33話 オチツケオチツケー!
それが近づいていることに、俺たちは気付かなかった。
電流が走ったような鈍い音が響いて、次の瞬間に、キャロルは振り向きざまに剣を抜いた。
抜いた剣の刃身に電撃が滑り、彼女はそれを超常的な反射神経でもって受け流す。
しかしその電流は、彼女の両刃剣の上を射出面のようにして加速して自分を押し出すと、飛び出しながら二手に分かれて、その背後に立っていた二人に襲い掛かった。
「ギャッ、アッ!?」
とつぜん強い電流に当てられて、二人の身体がバチンという音を立てながら激しく震えた。
巨大なゴムが弾け千切れたような、壮絶な音がした。
散弾銃の担当が、三又に分かれた道の一つに銃口を向けて、連続で発砲し続けた。
電撃を受けて倒れた後衛の一人に、救護担当の自動翻訳スキルを持っていない奴が駆け寄る。
駆け寄った瞬間、彼は自分の予期していなかった方向から攻撃を受けた。
「WHA!!??」
洞窟の石壁から炸裂した電撃は、救護のために駆け寄った隊員の身体を高電圧の電流で焼いた。
『ズッキーさん! 伏せて! 危ない!』
俺は右腿のホルダーに差していた拳銃を抜きながら、反射的に地面に転がる。耳で聞いたのではなく、直接脳内に響いて来るケシーの声。それが、俺の素早い反応を促したのだ。
その瞬間、また別の岩肌から電撃が炸裂した。
電流は俺が一瞬前まで立っていた空間を切り裂くと、散弾を連射していた隊員の背中に直撃する。彼は散弾銃を構えたままの恰好で硬直し、身体を震わせて惨い声を漏らした。
俺はまだ状況を飲み込めていなかった。
しかしこの状況が意味するところは、つまり、俺とキャロル以外の全員が、一瞬にして行動不能に陥ったということだった。
「キャロル!」
俺は叫んだ。
それは反射的な叫びであって、実質的な意味は存在しないのかもしれなかった。
キャロルは俺の呼びかけには答えずに、重心を低く落として剣先を地面に垂らすと、なかば脱力したような構えを取った。
彼女は周囲で倒れる自分の仲間のことを、ちらりとも一瞥しない。
心配して声をかけようともしない。焦って取り乱そうともしない。
それは彼女の冷酷さではなく、むしろ“最後には自分が必ず何とかする”という、絶対的な責任感の表れなのかもしれない。
彼女の全集中力は、三又に分かれた道の、その中央の洞穴へと注がれている。
彼女の斜め後ろの岩肌から、パチリという小さな音が漏れた。
「後ろ! 左!」
俺は叫んだ。
次の瞬間に、その予兆があった岩壁からまた電撃が走り、その攻撃はキャロルへと襲い掛かる。
キャロルはその攻撃を予期していたかのように半身になって振り返ると、その電撃をまたしても剣の刃身で受け流した。防御された電流は彼女の背後へと飛び散って拡散し、そのまま霧散して威力を失う。
彼女は攻撃を躱すと、すぐさま視線を元に戻した。
それから、しばしの沈黙。
俺はわけもわからずに拳銃を握ったまま、固唾を飲んで彼女のことをじっと見つめている。自分がなぜ無事でいるのか、理由がわからなかった。
『じーっとして! 絶対に動かないで!』
ケシーの声が、脳内に直接響いて来る。
そうやって、静かな緊張が満たす洞窟の中で、指一本動かさずに待っていると……
キャロルが視線を送り続けている道の暗がりの中から、ペタリという足音が聞こえてくる。
それは段々と暗がりの中から姿を現し、地面に転がっているアサルトライフルのライトに照らされた。
先ほどの、オーガのような見た目の巨体。
これまで見たオーガと違うのは、黄色がかった灰色の肌と、額から生える二本の角が、これまでのどの個体よりも大きく、長く成長していることだった。
それは英国人のキャロルよりも、日本人である俺の方が見覚えのある姿なのかもしれない。
その黄色いオーガの姿かたちは、まさに日本古来の化物である“鬼”。
