102話 【衝撃】上村専務を嵌めたイギリスとアメリカの闇【ゆっくり解説】
「いやはや、君は全くもって幸運だったよ」
ウォレスという男は、そう言って私の肩を叩いた。
その衝撃は肩から私の右腕へと走り、先端が消失した右肘にズキンと響く。
「いっづっ!」
「おっと、すまないな。腕が切断されてたんだった。ハッハッハ!」
そう言ってひとしきり笑うと、ウォレスは歩きながら私のことを覗き込む。
「しかし上手くいったな。奴らときたら、完全に我々を出し抜いたとばかり思い込んでいた。だが最後に全てをかっさらったのは、君と我々というわけだ」
「あ、ああ……」
鎮痛剤で回らない頭をなんとか持ち上げながら、私は歩く。
わけがわからないまま病室から逃げて、社長の使いに保護してもらった後……私はこのCIAの男から、事の次第を聞き及んだ。
曰く、社長にとって私は捨て駒にすぎないこと。
社長の正体と、アメリカとの関係。
用済みになれば、私は社長によって英国に送られ、始末されること……。
そんな状況で、このCIAの男……ウォレスが、逃亡を助けてくれたのだ。
「だがまあ、もう君は大丈夫だ。安心したまえよ」
私の横を先導するようにして歩きながら、ウォレスは言った。
飛行機でアメリカのニューヨークに渡り、行き先も告げられぬまま、私はどこかのビルへと連れてこられている。逃亡先を知られぬための工作は徹底されていて、車での移動中は目隠しをされて、自分でもどこに移動しているのか全くわからないほどだった。そのままどこかの地下駐車場まで連れてこられて、地下から建物に入り、エレベーターを通って、通路を歩いているのだ。
「ここはどこなんだ?」
私は聞いた。
痛み止めが切れ始めている右腕は、硬い床に足を突くたびに衝撃がズキリと刺さる。
「まだ教えることはできない。どこから情報が漏れるかわからないからな」
「いつまでここに居ることになる?」
「というと?」
「いつから外出できるんだ」
「隠蔽タスクが全て終了するまでだ。君にはこれから……まあ腕の傷が最低限癒えたらになるが、整形手術を受けてもらう」窓も無い研究室のような通路をツカツカと進みながら、ウォレスは説明する。「偽造した米国籍も与えよう。表向きの職業も与える。リーマン・ブラザーズの役員として働き、裏ではその『スキルワーム』を使って、我々米国に協力するんだ。どうだ、やってくれるよな?」
「選択肢は、無さそうだからな」
「そう腐るなよ、ミスター・ウエムラ」
彼はズボンのポケットからスマホを取り出すと、歩きながらテキストメッセージを確認した。チラリと視線を這わすが、覗き見防止フィルムを貼っているのか画面が暗くて見えない。見えたとしても、どうせ英語だからわからないだろう。彼らは翻訳スキルとやらで、日本語を話しているように聞こえるにすぎない。
「まあ良かったじゃないか。我々としても、作戦は失敗したと思っていたのだが。君が思ったより優秀で助かった。あのフィラデルフィア部隊すら全滅する危機的状況に陥りながらも、ミズキ・キャロルを擁する敵精鋭、それにヒガヤまで出し抜いて、ここまで逃げ延びてくれたのだからな」
「全部、あんたが手引きしてくれたおかげだ」
ウォレスは首を横に振る。
「そう謙遜するなよ。ああいう状況で、とにかく事態を好転させられる人間というのは貴重なんだ。それが能力にしろ、運にしろ。『スキルワーム』と同様、君の才能は得難い。その秘蔵スキルをもって、ぜひ米国のために活躍してくれたまえ」
「あ、ああ……」
ウォレスにやや気圧されながらも、私は悪い気がしなかった。
しかし、難儀なことになったものだ。
この私が、まさかスパイ映画さながらの亡命劇を繰り広げることになるとは。
だが考えようによっては……これはある意味出世だと言えるかもしれない。右腕一本の代償が、リーマンブラザーズの役員職と米国秘密機関の協力者身分、そして新しい人生というのは……釣り合っているのかどうかわからないが、どれも得難いものであることには変わりない。
