無視する。
「水樹さん……でしたっけ。冒険者資格を取ってから、どれくらいになるんですか?」
「あっ! え、ええとですね! 水樹さんは……」
「自分で調べればいい」
多智花さんが説明しようとするのを遮って、俺が返事をした。
「大守市で取ったんだ。記録をチェックすればわかるだろ」
「つれないなあ」
そう言って、川谷はニヤリと微笑んだ。
「僕のペア・アドバイザーが誰かわかりますか?」
「興味ねえよ」
「そこにいらっしゃる方ですよ。日本一の冒険者、馬屋原さん」
川谷は顎をしゃくると、そちらに注意を向けた。
そこにいたのは先ほど目に留まった、テレビの特集で見たことがあるやたらワイルドなポニーテール。そうだ馬屋原。思い出した。
「多智花も、もうちょっときちんとした人を連れてくればよかったんですけどね」
「お前さっきから何なんだ?」
「あ、あの……」
一触即発……というよりはすでにバトルが始まっている俺と川谷の間に、多智花さんがおずおずとした様子で入って来る。
「み、水樹さんは、今回急遽……お忙しいところをわざわざ、無理を承知で来て頂いた方でして……ですので、その……そういった言い方を、されますと……」
「なんだ、多智花? 僕に文句でもあるのか?」
「いえ、ですから……その……水樹さんを、そういう風に、悪しざまに言われるのは……」
「はーあ。使えない奴にいくら意見されても、聞く気になれないよな」
ガタン、と俺は立ち上がった。
川谷の目の前に立つと、俺は椅子に座ったままの奴を見下ろす。
「お前、人に喧嘩を売るのが趣味なのか?」
「別に喧嘩をするつもりは無いんですけどね。でも一応言っておきますと、向こうにいるのは日本冒険者連盟の副会長さん。あっちの方は、海外でも活躍されている冒険者パーティー『J:SEARCHER』の隊長さん。そっちも凄い方なんですよ。ところで、あなたはなんでしたっけ?」
「元小和証券営業部の水樹了介だが、何か問題があるのか?」
「……自分で場違いだって思いません?」
「思わないね、俺はこの多智花真木さんに呼ばれてきたもんだから。ちなみにお前のその髪型だが、禿げ隠しがバレてるぞ」
「…………」
待合室に、緊迫した空気が走った。
くだらない当てつけのつもりだったが、本当にそうなのかもしれない。
会社勤めの頃であれば、腹は立てどなあなあにしていた類の輩。
しかし現在の俺は冒険者という名の無職を謳歌している身なので、警察沙汰に対するフットワークが軽い。
そんなとき。
ガチャン! と待合室の扉がとつぜん開かれて、軽快な声が響いた。
「どうも! 遅れてすまないね!」
そちらに目を向けると、俺は思わず固まる。
濃緑のスーツのような、生地の厚い制服。
つまりは陸上自衛隊の礼服に身を包んだ、30代半ばといった雰囲気の男。
左胸に勲章と思しき小さな長方形のバッジを無数に並べ、肩には仰々しい金色の飾りを乗せたその男に、俺は見覚えがあった。
「いやはや、ちょいと別件が押してしまって……! っと、おや? 君は!」
「ああっと……あなたは……」
俺が彼の名前を思い出そうとしていると、彼はキビキビとした歩みで俺の下へと歩み寄って来る。
「君はたしか……水樹君だな! 水樹了介! 覚えているぞ、あの時以来じゃないか!」
「あ、ああ! その節は、どうも!」
「俺は火又、火又三佐だ。覚えていてくれたか?」
「もちろん! いや、こんな所でまた会えるとは!」
自衛官の火又に握手を求められて、彼の固い手を握り返す。
直前までの、頭が沸騰しかけていた怒りはどこへやら。
驚きと不思議な喜びに、背筋がゾクッとするような気分だった。
彼は堀ノ宮の一件でREAと共にオオモリ・ダンジョンに潜った際、火器の受け渡しで装弾に手間取っている俺の事を手伝ってくれた幹部自衛官だ。ほんの数分関わっていくらか言葉を交わしたにすぎないのだが、俺は不思議と彼のことを覚えていた。いや正直すっかり忘れていて、思い出すこともなかったのだが、彼の顔を見た瞬間に、雷に打たれたかのようにあの時のことを思い出したのだ。
「君は必ずここにいると思っていたよ。また会えてよかった!」
彼は嬉しそうに俺と握手を交わすと、白い歯を覗かせた。
改めて見てみると、火又三佐は自衛官らしい精悍な顔立ちで、体脂肪率が低いのか、顔の皮がやや突っ張っているように見える。またあの時は、軍帽の鍔を深めに被っていたおかげでいくらか若く見えていたのだが、実際にはそこそこ年齢がいっているようだった。おそらく、40歳手前かそこらだろう。
「あのときは大活躍だったみたいじゃないか! ちょうどガバメントが役に立ったんだって? 予備弾倉の位置はあそこで良かっただろ?」
「あ、ああ、はい! ええと、その節はどうも。それで火又さんは……どうしてここに?」
俺はそう返しながら、彼がなぜそこまで知っているのか、ふと疑問に思う。
「俺も自衛隊側からの人員でね」ニヤリと笑うと、火又の頬にはマリアナ海溝の如き深いほうれい線が走った。「ダンジョンに運ぶ火器とか諸々をこっちで管理しなきゃならんから、大守市と協力してあたることになったのさ。水樹君は、ダンジョン・アドバイザーとして招集されたんだろう?」
「ええ、まあ……一時的にですが」
「やはりな! 先を越されたというわけだ! 俺にも裁量権があれば、アドバイザーは真っ先に君に依頼しようと思っていたんだがなあ!」
火又は若干背を仰け反らせながら、グハハと豪快に笑った。一挙手一投足の戦闘力が高そうな人だ。動作に下手に巻き込まれると負傷しそうな雰囲気があった。しかしこの身体的な威圧感は、どこかで似たような物を感じたことがあるようにも感じられる。
一体どこで? すぐには思い出せない。
「まあ! とにかく良かったよ! 君のペアは誰なんだい?」
「そこの、多智花さんっていう人です」
火又は椅子に座ってキョトンとしている多智花の方を見ると、初動が最高速度のキビキビとした歩みで彼女の方へ近寄る。
「どうも、多智花さん。私は陸上自衛隊の、火又三等陸佐です。以後、色々とよろしく頼みます」
大ぶりな一挙手一投足とは裏腹に、火又は格式ばった丁寧な調子で多智花に挨拶した。
大柄で体格も威厳も兼ね備えた火又に握手を求められた多智花さんは、バッと立ち上がって恐縮しながらその手を取る。
「は、はい! よろしくお願いします!」
「これはつまり……貴方が、市の新役職を統括するチーフという認識でいいのかな?」
「は、はい?」
多智花がわけのわかっていない表情を浮かべると、火又はまたグハハと笑った。
「ははは、謙遜なさらないで。水樹君のペアということは、つまりはそういうことでしょう」
「え? いえ、あの……」
「ところで! 水樹君!」
火又は俺の方を覗きこむと、ニヤリとゆがめた唇から白歯を見せた。
「君、R・E・Aに入るんだろう? これでも顔が広くてね、俺もだいたいの話は聞いているんだ……ぜひ、その辺の詳しい所を聞かせてくれないかな」
「…………」
火又の一言で、待合室に別の種類の緊張が走った。
背後から、川谷の「は?」という声が聞こえてくる。
ええと、こういうことになるのか。
どうやら、不意に迷い込んでしまった再現VTRの世界はここが山場らしい。