絵巻物や絵本で見たような姿かたち、そのものだった。
キャロルの構えの重心が、また一段と低くなる。
肩や腕は完全に力が抜かれて、両刃剣を握る両手の指には、それを地面に落とさないためのほんのわずかな力しか込められていないようにも見える。
しかし地面に垂らされたその剣の先端は、いつ飛び跳ねて暴れ出そうとするかわからない、極度の緊張感に満ちていた。即応の準備が、極限まで整えられたのだ。
黄色肌のオーガはキャロルと対峙すると、しばし睨み合うようにして動かない。
キャロルも、自分から動こうとはしなかった。
またもやしばしの沈黙があった後、彼女は口を開く。
「…………物理装甲20、魔法装甲30、HP15……わかったか、ミズキ」
「……えっ?」
キャロルは振り返りはせずにそう呟くと、
剣を握り直してゆっくりと剣を持ち上げ、対応の構えから攻撃を仕掛ける構えへと移行した。
「情報は伝えたが、お前はこのまま逃げろ」
「待て、キャロル――――」
俺がそう叫ぼうとした直後、
オーガが不意に手を振り上げると、そこから電流が走った。
キャロルはその電流を受け流しながら、オーガに向かって弾け飛ぶかの如く突撃する。
狭い道の中で剣を刺突の構えに握り直し、ついに撃鉄を打ち込まれた一発の銃弾のように、これまでに溜め込んだ全ての力を爆発させるかのような速度で襲い掛かる。
「『ゴブリンの突撃』! 『粉砕する一撃』! 『ダメージ複製』!」
キャロルが複数のスキルを発動させながら、オーガに襲い掛かる。
その剣先が、オーガに到達する直前。
まるで突撃を待ち構えていたかのように。
オーガの周囲の壁が一斉に、バチバチと激しい帯電を始めた。
「――――っち」
それを見たキャロルは何かを悟ったかのように、舌打ちする。
剣先がオーガの身体に突き刺さって沈み込む直前に、激しい電撃の光が道を満たした。
あらゆる方向から同時に繰り出された電撃は、そのどれもがキャロルの身体に吸い付くようにして纏わりつき、その細い身体を高電圧の電流で焼き尽くさんとする。
「きゃ、ぎゃっ! きゃぁああっ!」
キャロルの悲痛な叫び声が響いた。
彼女はビクビクと身体を震わせると、その場にゴシャリと膝を突く。
「かっ、くぁ……ひぃっ……」
キャロルのか細い声が聞こえて、彼女はそのまま、地面に倒れ込んだ。
倒れた後にも、彼女には電撃の余波が残っているのか……その小さな身体は、陸に打ち上げられた魚のようにビクリと震えている。
オーガは足元に倒れた彼女のことを見ると、しゃがみ込んで、その長髪を掴んだ。
「がぁっ……!」
長髪と兜を掴んでキャロルに顔を上げさせると、その黄色いオーガは彼女を品定めするように、その綺麗な顔立ちをじっと見つめる。
「ぐっ……ぁ……」
「………………」
そうして、オーガが彼女の甲冑の隙間から“直”に、その細い手首を掴むと……
再び“直接”、彼女の身体に激しい電流が流し込まれる。
「きゃっ! ぎゃぁあっ! きゃあぁあっ!」
――くそっ!
俺はその場に立ち上がって、キャロルをいたぶるオーガに拳銃弾を撃ち込もうとした。
しかしその瞬間に、俺の行動の意思を読み取ったケシーの高い声が、行動を抑止するかのようにして脳内に響く。
『待って! ストップ! ストーップ!』
ケシー! このままじゃまずい!
『だからってー! 無理! 無理無理無理!! マジ無理!!! 駄目!!』
なら、ならどうすりゃいいんだ!
『一旦待って! そのまま! 一旦やり過ごして!!! 動かないで!!』
だからって!
『はい駄目! 待って! 落ち着いて! 落ち着けー! オチツケオチツケー! 策も何も無しに、格上相手に立ち向かわないー! 無策で動いたって何にもならないから! 動かないでってー!』




