108話 一緒にコンビニ行こうぜみたいなノリ
そんなことを繰り返し、幾度も瓦礫の山を積み上げて小一時間後。
すでに満身創痍の俺たちは、ようやく最上階付近へと辿り着いていた。
「疲れたな……」
肩を並べて歩くキャロルに、俺はそんなことを呟く。
「ああ……モンスターではなく人間が、ここまで厄介だとは思わなんだ……」
「ゴブリンとかなら、いくら群れてきても『火炎』で終わりなんだがな」
「さすがに人はな」
「もう各階層に居やがるから、途中で倫理感を捨てて全員やってしまおうかとも思ったけどな」
「私ももうちょっと危なかったら、全員斬り殺してたな」
「ところでキャロル、体の調子は大丈夫か」
「大丈夫じゃないが、休むわけにもいかない」
そんな風にブツクサと呟き合う俺たちの後ろを歩くのは、多智花・詩のぶペアである。
「そういえば多智花さん、途中からめっちゃ足早くなりましたね……」
「ああ……実は途中で、『怪しい踊り』で自分の敏捷値上げられることに気づきましてね……私の走り方って、踊り判定らしいんですよね……」
「あの膝神みたいな走り方でめちゃくちゃ速いの正直ツボでしたわ。命がかかってなかったら5分くらい爆笑できましたわ」
アハハ……。
気迫の感じられない乾いた笑い声が後ろから響いてくる。あの二人、謎に仲良くなっている雰囲気があった。
そんな二人に先行していると、俺たちはついに、最上階にたどり着く。
そこは全ての壁が取り去られた完全なる吹き抜け構造になっており、その中央部に根を張るようにして、それは鎮座していた。
「……やっと、辿り着いたか」
俺はつい、そんなことを呟かずにはいられない。
そこに根を張っていたのは、もはや人間の姿をしていない上村。
彼は巨大な樹木のようにして部屋に鎮座しており、周囲の壁やら床やら天井やらと一体化して、もはや生命なのか、有機物なのか無機物なのかすらよくわからないことになっていた。一見すれば絶対に元人間だとは気付けないのではあるが、その巨大化した樹木構造の中心部には、目を瞑った上村の顔だけが埋め込まれており、そこからかろうじて、その正体がわかる。
「おい、上村」俺はそう呼びかける。「俺へのラブコールを、全世界に送りやがって。仕方ないから来てやったぞ」
そう言うと、上村の目がギョロリと開く。彼は俺のことを見つけると、目と口を最大限に開いた。
『みぃぃぃずぅぅぅきぃぃぃぃくぅぅぅぅん』
彼は口をパクパクと開けてはいるが、その声は物理的な音としては響いてこない。それはケシーや白竜さんと同じく、脳に直接響いてくるタイプの声色だった。
『こぉぉぉぉぉろぉぉぉしぃぃてぇやぁぁるぅぅぞぉぉぉ』
上村の顔はグリグリと歪みながら、俺たちの脳内に直接、怨嗟の声を叫ぶ。
『こぉぉぉんなぁぁひぃぃどぉぉぃいいいめにぃぃあわぁぁせぇぇやがぁぁってぇぇぇ』
「…………」
『じぃぃきぃぃしゃぁぁちょぉぉおおのぉぉこぉぉのぉぉおおわぁぁああたっぁぁあしぃぃいぃおぉぉぉぉぉぉわぁぁたぁああしぃぃをぉぉぉ』
「なあキャロル」
上村の怨嗟を聞きながら、俺はキャロルの名を呼んだ。
「なんだ、ミズキ」
「わかってたことだが、こいつはもう助かりそうもないな」
「そうだな」
「防壁を張っておいてくれ」
俺はそう言うと、上村の方へと歩み出した。
『ゆぅぅぅのぉぉぉでぇぇぇぶぅぅかぁあからぁぁもぉぉしぃたわぁれぇるぅぅぅこぉのぉわぁたしぃぃをぉぉぉ』
「思えばだが」スキルブックを起動しながら、俺は呟く。「同じ証券会社の同じ支店で勤めて、何の因果かお互いにダンジョンに関わって、お互いに壊れスキルを手に入れたのに」
『みぃっぃずぅぅぅううぅきぃぃくぅぅぅんんんんゆぅぅるぅぅさぁぁんんんんぞぉぉぉぉぉのぉぉるるるぅぅまぁぁはぁぁどぉぉじぃぃだぁぁぁ』
「お互いに性格は良いと言えないし、周りに流される性質だし、実年齢が精神年齢より先行しちまってる、子供みたいな大人なのに」
そう呟きながら、俺は上村の方へと近づいていく。
『みぃぃぃずぅぅきぃぃいみぃぃずぅぅぅきぃぃくぅぅうううん』
「こうも運命が違ってしまうとは、なかなか悲しいもんだな」
『わぁぁぁたぁぁしぃぃいぃはぁぁわぁぁるぅぅぅくぅぅなぁぁいぃぃぃ』
「そうだな、お前は悪くない」
スキルブックを操作しながら、そう言った。
