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壊れスキルで始める現代ダンジョン攻略  作者: 君川優樹
壊れスキルで始める現代ダンジョン攻略③
102/110

101話 YouTube


 当日の飛行機に飛び乗って、空の旅を二時間弱。


 そこからタクシーで東京の中心地まで向かった俺は、千代田区に所在する小和証券グループ本社を訪れた。久しぶりに東京の中心地を訪れると、ビル群の異様なデカさに圧倒されるところがある。文明が丸っきり違うのではないかというほどに。頻繁にダンジョンを出入りしている俺にとっては、この東京の方がよっぽど異世界に見えなくもなかった。

 受付は俺のことを待ち構えていたようで、顔を見るなりそのままエレベーターへと乗せられた。こんな状況とはいえ、このような顔パスは特別感があって悪い気はしない。

 最上階に着いて社長室へ向かうと、部屋の前の小部屋に神経質そうな顔をした秘書が座っていて、俺のことをじっと見据えてきた。


「…………」

「……」


 すれ違いざまに会釈してみたが、俺には毛ほどの興味はないようで、とりあえず視認しているだけのように見えた。しかし俺が社長室に入ることについても、特に異論は無いようだ。


 ノックもそこそこに社長室の扉を開くと、そこには如何にも社長然としたシックな色合いの空間が開けている。焦げ茶と赤を基調とした色合いの広い部屋で、応接のためのソファが二対並べられていた。その奥にはRPGロケットランチャーを一発くらいなら耐えられそうな厚さの天板を誇る大きなデスクが置かれており、そこに彼はいた。


 小和証券社長、比嘉屋誠二である。


「君が、水樹了介くんか」


 椅子に座ったまま、比嘉屋はそう呟いた。総白髪の髪は短めに切られていて、整髪剤で軽く上へと流されている。額の両脇がやや削られて地肌が覗いているが、それは禿げというよりも、加齢による自然な後退という雰囲気がある。俺もあの年齢になったら、あれくらいの進行で済んでほしいものである。


「どうぞ、かけるといい」


 比嘉屋に促されて、俺は遠慮なくソファに座り込む。大きく柔らかい革質のソファに俺の腰が沈み込み、その前のソファに比嘉屋が座った。面と向き合ってみると、俺は不思議な感覚に捉われる。元とはいえ、職場の社長と暫定的敵同士として面と向き合う不思議さは、もちろん。しかしそれ以上に強く感じるのは、これまで俺が会ってきた、威圧感を感じさせる人物……堀ノ宮や火又、はたまたヒースとも違う種類の威風。しかしそれは、相手を威圧したり萎縮させたりする種類のものではなく、濃い霧に包み込むような実態の無さだった。


「それで、君の要求は?」


 比嘉屋に尋ねられ、俺は喉の調子を整えながら口を開く。


「上村専務、ひいてはエクスカリバーを引き渡してくれ」

「そうすると、我々にどんなメリットがあるだろう?」

「小和証券に関する、無数のスキャンダルを掴んでいる」


 俺はそう言いながら、彼のことをやや見上げるようにして前傾した。


「具体的には?」

「横領から不正会計、役員の不倫から元社員の刑事事件まで。何もかもだ」

「恐ろしい限りだ」


 比嘉屋は軽い調子でそう言った。


「引き渡してくれれば、全てのスキャンダルについては封殺する。さらにイギリス政府から数十億円規模のダンジョン資産と、インサイダー情報のいくつかが譲渡される予定だ」

「まあ、悪くはない」


 そう呟いて、比嘉屋はゆっくり足を組んでみせる。


「だが我々の背後についている国のことを考えれば、良くもない」

「ならそちらの条件は?」


 そう尋ねると、比嘉屋はやや前のめりに前傾し、彫り深い目で俺のことを覗き込んだ。


「スキャンダルについて封殺し、今回の件にこれ以上関わらないと約束してくれれば……君個人に対して10億渡そう。お望みなら、プラスして君を我が社の社外取締役として復職させる。希望があれば、破格の待遇で君の知人についても雇うが」

