21話 レベル100の男
女子高生YourTuber、詩のぶチャンネルの顛末について、サクッとお伝えしよう。
詩のぶが行った問題のライブ配信は、Tmitterなどでもトレンド入りし、最大同時視聴者数が4万人を越える騒ぎになった。俺にはよくわからないのだが、これはどうやら物凄い数字らしい。登録者も一時的に急増したらしいが、ゴブリンに衣服を剥がされた詩のぶの裸体が一部配信に乗ってしまったこともあり、詩のぶチャンネル自体は現在アカウント停止処分を受けている。
このライブ配信がフェイクであったか、それとも本物であったかについて、ネット上では結構な人や専門家を巻き込む論争に紛糾した。この数日間に渡る議論の趨勢がどちらにあったかは定かでないが、これは後日に新規アカウントを開設して投稿された詩のぶの謝罪動画により、一旦の終息を見せる。
曰く、放送の内容は本物であったこと。
警察のお世話になり、通っている高校からは停学処分を受けたこと。
その他軽率な行動への謝罪と謹慎について、動画では述べられた。
ネット民の総力を挙げた情報戦により、詩のぶチャンネルの姫川詩のぶは通っている高校や住所、家族構成などを割り出されることになった。
「姫川詩のぶ」はYourTuber用の偽名で、本名は「田中しのぶ」ということまで明らかにされる。
この問題行動はテレビのニュースで報じられ、コメンテーターが遺憾を表明する事態にまで発展したが……途中で話題が微妙にすり替わり、なぜか彼女の整った容姿の方が盛んにクローズアップされるようになった。
また彼女がゴブリンに襲われている動画は海外のエロサイト系の動画サービスへと現在進行形で無数に拡散されており、新規開設された「詩のぶチャンネル」は現在登録者が20万人を突破しているが、謝罪動画で述べた通りに彼女は謹慎に入ったため、それ以外の動画は今のところアップロードされていない。
そして、もう一つの問題は……
「すごーい! ズッキーさん、有名人ー!」
海外の動画サイトに上げられた動画を見て、ケシーがそんな声を上げた。
「……はぁ……やっぱこうなるか」
俺もパソコンの画面を眺めながら、そんな溜息を漏らす。
配信の最後に乱入し、3体のゴブリンを討ち取った謎の冒険者。
彼……というか俺の戦闘の様子が、複数の動画サイトに転載されて話題になっている。
電波状況が極めて悪いために、映像はほとんどモザイク状になっていて大体の様子までしかわからないのだが……謎の本のスキルと火炎のスキルを駆使して戦う俺の動画には、色んなコメントが付いていた。
Yongor334 5時間前
01:05で「いずみさん」って聞こえる。「みずき」かも
Good 13 Bad
2つのリプライを表示↓
ナンヤコレ大帝 5時間前
ゴブリン体格良すぎるだろ
Good 6 Bad 2
エルモ【登録者2万人ちゃれんじ】 3時間前
01:17 一回ミスってめっちゃ焦ってて草
Good 4 Bad 1
4つのリプライを表示↓
登録者一人につき日本列島を1cmずつ動かすオリエンタルテレビ 5時間前
この人すごかった!!!!!
Good Bad 4
「…………うぅむ……」
コメント欄を眺めながら、俺はそんな風に唸った。
あの後……警察署で再度事情聴取を受けた俺は、幸いにもお咎め無しで済んでいた。むしろ警察からは、詩のぶが大事に至らずに感謝されたくらいだ。今回の件がこれ以上の大事になっていたら、ダンジョンを巡る様々な関連規則に影響が出て、警察も一定の責任を負う事態になっていたかもしれないから。
心配していた俺のレアスキルの件などについても、警察は深く突っ込んでこなかった。大事なのは俺に、ダンジョンに不法侵入する考慮すべき事情があったかどうかと、ダンジョンの封鎖があまりにもお役所仕事であったこと、さらには当の詩のぶについてであって、俺がどんなスキルを用いて救出したかについては、さほど重要な点ではなかったのだ。
幸いにも俺の情報は警察でブロックされており、どうやら身元までは特定されていないようだが……この「JKユアチューバーを助けた謎の冒険者」という盛り上がり方は、あまり良くない流れだ。
このまま風化して、みんな忘れ去ってくれればいいが……はたしてそうなるだろうか?
