36話 ウチの世界一の妖精
俺はスキルブックを開き、別のカードを抜いた。
「『ゴブリンの突撃』!」
スキルブックを通して発動した強化スキルは、俺の近接物理ダメージに3点のプラス補正を付与する。
それと同時に、この強化スキル用の新たな制限時間が視界の左に現れる。
俺はカードをホルダーに素早く戻すと、すぐさまもう一度、同じカードを引き抜いた。
「『ゴブリンの突撃』っ!」
もう一度同じスキルを発動すると、新たな制限時間が追加される。
それは互いに打ち消し合うことなく、2本分の制限時間として並列し、重複して発動したようだった。
つまり合計で、近接物理ダメージにプラス6点の補正!
よし――――!
やっぱり!
『ゴブリンの突撃』は通常、一度発動すると次の発動までにインターバルを必要とする。必要なインターバルは、スキルの持続時間である1ターン秒にプラスして、数秒の間。つまりこのスキルは元々、効果の発動が絶対に重複しないようになっているのだ。
しかしこれを、『スキルブック』を通して発動すると?
『ゴブリンの突撃』に必要なインターバルが、ホルダーへの再装填によってキャンセルされ、通常は起こらない効果の重ね掛けが実現するのでは……という、単なる予測だった。
そして、その予測は見事に当たった。
つまり、この『スキルブック』!
通常であれば重複しない効果を、カードとして発動することで無理やり重ねがけすることができる!
まるで本来の仕様としては予期されていない、ゲームの不正な裏技のように!
オーガが立ち上がった。
向こうのインターバルはあとどれくらいだ!?
とにかく構わず、俺は『ゴブリンの突撃』を連続して発動させる。
重ねられるまで!
限界まで!
「『ゴブリンの突撃』! 『ゴブリンの突撃』! 『ゴブリンの突撃』! 『ゴブリンの突撃』! 『ゴブリンの突撃』! 『ゴブ、ゴ、ゴゴ! 『ゴブリンの突撃』!」
噛んだ! というか、スキル名を叫ぶ必要あるのか!?
MAXまであと何回だ!?
カードの横に刻まれた残回数によれば、あと2回!
バチリッ、と電撃の予兆音が周囲に響く。
まずい!
やっぱり間に合わない!!
その瞬間。
ガンファイアの閃光が連続で炸裂し、やかましい銃撃音が鳴り響いた。
「Fuck My Ass!! PLZ!!!」
な、何言ってるかわからん奴!!
俺に幾度となく英語で一方的に話しかけてきた救護担当が、地面に寝そべったままでサブウェポンの拳銃を抜いて、ボス・オーガに向かって銃撃を開始していた。彼はまだ完全には復帰できていないところを気合で動いているのか、顔だけを横に向けて片手で連射している。
しかし、スキルは乗せられていないようだ。その銃弾はボス・オーガに何発か命中するも、そのダメージを意に返す様子は無い。しかし不快ではあったのか、俺の攻撃のために充電されていた電撃が、ひとまず彼の方へと走った。
「Jesus!!」
しかし、間一髪!
あの自動翻訳スキルの購入が必要な奴のおかげで!
あの何言ってるかわからん奴が、咄嗟にヘイトを集めてくれたおかげで!
彼が稼いでくれた一瞬の間に、俺はさらに2回分の発動を重ねることができる!
「『ゴブリンの突撃』、『ゴブリンの突撃』ッ!」
視界の端に現れたゲージは10本分。
最初の方に起動した分は、すでに効果時間が切れそうになっている。
しかし『チップダメージ』の継続時間はやや長いようで、ギリギリの所で砂時計を残していた。
オーガが今度こそ、俺の方に振り向く。
本当ならば、『チップダメージ』の方も重ねがけしておきたい。
しかしもう限界だ。
俺は意を決して、黄色肌のオーガに向かって駆け出した。
走り出した瞬間に跳躍し、俺は空中でドロップキックを構えた。
オーガもそれに応戦して、手を振り上げて電撃を走らせる。
それはほとんど同時だった。
『ゴブリンの突撃』 3×10ダメージ=合計+30ダメージ
『チップダメージ』 +1ダメージ
プラス補正、合計31ダメージ!!
