【書籍版】49話 スカッと日本に異世界転生したのか?
ということで、はや翌週。
俺はお国のために、もしくは巨乳の多智花真木さんのために、役所の披露式に参加することとなった。
披露式は大守市役所ではなく、前回に冒険者資格の申請で訪れた大守市役所環境部関係施設地区会館桜台地区会館、通称「桜台会館」なる場所で行われる。久々にスーツを着込んだ俺は、多智花さんからの許可を貰い、風邪を引いているということでマスクを付けっ放しにしていた。
会館前で多智花さんに会うと、彼女は俺を見るなり、すかさず頭を下げてくる。
「水樹さん! 本当に、本当にありがとうございます……!」
「いやまあ、困ったときはお互い様ということで」
「これが終わりましたら、すぐに仮置きを外しますので……」
「ええと、それで頼みます」
まあこんな披露宴に一回出席するだけで巨乳が救えるのなら、安いものだ。
…………。
ケシーの突っ込み待ちの思考だったのだが、そういえば彼女はお留守番で不在だった。推しのVtuberが参加する『Vtuberデジプロ甲子園』とかいう謎の大会の配信と被ってしまったらしい。アイツはアイツで暇なわけではない。俗世のコンテンツを漁るのに忙しいのだ。しかし、いざ居ないと調子が狂う。頭で考えていることに常に突っ込んでくれる存在がいるのもなかなか謎なのだが。
「本当に、今回は無理なところをお越し頂きまして、本当にありがとうございます……!」
「まあまあ、とりあえず行こうか」
多智花さんをある程度励ましながら一緒に会館へと入っていくと、中は公務員たちで溢れかえっていた。市の職員から道庁職員、もっと上のポストであろう者たちも散見される。
彼女に待合室まで案内してもらっていると、どこからかヒソヒソ声が聞こえてきた。
「……多智花の奴、本当に連れて来たみたいだぞ」
うん?
歩きながら振り返るが、声の主はわからない。
◆◆◆◆◆◆
待合室に通されると、そこにはすでに数人の男女が座っていた。
披露式を待っている職員らしき者たちは、誰も彼もどいつも多智花よりは数段やり手に見えるし、実際そうなのだろう。
公務員らしからぬ髪形や服装をしているのは、おそらく件のダンジョン・アドバイザーなる民間の有資格者。中には、テレビの冒険者特集などで見たことがある人もいた。特に隅の方の席に座っている、ギリギリ失礼にならない具合にふんぞり返って座っている野性味溢れるワイルドなポニーテール男。あれはたしか日本一の実績を誇る冒険者だとかいう……何さんだったか。テレビで見たはずなのだが、名前を忘れてしまった。何かしら動物の漢字が入る、珍しい名前だったと思うのだが。
とにもかくにも、一応は政府からお呼びがかかった者たち。この界隈で名のある連中が、ある程度は勢ぞろいしているというわけか。
多智花さんと一緒に壁際の適当な席に座ると、不意に喉が渇いていることに気付く。
「ちょっと、飲み物を買ってきても良いすかね?」
「あっ!? もしかして……喉乾きましたか? 私が買ってきます!」
ズバリと立ち上がった多智花さんの肩を、俺は片手で制した。
「いや、自分で行きます」
「いえ! 水樹さんの飲み物くらい……! このわたくしめが……!」
この人は、俺のパシリか召使か何かなのだろうか。
そんな押し問答を制した俺は、待合室に多智花さんを置いて通路の自動販売機へと向かった。
しかし、当の自販機はあまり品ぞろえが良いとは言えなかった。眺めるだけでげんなりしてくる類の自販機。その微妙に絶妙にそそられないラインナップは、逆に器用極まりないほど。そんな旧式自販機の前で何に妥協するべきかと迷っていると、一人の職員が話しかけて来た。
「初めまして」
「ああ、初めまして」
そんな風に返すと、彼は自販機の前に歩み寄ってきて、俺の隣に立つ。
「僕は川谷といいます。よろしく」
きっちりとしたスーツに髪を七三に分けた男は、そう言って握手を求めて来た。
「どうも、水樹です」
一応は挨拶を返しておくと、川谷と名乗る男はさらに話しかけて来る。
「多智花の、ダンジョン・アドバイザーですね?」
「まあ一応は」
「彼女と寝たんですか?」
「は?」
いきなりそんなことを聞かれて、俺は面食らう。
「なんだお前」
面喰らいすぎて、やや攻撃的な返事になってしまった。
「いやいや、ちょっと気になって」
川谷は軽薄な笑みを浮かべると、ずいっと俺に顔を寄せて来る。
