26話 自動翻訳スキルの不具合じゃないのか?
後日。
心中落ち着かない俺の下に、一本の電話がかかってきた。
REAの隊長、キャロルだ。
『ミズキリョウスケか?』
「この電話は俺以外出ないよ」
『これから、私のホテルに来い』
「ホテルに? どうして」
『確認することがある。ホテルは……』
キャロルにホテルの名前と住所を聞いてから、俺はセラシオを走らせた。
彼女が宿泊するホテルは大守駅の近くに建つ、ここいらでは一番高いところだ。近くの駐車場に車を停めて歩くと、ホテルの前にキャロルが立っていた。
あの、中世ファンタジーのコスプレのような恰好で。
衆目を集めるには十分すぎる奇抜な服装……というか装備に、以前日本のTmitterで勝手に撮られた画像が100万リツミートを稼いだという、英国人なのに「現代のジャンヌダルク」と騒がれた顔立ち。通行人自体は少ないものの、その誰もが彼女の姿を無視できていない。
俺が歩いていく間、彼女は微動だにせずに立ちながら、俺のことをじっと待ち構えていた。
「遅いぞ、ミズキ。これからは私が連絡したら、十分以内に来るように」
「少なくとも二十分はくれ」
「二十分あれば余裕があるということは、十分で来れるということだ。歩け」
彼女に言われるままに前を歩き、頭に真っ赤な羽飾りを付けた中世騎士コスプレ少女と二人きりでエレベーターを昇り、彼女の指示に従って部屋まで辿り着く。
その移動の間、キャロルは一度も俺に背中を見せることはなく、俺が一方的に彼女によって背後を取られ続けていた。
ホテルの部屋には彼女一人で宿泊しているようで、私物と思われる物はキャリーバッグが一つと、テーブルの上に置かれたBapple製のノートパソコンのみだ。
「それで、確認することっていうのは?」
俺はそう尋ねた。
「ダンジョンについてか? それとも、堀ノ宮が何か言い出したのか?」
「いいや。お前の確認だ」
キャロルはそう言うと、俺の目の前に立って手を伸ばし、とつぜん俺の身体をベタベタと触り出した。
「なっ、なんだお前! おい!」
「これしきで騒ぐな。落ち着け」
キャロルは表情を一切変えないまま、穴あきグローブのようになっている手甲が付いた手で、俺の胴回りや腕、腹筋や背中などをまさぐる。衣服の上から一通り触ると、今度はシャツの下へと手を伸ばそうとした。
「お、おい! 待てって!」
「必要なことだ。じっとしていろ」
服の下へと通された彼女の手は、俺の身体を直接指で触って撫で回し、筋肉の一つ一つを確認するようにして入念に指腹でなぞる。
「ふむ。ステータス通りか。筋力値は上げていないようだな」
「だ、だからどうしたんだよ」
「基礎能力値とステータス値との間に齟齬があると、緊急時に厄介だ」
キャロルの手が、俺の太ももに伸びた。
彼女は俺の内ももや外ももを丹念に撫でると、上から圧をかけるように指を食い込ませて筋肉を揉み込み、しゃがみ込んでふくらはぎも触る。
「敏捷値もそのまま。レベルを上げたことは?」
「一回だけだ。18から19に上げた」
「能力値は何に振った?」
「体力に3つだよ」
「格闘技の経験があるな?」
「大した経験ではないけどな」
キャロルはそれを聞くと、俺から視線を離さないまま、部屋のベッドを指差した。
「次はそこに座れ。私の方を向いてな」
「なあ……わざわざそうやって確認しなくても、最初から聞けばよかったじゃねえか」
「嘘をつかれると面倒だ。筋力と敏捷くらいは、正確な所を知っておきたい」
「嘘なんてつかねえよ」
「つく奴もいる。ダンジョンの深部で万が一にも冒険者同士で戦うことになれば、そのようなステータス情報の齟齬が生死を分けることもある。座れ」
渋々ベッドに座ると、彼女は俺の股の間に膝を差し入れて、俺の顔を包み込むように両側から手を添えた。
キスするような距離まで顔を近付けると、彼女はじっと俺の目を覗き込む。
「つ、次はなんだ……?」
「じっとしていろ。私の目を真っすぐ見据えろ。目を離すな」
吐息がかかる距離で、言われた通りに彼女の大きな瞳を見つめる。
クッキリとした二重瞼に、綺麗な青色の虹彩。
そのサファイアの瞳が急に黄色へと色を変えて、縦に凝縮すると、ヘビのような縦長の瞳に変化する。
「『龍鱗の瞳』」
カラコンを付けているような蛇目に至近距離で見つめられて、俺は何となく冷や汗をかいた。
ギョッとする……というより、俺の全てが見透かされているような感覚だ。
十数秒、そうしていただろうか。
彼女が俺の顔に添えていた手を離すと、瞳が元の状態に戻り、碧眼の輝きを取り戻す。
「もういいぞ。必要なことはわかった。今日は帰って良い」
「ま、待て待て。勝手に納得するな」
俺はベッドから立ち上がると、キャロルに詰め寄る。
「一体何をしたんだ? 一方的に俺だけがわけのわからんことをされるのは、フェアじゃあないんじゃないのか?」
「何かをしたわけではない。必要な情報を確認しただけだ」
「それなら、俺にだって情報が欲しいね。さっきの目は何なんだ? というか、俺のステータスが事前にわかっていたような口ぶりだったよな。一体どういうことだ?」
「…………ミズキ」
キャロルはそう言うと、俺のことをじっと見つめた。
すると、俺はまるで蛇に睨まれたカエルのように、委縮して身体が強張ってしまう。
ぐっ……!
俺よりも体はずっと小さいっていうのに、中世騎士風のコスプレをした、ただの金髪の女の子だってのに。
……なんて、威圧の雰囲気を出しやがる。
もしかすると、これが文字通りのレベルの差って奴なのか。
それとも、何らかのスキルを使っているのか。
有無を言わさず、俺をこのまま追い出すつもりか?
くそっ。
言いなりになってやっていれば、立場が上だと思って際限なく調子に乗りやがって……!
突然呼び出して、なんの説明も無しに人を玩具みたいにベタベタと触った挙句、用が済んだらサッサと帰れだと?
黙っていれば、最後までこいつに全ての主導権どころか、生殺与奪まで握られたままだ。
次に口を開いた瞬間に、この小娘にガツンと言ってくれる!
ああ言ってやるぞ!
イギリス最強の冒険者だか何だか知らないが、あまり舐めるなよ!
会社でだって上司にだって、俺はずっとそうやってきたんだ!
そう思っていると、キャロルはふと口を開いた。
「お前の言うとおりだ」
「うるせえっ!!」
「えっ?」
「えっ?」
二人で、一瞬固まった。
「…………作戦中の良好な信頼関係の構築のためにも、情報を交換したいと言いたいのだが……何か不満か?」
「え? ああ……そうだな。そうだよな。うん。そう。そうだと思ったんだ」
「うるせえ、と……聞こえたのだが?」
「い、いや? そんなことは言ってない……自動翻訳スキルが故障したんじゃないのか?」
「どうしてとつぜん……怒鳴ったのだ?」
「いや、俺は、その……「良いねえ!」と言ったんだ」
「本当に?」
「自動翻訳スキルの不具合じゃないのか?」




