【書籍版】47話 三代目噺家ケシーと読んでくださっても結構! #
ということで。
過呼吸気味になっていた多智花さんにとりあえず落ち着いてもらい、部屋に上げてお茶を出してやって、それでも小刻みに胸をバクバク鳴らしているのをとりあえずは落ち着けるまでしばらく待っていた。手持無沙汰を自分で煎れた茶をズズと飲むことで解消しようとしてみると、頭にキンと響く声が侵入してくる。
『ズッキーさんズッキーさん』俺の思考を横殴りするようにして脳内に直接響くこの声は、押し入れの中から様子を窺っているケシーのテレパシーによるもの。『この茶髪デカパイ幸薄顔微美人女さんは一体誰さんなんです?』さんを付ければ人様にどんな形容詞を付けても良いわけではないからな。俺は以前よりもスムーズな調子で、心の中でそう返した。
ケシーとの脳内会話も慣れたものだ。以前は微妙に脳の使い方をスイッチする必要があったテレパシー会話だが、今ではこの通り。俺は思考をストップさせることなく、脳内に響くケシーの声と俺の思考を一旦中断させることなく、スムーズで淀みない脳内コミュニケーションが可能になっている。『ほんと慣れるもんですねー』そのおかげで、この妖精は俺の脳内に遠慮なく常駐し始めているわけであるが。これはこれで問題があるような気はするのではあるが。『めっちゃ居心地良いですよ、ズッキーさんの脳内』なかなか言われる機会の無いタイプの誉め言葉を賜ることができた。
「あー……あの、ですね」
ケシーとそんな以心伝心を交わしていると、件の巨乳系(外見的事実)公務員(自称)である多智花さんが、不意に口を開いた。
「実は……その……水樹了介さんに、折り入ってご相談がありまして……」
「はい、なんでしょう」
「あ、あの……ですね……ええと……」
そこまで言うと、多智花さんは……テーブルの横に素早く移動して、その場に土下座した。
「わ、わわわわっわわ私と! 私の! ダンジョン・アドバイザーになってくれないでしょうか!!?」
「ダンジョン……?」
『あどばいざー?』
聞き慣れない単語に、俺は眉をひそめた。
眉をひそめながらも、巨乳の女性に土下座で懇願されるという状況に、背徳的な何かを思う所が無いわけではない。『ズッキーさん大丈夫です? 頭の中が普段の4割増しでピンク汚染受けてません?』そんなことはない。『タイプなんです?』どちらかというと胸派なんだ。『なるぽよ』
「す、少しだけで良いですので! たまに! 横に座って頂くだけで十分ですので!」土下座態勢にて、多智花さんは下から必死の形相で迫る。「他の些末な業務は全て私がしますので! お名前だけ貸して頂くだけで十分ですので! 何もご負担はかけませんので! 謝礼は国から、ちゃんと出ますので! 引き受けて頂けないでしょうかっ!?」
「ええと、とりあえず落ち着いて」
再び過呼吸の向こう側へと到達しそうな多智花さんをなだめて、しばし落ち着いてもらう。すると彼女は泣きそうになりながら、正座の上に置いた拳を握りしめた。
「す、すいません……本当にすみません……私、緊張したり焦ったりすると、いつもこうでして……」
「そうですか。まあ、それは構わないんですがね」
半泣きで情緒不安定気味な多智花さんを威嚇しないように、俺はなるたけ落ち着いた声色を作って尋ねる。お願い事をされている立場というよりは、カウンセラーのような気分であった。
「そのダンジョン・アドバイザーというのは……一体何なんですか?」
そこから結構な時間をかけて、多智花真木さんから引き出した説明はこうだ。
前回の、『慈悲神の施し』が発見された俺とREAによるオオモリ・ダンジョンの探索。
そこで遭遇したボス・オーガの変種体など、明らかに階層とモンスターのレベルが合っていない状況を鑑みて、キャロルらREAはとある調査報告を提出した。
それは【オオモリ・ダンジョンの深層は現在大変危険な状態となっており、一般冒険者向けに開放するべきではない】というもの。その上告は考慮されたようで、先日キャロルと潜った際も、職員からは深層には決して立ち入らないようにとの説明を受けていた。