あの水樹了介にも、いっぱい食わせることができた。
「…………」
私は黙って歩きながら、心の奥からふつふつと湧き上がる何かを感じた。
あの水樹了介め。
この私を、あれだけ虚仮にして踏みつけやがって。
あいつだけは、必ずどうにかしてやらないと気が済まん。いつか絶対に、奴が全てを後悔するような形で、復讐を成し遂げてくれる。聞けば、あの水樹は米国筋からも狙われているという話。もしもそのプロジェクトに参加できるなら……私に宿った『エクスカリバー』だか何とかいう力を使って、いくらでも協力してやろう。
「よし、こっちだ。この部屋だぜ」
通路を歩いた先で、私はとある小部屋に通された。
そこはホテルの一室のような空間で、生活に必要な物は一通り揃っているように見えた。
「その傷が落ち着いたら、すぐに整形手術を受けてもらう。それまでは、不便だろうがここで隠れて暮らしてくれ。いいな?」
「ああ……わかった」
「よし、それじゃあ。私はそろそろ行くけど、何かあるか?」
「あ……待ってくれよ」
去ろうとするウォレスを、私は呼び止める。
「あの、スマホとかは? 持ってないんだ」
「ミスター・ウェムラ」ウォレスは眉をハの字に曲げた。「残念だが、ネット環境はダメだ。パソコンも与えられない。英国が、君を血眼で探してるんだぜ。敵にヒントを与えることになったら、まずいだろ」
「そうか……わかった」
「なあに、少しの辛抱だよ。本やDVDをたくさん置いてある。暇はしないさ」
「ああ、そうか……」
そう返しながら、私は体力の限界を感じていた。片腕切断という重傷で病院から移り、さらにこの米国まで空輸されて、移動されたい放題にされたツケが確実に回っている。頭がフラフラして、インフルエンザにでもかかったみたいに体が重く、とにかく横になりたくてたまらない。
「冷蔵庫もある。あのデッカイやつさ。アメリカン・サイズは初めてだろ? たくさん詰め込んであるから、好きに食べてくれよな」
「あ、ああ……ありがとう」
「中身を見てみたらどうだ? 何か足りなかったら、部下に買ってこさせよう。あれか? ジャパニーズ・スシが必要か?」
「わかった、ありがとう……あとで確認する。まずは、ちょっと横になる」
「ミスター・ウェムラ」
ウォレスはにっこり微笑んだ。
「寝るのには賛成だが、その前に何か食べて、栄養を摂った方がいい。傷の治りが違うんだ」
「……そ、そうか」
言われてみればそうかもしれない。早く横になって薬を飲んで寝てしまいたくてたまらないが、腹も空いている。私は無理やりでも何か腹に入れようと思い、説明された冷蔵庫の方へと向かった。
そして大きめのサイズの冷蔵庫を、左手でよいしょと開けてみると……
その冷蔵庫は、完全に空だった。
「えっ?」
後頭部に鉄球が打ち込まれたような衝撃があった。
ドスンッ。その直後に、鈍い爆発音のような音が響く。
私の頭の後ろから叩きつけられた何かは、そのまま頭蓋骨の中を通って、額を突き破った。赤い何かの破片が目の前の空の冷蔵庫の中に飛び散って、へばりついた。私の体は一瞬で力を失って、糸を切られた操り人形みたいに、その場に崩れ落ちた。
ドスンッ、ドスンッ、ドスンッ。
うつ伏せに倒れ込む私の背中に、さらに何発もの何かが撃ち込まれた。
それは多分、間違いなく、銃弾だった。
「…………」
私は全然体を動かせなくなって、視線すら動かせなくなっていた。
それは明らかに死の準備段階で、声をあげることすら叶わない。
「あー。ハーイ、長官」
視界の外側から、ウォレスの声が聞こえる。傍で誰かに電話しているのだ。
「ミスター・ウェムラを射殺。このまま『エクスカリバー』のドロップを待つ」
部屋の扉が開き、バタバタとした足音が聞こえてくる。
私は朦朧とした意識があるのみで、首どころか、目線すら動かせなくなっている。
「よしよし。これだけ人がいれば、誰かには入るだろう」
ウォレスの嬉しそうな声色が響いている。
「固有スキルは固有スキル持ちを避ける傾向があるからな。空室無しってやつだ。私はすでに一つ持ってるから、たぶん入らん。さて、そろそろかな」
