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壊れスキルで始める現代ダンジョン攻略  作者: 君川優樹
【書籍版開始地点】第一章エピローグ
38/110

【書籍版】38話 実の娘である蓋然性が極めて高い

本話から、書籍版の内容に差し替えています。


 ホリミヤグループ代表取締役社長、堀ノ宮秋広の顛末について、サクッとお伝えしよう。


 高級冒険者パーティーの雇用やそのバックアップに根回しといったダンジョン攻略関連に、世界中で湯水のように私費を投入していた堀ノ宮は、自社株を担保にして複数のメガバンクから巨額の金を借り入れていた。


 そして俺たちがオオモリ・ダンジョンに潜ってから数日後に、それまでも一部の投資家の間で話題になっていた堀ノ宮の大量保有報告書の不審な動きが、ゴシップYourTuberや金融系のネットブログで盛んに取り上げられるようになる。


 ホリミヤグループ社長、破産間近か!?


 そんなネガティブなニュースが突如として広まったことで、ホリミヤグループの株価は一時急落。堀ノ宮が銀行へ担保に入れていた大量の株は、株価の急落と共に連鎖的な担保割れを引き起こし、まるで臨界点に達したコップの水が一気に溢れ出すようにして、堀ノ宮の財産は一夜にしてショートした。


 堀ノ宮は破産し、ホリミヤグループの取締役社長職を辞任。

彼が保有していた関連企業も全て別の人間へと渡ることにより、堀ノ宮はたった数日にして、自らが築き上げてきた全てを失うこととなった。

 そんなときに話題となったのは、堀ノ宮が手にしたという超高級ダンジョン資源、『慈悲神の施し(エイル・ギビング)』の行方である。これを求めるばかりに破産した堀ノ宮は、長寿と不老不死に狂った『現代の始皇帝』とも呼ばれるようになるが、結局、そのアイテムの行方はわからないままだった。


 堀ノ宮自身は破産手続きと辞職の混乱の中で、『慈悲神の施し』を誰かに譲ったという旨の主張を繰り返すが、誰も信じる者はいなかった。しかしそれを、何故隠し通すのか? その理由も、誰にもわからないままだった。

 結局、俺とREAはダンジョン攻略の成功報酬を受け取ることも、破産した堀ノ宮から金銭を無理やりに取り立てることもできなかった。


◆◆◆◆◆◆


 そんな騒動から、いくらかが経った頃。

 俺は堀ノ宮に最初に連れて行かれた、大守市の離れにある一件のレストランを訪れていた。

 キャロルからとある話を聞いた俺は、セラシオを走らせて、この店を訪ねたのだ。

 昼飯時を過ぎた店内には、客の姿は無い。俺は受付に促されてテーブル席に就くと、メニューを眺めて、ウェイターが来るのを待った。コツコツという足音がして、俺のテーブルの隣に、背の高い男が立つ。

「何にされますか?」

 その男が尋ねた。

 俺のことがわからないわけはない。

 しかし彼は、そのことについては特に言及しないようだった。

「ステーキを貰おうかな」

「かしこまりました」

「調子はどうですか」

 俺はそう尋ねた。

「まずまずだね」

 豊かな総白髪の、ハンサムな初老の男。

 ホリミヤグループ元代表取締役社長。

 日本有数の実業家であり、現在はこの田舎のレストランの一介の雇われである堀ノ宮秋広は、そう答えた。


 ◆◆◆◆◆◆


 数日前。


「推測にすぎないのだが」


 電話口で、キャロルはそう前置きした。

 破産した堀ノ宮から何とか報酬を取り立てる算段がつかないかと、堀ノ宮の身辺調査を続けていたREAのメンバーは、彼に関する興味深い事実をいくつか発見した。

 堀ノ宮秋広には結婚歴は無いものの、血の繋がった実の娘が存在している可能性があったのだ。それは堀ノ宮の元秘書を通じて明らかになった話だった。


 その元秘書の女性は堀ノ宮から、『実の娘である蓋然性が極めて高い』子供がいることを知らされていた。

 ハンサムな実業家として知られる堀ノ宮は、その世間のイメージとは裏腹に、女性との関係がほとんど無い人物だった。しかし十数年前に、彼には生涯で唯一深い仲となった女性が存在した。二人がなぜ結婚しなかったのか、なぜ今は別れて暮らしているのか、その辺りの事情は元秘書にもわからない。

 その女性は、堀ノ宮と別れた直後に子供を一人産んだ。彼女は堀ノ宮とは全く関係の無い場所でシングルマザーとして生活し、産んだ娘を育てていた。その娘は堀ノ宮の実娘である可能性が非常に高い、と堀ノ宮は語っていたらしい。そして堀ノ宮自身は、彼女が自分の娘であることを確信しているようだった。おそらくは、独自にDNA検査もしていたのだろう。元秘書は、堀ノ宮が探偵に、その娘の毛髪等を採取するよう指示していたことを知っていた。