それでダンジョンが封鎖されれば話は早かったのだが……そうはならず。
キャロルの報告によって、オオモリ・ダンジョンはかえって世界の注目を集めたのだ。
深層浅部に陣取っていた、英国最強パーティーすらも一瞬で壊滅させる凶悪ボス。
いまだ世界で一度しか発見されていないはずの超レアアイテムの発見。明らかに探索難易度がおかしなことになってしまっている、他に例を見ない特殊状況。
これに興味を示した各国政府やダンジョン関連企業は、オオモリ・ダンジョンを探索・研究するために、我先にと様々な働きかけを開始。そしてこの事態は、オオモリ・ダンジョンが存在する大守市だけでなく、日本国自体が、ダンジョン研究の新しい最先端となる可能性をも示唆していた。つまりオオモリ・ダンジョンは、様々な要因やら思惑やら国益やらが絡み合って、封鎖するにも封鎖できない状況になったのだ。
「それでですね! 急遽! ここ大守市に『ダンジョン・アドバイザー』という、有資格者の識者を設置することとなりまして……!」
「それに……僕を?」
「はい! なんとか、お願いできないかと……!」
「ああと……」
なんだか急に面倒くさそうな話が舞い込んできたな、と俺は思った。これがこの多智花さんでなければ、すぐにお引き取り願いたいところだ。『デカパイの多智花さんでなければ、では?』俺はそこまでひどい奴じゃないぞ。『文脈的には正しそうなのですがねー』
「そもそも……そんな話が、どうしてこんな夜に? こんな突然に?」
「あ、あのですね! 本当に申し訳ありません! 実は……!」
放っておくと1分に一回ずつ過呼吸に陥りそうな多智花さんを何とかなだめながら、事情を説明してもらう。
「あ、あのですね……私にも、どうしてこうなったのかよくわからないのですが……」
再び話し始めた彼女の話を総合すると……『さあてここでケシーちゃんの出番! デカパイさんの言語説明と思考翻訳の両面から、ズッパリバスバスパンパン要約して差し上げましょう!』よし、頼んだケシー。『このデカパイ幸薄微美人女こと多智花真木さんは、元々の大守市役所職員ではなく、本来の所属は道庁の職員! 彼女はほんの数か月前……オオモリ・ダンジョンが発生する少し前、ズッキーさんがこっちへ引っ越してくるちょっと前に、ここ大守市役所に派遣という形で送られて来ました!
そんな道庁職員といえどもペーペーもペーペーである彼女は突然に、件の新役職、『洞窟管理主任』への異動が決定してしまったわけであります! こいつは唐突! 吃驚仰天天地鳴動謎人事! しかしてこれは偶然とタイミングと運命の巡り合わせにより、必然的かつ事務的お役所仕事によりそうなってしまったのでありますねー! はたまた何故かどうして何故か!
実は道庁からの派遣という形で大守市役所に所属していたデカパイこと多智花真木さんは人事上の序列が高く、オオモリ・ダンジョンが発生した際の緊急人事で、真っ先に管理対策班に組み込まれたわけであります! さらにオオモリ・ダンジョンと大守市という場所の存在感が増すにつれ、役所内部での彼女の立ち位置も繰り上げられ、再編&再編&異動! 大守市役所の人手不足とマニュアル外の喧騒大混乱の中で、デカパイさんはいつの間にか外部から派遣されてきたキャリア組のチームに参画! その人事上のドミノ倒しの先に、多智花真木さんは国の新施策の実行員たる役職……つまりは『洞窟管理主任』の初期人員に、名を連ねることとなったわけですねーっ!』要約ご苦労、ケシー!『それほどでもでもー! こちら三代目囃屋ケシーと呼んでくださっても結構ですわよおっほっほ!』初代と二代目は誰なんだよ。『おあとがよろしいようでー!』
【WEB版からの変更点③】
脳内常駐ケシー。
書籍版2巻が鬼の改稿によってページ数がカツカツとなったため、少しでも分量を圧縮するために、基本的に常に一緒なケシーが思考内に常駐するようになりました。(セリフの幅を取らないため)
地の文に何食わぬ顔で乱入してくるケシーは描いてて楽しいため、WEB版でも最初からこうしておけばよかった的な変更点でした。




