【書籍版】48話 洞窟管理主任
ということで多智花さんの思考と説明の両面から事態を理解してくれたケシーの要約を聞いたうえで、俺はわからない部分を質問してみる。
「その『洞窟管理主任』ってのは……つまり、どういう役職なの?」
「ええとですね、かいつまんで説明しますと……」
『洞窟管理主任』は、行政によるダンジョン管理の現場指揮官職として配置される。
これは渦中のオオモリ・ダンジョンを擁する大守市や他主要ダンジョンが所在する都道府県から試験的に運用される予定で、大守市役所においては4名が任命された。彼らは顧問として有資格者の冒険者である『ダンジョン・アドバイザー』とペアを組み、彼らから実際的な運営に関する助言を頂きながら、ダンジョンの管理運営の際に発生する各種問題や運営方策について、直接的な判断と決定を下していくことになる。
「それでですね! 私、その新役職に就いたはいいのですが! 肝心の、『洞窟管理主任』とペアになる『ダンジョン・アドバイザー』が、私だけまだ存在しなくてですね! 仕方ないから私が自分で探して交渉して、とりあえずは仮置きでいいから有資格者を連れて来いって話なんですよ……!」
「それで僕ですか」俺は腕を組んでみた。「でも僕じゃなくとも、冒険者なんて全国を探せばいくらでもいるのでは?」
「あ、あのですねー! 実はこの役職って、冒険者なら誰でも置いて良いわけではなくてですね! 一応の最低基準というのがありまして、それを満たしている人でなければいけなくてですね……!」
「でも僕って、ついこの前に資格を取ったばかりの初級者も良い所なんですが」
「いやですね。そのー……水樹さん、基準満たしてるんですよ。以前に水樹さんって、何か……とにかくえらいモンスターを討伐したみたいじゃないですか」
「あー……」
ボス・オーガ変異種のことだな。
たしかにあれは、俺がトドメを刺したのではあるが……実際には、キャロルとの共同で何とか倒したというのが正しい。だがどうやら記録には、俺が単独で討伐したものとしてカウントされているらしかった。
「更新履歴からもう一度見直してみたらですね、ギリギリのライン……基準値の線上に、水樹さんがいまして……他の基準以上の冒険者の方には、みんな断られてしまっていまして、もう本当に最後の砦でして、ぜひお願いできないかと……!」
「うーん……まあ話はわかりました」
俺は自分で煎れたお茶を一口飲んで、当然の返答をするために喉を潤す。
「じゃあとりあえず、検討させてもらうという形で、返事は後日で良いですか?」
「あ、あのですね! 本来はそうして頂くのが、ごもっともな所なのですが……!」
多智花さんは冷や汗を額に滲ませながら、眉間に皺を寄せた。
「実は……来週! もう来週に、霞ヶ関とかからめちゃくちゃ偉い人が来る予定でして! お偉いさん方向けに、その『洞窟管理主任』就任のお披露目があるらしいのですがー! その場に、とにかくペアの『ダンジョン・アドバイザー』を連れて来いって話でしてー! できれば、スピードで決めて頂きたい所でして! 本当に厚かましい限りなのですが、そういうことでして……!」
「つまり、今決めろと」
「本当に、本当に申し訳ないのですが……! お願いできないでしょうか! この通りです! この通りですのでー!」
そう言って、多智花さんはまた土下座してしまう。
もう俺は止める気にもなれず、この巨乳公務員多智花さんの土下座を眺めていた。
なかなかどうして……本当に性急で厚かましさ満点な話なのだが。
「…………」
しかしこの必死すぎる多智花さんを見ていると、俺は苛烈なノルマに追われていた証券マン時代を思い出さずにはいられなかった。
思えば俺も、これくらいの気合で毎月の売り上げノルマを乗り切っていたものだ。足りていない売り上げを無理やり作り、できなければ上司から想像絶するほどの鬼詰めをくらい、ストレスで頭がおかしくなって架空の売り上げをでっちあげてしまったことすらあった(当然バレて、地獄の鬼詰めを食らったが)。
そんなことを思い出すと、その壮絶な時代の俺を見ているような多智花さんを、無下にしづらいところがある。それにこの多智花さんに土下座までしてもらって、「いや無理です」の一言で済ませてしまうのは申し訳ないような気がする。顔が綺麗な巨乳にこれだけお願いされて、面倒くさそうという理由で断ってしまうのはいかがなものか。『デカパイ補正強すぎません?』
「ど、どうか! お願いできませんかね……! 名前だけ貸して頂いて、その披露式に出席して頂くだけで大丈夫ですので……! 他は! 絶対に、絶対に! 手間をかけさせませんのでぇ……っ! ぉ、ぉげっ?」
おぅっ、と多智花さんが嗚咽した。
えっ? これって吐くやつ?
「ぉごっ……」
「待て待て、あっち。トイレあっち」
両手で口を抑えている多智花さんに、とりあえずはトイレを指差して、駆け込んでもらう。
駆け込んでいった直後に嫌な音が響いて、彼女が緊張で嘔吐したのがわかった。
初対面からこれだけの短時間で、女性に吐かれたのはおそらく初めてだ。それなりに美人で巨乳な人なのに、持ち前の過呼吸と嘔吐という固有スキルのせいでかなり残念な人になっている。
「あー…………」
何だか、こっちまでどうしようもない気分になってしまう。
俺がそんな呻き声を上げていると、押し入れに隠れていたケシーがヒラヒラと飛んで来る。
「ズッキーさんズッキーさん。とりあえず、名前だけ貸してあげたらどうです?」
「そうした方が良いと思うか?」
「だって可哀そうですよー。それに思考を読み取ってみましたけど、変な裏もないですし。マジでただの限界ギリギリガールですね」
「……まあケシーがそう言うなら、名前だけ貸して一回だけ出席してやるかなあ」
カリッと頭を掻きながら、俺はため息を吐き出す。
そんなことを話していると、トイレから出て来た多智花さんが、フラフラとした足取りで歩いて来た。
「ぁ、あの……ご、御迷惑をおかけしまして、本当に、申し訳ございませんでした……。わ、私、これ以上なにか、迷惑おかけすると……その、あれなので……帰りますね……すいません……」
「あー、いや、多智花さん。わかったから。名前だけ貸していいから、そういう方向で進めなよ」
「……え……良いんですか……?」
多智花さんは、信じられないという顔でそう呟いた。
本当だと言ってやらないと、今にも死んでしまいそうな顔だ。
「あくまで仮置きで、別の人員が決まるまでの繋ぎってことですよね?」
「は、はい! そうです!」
「まあそういうことなら、名前だけ貸すっていうことで……」
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます! 本当に、本当に! ありがとうございます! 申し訳ございません! 本当に!」
「いいってことですよー!」
泣いて頭を下げる多智花さんに対して、ケシーがそう言った。
「うぅっ……わ、私、疲れすぎてるのか……なんか、変な声が聞こえちゃいました。あはは……あの、本当に、ありがとうございます……なんてお礼をしたら良いか……!」
「まあいいですから。また何かあったら、教えてください」
俺はそう言いながら、いまだに俺の傍を飛んでいたケシーを捕まえて、即座にテーブルの下へと隠していた。『むぐー!』




