24話 ロイヤル・エグゼクティブ・アームズ
金持ちというのは、いつどこであろうと一定以上のサービスが受けられるようになっているものだ。
このホリミヤグループ代表取締役社長、堀ノ宮秋広も、その例外ではない。
「心配しないでください」
何となく居心地が悪そうにテーブルにつく俺に対して、堀ノ宮はそう言った。
「ここは見ての通り、ただのレストランです。何かあればすぐに逃げられます。というよりも、メールでお伝えしました通り。もしもあなたに危害を加えるつもりであれば、私は顔や名前など出さずに、人を使ってもっと直接的かつ効果的な手段を取るでしょう。もちろん、そんなつもりはありませんが」
「…………」
ここは、大守市のやや外側の国道沿いに位置する、一軒のレストラン。
田舎の寂しいレストランではあるが、中に入ってみると、予想以上にしっかりした店であることがわかる。東京の高級店のような押しつけがましさはなく、しかし堅実な実力を感じさせる。心地良い音量のクラシックが流れる店内には、静かで厳かな雰囲気が満ちていた。
堀ノ宮は俺のことを車で送ろうと申し出たのだが、俺は自分のセラシオを運転してここまで来ていた。
「この店のシェフとは、旧知の仲なんです」
テーブルに向かい合って料理を待ちながら、堀ノ宮が場を和ませるように切り出した。
彼の付き人と思しき黒服が、レストランの外に一人、中に一人配置されている。
「とても腕の立つ料理人で、以前は東京の一等地で店を構えていたのですが。子供の病気の都合で、空気が良く涼しい北海道の、静かなこの土地に越して来たんです」
「場所を選ばずに働けるっていうのは、なかなか羨ましいものですね」
「理想的な生き方だと思います。彼がここで店を出した時には、私も幾らか援助させて頂きまして。今日はその礼として、貸し切りにして頂いているんです」
「それで?」
世間話の腰を折り、今度は俺の方から切り出す。
「僕に、用件というのは?」
「前金で一千万円。成功報酬で四億円差し上げます」
堀ノ宮が、すかさずそう切り返した。
俺は会話の主導権を取りにいったのだが、交渉事に慣れているのだろう。俺は交渉テーブルに存在する、目には見えない間合いを測られて、一瞬にして懐に忍び込まれたような気分になった。
「お話を聞いて頂くだけでも、いくらかお包みいたします。聞いて頂けますか?」
「貰えるものは貰っておきましょう」
前菜が運ばれてきた。
細かな細工が施された白皿に、芸術品のような意匠を凝らした、色鮮やかな料理が添えられている。
いつも思うのだが、こういう料理は果たして美味いのだろうか。
「依頼の内容は、ダンジョンの深層に眠る、とあるアイテムの回収です」
「どんなアイテムですか?」
「『慈悲神の施し』という、世界でまだ一度しか発見されていないアイテムをご存じでしょうか?」
「有名ですからね」
『慈悲神の施し』。ランクS。マジック・アイテム。必要レベル:無し
効果:対象のHP・MP・状態異常を全て治癒する(一回使い切り)。
世界で、まだ一例しか発見報告の無い最希少資源。唯一の発見者は米国のウォレス・チャンドラー氏。発見場所はNY・ダンジョン深層。
「世界最高の冒険者であるチャンドラー氏が、探索に同行して重傷を負っていた研究者にこのアイテムを使用したところ……すべての外傷はおろか、抗がん剤治療を受けていた食道癌まで根治されていたというのは、有名なお話ですね」
「それが欲しいんですか?」
「その通り。3年間に渡り、ずっと探しているのです」
「失礼を承知でお尋ねしますが……どこか、悪いんですか?」
ホリミヤグループの社長が病気だなんて話は、一切聞いたことがない。しかし株価への影響を懸念して、公には公表していないという可能性はあるか。
「いいえ。私自身は全くの健康体です。生活習慣には気を遣っていますので」
堀ノ宮は、健康的かつ精悍な顔でニッコリと微笑んだ。
顔に刻まれた皺さえも、輪郭と筋がハッキリとしていて健康そのものに見える。
「しかし。病魔というのがいつどこで、人の命を奪いに来るかなど分かりません」
「将来における不安の解消のために、そのアイテムを探していると」
「その通り。私の作ったホリミヤグループは、すでに日本有数の企業グループに成長しています。様々な成長分野と事業拡大にも投資を惜しまず、我々はこれからもっと大きくなるでしょう」
堀ノ宮は思い出したかのように、料理に口を付けた。
「不安があるとすれば……経営者であるこの私が、いつどこで現役を退くことになるのか? それだけなのです。ホリミヤグループは、私以外の経営者によっては決して健全に運営されません。私ほどの経営者というのは、世界を見渡してもいくらも存在しないのですよ。まるでダンジョンの希少資源のようにね」
「…………」
「これは私の個人的な私欲ではなく、ホリミヤグループが擁する8万人もの従業員。彼らの雇用と生活を確実に保護するためのご依頼なのです。ご理解いただけましたか?」
やれやれ、と俺は思った。
この堀ノ宮という奴……紳士ぶっておきながら、自己弁護と自己陶酔が達者な野郎だ。
人間というのはあまりにも権力を持ちすぎると、このような思考回路になってしまうものなのだろうか。
「お話はわかりました」
俺も話を畳むために、そう切り出す。
その前にフォークを取って、いくらか料理を食べておこうと思った。
「しかし、お役には立てないと思います。僕は冒険者資格を取ったばかりの駆け出しで、ダンジョン深層の探索なんて、まだまだ夢のまた夢なんですから」
「あなたに単独で探索をして欲しいと言っているわけではありません」
堀ノ宮はハンカチで口元を拭うと、待機していた付き人に何かの合図をした。
「あなたには……私が雇っている精鋭の冒険者達に同行し、あのダンジョンの攻略にナビゲーターとして協力して欲しいのです」
「ナビゲーター?」
「その通り。大守の、未踏の新ダンジョンに足を踏み入れたことがあるのは……今のところ、あなた以外にいませんので。今まで、正攻法を使ってどんな冒険者を雇っても駄目でした。ですから私も、今回の新ダンジョン攻略には……特別に力を入れています。そしてそこに、あなたというイレギュラーがいれば! なお良い!」
堀ノ宮は顔の前で両手の指を絡めて、俺のことをじっと見据えた。
その背後……レストランのVIP部屋の扉を付き人が開けると、そこから数人の人影が歩み出る。
軍人を思わせる厳めしい顔つきの、欧米系の外国人たち。
その誰もが背丈が高く、肩幅も広い。身に纏っているシャツの袖は、発達した上腕筋肉でパツパツになっている。
そして……その中央。
彼らのリーダーと思わしき人物は、
長い金髪を背中の辺りまで垂らし、まるで中世の騎士のような出で立ちに……金色の鷲の模様が施された、古めかしい軍人のようなヘルメットを被った……白人の少女だった。
「英国最強の冒険者パーティー、『R・E・A』! あなたには彼らと共に、ここ大守市に誕生した新しい未踏の地! オオモリ・ダンジョンを、攻略して頂きたいのです!」




