【書籍版】46話 過呼吸から始めるダンジョン生活
ゴカッ! という破壊音じみた操作音が鳴り響き、コントローラーのレバーが倒された。
それは指で倒されたのではなく、足によって蹴り倒されたのだ。
コントローラーを指ではなく足で操作する人類は、基本的に存在しない。やむにやまれぬ特別な事情が無い限り、基本的には。しかし彼女は人類種ではなく妖精種であり、手のひらサイズの妖精である。そんな彼女にとって人類用のコントローラーは大きすぎるために、その上にワイルドにも仁王立ちして踏みつけによってボタン操作を行い、蹴りによってレバー操作を行うのは決して非合理ではなく、むしろ極めて合理的な操作方法であった。
「おおおっしゃあああ! ナイスゥ! ナイッスゥー!? 偉すぎ! 『カット打ち』と『アベレージヒッター』と『粘り打ち』付くの偉すぎィ! 投手潰しの凶悪打者誕生ォォ!」
同居人の妖精ケシー監督は、プラステ4のコントローラーの上で嬉しそうに叫んでいる。
彼女がプレイしているのは、『熱狂ロジカルプロ野球』なる野球ゲーム。その選手育成シナリオにドハマりしている手のひら妖精ケシーは、小さいが体長比率的には長い脚を駆使して、自分の背丈ほどもあるコントローラーを器用に操作していた。
「なんだそれ。強いのか」
「強いなんてもんじゃないですよぅ、ズッキーさぁーん! これはもう最強スタメンが組めてしまいますわ! 甲子園優勝は貰いましたわ! おーほほほ! ウフハハハハハハ!」
「そいつは良かったなあ」
後ろから眺めててもよくわからんが、この同居妖精が楽しそうなら何よりである。野球どころかゲームすらほとんどしない俺にわかることといえば、フリフリ踊るケシーの尻がえらいプリプリしてるなあということだったり、ケシーが出会った当初のような全裸ではなくキャロル率いるREAに作ってもらった専用スーツにアップグレードしてしまったせいで日常的に生尻が拝めなくなり微妙にQOLが低下しているなあということだったり、それでも家では基本スク水のようなインナー姿で過ごしてくれるおかげでこれはこれで目の保養になるなあ、ということだけである。
「えっ!? 同居人の思考が絶望的に気持ち悪いのですが!?」
「慣れろ」
ケシーによる思考盗聴を、もはや完全に諦める境地に辿りついた俺がそう答えた。
「同棲によって相手の嫌な部分がオープンにされてしまう微妙な時期が来てしまっていますね~!」
俺こと水樹了介と、妖精ケシーとの生活。
そいつは現在、大体こんな感じだった。
堀ノ宮秋広によって仕組まれたドタバタ騒ぎから数週間。
キャロルとR・E・Aの面子は、オオモリ・ダンジョンの継続探索のために引き続き大守市へ残留中。
詩のぶも引き続き謹慎中だが、近々YourTubeチャンネルで復帰予定。
堀ノ宮秋広によるホリミヤチャンネルも好評。彼はチャンネルに出演しながら、現在ではR・E・Aの事務面にも携わっているらしい。最近は『堀ノ宮がかつ丼を食べるだけ』なる空き時間で撮った謎動画が謎にバズり、コラ動画が大量に作られる羽目になり、ただただ色んなものを食わされるゆる系食レポYourTuberとしての方向でも謎に開花している。
隣人ヒースは先週あたりから行方知れず。マチルダさんによれば、どうやら外国へ行ってるらしい。帰国ではなく視察とのこと。彼については相変わらず謎が多い。
ピンポン。
「おっと?」
チャイムに呼ばれて立ち上がる。
18時40分。こんな時間に来客とは?
