人を殺した話
城下町へと続く道は、朝から人でごった返していた。
「……よし。団子、味噌、墨、そして師匠の酒…これで全部かな」
買い物籠を肩にかけた結は、商家の喧噪から一歩離れ、人気の少ない林道を選んで歩いていた。木漏れ日がちらちらと落ち、風が涼しい。帰路としては申し分ない。
だが──
「……あれは、」
草むらの中、倒れ伏した人影が見えた。
思わず足が止まる。だが結は動揺することなく、そっと近づいていった。
◇
横たわっていたのは、まだ若い男だった。結と同じくらいの年頃に見える。衣は乱れ、顔には切り傷。手には血のついた小刀が握られている。
そして、足元には別の男の死体があった。
「……殺したの?」
「……ああ」
青年は息を吐くように言った。虚ろな目で、結を見上げてくる。
「…怖くないのか?」
「……」
結は何も答えず、買い物籠の中から団子の包みを取り出した。
「お腹は空いてる?」
「……え?」
「吐口を求めている顔をしてる」
青年は驚いたように瞬きをしたが、やがてふらふらと岩に腰を下ろした。
結はその隣に座り、串団子を一本、差し出す。
◇
「……俺の母親は、あの男に売られたんだ」
団子を咀嚼しながら、青年は語り始めた。
「売春させられて、殴られて、最後は好きに身体を触られ殺された。奉行所に訴えても、“証拠がない”の一点張りだった。……だから、俺がやった」
結はよくある話だな、と思って聞いていた。
ふと青年は口を開く。
「…なんで、君のような女子が殺しを見て驚かないんだ?」
少しの間。結は他人事のように話し始めた。
「……私が最初に人を殺したのは十の時だった」
「師匠が、私の歳に合わせて仕事の幅を広げた。依頼の内容は伏せるが、やむを得ずこの二刀で人を殺した。五日寝込んだ」
結は空を見上げた。風が木々を揺らす音だけが耳に届く。
「次は二ヶ月後。今度は他人の子供を誘拐して、好き勝手やってた女の退治。殺されそうになって、先に殺した。二日寝込んだ」
青年は黙ったまま、団子の串を見つめていた。
「十四になった頃には、血の匂いが染み付いてしまって、もう慣れた。自分には殺しの才があると、とある依頼主に言われた時は少し虚しくなった」
◇
しばらくの静寂。
結は団子の最後の一本を口に運んだ。
「人の命が羽のように軽いこの時代で、清く生きようなんて無理なんだと最近悟った。私たち若者が出来ることは、将来平和な国になっていますようにと祈ることぐらいだよ」
「……」
青年は黙って聞く。
「だからあまり気にするな。死人は戻ってこない。…でも、慣れるというのはおすすめしない」
青年は思わず聞いた。
「……君、名前は?」
「名乗るほどの者じゃない」
結は立ち上がり、買い物籠を肩にかけ直す。
「そろそろ帰らないと。師匠が晩酌を始める頃だし」
歩き出そうとした瞬間、背後から声がかかった。
「……ありがとう」
「なんのお礼?」
「団子の礼とでも思ってくれ。またどこかで会えたら…今度は茶でも奢らせてくれ」
「…分かった。楽しみにしてる」
結は振り返らず、林の奥へと歩いていった。
青年の背には、未だ血の跡が残っていたが、その表情は、ほんの少しだけ晴れていた。
◇
帰路の途中、小さくつぶやいた。
「……人を救ったのか、迷わせたのか…どっちだろ」
誰にも届かぬ問いが、木の葉を揺らし、遠く消えた。




