37話 成果報告
ボス・オーガを討伐した後。
全員の回復を待ってからダンジョンの脱出を開始した俺たちは、無事に、オオモリ・ダンジョンの入り口へと辿り着いていた。
装備と服を全て剥かれてしまったキャロルには、救護担当のメンバーが自分の服を着せてやった。そして彼自身は全裸にパンツのみで、上からチョッキと装備だけを羽織るという非常に男らしい荒業で帰還している。
今回の拾得物は、ボス・オーガを討伐した際に手に入れた『電波中継』の魔法と、通常のオーガからドロップした『物理装甲』のスキル。
そして、『慈悲神の施し』であった。
俺たちはそのマジック・アイテムを、ボス・オーガが住んでいたと思われる三又に分かれた道の奥に存在する洞穴の、その中の宝箱から手に入れた。
発見した当初、俺たちはまさか、それが本当に『慈悲神の施し』であるとは信じられなかった。なにせ未だに世界で一例しか発見報告の無い伝説のアイテムが、あまりにもひょっこりと手に入ったのだから。
最大の探索目標が、一撃で手に入ったのだから。
その事実を受け入れることが出来たのは、探索経験の浅い俺だけであったように思える。
「おかしい」とキャロルが言った。
彼女は男物のシャツとぶかぶかのズボンを無理やりベルトで締め付けて、緩い袖元から手を伸ばしていた。
「なぜ『慈悲神の施し』が、こんなところにある?」
「あるところにはあるものだな。良かったじゃねえか」
俺が気楽にそう言ったのを聞いて、電撃のダメージから復帰したガタイの良い黒人が、やや呆れたような表情を浮かべた。
「ミズキ。これはつまりな。億万長者になりたくて宝くじを買いに行ったら、そのまま『一等の当たりくじ』が売っていたようなものなんだぞ」
「どういう意味だ?」
「“明らかにおかしい。”って意味だ」
外人の言い回しはよくわからん。
しかし、それを「幸運」として片づけられるのは、その場にはやはり俺しか居ないようであった。
キャロルとそのチームメンバー達は、半信半疑の様子でそのマジックアイテムを眺めながら、何やら話し合っていた。
「本物かどうか、プロの鑑定屋に依頼しよう」
「それについては、ホリノミヤに任せればいいさ。どうせ拾得物は奴のものだ」
「もし本物だったらどうする?」
「話し合う必要があるかもしれないな」
「なんらかの偽物であってくれた方が、まだ安心できる」
「I'm feeling horny now.」
そんな風に話し合うプロの冒険者集団を見て、俺は心の中でケシーに聞いてみる。
――なあ。こういう偶然って、ダンジョンじゃよくあることなのか?
『…………なんといいますか。私としては、何をそんなに驚いているのかわからない感じですね』
――どういうことだ?
『いや、だって……『慈悲神の施し』なんて、私たちの世界では結構ありふれたアイテムでしたから。たしかにレアっちゃあ……まあちょっとレアですけど、そんな超弩級の宝物かって言われたら違いますよ』
――そうなのか?
『あー……多分ですね。こっちの世界の人たちのレベルが“まだ低すぎて”、ダンジョンをまともに探索できてないんじゃないですか? それで、ちょろっとこういうイレギュラーがあって、元々もうちょっと奥にあったものが手に入ったら……それで大騒ぎしてるのかも?』
――じゃあ、お前としてはそれほど驚くことじゃないと。
『この前DVDで見た“ドリクエ”の映画で言うと、ハイポーションを伝説のマジック・アイテム扱いして死ぬほど驚いてるようなものですね』
なるほど。
ダンジョンってのは、俺たちが想像しているよりもずっと広大なのかもしれない。
とにもかくにも、俺たちはダンジョンから帰投した。
堀ノ宮は俺たちの満身創痍の姿やキャロル達の恰好に驚いていたようであったが、その探索の成果にはもっと驚いているようであった。
「本当に……見つけてくださったのですか」
「我々としても、信じがたいことです」
キャロルがそう言った。
「一旦は鑑定屋に依頼し、正確な鑑定結果を待つことを推奨します」
「ああ、そうするよ。いやはや、しかし……本当に、手に入るとは」
堀ノ宮はその水晶のような形をしたアイテムを手に取ると、大事そうに両手で抱えた。
長年追い求めた至宝を手に入れた緊張のせいか、やや身体が震えているようだ。
「こ、今回の依頼は、これをもって終了ということで構わない。最終目標が手に入ったわけだからな」
「それでは契約通りに、最大報酬を来週までに我々の口座へとお願いします。くれぐれも、不払いが発生するようなことにはならないように」
「もちろん、そんなことはしない」
キャロルはそこで、以前に俺が相談した内容を思い出したのか、やや厳しい目つきになった。
「……もしも、万が一にも支払いに不備があった場合は……我々は事前に抑えている各種情報から、あなたが破産しようがどうしようが絶対に取り立てますので。どうかお忘れなく」
「……わかっているよ。ありがとう」
堀ノ宮に釘を刺してから、キャロルは俺の方へと寄って来る。
「とりあえず、最低限の忠告はしておいた。もしも奴が支払いに応じないようなことがあっても、問題は無い。我々が対応するから、何かあったら言ってくれ」
「わかったよ。ありがとうな」
「あ…………」
「えっと…………」
不意に、俺たちの間に沈黙が生まれた。
何かと話し合わなければならないこと、確認し合わなければならないこと、謝らなければならないことが山ほどあるのだが、お互いにそれを、どれから処理すればいいのかわからなくなってしまったのだ。
「とにかく」
とキャロルは言った。
「まだ、お前に関する問題は山積みだ。我々はあのダンジョンの調査のために、まだしばらくは日本に滞在する予定であるから。また後で話そう」
「そうだな。今日は疲れた」
「ミズキ」
キャロルが改めて、俺の名前を呼ぶ。
「……とりあえず、これだけは言っておく。色々とあったが、今回はとにかく助けられた。ありがとう」
「ああと。俺は……どう言えばいいのか、まだわからないんだが……」
「……やはり、今は収拾がつきそうにないな。また今度だ」
そう言ってクスリと笑うと、キャロルはぶかぶかの男物の服を着こみながら、その場から立ち去るようにして歩き始める。
「それじゃあな。また後で」
「ああ、また後で」
探索終了後の武器格納など各種手続きを終えた後、俺はREAの面子と別れることになった。
なかなかハードな一日だった。しかし今回の報酬で……よく考えてみれば、俺は数億円の成功報酬を貰えることが決まっているわけだな。
そう考えると、何だか現実味の無い話だ。
まだそれを何にどう使おうかは、考える気にもなれない。
とにもかくにも俺は生き残って、疲れ果てている。
大金の使い道は、落ち着いた後に考えておこう。
俺はそう思った。
数億円の成功報酬というのは、そのときの俺にはどだい現実味のない話であって、
それは実際に、現実にならなかった。
その数日後。
ホリミヤグループの代表取締役社長である堀ノ宮秋広が、全財産を失って破産したというニュースが、日本中を飛び交った。




