100話 脳みそパンクしかけてるぅ〜!
『詩のぶに超特大規格外宇宙レベルの強化をしよう作戦』の概要を説明しよう。
『おおおっしゃああああっ!ケシーちゃんの出番っすね〜〜〜〜〜〜ッ!』頼んだ、ケシー!『芋虫になっちゃうかもしれない大々大ピンチのキャロルちゃんのために、小和証券にウエムラ専務およびエクスカリバーを引き渡してもらう必要がありまーーーす! その交渉材料を用意するため、シノブ氏に小和証券の全スキャンダルを占いによって探ってもらいます! これを手土産に小和証券社長と直接交渉して、ウエムラっちの身柄を引き出す作戦ですねーーーーっっっ!』
その通り! 小和証券現社長は、比嘉屋誠二! こいつごと引き摺り出す!『でもでも夢占いはご存知のフワフワ精度なので、この占いの出力を最大限まで上げるために、タチバナさんとホリノミヤさんの出番! 二人で『怪しい踊り』を使ってもらって、そこにズッキーさんがデカデカ指数関数バフをかけて、一緒にシノブ氏の心力値に強化をかけます! ライブはホリミヤチャンネルで再度決行! タチバナさんとホリノミヤさんには、今回のために専用の歌と踊りを覚えてもらいまーーーーっす!』その通り!『でもでも小和証券もウエムラっちの身柄知らなかったらどうするんです?』そのときはそのときだ!『いえーいズッキーさん行き合ったりばったりー!』とりあえずやれることやるしかないぞ!『脳みそパンクしかけてるぅ〜!』
ということで、俺は各員の調整にあたっていた。
「……本当に踊らないとダメなのか?」
作戦と称するのもおこがましい物について全て聞いた、いや聞いてしまった堀ノ宮が、完全に嫌そうな表情で尋ねる。
「堀ノ宮、頼むよ。今回のでもうチャラだ。自由の身だ」
「だとしても嫌なのだが?」
「もう告知したんだ。ホリミヤチャンネル、100万人突破記念感謝の電撃ライブだぜ。ほら、ギリギリでトレンド10位に食い込んでるぞ」
「だとしても嫌なのだが?」
「このコメントを見てみろ。お前の娘である蓋然性が非常に高いとかいう子だろ。めっちゃ楽しみにしてるぞ。友達と遊ぶ予定キャンセルしたらしいぞ」
「娘にこんな姿を見せられるわけないだろ」
「あと勝手にプレゼント企画を実施して、この子に当てた。ライブ中に当選発表するってもうDMで伝えたから。超喜んでたぞ。頼むよ」
「貴様……汚いぞ……」
「堀ノ宮、汚いのはお互い様だろ」
承知したのかどうかはわからない堀ノ宮から、今度は準備中の多智花さんに移る。
病院に行く都合上あのアイドル衣装から一度は着替えた多智花さんだが、もう一度着替え直してもらうことになった。本日の多智花さんは、私服よりもこのアイドル姿の時間の方が長いのではないだろうか。
「ええと……すいません。またよろしくお願いします」
負のオーラ全開でスマホを弄り倒している多智花さんに、俺はそんな声をかける。
「は、はい……まあ全然、これでキャロルさんが助けられるならですね……ええやりますとも。やりますともですよ……」
「が、頑張ってください。多智花さんの力が必要なんです」
「ええ……もう全然OKですよ……はい……ははは……」
どこか心配な感じで笑う多智花さんの口からは、魂的な何かが抜けていっているような気がした。
「もう、エゴサしたらめっちゃ出て来ますけどね……。爆乳音痴ダンスとかハッシュタグついてますけどね……」
「…………」
多智花さんのスマホを見てみると、そこには多智花さんがサムネの動画がズラリと並んでいた。
「すでにフリー素材化してますけどね……追加の素材提供になりますけどね……ははは……」
「た、頼みます……」
多智花さんから離れて、今度は配信準備中のキャロルの下に歩み寄る。
やや顔色が青白いキャロルは、ローテーブルの上でポチポチとパソコンのマウスを弄っていた。再びのライブ配信を始めるため、色々と準備しているのだ。
「身体の具合は大丈夫か?」
俺がそう聞くと、キャロルは肩を気にする感じでググッと動かす。
「だんだん、背中のムズムズが強くなってきてるがな……まだ大丈夫だ」
「……ちょっと見せてみろ」
キャロルの背中をはだけさせてみると、青痣のような模様がまた少し、広がっているのがわかった。そして、その肌の一部が……人の肌ではない、緑色の昆虫の殻のような何かに、瘡蓋が剥がれ落ちるようにして変異している。
「…………」
「どうだ、ミズキ。何かあったか」
「……いや、大丈夫だ。少し広がってるけど……も、問題ない」
「本当に?」
「……肌がちょっと虫的な何かになってるような気はするが、多分問題ない」
「問題あるだろ」
「問題ある。ごめん」
俺が謝ると、キャロルは深いため息をついて作業に戻る。
「まあ……心配しても良いことはないか。できることをやろう」
「……そうだな」
そう返した俺は、その場を後にして工事を手伝い始める。
…………あと、どれくらいの時間があるんだ?