体から、すぅっと力が抜けていく。
私の意識は、あと10秒も経たないうちに消え失せてしまうような、そんな確信があった。痛みは無い。だが体が動かない。血がダラダラと流れている。頭が割れて、体に小さな穴がいくつも空いているのがわかる。このまま意識を手放してしまったら、私はきっと死んでしまうのだろう。それは指一本も動かせないような泥酔状態で車に詰め込まれて、その車がゆっくりと前進していって、目の前には崖があるような、そんな感覚だった。その崖から落ちれば死ぬことはわかっているのだが、どうにも体は動かないし、どうしようもない。それは殺される夢を見ているような、恐怖というよりは強い不快感だった。
ああ…………こんなオチか。
死にたくない…………死にたくない。
そんな切なる願いすらも、どこかに消えいって無くなってしまおうとする。
どうにも努力しないと目のピントが合わないような、踏ん張らなければ生きたいという気持ちすら沈んで見えなくなってしまうような。つまり死とは、そんな感覚だった。
そんなとき……私の内側から。
かすかな電子音が、聞こえてくる。
『簡易操作状態の終了が承認されました』
『簡易操作状態を終了しています』
「……なかなか出てこないな。おい、誰か頭を思い切り踏みつけろ。頭蓋骨をかち割るんだ」
ガスン、と私の頭が踏みつけられた。
もはや痛みは感じないが、水中の中で殴られるような、鈍い衝撃は感じる。
それに対してどう思えばいいかすらわからないほど、私の意識は不明瞭になっていた。
『現在、全操作状態に移行中です。しばらくお待ちください』
「はあ、もっと思い切りやるんだよ。おい、誰か銃を貸せ。口から銃口を入れて、完全に絶命させろ」
『全ての操作制限を解除しています。しばらくお待ちください』
私の頭が持ち上げられ、口に銃を咥えさせられる。
AIアシスタントのような声は、まだ続いている。
『全操作状態のスキルワームと接続しますか?』
『注意:この操作は取り消せません』
『はい/いいえ』
「よし、撃て」
『全操作状態への移行が終了しました』
『全操作制限を解除しました』
『使用者ウエムラアツミを承認』
『以後よろしく』
その声が聞こえた瞬間、私は不思議な感覚に囚われた。
私の中の何かが引き出され、それが膨張し、何かが形成されようとしたのだ。
それは自分の胃の中で風船が膨らんで、その風船の中では急ピッチで建物が建設されているような、どうにも説明しづらい、理解しづらい、いつか見た夢で経験したような気がする類似する何かを実際に再現されているかのような、しかしそれが何なのかついぞ思い出せないような、つまるところ、理解不可能な感覚だった。
私はいつの間にか立ち上がっている。
いや浮いている。彼らのことを見下ろしている。
彼らは私のことを唖然として見上げている。
その状況が一体何を意味するのかはよくわからなかったが、とにかく、悪い気分ではなく、自分は何にも侵害されないという大きな自信が心の内から溢れ始めている。
私はふと、神というのはこういう気分なのかもしれない、と思った。
「……どうやら、なにかミスったようだな」
ウォレスはそう呟いた。
■■■■■■
ニューヨーク市マンハッタン区ミッドタウン、タイムズスクエア消滅。
東京から北海道へと戻る飛行機の中で、俺こと水樹了介はそのニュースを目にした。
ニューヨーク・タイムズなど名だたる企業が所在し、世界の交差点としても名高いこの地区。ここで、突如として大規模なダンジョン災害が発生したのだ。
巨大なダンジョンの形成はリーマン・ブラザーズ本社が入居するタイムズスクエアビルを中心として発生し、一帯の建物とインフラがこの生成に巻き込まれたとのこと。現時点における死傷者数は不明。現在米空軍が偵察に向かっている。
続報。
米政府はこの新規ダンジョンを、タイムズスクエア・ダンジョンと命名したことを発表。
空軍に引き続き、陸路による米陸軍の派兵が決定。
