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飲み友達でニート仲間の女の子が『可愛すぎる女優』とバズっているらしい  作者: 剃り残し


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平日昼間の家電量販店のマッサージチェア売り場というのは死んだ大人たちの巣窟だった。


そこには、労働によって背骨を軋ませた大人たちが、死んだような顔で並んでいる。


彼らは皆、最高級モデルのマッサージチェアに身を沈め、一時の快楽を貪っているが、誰一人として購入する気配はない。


遅めの朝食を取り終えた俺と帆夏は、その一部として黒革のシートに埋もれていた。


背中をいくつものローラーが蠢き、俺の凝り固まった身体をほぐしてくれている。


「……潤。それ、もう終わった?」


隣から、くぐもった声が聞こえた。


見ると、隣の「ロイヤル・ファーストクラス・モデル(五十八万円)」に、巨大な黒い塊が沈んでいた。


黒のパーカーに黒のキャップ、黒のマスク。全身を黒で統一した帆夏だ。彼女は今、女優としてのオーラを完全に遮断し、ただの疲れた有機物になり果てている。


さすがにまだ街中で話しかけられるほどではないけれど、SNSでは見かける場面が増えてきたので、簡単な変装はしていても損はしないだろう。


「あと三分ある。この『無重力コース』は最後にふくらはぎを圧迫して終わるんだ。それが一番の山場だね」


「ふーん。私の『社長コース』はもう終わっちゃった。ってかさ、店員さんの視線が痛い気がする」


「気のせいだよ。店員は今、冷蔵庫売り場で値切り交渉をしている客の対応で忙しい。俺たちは風景の一部だって。展示品だと思えばいい」


「ふふっ。無料でマッサージしてもらえる場所があるって言って来てみたらこことはね。相変わらずのニートっぷりだ」


「なら、帆夏さんが購入してくれてもいいんだよ?」


「やー、部屋に置く優先度が低いからなぁ。まだ他に置かないといけないものがたくさんある」


「例えば?」


「冷蔵庫?」


「ないの!?」


「ふふっ。冗談」


「それ、下のフロアで言ったらスススって店員が近寄ってくるまである発言だよ」


「思わせぶりなこと言っちゃった」


「良くないよ」


「ん。あと、部屋に彼氏も置きたいんだよねぇ」


「あ、思わせぶりなことまた言ってる」


「ふはっ……バレたか」


俺たちは並んで中身がすっからかんな会話をしながら天井の蛍光灯を見上げていた。


眩しすぎる光。商品棚に並ぶ無数のドライヤーやシェーバー。ここにある全てが「生活を豊かにする」と謳っているのに、俺たちの心は砂漠のように乾いている。


「ね、潤。人間ってさ、なんで肩が凝ると思う?」


「頭が重いからじゃないの? 構造的な欠陥だよ」


「ま、それも一理ある。けどね、私が思うに言いたいことを飲み込むからじゃないかなって」


「というと?」


帆夏はリモコンをカチャカチャと弄りながら、独自の理論を展開し始めた。


「言葉には質量がある。言えなかった言葉は、喉を通って食道を逆流して、肩甲骨のあたりにヘドロみたいに溜まるんだよ。だから、肩こりは『沈黙の堆積物』なの」


「……なるほど。じゃあ、俺のこの右肩の痛みは、昨日の夜、サブスクの解約手続きが複雑すぎて画面に向かって吐き出せなかった呪詛の重さか」


「そそ。あと、私の腰痛は、昨日のオーディションで『もっとフレッシュな笑顔で!』って言われた時に飲み込んだ、『フレッシュって何だよ、レモンかよ』っていうツッコミの重さ」