二日か三日……
いや、もっと少ないかもしれない。
そもそもエクスカリバーを手に入れたとして……本当に、
キャロルを治せるのか?
■■■■■■
全ての準備が完了した。
あるいは完了してしまった。
詩のぶは睡眠薬を服用し、完全防備体制で布団に入って準備完了。
その目の前に設営されているのは、独身無職の賃貸をダンスステージへと急ピッチで改築してしまった大家卒倒間違いなしREAの財力で許してもらうしかない的な劇的ビフォーアフターが準備完了もとい設営完了。
その費用と労力をかけまくったわりには狭すぎる貧相な即席ステージに立つのは、額と眉間に皺を寄せまくった堀ノ宮秋広54歳である。
「………………」
どういった種類の感情なのか判然としない表情で立つ堀ノ宮は、いつもの高級スーツから男性アイドルグループ『ヘイ!セイ!ダンジョン!』のペラペラ衣装に着替えており、それなのに謎の貫禄と威圧感を漂わせている。齢50を過ぎてもアイドル衣装がサマになるのは日本中探してもこの堀ノ宮くらいだろう。というより、堀ノ宮は若い頃そこそこ美形のイケオジかつ手足と身長の長さに恵まれた外人体型なので、元大企業社長の末路的なこんな衣装に身をやつしても悲惨さは全く感じないどころか一種の前衛芸術的なアトモスフィアを感じさせる。やはり人は見た目が9割なのか。俺にもあんな恵まれたDNAがあれば。
そしてその隣に立つのは、閻魔大王でさえ判決に躊躇しそうな地獄のオーラを漂わせている多智花さん24歳である。
「…………」
彼女のアイドルコスプレの似合い方は言わずもがな。散々語ったところであるので以下省略。強いて言うならペラペラ学生風のアイドル衣装に着られてる感じは一切なく、むしろ「仕方ないから着てやっている。この恵まれたボディに纏わりつくことに感謝して恐れ慄いて欲しい」という風格を漂わせている。
彼ら二人の周囲を勢揃いで取り囲むは、無駄に3カメと撮影用照明まで用意されたテレビ局顔負けの撮影機材と、それぞれカメラマン・照明・音響・応援等の持ち場に付く屈強なREAの隊員たち。ついでにケビンは音響担当。
そしてカメラから映らない位置に置かれたローテーブルに陣取るは、パソコン機器操作に従ずるド裏方、俺とキャロルである。
そんな、完璧な布陣の中で…………
「くぅ……」
待ちに待った詩のぶの寝息が聞こえた瞬間、俺たちは体をビクリと反応させた。
「寝たぞ! スキルブック!」
カードホルダーを展開した俺は、準備していた強化を二人に付与する。
「ええと、『催眠強化』! 掛け合わせで『手を取り合う増幅』×10! もう一回!」
俺が手早くバフを済ませると、堀ノ宮と多智花さんは『怪しい踊り』のスキルカードを使用した。
「配信開始!」
機を見て叫んだのは、ホリミヤチャンネルの配信ボタンを押すキャロルだ。
「Music Start!」
言わずもがな、音響のケビンである。
ジャーーーーーーーン!