続報。
ニューヨーク市全域における大規模なセキュリティ障害が発生。
PC端末のセキュリティが次々と解除され、世界最大規模の個人情報流出が発生。
現在、この被害は拡大中である。
◆◆◆◆◆◆
とにかく、俺は家に帰った。
俺こと水樹了介の住まう家は、あれ以来すっかり賃貸というよりは拠点と呼んだ方がいい使われた方をしている。ステージ等の改装工事の跡は綺麗に直されるでもなく雑に残されたままで、終戦直後ですかと聞きたくなるような散乱具合。しかしてそれを片付ける余裕もなければ、暇もない。物理的にも、精神的にも。
そんな部屋で、キャロルは俺の布団に寝入って隊員たちの看病を受け続けていた。玄関から入ると、ローテーブルでは詩のぶが座ってパソコンを触っている。そこで、立ち上がってきたケビンと目が合った。
「ケビン」俺は彼を掴まえると、耳打ちする。「キャロルの様子はどうだ?」
「Not good」
「そうか」
そんな一言を交わした俺の帰宅に、キャロルが気付いたようだった。
彼女は布団の中からのっそりと起き上がろうとしたので、俺はそれを静止する。
「待て待て、起き上がらなくていい」
「み、ミズキ……だ……大丈夫だったか?」
「いや、お前の方が大丈夫なのか」
息も絶え絶えな様子のキャロルの傍にしゃがみ込むと、彼女がかなり青白い顔をしていた。予想以上に容態が悪くなっているようで、いつもの覇気はどこからか漏れ出し、すっかり枯渇して萎えてしまっているように見える。
「今はどうなってる。どれくらい進行した?」
「アレから、怖くて見てない……確認してくれ」
キャロルの上半身の服を脱がせて、背中を改める。
すでに青痣は背中全体に広がり、両肩の先……二の腕付近まで到達していた。俺が東京まで赴いている間にも病状は進行していたようで、スウェットの下を少しずらすと、その痣はお尻の方まで到達している。
さらに深刻なのは、範囲だけでなく変異まで進行していること。
俺が東京と北海道を往復している間に、キャロルの背中の皮膚はほとんどが剥がれ落ちて、硬い赤緑をした別生物の皮膚へと入れ替わっていた。それが今にも割れて羽化し、そこから別の生物が誕生しそうなほどに。
「…………どうだ、ミズキ」
辛そうに聞くキャロルに対し、俺はどう答えればいいかいささか迷った。
「正直に言って……かなり進行してる」
「あと、どれくらい持ちそうだ」
「この分だと……どうだろう」
不可逆的な状態になるまで、一日か二日か? 俺はそんな直感を呑み込んだ。
「あまり、時間が無さそうなことしかわからん」
「そうか……」
「とりあえず、休んでろ。大丈夫だ、俺がなんとかする」
キャロルを寝かせてREAの隊員たちに任せると、次はリビングのパソコンデスクでノートPCを弄っている詩のぶに近づいた。
「詩のぶ、どうなってる?」
「どうもこうもないですよ、もう大変です」
ヘッドホンを外した詩のぶは、そう言ってPCの画面を見せる。
『グローバルインターネット崩壊』
ブラウザのタブには、そんな見出しのWEB記事が表示されていた。
「例のタイムズスクエア・ダンジョンを中心に、やばいレベルのクラッシュと個人情報流出が起きてるんです。もう北アメリカの半分くらいはインターネットが機能してない状況で、クレカ情報から国家機密まで、ジャンジャンネット上に溢れまくってます」
「…………見せてくれ」
俺は険しい表情を顔に貼り付けて、詩のぶが次々と切り替えていくニュースを眺める。
東京で上村の亡命を知った俺と比嘉屋は、互いに協力することを約束してその場を別れた。俺は俺で動くために、そして比嘉屋は円卓評議会なる謎の歴史改変組織を通じて動いてくれる予定だったのだが……その矢先に発生したのが、このタイムズスクエアにおける、史上類を見ない規模のダンジョン災害。
「ダンジョンから発せられてる怪電波が、アメリカ中のPC端末のセキュリティを解除しまくってるんですって。オンラインのPCは全部やられてて、電源を切ってコンセントを抜いて完全にオフラインにしないと、情報が全部抜かれちゃうらしいです。アマゾンのAWSも落ちて、いろんなサービスが利用できなくなってます。キャッシュレス決済とかもほとんど飛んでますね」
