34話 仕様にも穴はあるんだよな……
「ぐっ……ぅえ……! うぇえっ……」
直に流し込まれる電流でいいだけいたぶられたキャロルは、唇の端から涎を垂らして、地面に倒れ伏していた。
身体が電撃の余波でビクリと震えて、そのたびに苦し気な呻き声が漏れる。彼女の長い金髪が地面の上に散乱して、砂利の上に押し付けられた頬には、あまりの激痛でとめどなく溢れてしまう涙が伝っている。
『ボス・オーガ! しかも雷属性の変種です!』
それはテレパシーで俺の心の中に常駐しながら、俺が勝手に動こうとするのを抑止しているケシーの声だった。
『単なるボス・オーガなら、この辺りに居ても全然おかしくないんですけどー! ここまでレベルの高い変種がここに居るっていうのはー! うわー! やっぱりさっき言ったことは間違ってて! もしかしたらアレかもしれないです!』
な、なんだケシー! なにがあれなんだ! 落ち着け!
『あのドラゴンさんと同じく、このダンジョンって今! 階層毎の難易度が滅茶苦茶になっているのかも! 普段奥に居る奴が浅い所まで出てきちゃって、本来のボスがボスの座を追われてその辺をうろついてるみたいなー!』
最悪だな! RPGの最初の町にラスボスが居て、次の町で幹部が待ってるようなものか!
『しかも物理装甲20の魔法装甲30って! めちゃくちゃ分厚いですよ! HPが普通のオーガ並みに低いのは幸いですけど、そもそも攻撃が通らない! あーもー! 固いー! しかも攻撃パターンが強いー! どうしよー!』
俺は死んだふりをしながら、ケシーと心の中で叫び合う脳内会議を行っている。
俺とケシーがやや悠長に話し合っていられるのは、オーガがキャロルを、すぐに殺そうとはしていないからだった。
キャロルをオーバーキル気味に行動不能にしたオーガが、彼女の身体をまさぐり始めている。
「ぐ……くぁ……」
彼女が身に着けている甲冑が一枚ずつ剥がされて、着脱の難しい部分は無理やりに壊されてしまう。
ビリッ、と衣服が破れる音がした。
それは彼女が下に着込んでいるスポーツ用のアンダーアーマーが、まるで人形の服を脱がすようにして、背中から無理に引っ張られて破かれた音だった。
大量の電撃を浴びたキャロルは、彼女の“身体”に興味を示しているオーガに全く抵抗できていない。力を振り絞って右手に握りしめていた両刃剣も、オーガによってあえなく指を解かれて、遠くの方へと投げられてしまう。
どうして、俺は攻撃を受けていないんだ?
『し、死んだふりをしてるからですよぉ……』
こ、これで大丈夫なものなのか?
『た、たぶんですね。あの変種、周囲の感知方法が違ってて……動かない奴には反応しないタイプなんですよ。見てください、あの目』
ケシーに促され、目だけを動かしてボス・オーガのことを観察する。
その瞳は、潰れたように全体が灰色がかって濁っていた。
そしてその周囲の岩壁には、パチパチと煌めく電磁波の塊が等間隔で広がっている。
『たぶん、あの岩壁から突然飛び出す電撃のタネは、同時にダンジョンに張り巡らしたレーダーみたいな役割も担っていて……』
……原理は不明だけど……電磁波の塊みたいなのを遠方に拡散することで、それを無線中継みたいに繋いで……遠隔を知覚できるのかもしれないな。そこから攻撃もできるわけか。それで、俺たちが近づいて来るのも事前にわかっていた……?
『か、かもしれないですー……』
それなら、スマホの電波が急に繋がったのも説明できるかもしれない。あいつはダンジョンの各地に、あらかじめ電波連絡みたいなのを張り巡らしていて……見慣れない侵入者を磁場か何かで知覚すると、それを中継して本体まで伝えるような……それぞれが基地局みたいな役割を果たすのかも……。それが何らかの形で作用して、携帯の電波も……?
