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飲み友達でニート仲間の女の子が『可愛すぎる女優』とバズっているらしい  作者: 剃り残し


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7

 図書館の裏手にある、いつものテラス席。


 俺は文庫本を開いたまま体勢を崩し、活字の上で目を滑らせていた。


「いた。オリジナルだ」


 不意に、頭上から声が降ってきた。


 聞き覚えのない声に不思議に思いながら顔を上げると、帆夏と、その隣にもう一人、極彩色の生き物が立っていた。


「……誰?」


 俺の問いかけに、その少女は、値踏みするような視線を俺に突き刺した。


 腰まである黒髪のインナーカラーは鮮烈な赤。古着のバンドTシャツに、ジャラジャラと揺れるシルバーチェーン。


 彼女は俺の顔をジロジロと見て、それから帆夏に向かって頷いた。


「姉ちゃん。これ、完全にアウトだよ」


「そうかな」


「真っ黒。著作権法違反で訴えられたら、東京湾に沈められるレベル」


「や、リスペクトだよ。オマージュ。サンプリング。インスパイア。トリビュート。決してパクリじゃない」


「いやいや、許可取ってないでしょ。無断転載のレベルだって、これは」


 彼女たちは俺を挟んで、謎の法廷闘争を始める。とりあえず口を挟むことにした。


「法律の専門書でも見てきなよ。俺の雰囲気が著作権に該当するかどうかわかるはずだから」


「あ、喋った」


 赤い髪の少女は、動物園のパンダが笹を食べた時のような顔で俺を見た。そして、ズカズカといつもは帆夏が座る隣席に腰を下ろした。


 帆夏は渋々といった感じで俺を挟むように反対側の隣席に座った。


「どもどもぉ。はじめまして。姉ちゃんがお世話になってます。みなもと星乃ほしのです」


「……どうも。彩野です。無職です」


「うん、知ってる。っていうか、その『無職』の質感が、今の争点なんだよね」


 星乃と名乗った少女は、ポケットからスマホを取り出し、画面を俺に見せつけた。


 そこに映っていたのは、最近バズっているという帆夏の動画だ。


 タイトルは『面接に落ちた日の、虚無パスタ』。


 画面の中の帆夏は、茹で過ぎてふやけたパスタを、フォークで巻くことすら放棄し、ただ口に運んでいる。


 その目は、完全に死んでいた。深海数千メートルで圧死した魚のような、光のない瞳。


「これ」


 星乃が画面を指先でトントンと叩く。


「この目。姉ちゃん、家だとこんな目してないの。家だともっと、こう……『洗濯機回すのめんどくせぇな』とか『風呂入るのダルいな』っていう、俗っぽい濁った目をしてるわけ。腐った沼みたいな目」


「帆夏さん、身内からの評価、厳しくない?」


 俺は後ろを向いて帆夏に尋ねる。


「や、星乃は妹じゃなくて従姉妹。この子の通う大学が近いから家賃割り勘で一緒に住んでるんだ」


「従兄弟なら身内ではあるね」


「ん。それは否定できない」


 帆夏が隣の椅子を引きずりながら、不満そうに口を尖らせる。


 星乃は気にせず続けた。


「この動画の目は違って澄んでる。絶望が純粋培養されてるっていうか、一周回って悟りを開いた僧侶みたいな、綺麗な虚無なのよ。おかしいと思ったんだよね。姉ちゃんにこんな高尚な絶望が出せるわけないって」


 星乃はそこで言葉を切り、俺の顔を指差した。


「で、今日ここに来て確信した。そっくりのオリジナルがあったわけ」


「……俺?」


「そう。彩野さんのその顔。就活全落ちのままとりあえずギリギリで取得した単位で卒業したニートって感じ。姉ちゃん、これをパクったんでしょ?」


 俺は自分の頬を触った。


 そうか。俺の顔は、そんなに絶望の純度が高いのか。


 自分では「穏やかな午後の休息」を楽しんでいるつもりだったが、客観的には「就活全落ちのままとりあえずギリギリで取得した単位で卒業したニート」に見えていたらしい。


 …………いや、働いてますけど??? 正確には働いてましたけど???