「俺がニュースで見た時は、ニューヨーク全域って話だったが」
「ものすごい勢いで拡大中なんです。ザッと概算すると、あと二日もあれば世界全体に広がるだろうって。そうなったらマジで、インターネット崩壊ですよ。現代文明の終わりですね」
詩のぶとそんなことを話していると、玄関の扉がガタンと開かれた。
買い出しに行っていたらしい多智花さんが帰ってきたのだ。
「水樹さん! 帰ってらしたんですね!」
買い物袋を下げた多智花さんは、俺を見るなりスマホ片手にワナワナと震えた。
「あの、た、大変なことになってますよ……!」
「ああ、わかってる」
「そうじゃなくてですね! 見てくださいよ、これ!」
そう言って差し出された多智花さんのスマホには、YourTubeの急注目ランキングが開かれていた。
そしてそのランキングは、真っ黒なサムネの妙な動画で埋め尽くされている。
「…………えっ?」
「…………なんだこれ」
急注目1位
『【衝撃】上村専務を嵌めたイギリスとアメリカの闇【ゆっくり解説】』
急注目2位
『【神回】実は悪くなかった!上村専務が悪くない理由とは』
急注目3位
『水樹了介の悪行で打線組んだら衝撃の結果にwwwww』
急注目4位
『【人間核爆弾】極悪人水樹了介の衝撃の過去をまとめてみた【人間の屑】』
「こんな動画が、ユアチューブに投稿されまくってて……」
スマホを俺たちに見せながら、多智花さんは画面をスワイプしていく。
急注目ランキングの下位も同様で、そこは上村専務を擁護する内容の動画と、俺への誹謗中傷を目的とした動画で埋め尽くされていた。まるでYourTuber全員が同じ内容の動画を投稿しているかのような、俺と上村関係以外の動画は全てシャットアウトされているかのような、異常という他ない光景だ。
「なんだ、これ……?」
わけのわからない状況に、俺の口からはそんな動揺の声しか出てこない。
「ぜんぶ黒背景に字幕が流れるだけの動画なんですけど……」
「……うわっ。ツミッターのトレンドも埋め尽くされてる」
そう呟いたのは、自分でスマホをいじり始めた詩のぶだ。
「上村って人と水樹さんで、トレンドが1から10まで埋め尽くされてますよ」
「……なんで? どうして?」
「同じような投稿が、謎ユーザーから万単位で連投されまくってるんです。それが話題になって、連鎖的に……運営も対応できないみたいです」
「…………どうなってる?」
俺はスマホを取り出すと、一番新しい連絡先を呼び出して電話をかけた。
出てくれるか心配だったものの、彼は2コールで応じてくれる。
「もしもし、比嘉屋社長ですか」
『水樹君。かかってくると思っていた。YouTubeやTwitterを見たか?』
「ユアチューブとツミッターだよな? ええと……」
俺は頭を抱えながら、彼にどう聞けばいいのか迷った。
「色々と、わけのわからないことになってます。これは何が起こってるんですか」
『十中八九、スキルワームの影響だろう』電話口の向こう側で、比嘉屋はそう言った。『スキルワームが覚醒状態に入り、世界規模の情報災害を引き起こしている。あのタイムズスクエア・ダンジョンはいわば台風の目であり震源地で、そこから無際限の情報改竄が巻き起こっている』
「覚醒とは?」
『君のスキルブックも経験したものだ。わかるだろ?』
そう問いかけられて、俺は一瞬固まる。
俺に直接接続し、全操作状態へと移行することによって文字通りの爆発的かつ規格外の威力と操作性を誇るに至ったスキルブック。
それと同じことが、エクスカリバー……いやスキルワームにも起こったのならば。
『いまやスキルワームは上村を真の所有者として認め、その真の能力を爆発させている』
電話口の向こうの比嘉屋はそう続けた。
「この覚醒状態ってのは、以前にもあったのか?」