巨大なスピーカーからアパート一棟丸ごとREAが買い取っていなければ即警察沙汰間違いなしの大音量で流されたのは、某人気アイドルグループの大ヒット曲。そのキラキラなカラオケ音声をバックに、堀ノ宮と多智花さんはマイクを握る。
「ホリノミヤチャンネル〜♪」
「百万人登録ありがとう〜!♬」
ややギクシャクとした二人のデュエットで歌われる大音量の替え歌は、スピーカーからさらに鳴り響いて部屋を震わせた。アイドル曲の替え歌は、あくまでホリミヤチャンネルの登録者数を祝う内容。これは現在二十万人を突破している視聴者の皆様にあくまで真剣にライブを応援してもらい、『怪しい踊り』の強化効率を最大限まで高めるため。
「今日までの道のり〜♬」
相変わらずの憮然とした表情で振り付けをこなす堀ノ宮の歌声は、お世辞ゼロのマジ上手。彼はきっとなんでも出来る人間なのだろう。
「視聴者との道のり〜!♪」
やや音程の外れた裏声で歌い上げるのは、運動神経の片鱗すら見せてくれないうえに堀ノ宮と視聴者が一緒に歩んだ道のりとは一切関係無い多智花さん。彼女の歌声はお世辞にも上手いとは言えないが、その分は恵まれすぎたスタイルでカバーしている。たぶん。『好意的観測ぅ〜!』
スキルブックによる巨大バフがかけられた二人の『怪しい踊り』は、強化効率が上がりすぎて周囲に奇妙なオーラを出現させていた。それが広くない部屋の中で怪しく渦巻いて降り注ぐ先は、強化先である睡眠中の詩のぶである。
「これからも〜毎日更新〜♬」
「がんばって〜いきま〜す!♪」
ホリミヤチャンネルを毎日更新するつもりは絶対にない堀ノ宮と、ホリミヤチャンネルを頑張る気があるわけもない部外者多智花さんの奇跡的なデュエット。二人のライブは視聴者をおおいに興奮もしくは混乱させて、もはや危険なのではないかというレベルの強化の嵐を吹き起こす。
渦巻くオーラが部屋全体を揺らし始めた所で、俺はキャロルに耳打ちした。
「キャロル! これもしかしなくても、やばいんじゃないのか!?」
「あ、ああ! そろそろ止めた方がいいかも!」
俺たちがそんな風に心配し始めた頃……
「ぐぅぅおおおおおおぉあっ!? ひええっ!?」
強化の嵐を一身に受け止めながら就寝していた詩のぶが、絶叫しながらガバリと起き上がった。
その瞬間、配信は全ストップ。曲はちょうどキリの良いところまで歌い終わった所だったので、視聴者的にもギリギリ満足な内容であっただろう。コスプレ堀ノ宮と謎のイリュージョンも見られたわけだし。
急ぎ詩のぶの傍に駆け寄った俺は、特A級の悪夢を見ていたらしい詩のぶの背中をさする。
「どうだ、詩のぶ! 何かわかったか!?」
「えっ!? いや、はい! バッチリ! 何か見えちゃいけない物まで見えそうな気はしましたけど! 理解しちゃいけない宇宙の真理的なモノが見える一歩手前だったような気がしますけども!?」
堀ノ宮&多智花さんによる超特大規格外宇宙レベルの強化で宇宙の全てを理解する寸前に至った詩のぶは、小和証券の知られざる秘密を洗いざらいというか当社の社長ですら絶対に知らないような絶大スキャンダルまで文字通り全ての情報を手に入れてくれた。
それらの情報を一気に詰め込まれて脳にかなりの負荷がかかったらしい詩のぶは、それを忘れないうちにメモしておくため、頭をグラグラとさせながらパソコンのキーボードをバチバチと打ち続けている。
「……詩のぶ、まだあるのか?」
「ええまだありますよぅ。不正会計に帳簿外債務に現役員の不倫から横領数十件に元支店長の知られざる未解決殺人から変態性癖から何から何まで、全部夢で見ちゃいましたからね〜!」
「……もうワードファイルが30枚超えそうだけど、そろそろ休んだ方良いんじゃ無いのか?」
「いーやまだまだ書きますねー! というか、一回アウトプットして出しておかないと頭がおかしくないそうなんですよねー! なんかもうアッチの世界に行っちゃうギリギリまでインプットしちゃったもので〜!」
「まあ、任せた」
一心不乱にキーボードを叩き続ける詩のぶの横に座り、俺は使えるスキャンダルを一つずつピックアップしていく。しかしよくもまあ、ヤバい情報がこれほどわんさかと湧いて出て来るものだ。いまや従業員数2万人近い小和証券グループとその歴史を考えれば、これくらい出てきておかしくないのかもしれないが。
詩のぶの高速タイピングで綴られるスキャンダルの雨霰を眺めていると、俺はその中の一文に目を止める。
「待て、詩のぶ。これはなんだ?」
「え? どれですか? 山師名支店の営業課長が児童ポルノ所有しまくってる奴ですか?」
「いや違う、これだ」
俺はそのキーワードを指し示すため、ディスプレイに直接指で触れた。
「これは……」
「えんたく……『円卓、評議会』?」
綺麗な明朝体のドットで表記されたその文字列を眺めて、詩のぶは息を巻く。
「あ、そういえば」
◆◆◆◆◆◆
スマートフォンに電話番号を打ち込み、そのまま電話を鳴らす。
かけた番号は、俺の連絡先に元から入っていたものではない。
あのオオモリ・ダンジョンにて、上村専務から聞き及んだ番号である。
待機音からスリーコールで接続すると、彼は電波の向こう側で低く厳かな声を漏らした。
『もしもし』
「小和証券社長、比嘉屋誠二だな」
『そういう君は誰だろう』
「元社員の水樹了介だ」
そう言い放った俺は、彼に何か言わせる間もなく続ける。
「直接話がしたい。今からそっちに向かってもいいかな」
『私にそのメリットがあるかな』
「『円卓評議会』について話したくないか?」
俺がそう言うと、受話口の向こうで数秒の沈黙があった。
『話したくはないが、話す必要があるかな』