帆夏は深いため息をついた。


「大変だねぇ……」


「後は、『潤ってデートでもこういうとこ連れていくのかなぁ。大丈夫かなぁ』っていう老婆心を飲み込んだのが首元に溜まってる」


「なわけないでしょ!?」


「じゃ、どこ行くの?」


帆夏が身体を起こして俺の方を見てきた。その気だるそうな目の奥には好奇心が渦巻いている。


「おっ、教えないよ」


「ほうほう。『俺と一緒に行けば教えてやるよ』ってことね」


「言ってないよ!?」


「また言葉を飲み込んだ、と。私と同じだね」


帆夏は無理やりな解釈をして、またチェアに身体を預けた。


「有名になるって、誤解されることの総量が増えることなんだね」


「名言っぽいけど、ただの愚痴だね」


「ふふっ。暇人なんだし聞いてくれたっていいじゃん。みんな私が『絶望を演じている』と思ってるけど、あれ、素だからね。演技力じゃなくて、生活力だから」


帆夏は、マッサージチェアのアームレストに頬を押し付けた。潰れた頬が、ハムスターみたいになっている。


「潤くんはいいよね。本物の無職だから」


「褒められてる気がしないね」


「本物には勝てないよ。私なんて所詮、ファッション無職だもん」


マッサージチェアがウィーンと唸り、俺のふくらはぎをギュウギュウと締め付けた。


痛い。けれど、気持ちいい。


この痛みは、誰かに「ここにいていいんだよ」と強く抱きしめられている感覚に似ている。機械的な愛撫だが、今の俺にはこれで十分だ。


「そういえば、星乃ちゃんはどうしてる?」


「ああ、星乃? 楽しんでるみたいだよ。店長に『まかないの唐揚げが小さい』ってクレーム入れたらしいけど」


「採用から数日ですごいね」


「あの子、最強だから。潤くんのことも気に入ってたよ。『あの死んだ目は才能だ』って」


俺は天井を見上げたまま、苦笑した。


「俺は才能なんて欲しくないんだよ。ただ、平穏に息をして、たまに美味しいものを食べて、誰にも怒られずに眠りたいだけなんだ」


「それ、一番難しいやつじゃん。高望みだよ」


「そうかな」


「そうだよ。だって、ここにあるマッサージチェアだって、五十八万円払わないと家には置けないんだよ? 平穏はタダじゃない」


帆夏はそう言うと、マスクを少しずらして、ポケットから何かを取り出した。


手にしているのは小さな飴玉だ。


「はい、お給料」


「……何これ」


「のど飴。さっき星乃に貰ったの。『パイセンに渡しといて』って」


「なんで俺に」


「『声枯れてそうだから』って。あの子の中で、潤くんはどういうキャラ設定になってるの?」


俺は飴を受け取った。ハチミツ味。包み紙には『あきらめないで!』という、受け取り手によっては猛毒に近いポジティブなメッセージが印刷されていた。


「……食べるけどさ」


「ん。食べて。糖分は脳のガソリンだから」


俺は飴を口に放り込んだ。人工的な甘さが広がる。


ちょうどその時、俺のマッサージチェアがプシュウと音を立てて停止した。「無重力コース」の終了。重力が倍の重さになって戻ってきたように感じる。


「終わっちゃった……」


「ん。私の『社長コース』もとっくに終わってる」


俺たちはしばらく、動かなかった。というか、動きたくなかった。


この椅子から立ち上がった瞬間、俺たちは「客」ではなく「不審者」に戻る。


そして、この快適な桃源郷から放り出され、また重たい頭と、言えなかった言葉の質量を背負って、歩き出さなければならない。


「ね、潤」


「ん?」


「あと一回だけ、やっていいかな? 今度は『骨盤矯正コース』」


「……いいけど。店員と目が合ったら、すぐに『検討します』って顔をするんだよ」


「ん。演技力、見せつけるね」


帆夏は真剣な目で頷き、再びリモコンのボタンを押した。


ウィーンという駆動音が、二人の間に響く。


俺もこっそりと、「疲労回復コース」のボタンを押した。


外はきっと、まだ明るい。


でも、もう少しだけ。


この偽物の無重力の中で、俺たちは世界から逃亡し続けることにした。


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