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室町異聞  作者: 辻桃
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人を殺した話

城下町へと続く道は、朝から人でごった返していた。


「……よし。団子、味噌、墨、そして師匠の酒…これで全部かな」


買い物籠を肩にかけた結は、商家の喧噪から一歩離れ、人気の少ない林道を選んで歩いていた。木漏れ日がちらちらと落ち、風が涼しい。帰路としては申し分ない。


だが──


「……あれは、」


草むらの中、倒れ伏した人影が見えた。


思わず足が止まる。だが結は動揺することなく、そっと近づいていった。



横たわっていたのは、まだ若い男だった。結と同じくらいの年頃に見える。衣は乱れ、顔には切り傷。手には血のついた小刀が握られている。


そして、足元には別の男の死体があった。


「……殺したの?」


「……ああ」


青年は息を吐くように言った。虚ろな目で、結を見上げてくる。


「…怖くないのか?」


「……」


結は何も答えず、買い物籠の中から団子の包みを取り出した。


「お腹は空いてる?」


「……え?」


「吐口を求めている顔をしてる」


青年は驚いたように瞬きをしたが、やがてふらふらと岩に腰を下ろした。


結はその隣に座り、串団子を一本、差し出す。



「……俺の母親は、あの男に売られたんだ」


団子を咀嚼しながら、青年は語り始めた。


「売春させられて、殴られて、最後は好きに身体を触られ殺された。奉行所に訴えても、“証拠がない”の一点張りだった。……だから、俺がやった」


結はよくある話だな、と思って聞いていた。

ふと青年は口を開く。


「…なんで、君のような女子が殺しを見て驚かないんだ?」


少しの間。結は他人事のように話し始めた。


「……私が最初に人を殺したのは十の時だった」





「師匠が、私の歳に合わせて仕事の幅を広げた。依頼の内容は伏せるが、やむを得ずこの二刀で人を殺した。五日寝込んだ」


結は空を見上げた。風が木々を揺らす音だけが耳に届く。


「次は二ヶ月後。今度は他人の子供を誘拐して、好き勝手やってた女の退治。殺されそうになって、先に殺した。二日寝込んだ」


青年は黙ったまま、団子の串を見つめていた。


「十四になった頃には、血の匂いが染み付いてしまって、もう慣れた。自分には殺しの才があると、とある依頼主に言われた時は少し虚しくなった」



しばらくの静寂。


結は団子の最後の一本を口に運んだ。


「人の命が羽のように軽いこの時代で、清く生きようなんて無理なんだと最近悟った。私たち若者が出来ることは、将来平和な国になっていますようにと祈ることぐらいだよ」


「……」


青年は黙って聞く。


「だからあまり気にするな。死人は戻ってこない。…でも、慣れるというのはおすすめしない」


青年は思わず聞いた。


「……君、名前は?」


「名乗るほどの者じゃない」


結は立ち上がり、買い物籠を肩にかけ直す。


「そろそろ帰らないと。師匠が晩酌を始める頃だし」


歩き出そうとした瞬間、背後から声がかかった。


「……ありがとう」


「なんのお礼?」


「団子の礼とでも思ってくれ。またどこかで会えたら…今度は茶でも奢らせてくれ」


「…分かった。楽しみにしてる」


結は振り返らず、林の奥へと歩いていった。


青年の背には、未だ血の跡が残っていたが、その表情は、ほんの少しだけ晴れていた。



帰路の途中、小さくつぶやいた。


「……人を救ったのか、迷わせたのか…どっちだろ」


誰にも届かぬ問いが、木の葉を揺らし、遠く消えた。


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