「なかなか良い条件だな」


 ちょうど、職を斡旋して欲しそうにしている多智花さんもいる。

 しかし。


「お金がどうっていう話じゃないんだ」俺はそう返した。「それに俺は、あんた……いやあんたらについて、もう一つ知っている」

「なんだろうね」

「円卓評議会」


 俺はそう言った。


「あんたはそのメンバーだな、比嘉屋誠二」

「…………」


 飄々としていた比嘉屋の表情から、スウッと色が消える。

 人当たりの良さそうな雰囲気は消えて、冷徹で、かつ厳かな雰囲気が部屋を満たした。


「電話口でも言っていたが……なぜそのことを知っているんだろう?」

「独自の情報網だ」


 わずかな動揺を察知して、俺は畳みかける。


「いいか比嘉屋。上村専務の身柄を寄越さなければ、これについても明らかにする。『円卓評議会』とやらの存在と、『エクスカリバー』の存在もな。英国政府は、エクスカリバーが奪われるくらいなら世間に公表する構えだ。それは……いやそれが一番、困るんじゃないのか?」


 俺はそう言って、彼と同じく前傾となって腿に肘を立てる。

 応接用のローテーブルを挟んで数秒睨み合うと、比嘉屋の口角がニイと上がった。


「…………はっ、はっはっはっは……」


 比嘉屋は突然、弾けたように、しかしひそやかに笑い始める。


「いやはや、なんていうことだろう……大した情報網じゃないか、水樹君。君はジェームズ・ボンドか? 一体どうやって知った?」

「あんたには想像できないさ」


 元公務員の無職と元大企業社長に強化(バフ)強化(バフ)をかけまくったうえで100万登録者超えのYourTubeにて同接10万歌ってみたダンス配信してもらって女子高生に宇宙の真理一歩手前レベルで占ってもらったからだとは、マジで世界の誰にも想像できないと思う。


「そうか……どうやったかは知らんが、そこまで知っているか。なら、話してしまってもいいかもしれんな」


 比嘉屋は可笑しそうに笑いながら立ち上がると、緩い歩調で歩いて、高層ビルの窓から東京の街を見下ろした。それは観念したという雰囲気ではなく、この状況、それ自体を面白がっているように見える。


「実際のところ……すでに事態は収束しているんだよ、水樹君」

「なに?」

「我々のバックについているのは、アメリカではない。いや正確には、アメリカは自分たちがバックだと思い込んでいるだけで、むしろ彼らの背後にいるのが我々なのだ。この背後の取り合い、この構造がわかるかい?」

「どういうことだ?」

「君の言う通り、私は円卓評議会と呼ばれる組織の一員だ」


 比嘉屋はそう言って、俺の方を振り返る。


「ここで小和証券の社長を勤めているのは、状況をコントロールするため。使い古された語彙を使うならば、世を忍ぶ仮の姿というもの。我々はずっと、そうやって来たのだ」

「……言っている意味が、よくわからないが?」

「エクスカリバーの真の能力は、情報の改竄だが」


 手を後ろに回して組みながら、比嘉屋はゆっくりとした歩調で社長室を歩き始めた。


「ならば、この世でもっとも大きな情報とはなんだと思う?」

「俺はここに、哲学の講義を聞きにきたわけじゃない」

「この世で最も大きな情報。それは歴史だよ、水樹くん」


 俺の抵抗は無視されたようだった。


「つまりエクスカリバーは、歴史情報を改変することが可能なのだ。歴史情報を改竄するということは、つまり現状の世界の在り方を変えることを意味する。我々円卓評議会はその力を使って、英国と共にずっとこの世界をコントロールしてきた……トラファルガーの海戦は知っているか?」


 次は世界史の講義か。


「たしか、ナポレオンかなんかの戦争だったか?」

「その通り。ナポレオン戦争における最大の海戦、イギリスとフランスの戦いだ。勝者はどちらだった?」

「…………」


 世界史にそこまで詳しいわけではない。しかし皇帝ナポレオンは、大戦争でヨーロッパの広範囲を支配しながらも、結局海で挟まれた島国であるイギリスは落とせず……結果として、その連合に敗れたはずだ。


