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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第三章 ヤマタ王国と真白の深宮
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邂逅

 咄嗟に切り上げた大刀が、熊人族の胸部を斜めに切り上げる。だが分厚い毛皮と皮下脂肪に覆われた男は、切り裂かれてもなお、ゴウシュに向かってきた。

 その手足にはもはや力は無く、重力に逆らうこともままならなかったが、最後の執念か、血走った目でゴウシュを巻き込もうと倒れこんでくる。


 切り上げた不安定な姿勢のまま、咄嗟に身を縮めたゴウシュの上に、熊人族の体重が乗っかった。そしてなんとか仕留めようという執念か、身を捩った熊人族の牙が、ゴウシュを探る。


 血と脂でドロドロに穢されたゴウシュは、切り裂いた肉の隙間に身をズラすと、腰元の脇差を何とか抜いて、手当たり次第に内臓を突いた。

 生ぬるい血液と、内臓から出る汚汁に全身を浸しながら、のしかかる肋骨に切れそうになる腕を無視して、メッタ突きにすることしばし。


 いい加減手応えも無くなった頃に、収縮を始めた熊人族が、元の人間の姿に戻ると、ようやく地面との隙間から這い出す事ができた。


 荒い息をつくゴウシュ、その皮膚にこびりついた血脂は早くも乾き、バキバキと音を立てるほど全身をコーティングしている。

 得物である打刀を引きずり出すと、ヌルヌルとまとわりつき、汚臭を放つ不快な脂を拭い落とした。


 それにしても奇怪な事である。獣人は生まれつき、獣性の高低はあれど、変身能力があるとは聞いた事がない。これではまるで獣憑き(ライカンスロープ)ではないか? 獣人と獣憑きは根本的に違う種である。それらが混じっているとなると、反王軍の戦力評価を上方修正しなければならなかった。


 霊能力者側には、銀狼族なる伝説的ライカンスロープの女が居たが、獣人に何かを仕込んだのだろうか? それとも先ほどの白い光が、獣人達に何らかの力を与えたのかも知れない。


 ゴウシュの上で収縮した熊人族は、驚くほどに枯れ萎んでいた。まるで先ほどの変身に生命力を吸い尽くされたかのようである。


 考察しているうちに戦場に新たな局面が現れた。曇天が雨雲となり、シトシトと降り始めた雨に支配される。


 戦いに熱くなった体を氷雨が打ち、争う者達の体から湯気が上がる。その中で、一際輝く剣を振るい続けたのは〝黄金剣〟のハンガウだった。


 素晴らしい身体のキレで乱舞する剣士に対して、ゴウシュは魅入られるように走り出す。例え呪針に縛られていなくとも、斯様かような剣士を見れば、同じ戦士としての血が湧き立ち、手合わせを願い出たくもなるというものだ。


 ましてや今の彼には、反王軍の幹部である彼女に、確認しておきたい事があった。


 全身血肉で真っ赤に染まったヤマタ兵の出現に、最初は敵意を見せていたハンガウも、その相手がゴウシュだと気付いて、剣を合わせる素振りを見せながら、


「お主はゴウシュ殿では? 約束は忘れた訳ではあるまい?」


 余りにも血まみれで、気でも違ったかと疑ったハンガウが、内通者であるゴウシュに向かって、確認を取ってきた。


 それに「おう」と答えたゴウシュは、


「お主らの方こそ、狂った奴が仕掛けて来たで、こっちは危うくあの世行きや、例の装置は大丈夫やろな?」


 と聞くと、剣を打ち返して距離をとった。そしてまたうちかかってくるハンガウが頷いて、


「すまぬ、こちらにも色々とっ、事情がある」


 斬撃を繰り出しながら、タイミングを見て、ゴウシュの腹を甘切りに薙いだ。


「うおおっ!」


 と腹を抱えて地面に伏せるゴウシュは、ギリギリ主人を裏切らない範囲で行動できているかを、呪針の痛みによって判断する。


 これまでの情報と引き換えに、反王軍側に、呪針の解呪をしてもらうのが彼の望みだった。更に言えば、それをヤマタ王朝側にバレずに行えれば、彼の一族郎等も無事なまま、なんの咎めも受けないかも知れない。


「そのまま地に伏せて時を待て、例の手筈通りにいけば、霊能者様の手によって、お主の呪いも解除されるであろう」


 ハンガウは早口でそれだけ告げると、他の獲物を探しに戦場をかけていった。その足音を聞いて、ゴウシュはホッと胸を撫で下ろす。


 自分も相当修羅場をくぐり抜けきたつもりだが、彼女にはつけいる隙すらなかった。最後の一撃も、気付いた時には懐に潜り込まれており、一瞬『あ、終わったーー』と打ち合わせを忘れてしまったほどである。