『過去には最初の所有者であるアーサー王が、この覚醒状態に入ったらしい。今日まで語り継がれるアーサー王の伝説、円卓の騎士たちの華々しい活躍、魔術師マーリンの逸話……それらは全て、アーサー王の下で覚醒状態に入ったエクスカリバーによる国家規模の情報災害と歴史改変によるものだと推測されている』
「タイムズスクエアのダンジョン化は? それもスキルワームの覚醒によるものか?」
『スキルワームにそのような能力があることは確認していない。だが予想はできる』
「聞かせてくれ」
俺がそう返すと、比嘉屋は考え込むような間を置いた。
『おそらく……上村は、亡命先のアメリカで暗殺か拷問に遭ったのだろう。CIAの目的はスキルワームであって上村ではないわけだから、始末されてスキルを強奪されそうになったのだ。そこで極限状態に陥った所有者である上村を保護するため、スキルワームが覚醒……もしくは暴走。彼を保護しようとした』
「それで、なぜいきなりダンジョンが?」
『つまりスキルワームは、『周囲一帯の地域で大規模なダンジョン災害が発生した』という形に現実を改竄して、所有者を外界から保護しようとしたのかもしれない。ダンジョンの奥深くならば、たとえ国家権力であろうと手は出せない。本能的な引きこもり作戦に出たわけだな』
「だとしたら、これからどうなる?」
『どうにもわからんが。とにもかくにもどういう間違いか、スキルワームはあの上村を真の所有者として認めてしまったわけだ』一拍開けて、比嘉屋は続ける。『この情報災害は、もっと進行するだろう。上村と完全に結びついたスキルワームは、次に彼の欲求を満足させようとしている。ダンジョンの奥深くで身の安全が確保できたなら、次は社会的な欲求、もしくは危機意識を充足させようとしているのかもしれない。彼を擁護する目的の、わけのわからない動画や投稿の数々を見ただろ』
YourTubeやTmitterを絶賛ジャック中の、謎すぎるテキストと動画の群れのことだ。
『この世界全体が、上村にとって安全な場所になるよう改竄され始めている。彼に危害を加えたり非難しようとする人間も、不利な証拠も存在しない。あるのは彼にとって都合のいい無数の証拠だけ。彼にとって理想の世界への改変、情報の改ざんというわけだ』
「アホすぎるにもほどがある」
俺はそう吐き出さずにはいられない。
『手近な情報であるネットワークから標的になっているが……すぐに歴史や文書、書物に映像記録など、様々な情報に改変が及ぶだろう。本体である上村にとって都合がいい形で、全てが塗り替えられる』
「だとしたらどうする? どうやって止める?」俺は続けて聞いた。「正直なところ、世界がどうなろうとわけのわからないことになろうと、俺にとってはそこまでどうだっていい。重要なのはキャロルの病状で、そのためにはエクスカリバーが必要なんだ」
『それも含めて、こちらのメンバーで考えている。あらゆる手段を尽くすつもりだから、君もすぐ動けるように待機しておいてくれ』
「わかった」
そこで、比嘉屋との通話がプツリと切れる。
「……くそっ」
スマホをその場に放り投げると、俺は軽く頭を抱えた。
そうすると、横で通話を聞いていた多智花さんは、俺におずおずとして聞いてくる。
「これから……どうするんです?」
「…………」
多智花さんの問いに、俺は即答できない。
正直、どうするもこうするもあるのだろうか。一切合切何が何だか意味不明かつ混沌としていて理解に苦しむ現象と状況の中で、頭を抱える以上に実りのある行動があろうか。エクスカリバー/スキルワーム、英国、米国、小和証券、円卓評議会なる謎の歴史改変組織。そして事態はもはや、教科書に載ること間違いなしレベルの世界的事故にまで発展している。
こんな破滅的状況の中で、一体何をどうしろと言うのだ。
だが何をどうするかが全く見えなくとも、残念ながら、やらなければならないことは明白なのである。
「……上村を、叩く」
俺は絞り出すようにして、そう言った。
「スキルワームを、奪い返すしかないだろ」




