【書籍版】39話 元 大 企 業 社 長 の 末 路 #
しかし次の瞬間には、俺の台詞の意味を理解したようだった。さすがは、日本の経済界を背負って立っていただけはある。頭の回転は折り紙付きということだ。
堀ノ宮の両肩が、ひそかに背後から忍び寄っていた大柄な男二人に掴まれた。それはREAのメンバーで、通訳スキルを買った方が良い救護担当の白人と、俺に世話を焼いてくれた黒人だった。
「Come with me for a mintute, please?」
「ご同行願おうか、堀ノ宮さんよ」
「…………」
状況を察したらしい堀ノ宮は、肩を掴まれながら周囲に目線を送る。レストランの窓の外では、ちょうど到着してきた大型のバンが駐車場に停まろうとしている。レストランの中では、俺とREAのメンバーが、堀ノ宮を完全に包囲する形となっていた。役者が出そろった所で、レストランの奥から、最後の登場人物が姿を現す。
「その通り。どうでも良いとは思えない者もいる」
少女の声色でそう言ったのは、堀ノ宮の背後からゆっくりと歩み寄る、REAの隊長キャロル・ミドルトンその人だ。
「我々は必ず報酬を回収する。どんな手段を使ってもな」
REAによって完全に取り囲まれた堀ノ宮は、いささか手を震わせながら、俺に尋ねる。
「私をどうするつもりだ?」
「…………」
俺は答えなかった。
もったいぶったわけではない。これに答えるのはキャロルの役割だ。
「お前にはお前なりの事情があったのかもしれないが、お前が許されるには大きな金が動きすぎている」
キャロルはそう言った。
「我々と一緒に来てもらうぞ、堀ノ宮秋広。報酬は、別の形で支払ってもらおう」
「わ、私を、粛清するつもりか……?」
考えうる最悪の未来を想定している堀ノ宮は、声を震わせながらそう聞いた。
彼に対して、キャロルはあくまで冷ややかな目を向けている。
「それを知ってどうなる?」
「ここは日本で、法治国家だぞ」
「我々はREAだし、英国から来た」
「諦めな、堀ノ宮」
最後に俺がそう言い放った瞬間、堀ノ宮は両側から肩を掴まれて無理やりに立たされた。そのまま引きずられるようにして連行されていく堀ノ宮の後を、俺は着いて行く。何をどうしたいわけではないが、この男の威厳ある姿の最後というものを、目に焼き付けておいた方が良いと思ったのだ。
彼の身柄を拉致するために停められた黒バンが、地獄に通じる洞穴のように口を開いている。
車内へと押し込まれる直前、堀ノ宮が俺の方を見た。
「待て。最後に、彼と話をさせてくれ」
「その必要はない」
キャロルが冷たく言い放った。
「待ってくれ。最後に教えたいことがある。『スキルブック』についてだ」
「『スキルブック』について?」
堀ノ宮をバンの中に押し込もうとしていた隊員たちの手が止まり、キャロルに指示を仰いだ。彼女は顎で指示すると、堀ノ宮をバンの中に完全に座り込ませてから、彼の身体を両方の体側から挟み込んだ状態で、俺と突き合わせる。
「君のレアスキル……『スキルブック』だが」
「何か知っているのか?」
俺がそう聞くと、彼はゴクリと生唾を呑み込んでから、コクコクと頷く。
「世界中を巡って、ダンジョンを探索させている時に。似たようなスキルの話を聞いたことがあるんだ」
「『スキルブック』と、似たようなスキル?」
ずいと身を乗り出した俺は、バンの中に足をかけた。
「そうだ。詳細はわからないのだが……それはどうやら、スキルを別の形で発動させるものらしい。普通ではない手段でな。スキルをカード化して発動させる、君の『スキルブック』と同じだ」
スキルを、別の形で発動させる。
それはたしかに、『スキルブック』と同系統のスキルと言ってもいいかもしれない。
「詳しく聞かせてくれ」
「詳細は……わからないんだ。アメリカのNY・ダンジョンの探索に噛んだ時に、関係者から噂を聞いただけで。どうにも存在自体が、発見されたこと自体が非公式にされていて、アメリカ政府が秘密裏に所持しているらしい。米政府は、そのスキルをあのウォレスに持たせたとも聞いた。あくまで噂だが」
ウォレス。ウォレス・チャンドラー。
超大国アメリカが誇る、元レベル100の男。レベルの大変動が発生するまでは世界最強の男と目され、現在でも暫定的に、そう称されている男。
「他に、何か情報は無いのか?」
「知っているのは、もう一つだけだ。どうやらその特殊なスキルは……使用回数に応じて、性能が進化するタイプのスキルだったらしい」
「性能が進化する?」
「そんなスキルが、存在するのか?」
最後にそう尋ねたのはキャロルだ。
俺とキャロルはいつの間にか顔を並べて、堀ノ宮の話に耳を澄ませている。
「すると聞いた。だから……君のスキルは、もしかするとだが。同様の性質があるかもしれない。君はまだ、『スキルブック』の真の性能を引き出せてはいないのかも。いや、正確に言えば……今はまだ、引き出せないのかもしれない。それは成長するんだ。もしくは、まだ……制限がかかっている」
「…………」
俺は一旦黙り込み、考えてみる。堀ノ宮の話は、拉致を少しでも長引かせようとするための嘘八百だろうか? とにかく知っていることを話して、少しでも俺たちの興味関心を引こうとしているのだろうか? 交渉のテーブルを再設定するために。もしくは自分が助かる確率を、少しでも上げるために。