「ここだけの話。多智花が有資格者を連れて来れるわけないって話だったんですけどね」
「何が言いたいんだ?」
「ほら、あいつってちょっと変でしょ?」
たしかにややズレた奴だとは思うが、こいつには同調したくない。
「道庁では、ヤバイ上司に目を付けられて相当いびられてたみたいで。それで精神的に病んで、派遣というよりは左遷みたいな感じで大守市役所に飛ばされたって話なんですよ」
「でも、大層な新役職に就けられたって話じゃないか」
「彼女にマジで任せてるわけないじゃないですか。辞めさせるために就けたんですよ」
「なんだそりゃ」
ガコンッ、という音がして、自販機の取り出し口に蓋付缶飲料が転がった。
妙な形状をした妥協の缶珈琲を取り出しながら、俺は川谷に再度相対する。
「いわゆる、トカゲの尻尾切りってことです」
「突然いわゆられてもわからんな」
「この『洞窟管理主任』と『ダンジョン・アドバイザー』制度ですけど、政治家が急遽焦って決めたもので、もう内部はガッタガタなことになってるんですよ。とりあえずガワだけ作って発足はさせますけど、近いうちに色々と表面化するのは時間の問題。すでに週刊誌が動き始めてるって話でして」
「それがあの多智花と、なんの関係がある」
缶珈琲の蓋を回して、一口飲んだ。
川谷は蓋付でない、小振りの微糖を買っていた。
「彼女はそのとき用なんですよ。無理なスケジュールや調整で問題になる部分は、最終的には全部彼女に押し付けちゃおうっていう計画。ほら、政治家のスキャンダルとかって、よく秘書の責任になったりするでしょう? つまり我々がトカゲで、彼女はその尻尾なんです」
「どうしてそんなことを知ってるんだ?」
「全体の実質的なリーダーは僕なので」
くははっ、と川谷は自嘲気味に笑った。
「ということで、事情は理解して頂けました?」
「知らんよ。さっさと俺の目の前から消えてくれないか」
「それじゃあ、このまま帰ってもらえませんかね? 後処理は僕がしますんで」
会話ができないタイプの人間だった。こんな典型的な性悪エリートが現実に存在するとは逆に驚きで、俺はいつの間にか『スカッと日本』の再現VTRの世界に迷い込んでしまったのではないかと勘繰って現実感を失う。
「どうしてそうなる?」俺が聞いた。
「だから、話を理解してくれました? せっかく多智花に無理難題を押し付けてたのに、それをどうにかクリアされちゃうと困るんですよ。彼女に問題を集積させる布石として、多智花にはここで大ミスをしてもらう予定だったんですから」
そこで、俺はふと気づく。
彼女がどうやっても、基準とやらをクリアしている有資格者の冒険者を見つけられなかったのは、そもそも見つけさせるつもりがなかったからか。
「なのにですよ。貴方みたいなわけのわからない冒険者が突然出てきたら、こっちとしても困るんです。絶対に無理だろうっていう条件をどういうわけだかクリアしてる、謎の助っ人が現れてしまうとね。そういうシナリオじゃないんですよ」
多智花さんに課された無理難題な条件とやらの詳細は知る由もないが、たしかに……公式の探索記録1回にしてボス・オーガ変異体を単独撃破し、さらには英国のREAとの共同作戦に従事した経験があり、さらには規格外のレア・アイテムである『慈悲神の施し』の回収に関わった……と書類上はなっている冒険者というのは、彼らにとってイレギュラー極まりない存在なのだろう。
「それに、あなたみたいなどこの馬の骨とも知れない冒険者が来る場所ではありませんよ。どうせ多智花に泣きつかれたか、国の役職ってことで気分を良くして来たクチでしょう? 多智花は夜にいきなり訪ねたみたいですけど、彼女とハメたんですか? さぞ具合が良かったんでしょうね。アイツ顔と身体は抜群ですからね」
「てめえの言ってることは何も理解できねえな」
「どうやら、理解できないのはお互い様のようですね」
川谷はそう言うと、俺にウィンクして待合室へと戻っていく。
「まあ、好きにすればいいんじゃないですか? どっちにしろ、あなたの居場所はありませんけどね。自分から辞退することになりますよ」
彼が扉の向こうに消えて行くのを見守りながら、俺はキャップ式の缶珈琲を開けた。
「…………」
ありがたいことに、帰って良いと言われたわけだが。
このまま、あの野郎に鼻を伸ばされるのは癪だな。
再現VTRはスカッとするまでがあってのものだから。




