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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第二章 不浄なる聖火教団
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リリ・ウォルタ

「神を殺すか」


 隣に来たウォードがつぶやいた。驚いた事に、彼一人だけはあの波動を受けても平然と動いている。


 女神から目線すら切れないバッシに、


「精霊の声を聞け、あいつは神の偽物だ」


 と言うと、悠然と歩き出した。目線の先には真っ白な仮面を付けた女神がうつむいており、胸の前に組まれた腕には、手が無かった。


 ウォードの言葉を導きに、バッシは鋼の精霊との繋がりを意識する。すると極限状況が回路を浮き彫りにするように、スムーズに鋼の精霊と同期できた。


 〝バッシ〟〝バッシ〟


 といういつもの声に加えて、


 〝輪廻〟〝女神〟〝分身〟


 という単語が細切れに聞こえてくる。その必死の声が心の中に火を灯すと、途端に呪縛から解き放たれ、一歩を踏み出す事ができた。


 チラリと目を横に向けると、リリがしゃがみ込んでいる。その横には、分裂した少女達が輪を作っていた。


 走り出したバッシの目の前で、ウォードが剣を抜き放つ。その刀身は魔の輝きを放っていた。

 魔法の使えないはずのウォードが、強化された鋼の剣に何をしたかは分からなかったが、今はそれどころではない。


 バッシも鋼の大剣を構えると、ウォードの反対側を走った。


 どんな攻撃が来ても、最大限広がっていれば、同時にやられる危険性は低い。至近距離からの攻撃能力しかない二人にとって、どちらでも良いから、女神に接近して攻撃するための選択だった。


 地面から少しだけ浮いている輪廻の女神は、さらに背中から二枚の羽根を広げると、頭上の∞《むげんだい》を包み込むような形を作る。

 うつむいていた仮面を上げると、無表情に見えた顔面に、悲しみの表情が浮かぶ。


 かなり近づいているはずなのに、延々と走り続けても近づいている感覚がない、さらに重くなる足と、地面のぬかるみが、前進を困難にした。


 〝バッシ〟


 同期する鋼の精霊の声が響くと、膜を剥がしたように視界が広がる。その足元には同じところを踏み続けた跡があり、いつの間にかまた女神の波動に影響を受けていたと知った。


 ウォードは遥か先を走り、女神に届きそうな位置に辿り着いている。


 バッシも負けじと足を上げる。すぐに襲ってくる麻痺を、即座に鋼の精霊が剥がして行く。夢中で足を前に前にと進めると、女神が手の無い腕を絡み合わせて、上に伸ばした。


 ウォードはすでに女神を斬りつけているが、見えない壁のようなものに阻まれて本体に辿り着けていない。だが火花を散らす斬跡が、一枚、二枚と薄い膜状のそれを切り崩していくのが見て取れた。


 女神の頭上に輝く∞《むげんだい》の金環が腕の中に吸い込まれていく。またもや波動を発したそれは、黄金の手となって、女神は胸の前で掌を合わせた。


 波動に向かって鋼の剣を振るう。熱を持つ紫の光は波動を切り裂き、一瞬だが無害な空間を作り出した。


 バッシはそこに飛び込むように突進すると、女神を切りつけようと袈裟斬りを放つ。


 不可視の膜が邪魔をするが、破壊出来ない硬さでは無かった。ガムシャラに斬撃を放つ。破片がまとわりつくが、それを押しやりながら、より深く、女神へと向かって突き進んだ。


 その時〝ゥヴヴヴヴブブブッ!〟と空気を震わせながら、金色に輝く右手が降ろされた。目の前で急激に大きく素早くなるそれを、紫光と入れ替わりに自然と発生した銀光の中で、紙一重に避ける。


 完全に避けたはずのそれは、俺の右肩をかき消すように持っていくと、綺麗な断面には肩の軟骨が露出していた。


 返しの一撃が振り上げられる! バッシは無意識下に力を抜くと、落下する鋼の大剣に瞬間、全ての力を集約させた。


 真正面から衝突した掌と剣、それぞれのまとう光が弾き合うと、バッシの体がフワッと浮き上がる。


 耳をつんざく轟音と傷の痛み、それに銀光と紫光が微かに重なった疲労が一気に襲いかかってきた。遅れて肩から血が噴き出し、霧となって空中に舞う。


 龍装で傷口に蓋をして、その保護下で【超回復】を発動させるが、意識は目の前の女神に向け続ける。触覚代わりの長鱗が上方の危機を察知し、バッシは再び剣を合わせた。


 瞬間、紫と金が拮抗し、融合したようにガッチリと食い込む。それは金光に輝く女神の掌が、大剣の刃を掴んだ状態だった。


 軽く振り回されたバッシは、数メートルの高さに放り投げられると、地面に叩きつけられる。

 転がされ、砂石まみれになって立ち上がると、復活した視力で女神を探す。幸い大剣は手の中にあった。


 目に飛び込んできたのは、激しく打ち合う女神と一人の剣士。両手で振るわれる女神の掌と、たった一本の鋼の剣を振るう人間ウォードが、互角に渡り合い、時に女神の皮膜を打ち崩しているように見える。