「言いたいことはそれだけか?」
俺がその真偽を考えていると、キャロルがそう問いただした。
「ああ、これだけだが……水樹君」
堀ノ宮は最後に、俺のことを見つめた。
「命だけは、助けてくれないか」
「……すまないな。もう決まったことだ」
俺はそう言った。
「よし、情報提供ご苦労」
そう言って、キャロルがバンから身を逸らす。
「連れて行け」
同時に俺も外へと降りて、黒バンの扉を閉めた。扉が閉められる直前、俺は最後に、堀ノ宮と目が合った。その瞳は恐怖に染まっていた。
彼もまさか、この法治国家日本で、このような事態になるとは夢にも思っていなかったのだろう。彼はいかにも悟ったような、この世の全てを知っているような超然とした風を装っておいて、その辺の覚悟は出来ていなかったわけだ。ギャングかヤクザ映画まがいの結末を迎えるとはな。誰だって、自分の愚かさというものに気付くタイミングがある。そしてそれは、できることなら。全てが手遅れになってしまう前に訪れてくれた方が有難い。
エンジンをふかせた黒バンが発進していき、重い車体がのっそりと、空いた国道へと乗り出していく。俺とキャロルはレストランの前に並んで立って、堀ノ宮とREAの隊員が乗り込んだ黒バンが見えなくなるまで見送った。
「さて、一仕事終わったな」
キャロルが清々しい表情でそう言った。
「なにか食べるか?」
「もうステーキを食べたのでは?」
「まだ入る」
「それじゃあ、一緒に何か食べよう」
キャロルと共にレストランへと戻りながら、俺は最後に尋ねる。
「それで、チャンネル名はもう決まっているのか?」
「ホリミヤチャンネルで良いだろう」
堀ノ宮秋広の顛末について、サクッと補足しておかなければならないだろう。
この一週間後。
元実業家にして『現代の始皇帝』とまで呼ばれた男、堀ノ宮秋広は、晴れてYourTubeチャンネルを開設する運びとなった。
一度は騒動が沈静化したとはいえ、いまだにホットな人物であった堀ノ宮のチャンネルは、かなりの話題となり快調なスタートダッシュを切る。そうして賛否両論に揉まれる中で継続的な動画投稿を続ける内、毎回予測不可能なほど攻めまくる内容にファンが増え始め、登録者は記録的激増を果たしたのだった。
どうやら、堀ノ宮の落ち着いた人柄からはかけ離れすぎた企画と身体の張り方が、かなりの支持を集めているらしい。
身近なYourTube評論家の詩のぶ曰く。
「絶妙に何考えてるかわからないのが面白い」
とのこと。
詩のぶもまさか、堀ノ宮のYouTuberデビューに俺が一枚噛んでいるとは思うまい。そしてまさか、彼女自身も遠因になっているとは夢にも思うまい。
この案は、破産した堀ノ宮の未払い報酬をどうやって回収しようかというミーティングをREAと行った際に、俺から提案されたものだった。現役YourTuber詩のぶが身近に居た俺は、冗談半分で「YourTubeでもやらせれば良いんじゃないのか?」と言ったのだ。
しかし、キャロル曰く。
「それだ」
とのことだった。
完全に処刑されるものと思い込んでいた堀ノ宮は、YourTubeの撮影に案外協力的だったらしい。
誰だって、殺されるよりは好きなことで生きていく方がマシだろう。
チャンネルの広告収入の一部は堀ノ宮の借金返済と生活費に充てられ、他の大部分はREAへの未払い報酬として受け取られている。ホリミヤチャンネルのスポンサーがREAであることは公開情報であり、彼は日本におけるREAの広告塔兼、継続的な広告収入源に収まったのだ。
毎日更新のホリミヤチャンネルの動画を、うちのケシーは毎日心待ちにしている。今日の動画はどんな内容だろう。普通に面白いので、実は俺も楽しみにしていた。
『【ドッキリ】いきなり特殊部隊のマッチョに襲われたらホリミヤはどうする!? 驚愕の結末』
605,495回再生・投稿8時間前 Good 1.4万 Bad 3400
TAKAHASHI 8時間前
元 大 企 業 社 長 の 末 路
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マスからさん 5時間前
堀ノ宮さんのほんとにやる気無さそうなテンション面白いw
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Gang Knu好き 3時間前
ホリミヤをもっとすこれ
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登録者一人につき日本列島を1cmずつ動かすオリエンタルテレビ 8時間前
このチャンネルすき!!!!!!!!
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【WEB版からの変更点①】
堀ノ宮の結末の変更。
WEB版ではそのまま飄々として表舞台から去った堀ノ宮ですが、更新当時から微妙に消化不良感が拭えなかったため、書籍化するにあたってYourTube墜ちに改稿されました。
詩のぶのYourTubeから始まってYourTubeに終わる。
ホリミヤチャンネルのおかげで、書籍一巻として謎のYourTubeラインが形成されて結果として謎に纏まってくれたような気がします。