「ケシー、ちょっと隠れててくれ」
「あいあいさっさっさのさです。ゲームそのままでいいです? 消さないでくださいね?」
「わかってるよ」
ブオン。手元に『スキルブック』を発動しながら玄関へと向かう。
ふと、キャロルの忠告が思い出された。
「ミズキの『スキルブック』には、金には代えられない価値がある」
堀ノ宮秋広との一件の後。
若干16歳にして英国最高峰の冒険者部隊を率いる金髪の少女は、俺に対してそう言った。
「その存在に、いずれ誰かが気付くだろう。もう気付かれているかもしれない」
キャロルの表情は、普段あまり変わることがない。
その人形のように整った顔立ちは、厳し気で堅い雰囲気の表情で固定されている。それは若年にして傭兵じみた部隊を率いる少女の、一種の処世術なのだ。
「我々も注意はしているが、ミズキ自身も警戒を怠るな。思いもよらぬ事態というのは、思いもよらぬ形に工作されて訪れる。夜道、着信、知り合う人々、友人たち、家族。全てがミズキと、ミズキの保有する『壊れスキル』を狙っているという仮定で行動するべきだ…………これか? これはただの婚姻届けだ。日本と英国の書式を両方用意したから、あとでサインしておいてくれ」
ゴクリ。手元に起動した『スキルブック』を構えながら、静かに玄関の覗き穴を窺う。
覗き穴から見える扉の向こう側には、茶髪の女性が立っていた。
「…………?」
何処かおどおどとした様子の、困り眉の女性。
年齢は20代前半。腰を通り越して尻辺りまで伸ばされた長髪は、頭の後ろでポニーテールのような形で纏められている。二重瞼のたれ目は大きく、目鼻立ちは整っている。しかしどうにも不健康そうな表情が、彼女の高い顔面偏差値に陰を落としまくっていた。
しかし、正直なところを言うならば。
俺の視線を真っ先に掻っ攫ってしまうのは、彼女の胸。細身なジャケットの下からパツンパツンに主張している、バストサイズD~Eであろう巨乳である。
……ハニートラップか? 突如として玄関先に現れた幸薄巨乳女性を覗き穴越しに視認して、そんな危険信号を感じ取らずにはいられない。だがハニトラならば、どうしてそんなに自信なさげなんだ? どちらにせよ脈絡が無さすぎる。訪問販売か宗教勧誘かマルチ商法の勧誘か。はたまた全く別の予想だにしない何かか。居留守を使うべきか否か。
スッ……と『スキルブック』から『火炎』のカードを抜いた。
とりあえず、出てみよう。
もしも罠だったとして、危ない状況になれば、『火炎』をぶっ放す。
ガチャリと開錠して玄関の戸を開くと、その巨乳スーツの女性は一瞬ビクリとしたように身構え、パカリと口を開いた。
「あっ……!」
………………。
彼女はそんな声を上げたまま、固まってしまう。
「…………」
「…………」
…………どうやら、こちらから助け船を出さなければならないようだ。
「あの……どちら様でしょうか?」
俺がそう問いかけると、彼女は緊張した口をパクパクとさせながら、何とか言葉を紡ぐ。
「あ、私、道庁の……いえ、大守市役所の、多智花真木といいます」
そう言って頭を下げた女性は、俺の顔を覗き込むようにして見上げてくる。
「水樹了介さんで、よろしいでしょうか?」
「……そうですが?」
「ええと、アポも取らずに、すみません。オオモリ・ダンジョンの申請記録から、ついさっきに住所を見つけて、急遽訪ねて来たもので……」
いやあ、すごく急用なもので、はい、申し訳ありません、本当に。
多智花という名の女性は、軽く頭を上下させながら早口で呟き続ける。
なんというか、頭を下げずにはいられない性分なのだろう。彼女が申し訳なさそうなキツツキのように頭を下げるたび、彼女の胸部にぶら下がっている膨らみが微かにゆさりと揺れた。
「それで……市役所の方が、何の用ですか?」
「あのですね。いやあ、そのですね。大変申し上げにくいことなのですが」
多智花さんはどこか焦ったような様子で、やや早口気味に呟く。
緊張からか、その身体はやはり絶えず前後に揺れている。
胸の膨らみも……駄目だ、そこばかりに目がいってしまう。
「はい……なんですか?」
「あの……あのですね……!」
多智花さんは、そうやって何かを言おうとして……
背筋を伸ばして口を開いて……
口を開いたままで、もう一度背中を折りたたみ……
もう一度背筋を伸ばして……
「……………………………はっ! ふはぁっ! はーっ! あ、あのですね! あのですねーッ!? はーっ! はーっ! はぁあーっ!?」
「お、落ち着け! なんだ!? 本当に何なんですかあなた!?」