「だっらぁっ!!」
その全てを賭けた渾身のドロップキックが命中する直前。
一瞬早く、バチンッ! という感電音がして、俺の体に電流が走る。
一気に体幹の力を奪われてしまった俺は、空中で姿勢を崩した。
しかし、空中で揉みくちゃになって振り出されたその足先が。
ちょんと、ほんの少しだけ、
オーガの厚い胸板を掠った。
爆発のような衝撃と共に、俺とオーガの両方が弾け飛ぶ。
ただのドロップキックでは絶対に発生しない威力。大威力の爆風に巻き込まれたかのような衝撃だった。
俺はそのまま背後へと吹き飛ばされるが、オーガの方は掠られた方向が違ったのか、背後ではなく斜め後ろ方向へと叩きつけられるようにして吹き飛び、岩壁を削った。
どういう判定になっている……!?
掠った分は、1ダメージとして計算されたのか!?
ドロップキックのダメージが0なら、合計ダメージは補正分の31点だけ……物理装甲20点+残HP12の計32点に……1点だけ届かない!
後方へと吹き飛ばされた先で、俺は地面に背中を削られながら仰向けに転がった。
あまりの衝撃でなおも後方へと引きずられる中で、
地面に叩きつけられたオーガがよろめきながら、もはや立ち上がろうとしているのを目にする。
やはり、1点だけ足りなかったかっ!
すぐさまホルスターからガバメントを抜いて、左腰の予備弾倉を取り出す。
どこで空の弾倉を抜くんだ……このボタンか。親指で強く押し込んで弾倉を排出し、キャロルから受けたレクチャーを思い出しながら、予備の弾倉を差し込もうとする。何回もイメトレしたはずだ! 入れ!
震える手でガチャガチャと弾倉を叩きつけて、幸運にも弾倉が滑り込む。壊れるのではないかというほど乱暴にスライドする。俺は弾が給弾され、ハンマーが落とされたガバメントをしっかりと握り込み、銃口をオーガに……
そこで、『チップダメージ』の効果継続時間が切れた。
――――ッ!
銃口を向けたまま、俺は戦慄する。
しまった!
リロード作業に気を取られすぎて、効果の持続時間を見ていなかった!
オーガが立ち上がる。こちらに手を向ける。
このまま発砲しても、全弾命中したところで物理装甲を抜けない!
あと1点なのに!
だからといって、今さらスキルブックを開いて、『チップダメージ』を発動し直す時間は……!
「ズッキーさん!」
ケシーの叫び声が聞こえた。
その呼びかけを聞いただけで、彼女の言いたいことが理解できたわけではない。
それは直感めいたものだった。
「『スキルブック』!」
俺は分厚いスキルブックを、自分の頭上に出現させた。
それと同時に、チョッキのポケットからケシーが飛び出して、ページをパラパラと開きながら落下するスキルブックめがけて一直線に羽ばたく。
「ケシーッ!」
「あいあいさーっ!」
空中で発現して、そのまま自由落下するスキルブックへと突撃するケシーが、高速でめくられていくページの中からとあるカードを一瞬で探し出し、それを引き抜きながら真上へと飛翔してすれ違った。
神業だ。
お前は間違いなく世界一の妖精だ。
たぶん、世界に一人しかいないんだけど。
抜かれたカードは、もちろんあのカードだ。
起動条件は満たした。
「『チップダメージ』!」
視界の左端に新しい砂時計が発生して、俺はガバメントをもう一度握り込んで撃ちまくった。
7発の弾丸がオーガ目掛けて乱れ撃ちにされて、そのほとんどが脇に逸れていく。
しかし、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、というやつだ。
奇跡的に一発だけ命中したらしい.45ACP弾が、オーガに確定ダメージの1点を与える。
その黄色い肌の巨体が、力なくその場に崩れ落ちた。
俺は撃ち切ったガバメントをその場に落としながら、仰向けになって、息を吐く。
「あー…………勝った……」
ボス・オーガ、討伐。
俺の初めての本格的なダンジョン探索は、まさかの大金星となった。