『な、何言ってるのかわからんですー……』
大丈夫だ、俺も自分で言ってて混乱してきた。よくわからん。
俺は科学に明るくないから正確なところはわからないし、何か真偽の怪しい科学イメージみたいなものを繋ぎ合わせたにすぎないが……そんなイメージのことをしているのかもしれない。
ケシーとの脳内会議は進んでいるが、キャロルの危機の方も現在進行形で進行している。
全く抵抗できないままでオーガに装備を剥がれている彼女は、すでに上半身のほとんどを剥かれていた。手甲と繋がった前腕の金属片だけを残されて、彼女は小さくて丸い肩をむき出しにされている。オーガはそれを見て舌舐めずりすると、彼女を転がしてうつ伏せにして、今度は尻から下半身の装備に手をかける。
ま、まずい……どうにかしないとまずいぞ。
『え、ええっ……い、命を大事に! でいきませんか……? あ、あのですねー。キャロルさんには本っっっ当に申し訳ないんですけどー、ここはもうー、死んだふりで全部やり過ごしてー……』
いや、それはできない。
『でもでも、相手は物理装甲20ですよ……? これってつまり、一撃20以上のダメージを叩き出さないと、そもそも攻撃自体が全然通らないってことですからね……? 魔法に至っては30の装甲ですからね? ズッキーさんが唯一使える魔法の『火炎』、ダメージ4ですよ……?』
……あれだ。ヒースから貰った『チップダメージ』がある。あれなら、確定でダメージを1は通せる。スキルブックで発動して、それを乗せて銃撃すれば……。
『……HPは15……15発当てられるんですか?』
………………。
『しかも相手だって、黙って受けてくれるわけじゃないですからね……? 一撃で行動不能レベルの攻撃を仕掛けてくる相手に対して、倒される前に十五回も攻撃当てないといけないんですからね……? その銃って奴で、本当にできるんです……?』
…………。
……いや普通に無理だな……。
たぶん無理だ。少なくとも手元のガバメントでは無理だ。
俺の技量だと、おそらくは当てるだけでも精一杯なのに。
たとえ相手が攻撃してこない状況であっても、この拳銃をリロードしながら15発連続は、さすがに試そうとも思えない。
ゲームで「このボス、クリティカル15回連続で出せば倒せるな」とか言ってるようなものだ。
俺は目だけを動かして、地面に転がっている武器を眺めた。
一番近くの、飛び込めば手に入る範囲には……アサルトライフル。
あの銃には弾が何発入っている?
隙を見て手に入れたとして、俺に操作できるか?
その前に『チップダメージ』をカード化してから、発動させないといけないのに?
「こ、ろせ…………」
不意に、キャロルの掠れた声が聞こえた。
俺は地面に転がりながら、視線だけをそちらに向ける。
地面にうつ伏せに転がされたキャロルは、もはや手足の甲冑だけが残った状態だ。
上体の衣服は全て破かれて剥がされて、その猫のようなしなやかさを感じさせる、背中の控えめな筋肉がむき出しになっている。
バキンッ、と金属同士が無理に外される音がした。
腰を持ち上げられて、滑らかな曲線を成して突き出されているお尻周りから、また装備が一つ外されたのだ。
腰回りの甲冑が剥がされて、キャロルの下半身を外部から守るのは、その下に着込んでいるぴっちりとしたスポーツ用のアンダーアーマーだけとなっていた。
あとは下着と、その伸縮性の高い黒い布地だけだろう。
もしも下着を着けていなかったら……いや着けているとは思うが……そこで時間稼ぎは打ち止めだ。
15回連続で1ダメージを与えるのが無理なら、一撃で……物理装甲20点プラスHP15点、つまりは35点オーバーのダメージを叩き出す方法は?
『そんな簡単に破壊的ダメージを出す方法があったら、そもそも誰も苦労しないと思うのですが……』
そりゃそうだ……。
俺が馬鹿だった……。
…………いや、待てよ。
俺は自分の保有しているスキルを、もう一度洗い出してみる。
『火炎』 魔法カード
カード化済み 対象に炎属性の3点ダメージと、燃焼のスリップダメージを与える。
残り使用回数6回。
『チップダメージ』 スキルカード
未カード化 あなたの全ての攻撃に、1点の攻撃ダメージを加える。このダメージは無効化されない。
『ゴブリンの突撃』 スキルカード
未カード化 1ターンの間、あなたの近接物理攻撃にプラス3点の上方修正を加える。
そして、『スキルブック』。
未だ詳細な仕様は不明。カード化したスキルは10回の使用制限付きで、おそらくはレベル制限を無視して発動することができる。しかし発動の度に、カードをホルダーに装填し直す必要がある。
………………。
『ズッキーさん。もしかして、危ないこと考えてません?』
もしかしたらだが。完全に賭けだが……。
仕様の穴を突いた、バグ技めいたことが出来るかも。
『……試してみたいとは思えませんね』
あるかどうかもわからんバグに、命を賭けるようなもんだからな。
だが、絶対に無いとも言われていない。
出来ないかもしれないが、出来るかもしれない。
ケシー、キャロルとテレパシーで会話できるか?
『できますけど……良いんですか?』
とりあえず、繋いでおいてくれ。説明は……お前に任せた。
ケシーの雰囲気が、頭の中から消えたような感じがあった。
俺の意識ではなく、キャロルの意識の方へと移動したのだ。
さてさて。
以前に一度だけ思いついた、できるかどうかもわからんバグ技。
ケシーに話してみたら、「本当にできたらマジウケますね」と言わしめた『スキルブック』の応用必殺…………やってみるか?