「お互いに色んな奴らに利用されようとして、お互いに利用されまくって、より運が悪いのがお前だったわけだ」
『おぉぉぉまぁぁえぇぇのぉぉせいぃぃだぁぁぁぁ』
「思えば、俺があんたを嫌いだったのは」
操作画面をタップし続け、ありったけの強化を加算していく。
「同族嫌悪かもしれんな」
『みぃぃずぅぅぅきぃぃくぅぅうん』
俺はスキルブックの全ての操作を完了して、発動を待機させた。
そして、彼に問いかける。
「上村、俺はお前を殺そうと思うが」
そう言うと、耳障りなテレパシーが止まる。
「何か、最後に言っておくことはあるか?」
いくらかの静寂があった。
そして彼は、俺の頭に直接声を響かせてくる。
『こ ころ し て くれ』
「そのつもりだ」
そう言ってスキルブックをタップすると、前方に小さな火球が出現する。
それは急速に燃え上がり、凝縮して、白熱する一個のプラズマと化した。
その全ての最後に、親切なナビゲーションが表示される。
『最終ダメージ:52,768点』
『この画面を発動前に表示したい場合、『スキルブック』の詳細設定から『表示設定』を変更してください』
『OK』
生じたプラズマが爆発する。
指向性を持って放たれた極限の大火力は、前方に存在する全てを吹き飛ばした。
◆◆◆◆◆◆
タイムズスクエア・ビルおよびダンジョンの最上階を跡形もなく破壊して爆散せしめた『火炎』は、俺の目の前の全てを文字通りに消し去っていた。足場すら跡形もなく、目の前に広がっているのは廃墟と化したタイムズスクエアの景色と、その遠方に広がる自由の国、その象徴たるニューヨークの景色。
初めて人を殺害することになったわけではあるが、そういう感傷に浸るには疲れすぎていたし、まだ安心するには早い。
俺はそこに、あのエクスカリバーが出現するのを待っていた。
そして、それはやはり顕れる。
全てが消滅した空間に、その黄金の剣はスゥッと出現した。
「…………」
俺は特に何もせずに、その剣がどこに行くかを眺めている。
推測によれば、スキルワームは近くに存在する固有スキルを持たない人間の中に入る。
あのときは、それがたまたま上村だっただけ。
おそらく今回は、多智花さんか詩のぶの中に入ることだろう。
それを使ってキャロルの変異を治してもらえば、あとは全て終わりだ。
「…………待て?」
そこで、俺はあることに思い当たる。
スキルワームは固有スキルだから……譲渡ができない。ということは、よくよく考えてみれば……多智花さんか詩のぶが、このとんでもスキルの終身保有者になってしまうということか?
それに気付いたとき、スキルワームの顕現である黄金の剣は、すでに俺たちの方に鋒を向けていた。
「あっ、まずい」
疲れすぎた脳みそから、そんな気の抜けた声が漏れる。
肝心なことを忘れまくっていた。
しかしそのことについて考える暇もなく、その剣は次なる所有者を求めて、高速で飛翔してくる。
そして、次の瞬間。
剣が俺の横を通り過ぎようとした瞬間に、その男は現れた。
「『強奪』」
バギン! という音がして、飛翔する剣が受け止められた。
何処からか現れたその男は、スキルワームの切先を手のひらで受け止めている。
すぐさま横を振り向くと、俺はその男が誰かに気付いた。
「あっ!? ヒース!?」
「ぐぅっ! さすがレガリア……デカイな!」
彼は飲み込まれんとして抵抗するスキルワームをもう片方の手で押さえつけると、それを自分の手のひらへと無理やり刺し込んでいった。そうして、スキルワームの刀身は手品のように彼の手へと吸い込まれていき……完全に吸収される。
「…………は?」
俺がそんな声を漏らすと、ヒースは「よしっ」と拳を握りしめた。
「なんとか間に合ってよかった! いやはやミズキ、ちょうどドンピシャのタイミングだったな!」
「いや……え? えっと?」
混乱している俺に対して、スキルワームを吸収したヒースが畳み掛けてくる。
「横取りして悪かったな、ミズキ。だが僕も、ずっとこいつを探していたんだ。こいつのためにこの世界まではるばるやってきたんだぜ。どうせ君はいらないだろ? 僕が貰ったって構わんだろ?」
「えっ、いや……まあ、いらないっちゃいらないが」
というよりヒースがこれを吸収してくれたのなら、先程の俺の大ミスを帳消しにしてくれた形なのだが。