不謹慎ながら、俺は何でもいいから次なる大事件が起きて、詩のぶの件や謎の冒険者のことなど誰もが忘れてしまうことを期待していた。
「有名人になったのに、なんだか嬉しくなさそうですねー?」
「嬉しいわけないだろ。下手に住所とか色々割られたら、果てしなく面倒なことになるぜ」
「そのときはそのとき! 堂々としてりゃあいいんですよ!」
「堂々としてたら、お前はすぐに研究施設行きだけどな」
とりあえず、どうなるかわからないことについて悩んでいても仕方がない。
俺はブックマークタブから別のサイトを呼び出した。
レベルと能力値についての情報サイト。
あの戦闘によってレベルが上がったので、能力値のポイントを割り振りたいのだが……これがなかなか決められずにいる。
そもそもレベルとは何か? これは実は、いまだにその正確な性質がわからない概念である。
とある仮説によれば、このレベルや能力値というのは、ステータス化した全人間の平均値から逆算されるものらしい。
レベルの値は1~100まで存在し、能力値も1~100までと推測されている。ステータス化した人間が百人いたとして、その百人の総合力の順位付けとして、レベル1から100までが割り振られるわけだ。
ダンジョンが出来た当初はレベルの変動が激しく、何もしていないのにレベルアップしたりレベルダウンしたりということが多発したらしい。
これは初期にステータス化した人口があまりに少なかったため、評価値が常に揺れ動いていたからとも言われている。今ではダンジョンの影響を受けてステータス化した冒険者や非冒険者はかなりの人数に上っているため、大数の法則が働いてそのような変動はほとんど起きていないらしい……のだが……。
「俺がダンジョンに入る直前に、大変動があったらしいんだよな」
「そうなんですか?」
そう。大変動があったのだ。
今まで、レベル100の冒険者を唯一保有しているのはアメリカだった。
米国政府機関に勤めるウォレス・チャンドラー。彼は元米軍海兵隊の士官で、特殊部隊に所属した経験があった。さらにはオックスフォードで犯罪学の博士課程を取得した秀才でもあり、軍を除隊後は中央情報局の職員として活動していた。
彼は世界最初のダンジョンであるNYダンジョンの調査を担当していた際にステータス化し、レベル100であることが確認されていた。さらにその能力値は、ほとんどが80と90以上をマークしていたらしい。それから4年間、彼の他にレベル100が確認されなかったため、チャンドラーは「ダンジョンによって最も優秀な個人として評価された人類」と評されていた。
しかしそのチャンドラーのレベルが、とつぜん、一気に63まで落ちたのだ。
さらには各国の有名冒険者が軒並み、何の前触れもなく一夜にしてレベルを大きく下げることとなった。
これが意味するところは、つまり……。
「チャンドラーよりもずっと優秀な人間として評価された奴が、新しくステータス化した。もしくはこれまでの常識では考えられないほど、急激にレベルを上げた奴がいるっていうことだ」
「ほえー」
「しかもその謎の人物は滅茶苦茶に高性能な奴で、これまでの評価値をガラッと変えちまった。元々レベル100だったチャンドラーがレベル63まで落ちたということは、レベル64から99までが全部欠番になったってことだからな。それくらいの能力差が発生したっていうことなんだ」
アメリカの威信を担うチャンドラーには、レベル100の座を他国の冒険者に渡さないために、米政府によって発見された強化スキルやレアスキルを片っ端から詰め込まれていたと噂されている。あくまでも噂ではあるが、無くはない話だ。
アメリカが総力を上げてレベルを維持していた彼に、そこまでの差を付けた人物というのは……いったいどんな奴なのか。
「なんだか難しくって、よくわからないですけどねー。そんなことになってるんですか」
「まあ噂だけどな。そもそも仮説自体が間違っていたんじゃないかとか、どっかで動物がステータス化し始めて、データが大きく狂ったんじゃないかとか。まあ色々言われてるよ」
「たしかに……もしもゴリラがステータス化したとしたら、筋力値とかは大きく変わっちゃいそうですよね」
「そういうこと。あとは、とんでもないチートスキルを発見した奴がいるんじゃないかとかな」
コンコン、とノックの音が聞こえた。
「おっと、誰かな」
玄関の方に向かうと、阿吽の呼吸でケシーが物陰に隠れる。
こいつも、この世界のことや自分の立場を色々とわかってくれたようだ。
しかし、なぜノック?
チャイムがあるんだから、そっちを押して欲しいところだ。
玄関の戸を開けると、そこにはあの外国人……隣の部屋に越してきた、黒髪オールバックのヒースが立っていた。
「やあ、ミズキ。とつぜんすまんね」
「おや。どうしたんですか?」
「パソコンとやらを買ったんだが、ちょっと使い方がわからなくて。教えてくれないかな」