 あの動きはーー修練をつけてくれた時、最後に見せた流れる剣舞そのものだった。実を極めた結果に辿りついた究極の剣技。その動きのイメージが、鋼の精霊を通してバッシにも流れ込んでくる。


 〝剣聖〟ウォードとは、こんな風に世界を捉えていたのか……圧倒される世界観に、バッシの中で何かが変わった。まるでバラバラだった人生の全てが結合するような閃き。


 女神の掌を包む微細なもやが、その粒子一つ一つの軌道が、ゆだねる場の磁力が、ゆっくりと濃密な空間に動くさまを捉える。


 そこに自分のようそをどう加えれば、この場が完成するか、痛みや苦境などを一切忘れて、いや、認識しつつも頭の主から遠ざけて理解する。


 後はその通りに体を動かすだけ。単純な、思考のカケラも入り込まない刹那が、目の前の空間を激変させた。


 瞬間ブレた女神の掌が、瞬間移動のようにバッシに届く。だがウォードの剣が女神の羽根を斬る事で、軌道が逸れて、顔の側面を削ぎながら吹き飛んでいった。

 交差するように突いたバッシの剣はーー女神の心臓を貫き、そのまま根元まで通すと、全力をもって地上に引きずり降ろす。


 ウォードがその首を刎ねようとした時、黒く液状化した女神は、地面にその身をブチまけた。


 追い打ちを掛けようと剣を構えると、身に降りかかった皮膜の残滓ざんしがバッシの動きを一瞬だけ止める。それはウォードも同じだったらしく、止められた一瞬の隙に地面に吸収された液体めがみは、複雑な紋様を残して掻き消えた。





 *****





 辺りに立ち昇る煙と沢山の焼死体、そこに生き残った少数の人間は、いまだに女神の波動の影響で身動きの取れないまま、呆然と立ち尽くしている。


 リリとリロは?! 空っぽになるまで使い切った体をギクシャクと動かしながら、二人の姿を探す。見るとバッシより先に動き出していたウォードが、リリにひざまづいていた。


「全く、無茶をしおって」


 ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、とても大事なものに触れるように、そっと抱きかかえるウォードに、


「こうでもしないと……全滅よ」


 息も絶えだえのリリがつぶやく。追いついたバッシはリロを見ると、苦痛から解放されたように柔らかな表情で眠りについていた。


「この子は大丈夫です、私達がついてますから」


 目の前に立つ少女が、バッシを見て微笑みかける。


「でもリリは……」


 眉をひそめてリリを見る。つられて見ると、彼女はいまだ光を湛える祭器の壺を抱えていた。


「もう良い、こんな事でお前を失う訳にはいかない」


 ウォードがその手を払おうとするが、


「そうは……いかない……勇者ちゃんとの……約束だから……ね」


 頑として受け入れないリリが呟いた。


「それに……もう少ししかもたないの……そういう力を……使ったから、ね」


 聞き分けのない子供に言い含めるように、ウォードの頬を撫でると、


「このまま……離宮まで……お願い」


 とその首に手を回した。


 ウォードが発光する少女を見ると、それを受けた彼女は首を振る。それしか手は無いとばかりに。


 一瞬苦い表情を見せたウォードは、


「あっぱれリリ・ウォルタ! 流石は我が唯一無二の戦友なり」


 グッと見栄を切って歩き出した。タンたんを操った少女は、リロと重なると、


「少し体を借りるわね」


 とリロの口でつぶやく。そうして持ち上げたタンたんから魔方陣を照射すると、空中に魔力の力場を生み出した。


「この上に乗って下さい」


 真っ赤に輝く円盤状の魔方陣に、ウォードが足を掛けると、その中心部に歩を進める。


 そのまま空に浮かび上がった円盤は、安定した飛行で音もなく離宮の尖塔に移動すると、フツリと掻き消えた。


 遠くの離宮は何も変わらないように見える。だがしばらくして皆の麻痺が解けて動き出した頃、その中心部で光が弾けると、聖都まで続く道が金色に包まれた。


「あゝ、お師匠様が」


 隣に立っていたリロの体から力が抜ける。抱え上げる彼女の体は軽く、まるで現実味が無い状況に、バッシの理解が追いつかなかった。

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