「よしきた! ははは! いやいやこれで万事解決という奴だな。お互いよく立ち回ったと思わないかい? 僕たちはよくやったもんだよ」
「……いや待てヒース。一体どういうことだ?」
嬉しそうに笑うヒースに対して、俺は問いかける。
「どういうことってのは?」
「まず、どうしてここにいる? 日本にいたはずだろ」
「転移スキルだよ」
そういうものがあるらしい。きっとこいつは、四次元ポケット的に何でもあるのだ。
唖然としている俺をよそに、彼はツカツカと歩いてキャロルたちの方へ向かった。
そしてステータスを表示すると、その中でちょこちょこと操作を始める。
「ええと……これだな。ミズキ? この娘を治してやればいいんだろ?」
「あ? まあ、そうだが? えっと?」
「こういう使い方でいいかな……? 『スキルワーム』」
彼はそう呟いて、キャロルの肩に手で触れた。すると赤い火花が飛び散って、キャロルはビクリと震える。
「きゃぁっ!?」
「おっとっとごめんよお嬢さん」
ヒースはどう見ても悪いとは思っていない様子で、飄々としてそう言った。
「まだ扱いに慣れてなくってね。でもこれで、君の情報改竄は治ったはずだ。改竄を改竄し直したというべきか」
そう言いながら、ヒースはスキルワームを発動した自分の手をまじまじと眺める。
「うーん。どうやらレガリアを3つも持っていると、それぞれが競合しちまうらしいな。まあ、発動はしてるようだから問題ないか」
そんな独り言の後、ヒースは俺の方へと戻ってくる。
「どうだミズキ、これで万事解決だろう。何も問題ない」
「……えっ、もう治したの?」
「治した。何か問題だったか?」
「全然問題じゃない。ありがとう」
「気にするなよ。僕と君との仲じゃないか」
俺と彼の仲は、結局どういう関係だったのだろう。
「ヒース、一つ聞いていいか?」
「なんだ? 言っておくが、僕はそろそろこの場をお暇するぜ。長居するつもりはないからな」
「お前、一体何者なんだ?」
「それはこの前話しただろ」
「もうちょっと詳しく聞きたいんだ」
「仕方ないな」
彼はもったいぶるようにして軽く背筋を伸ばすと、ニヤつきながら俺を覗き込む。
「僕の名前はヒース。ヒース・ホワイツだ。元キングランド王国一等護衛官。今の職業は世界を終わらせる者で、ついでに追放者もやらされている。世界を移動してきて、ここが二つ目になるな」
「相変わらずよくわからんが、遠路はるばるご苦労なことだ」はあ、と俺はため息をつく。「キャロルは、本当に大丈夫なんだな?」
「大丈夫だよ。もう完全に治癒してるはずだ」
「そうか」
俺はそう言って、その場に座り込む。
思えばずっと走りっぱなしの立ちっぱなしで、足の感覚が無いような気がしていた。
「それじゃあ、そろそろ僕は行くよ」
ヒースはそう言った。
「どこに?」
「また別の世界へ。僕は元居た世界を永久追放されててね。そこに戻るために、今色々と動き回ってるのさ。スキルワームの現実改変能力は、そのために必要で探してたんだ」
「そうか」俺は疲弊した頭で、そんな微妙に気のない返事をした。「なんだかよくわからんが、上手くいくといいな」
「上手くいくさ。僕なんだから」
そう言うと、ヒースは俺の肩をポンポンと叩く。
「それじゃあな、ミズキ。この世界にはまた来るよ。僕が元の世界に戻れそうになったその時には、一緒に行って色々やろうぜ。僕の弟も紹介してやる」
「一緒にコンビニ行こうぜみたいなノリで異世界行きを提案しないでくれ」
だが、こいつの弟とやらは気にならないわけではない。
「断ってもダメだ。もう頭数には入ってるんだからな」
グハハと笑って、彼は歩き去ろうとする。
「じゃあな、ミズキ」
彼は手だけ振りながら、俺にそう言った。
「本当ならこの世界も終わらせる予定だったんだが、君に免じて今はやめておこう。でも、また来るよ」
「そうか」
また来るのは別にいいのだが、世界の方は終わらせないでほしかった。
俺はふと、周りを見渡す。スキルブックの火炎によってぶち抜かれたタイムズスクエア・ダンジョンの最上階は、青空ビルディングとなって空が広く見渡せた。後ろを見やると、キャロルの背中を確認している詩のぶに、疲れ果ててグデっている多智花さんの姿。
そう。
世界はとりあえず、まだ終わらなくてもいいような気がする。
ちょうど今、何とかしたばかりなのだから。