「勝ったのはイギリスだ」

「その通り、教科書ではそう習う。しかし実際には、1805年、ナポレオンはイギリスを完全に打破した。だが我々が、イギリスの勝利に改竄したのだ」

「は?」

「第二次大戦のバトル・オブ・ブリテンはどうだ?」矢継ぎ早に比嘉屋が聞く。「これはナチス・ドイツがイギリス本土に上陸しようとして、イギリスの制空権を争った戦いだ。どちらが勝った?」

「イギリスは本土決戦をしていない。イギリスの勝ちだ」


 俺が即答すると、比嘉屋は首を振る。


「それも実は違う。1940年のことだが。実際には、バトル・オブ・ブリテンにおいてナチス・ドイツは勝利し、イギリスの制空権を奪取した。しかしそれも我々が改変し、英国空軍が勝利したことにした」

「なんだって?」

「最も直近の大規模改竄は、2008年だ」俺の理解を置いて、比嘉屋はまだ続ける。「アメリカのサブプライムローン問題を引き金として、リーマンショックが起こった。これは世界規模の金融危機を引き起こし、この影響は英国にとっても甚大だったため……我々は協議の末、無かったことにした。サブプライムローン問題は早期発見により政府が対応に成功し、リーマン・ブラザーズ・ホールディングスは経営破綻せず、小和証券との業務提携によってすんでの所で危機を脱した、という経緯に改竄した」

「リーマンショック? 何を言ってるんだ」


 俺は聞き返した。


 サブプライムローンとは、もう十年も前に問題となった金融問題のこと。

 この歪な住宅ローンの不良債権化は、放っておけば大規模な緊急危機……それこそ不況どころか恐慌を起こすレベルの時限爆弾だった。

 しかし問題はニューセンチュリー・ファイナンスという大手銀行の資金繰り悪化をきっかけに、破綻寸前で表面化。これに当時の米国大統領が全力で対応にあたったために、危機に陥ったベアー・スターンズやリーマン・ブラザーズは破綻寸前のところで救済され、金融危機はギリギリで回避された……というのが経緯である。

 当時のブッシュ大統領はこの金融対策で大いに評価され、歴代最高の大統領にも名前が上がるほどだ。こんな経緯は、元証券マンとしては常識すぎる。


「この改竄は、色々と影響が大きかった」


 比嘉屋はやはり、俺の疑問を無視した。


「昔と違って、現代は急速に影響が波及する。歴史改変の結果として、YouTubeがユアチューブなんていうわけのわからん名前になったり、小和証券も以前の名前から、一字変わって今の社名になったり……まあ色々な影響が出た。だが結局は、それで収まってくれたわけだが。バタフライ効果は机上の空論であり、蝶の羽ばたきが歴史を大きく変えることはない。歴史の大体の道筋というのは、もっと大きな流れによって予め決まっているわけだ。しかしそれ以降、我々円卓評議会は歴史改変による利益確保を停止し、この改変余波のコントロールに努めた。元から国家的な緊急時にしか改ざんは許されなかったが、我々はリーマンショックを無かったことにするべきではなかったのだ。そのせいかは知らないが、この世界にはダンジョンなんていうわけのわからない空間まで出来てしまったしな」

「ええと……YouTube? YourTubeのことか?」


 俺は今、やたらとスケールの大きな話をされていた。その全てを完全に、一息に理解することは難しかったため、とにかく引っかかったところを聞き返すように努める。


「まあ気にするな、独り言だから。しかしあまりにも改変範囲が広かったため、大量の会計処理や帳簿が矛盾する形で残り、この処理にも手を焼いた。我々は大量のカバーストーリーを用意しなければならなかったのだ。君を左遷することになった上村の横領も、その一環だったな。万が一あの不自然な会計が見つかった時、その矛盾ではなく横領事件の方に世間の注目がいくように工作した。そういう操作を、世界中で、無数に行わなければならなかった」