 帆夏がコンビニの袋から缶コーヒーを取り出し開ける。


 少し吹き出したコーヒーがついた指を舐めながら帆夏は「パクってないよ。参考にしただけ」と弁明した。


「だとしてもさぁ、元ネタへのリスペクトが足りないんじゃない? これ、音楽業界ならクレジット表記しないと揉めるやつだよ。『feat. 無職の彼』とか入れないと」


「そんな不名誉なフィーチャリングなら入れなくていいよ!?」


 星乃は俺の反応が面白いのか、ニヤニヤしながら身を乗り出してきた。


「ねえ、パイセン」


「……パイセン?」


「無職パイセン。略してムショパイ」


「略称が卑猥に聞こえるからやめて。せめてパイセンで止めて」


 星乃はケラケラと笑った。その笑い声は、意外にも軽やかで、重低音の効いた見た目とは裏腹に子供っぽい。


「じゃあパイセン。自分の人生が無断でコンテンツ化されてる気分はどう? 自分は一円も稼いでないのに、自分の『死んだ目』が再生回数回して金になってるわけじゃん。これ、搾取だよ。資本主義の豚による、プロレタリアートからの収奪だよ」


 難しい言葉を使いたがる年頃なのだろうか。


 俺は少し考えてから、答えた。


「別にいいよ。俺の絶望は、著作権フリーだから」


「フリー素材なの?」


「そう。誰でも自由に使えるし、改変も自由。そもそも、俺自身がこの社会において『いなかったこと』にされかけてる存在だからね。影に著作権がないのと同じだよ」


 俺がそう言うと、星乃は目を丸くし、それから感心したように「へぇ」と息を吐いた。


「姉ちゃん、聞いた? 今の返し。解像度高くない? 『影に著作権はない』だって。歌詞に使えそう」


「でしょ。潤くんはね、言葉の選び方がちょっとズレてるの。そこがいいんだけど」


 帆夏が、まるで自分のペットを自慢するかのように言う。俺はペットではないし、ズレている自覚もない。ただ、世の中のピントが俺に合っていないだけだ。


「でもさー」


 星乃は納得がいかない様子で、テーブルに頬杖をついた。


「タダで使われるのはムカつくじゃん。あたしなら請求するね。使用料。インスパイア料」


「請求って、何を?」


「決まってるじゃん。現物支給」


 星乃は帆夏の手から、飲みかけの缶コーヒーをひったくると、それを俺の目の前にドンと置いた。


「姉ちゃん。この人の『空気感』をトレースしてバズったなら、その収益の一部を還元すべき。とりあえず、このコーヒー代は姉ちゃん持ちね」


「えー、これ私の飲みかけだよ?」


「間接キスとか気にする歳じゃないでしょ。それに、パイセンは今、カロリーという名の燃料が枯渇してるんだから」


 俺は目の前に置かれた缶コーヒーを見た。


 微糖。俺が一番好きな、中途半端な甘さだ。


 プルトップの周りに、ほんのりと帆夏のリップクリームの跡がついているような、いないような。


「示談金が120円の缶コーヒーか……」


「安すぎ? でも、パイセンのプライドなんてそんなもんでしょ?」


「……否定はしないけど」


 俺は苦笑して、その缶コーヒーを手に取った。


 まだ温かい。


 著作権料としては安すぎるが、無職の喉を潤すには十分な報酬だ。


「分かった。これで手を打とう」


「うんうん……あ、そうだパイセン」


 星乃が思い出したように言う。


「あたし、金ないからバイト紹介してもらったの。ここからすぐ近くの食堂。そこの競馬場のさ」


「場外馬券場ね……」


 あそこは俺の聖域の一つだ。そこにこんな極彩色の爆弾みたいな子が投入されるのか。朝から騒がしくなりそうだ……


「だからさ、パイセンも来てよ。あたしがシフト入ってる時なら、ご飯大盛りにしてあげるから。もちろん、店長に内緒で」


「それは横領になるからやめてくれる!? あと、俺も帆夏さんもそこ結構常連だからね!?」


「ん。クズギャンブラーの空気を吸いにまた行こうかな」


「二人とも来てきて~!」


 こうして、俺の静寂な無職ライフに、新たなノイズが混ざり込んだ。


 明日は明日で、またどうでもいい一日が始まる。でも、それが誰かにとっての「ネタ」になるなら、それも悪くないか。そんな風に思えるくらいには、今日の空は青かった。


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