 堀ノ宮はその娘と母親に一度として会いに行くことはなかったが、その元秘書や探偵を通じて、彼女らの身辺情報を常に集めていた。遠方から写真を撮らせ、幼稚園でどのように過ごしているかを逐一報告させ、小学校の文化祭には毎回人を潜入させて、彼女が登場する演目のビデオを撮らせて大事に保管していたという。そんな堀ノ宮の姿は、元秘書にとっては、どこか病的であるようにも見えたという。日本有数の実業家、堀ノ宮秋広のそんな影の側面は、彼が信頼するほんの数人の部下しか知らないトップシークレットでもあった。


 それがどういう感情だったのか、元秘書にもわからない。しかしそれは、実業家としてもっぱらビジネスにしか関心の無い、スケールが大きいながらもどこか乾いた人生を淡々と送っていた堀ノ宮の、唯一の執着じみたものではないかとも語られている。


 その娘が、心臓病により余命数年と診断されたことを報告したとき、堀ノ宮はひどく動揺した様子だったらしい。元秘書によれば、堀ノ宮が何かに動揺するというのは極めて珍しい。その直後に、世界で初めてのダンジョンであるNY・ダンジョンが出現し、その1年後に『慈悲神の施し(エイル・ギビング)』が米国で発見され、堀ノ宮はそのどのような病気すらも根治するマジック・アイテムの発見に執心することとなった。


 そして堀ノ宮の破産の直前。その前夜に。

 心臓病によりとある病院に長期入院していた、とある少女の病状が、突如として完治した。

 医師らは困惑した。なぜ突然に彼女の病気が完治したのか、なぜ一夜にして、余命数カ月も無いとされた彼女の健康状態が完璧ともいえる状態に戻ったのか。それが全くわからなかったからだ。


 ◆◆◆◆◆◆


 しばらく待っていると、美味そうなステーキが運ばれてきた。

 それをテーブルまで持ってきた堀ノ宮は、ステーキを俺の前に置いて、一番最初に会った時のように、そのままの流れでテーブルの向かい側に座り込む。椅子に横向きに腰掛けると、彼の脚の長さが強調されるようだった。

 俺はナイフとフォークを使ってステーキを食べ始めた。しばしの間、二人とも何も言わずに、静かな時間が流れた。


「なぜ」


 俺はふと、彼に尋ねる。


「どうして、脅迫じみた真似を?」

 俺がそう聞くと、彼は横を向いたまま、口を開いた。

「一番手っ取り早いと思ったからだ」

「きちんと事情を説明していれば、俺の態度だって変わったはずだ」

「何の話をしているのか、私にはわからないね」

「なぜ、あんなわけのわからないウソをついた?」


 俺はそう尋ねた。彼が世間から、『長寿に狂った現代の始皇帝』と呼ばれている由縁を指したつもりだった。


「その方が、話がわかりやすい。話を複雑にする必要は無い」

「そのために、思ってもいないことを言っても仕方がない」

「みんな、金持ちはそんなものだと思ってる。それが一番わかりやすい。わかりやすいことは良いことだ。物事がシンプルであれば、人は集中すべきことに集中できるようになる」


 俺には視線を向けずに、彼は窓の外を眺めながらそんなことを言った。


「みんな仮面を被って生きている。自分に一番似合う仮面を付けて、自分が一番うまく立ち回れる仮面を被って、それが本当の顔だと思い込んで生きるんだ」

「何を言っているのかわからんね」

「つまり、私は自分が一番うまくやれる方法で、したいことをしようとした結果として、こうなったにすぎない」


 カチャカチャと食器を鳴らして、俺はステーキを口に運んだ。美味いステーキだ。といっても、ステーキの良し悪しというのはよくわからないが。しかしそれにしたって、ほんの少し前までは日本の経済界というものを牽引させていたひとかどの男に運んでもらったステーキというのは、特別な味がするような気がしていた。


「謝らせてくれ」


 単刀直入に、堀ノ宮がふたたび切り出す。


「知っての通り、今の私は一文無しで、約束の報酬は払えそうにない」

「だろうな」

「月2万のアパートを借りてるんだが、洗濯機すら置けないんだ。私にはもう本当に、お金はない。借金はあるがね」

「知ってるよ。それについては、俺だって今更どうでも良いと思ってる。どっちにしろ、何億の報酬なんてのは眉唾物だったんだ」

「そう言ってくれると嬉しい」

「だけど、それは俺に限っての話だ」


 ナイフとフォークをカチャンと降ろすと、俺は口元をナプキンで拭った。


「どうでも良いとは思ってくれない連中もいるよな」


 俺がそう言うと、堀ノ宮は初めて、きょとんとした顔を見せる。


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