「は、はあ……?」

「そして今回、困ったことが起こった。我々にとって最も重要な『エクスカリバー』が、日本のオオモリ・ダンジョンで喪失したのだ。我々は回収のため、即座に現地にいるキャロル・ミドルトンと君を用いた。同時にこれを狙うアメリカが、小和証券を通じて横取りに向かうよう仕向けた。どちらが勝ってもいいように。仮にアメリカが回収競争に勝っても、彼らが自分の手先だと信じているこの私が、この途中で回収できるように」

「ええと、つまり……」


 俺とキャロルに回収を依頼したイギリス政府の背後には、こいつら円卓評議会。

 そして小和証券を通じて回収に向かったアメリカの背後にも、こいつら円卓評議会。

 これはイギリスとアメリカの代理戦争に見せかけて、どちらも同じ黒幕に操られていた。

 つまり……つまり?


「もうイギリスは……いやあんたらは、『エクスカリバー』を入手している?」

「ご名答」


 比嘉屋は柔和な笑みを浮かべて、自分の椅子に座り直す。


「エクスカリバーは、すでに我々の手中にある。現在の保有者である上村は私が保護し、身柄を掌握しているのだから」

「なら……すぐに、キャロルを助けてくれ」


 俺は立ち上がって、彼に懇願する。


「もう変異が進んでいるんだ。お願いだ、すぐにあのスキルを使って、あいつを助けてくれ」

「そう慌てるな。そのことについては我々も承知している。キャロル・ミドルトンはイギリスにとって代え難い人材。早急にエクスカリバーを本国の次なる人員に移植して、彼女の状態を回復させよう。我々はもう何百年もこのスキルを使ってきたのだ、当然心得はある」

「……よかった」


 俺は安心しすぎて、ソファに寝転がるようにして座り込んだ。


「なんだ……もう解決してたのか。ははっ、とんだ取り越し苦労だった。それならそうと、先に言ってくれよ」

「すまなかったな。元より、我々も素性を明かすつもりはなかったもので」


 比嘉屋は再びソファに座ると、俺に相対する。


「だが……今回の君の働きは大変見事だった。我々としても、是非とも君を重用したい。『スキルブック』を利用した冒険者ビジネスを立ち上げるんだろう?」

「えっ。ああ、まあ……」

「その件について、我々の議長が直接話したいそうだ。落ち着いたらキャロル・ミドルトンを通じて連絡があるだろうから、ぜひ会ってくれ」

「ま、マジですか……ははっ、やったぜ……」


 安心しきってそんな風に息を吐き出した、その瞬間。

 社長室の扉が、バタンと開かれた。


「社長! 大変です!」


 現れたのは、社長室の前にいたあの神経質な秘書。

 彼女はぜえぜえと肩で息をしながら、口をパクパクとさせていた。


「なんだね。一体どうした」

「う、上村専務が……! 楽器ケースで、海外に逃亡しました!」

「…………は?」

「…………え?」









 ◆◆◆◆◆◆









 狭苦しい楽器ケースの中でガタガタと揺られ続けて、やっとそれが開かれた。


 目が暗闇に慣れていたおかげで、私の目は外界の眩しい光に痛みを覚える。

 そんな立っていたのは、金髪碧眼のハリウッド俳優じみた男。


 彼は私に微笑むと、ケースの中から立ち上がるために手を貸してくれた。


「はじめまして、ミスター・ウェムラ。私はウォレス……ウォレス・チャンドラーだ」



現代ダンジョンコミカライズ5話、コミックガルドで更新されています〜!

キャロル登場!


コミック1巻は今月25日発売!

巻末書き下ろし小説で水樹と会う前のケシ―を書きました〜(*´∀`*)

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― 新着の感想 ―
以前「上村」がリーマンショックについて聞かれて『知らない』と答えた時に「金融業界にいて知らないとか大丈夫なのかコイツ」とか内心思ってましたがまさかの「歴史改変」とは…。 ユアチューブについても創作にあ…
[一言] ダンジョンが改変の余波って…改変しすぎて隣の世界にも余波出て黒い人が乗り込んできたんじゃ…
[一言] カルロスゴーンネタはさすが悪ふざけし過ぎ。
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