 まさかとは思うが、後方に控えるバッシと切り結んだら……どちらが勝つとも言い切れないと思えた。

 以前に手合わせした時のバッシからも、相当の剣圧を受けたが、ハンガウの黄金剣にはそれ以上の圧が篭っていたからである。


 まあ、あの手合わせも、相当手加減されていたし、修練場の木剣をつかったものだったから、判断材料にはなりにくいが……


 何となく予感めいたものが働き、地に伏せたゴウシュは、後方を見るとはなしに、意識する。


 巨漢戦士のバッシと、黄金剣のハンガウ。もし対戦するとしたら、これを見ずして何が戦士かーーと思わず立ち上がりかけた己を律して、寝転がり続けるのに苦労した。


 果たして、彼の予感は的中する。それは戦場が伸びきって、ほとんどの場所が安全地帯とは言えなくなった、豪雨降りしきる森の中の邂逅であった。





 *****





「大分戦況も混沌として来たようだな、我々もそろそろ真白の地宮に向かうとするか」


 冒険者の統率者たるゲマインが戦場を見通しながら告げる。遅れ過ぎても、ヤマタ王軍から何を言われるか分からない。名目上はあくまでも冒険者達の護送というのが、ヤマタ王軍随行の大義名分なのだ。


 これほど突出されてしまっては、今更という感は否めないが、それをもって今後の展開を不利にされる可能性もある。とくにあのクロエ大臣という男からは、貴族特有の、鼻持ちならない威圧感が醸し出されていた。


「それでは下の者に探らせましょう」


 ヤマタの符術師ナタクが告げると、影のように付き従った者達が、すかさず散っていく。それはパラパラと降り出した雨が、少しづつ強くなり、それぞれに雨具を装備しだしたところだった。


 徐々に雨脚が強くなり、滝のような豪雨となる中で待つ事しばし、帰ってきた影の者が、ナタクに耳打ちすると、


「戦列が崩壊!? ではヤマタ兵達はどうした?」


 驚いた彼が声を荒げる。それに答える前に、


「どうやら反王軍の方が有利みたいね。すごい勢いで駆けつけて来るのは……魔法戦士の一団かしら? 念のため戦士は前列に、冷静に交渉できる相手かどうか……戦場で贅沢は言ってられないからね」


 と、ゲマインが弓に矢をつがえながら告げた。バッシはそれに従って前列に加わると、重戦士のスワンクらと肩を並べる。


 確かに凄い気配を放つ者達が、数人近づいてくる。それは強く降りしきる雨の中にあっても、ハッキリと感じられた。

 皆一様に輝く剣を振るい、止めようとするヤマタ兵を切り裂いて突き進んで来る。


 その足元に矢を放ったゲマインが、


「我らは王軍、反王軍のどちらにも組しない、大陸の冒険者である。だが刃を向けるならば、こちらも刃で応じるぞ」


 雨音にも負けない大音声で宣告すると、すぐさまもう一本の矢ををつがえた。ヤマタ兵を打ち倒した剣を振るい、こちらを見据えるのは、五人の女戦士。肩で息をしているが、獲物を狙う豹のような目には、十分に余力を残しているように見える。


 大陸の言葉が通じない可能性も考えられたが、


「そこに居るのはヤマタの術師ではないか? お前達の事は信用できない!」


 と叫んだところを見ると、通じたようだ。というか流暢な言葉遣いから、明らかに大陸出身者である事が分かる。肌を露出させた服装といい、肌の黒さといい、大陸南部の出身者だろうか?


 ゆっくりと剣を構える女達に、反応した冒険者も構えを上げる。一触即発、特に気位の高い青血戦士団ブルー・ブラッズのメンバーが、苛立ちを抑える様子もなくいきりたつ。

 それを制するように、


「こちらは迷宮への案内人、我々不慣れな者ばかりでは、迷宮に辿り着く事もできない。だが、中立の立場を崩すつもりもない。良かったらそちらの代表者と会えないだろうか?」


 と言葉を発したゲマインが、一度弓矢の構えを解いて見せた。それにつられて数人で確認し合う女達、どうやら話を聞く気があるか? そう思った時、


「うわああぁっ!」


 と叫びながら、数人のヤマタ兵が槍を構えて突進してきた。女達の横手、隠れ潜んでいた木陰からは、少しの距離がある。

 女戦士達が応戦すると、痺れを切らした青血戦士団が、坂を駆け下りながら、女戦士に斬りかかった。


 それに続こうとした他のメンバーに向かって、


「やめろ! そいつらを止めるんだ!」


 ゲマインの声が精神波となって襲いかかる。バッシは間に合わないことを承知で、青血戦士団の男達を止めようと走り出した。


 青血戦士団のリーダーは女達を見た瞬間、暗黒大陸の〝死の尖兵〟トゥクウォリの魔法戦士団だと気付く。それと同時に『これはつかえる』という欲望が顔をもたげた。


 中流貴族の三男坊である彼は、この遠征で何とか武名を上げて、貴族社会への復帰を目論んでいる。

 この場のドサクサに紛れて、トゥクウォリ氏族の魔法戦士を討伐できたとなれば、武名があがるはずだ。


 豪雨に霞む目の前で、女戦士達の剣舞が、鮮烈な軌跡を描く。だが青血戦士団とて上級冒険者揃いーー剣対剣、緊迫した近接戦闘の最中、バッシがどこに手を出して良いか判断に困っていると、物凄い気配に右半身が鳥肌立った。


 思わず抜剣したバッシの目に、躍動する黒豹のような女が飛び込んでくるーーその手には、黄金に光る剣が握られていた。

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