獄火の赤虫×獄火の魔導書
本隊は離宮まであと少しという所に迫っていた。その通り道の真ん中に、ボロ着に包まれた男が一人、焚き火を前にして座っている。
ちょうど影で顔は見えないが、背格好からかなりの年齢だと伺えた。
地面を覆い尽くすように蠢く黒百足達は、何故かその男の周辺だけポッカリと空間を作っている。
「構わぬ、突っ込め!」
ギンスバルグは光球を放ちながら、突進を命じる。
司祭達のなけなしの魔力を吸収した光球は、男に吸い込まれると、周囲ごと吹き飛んだ。
爆散する焚き火が黒々とした煙を上げる。だがそれは、光球を吸収すると〝バチッ、バチッ〟と爆ぜるような音をあげて成長した。
焚火痕から先ほど消えた赤百足が現れると、全身火柱となって黒煙に巻き上げられて行く。巨大化したその姿に、騎士達の突進が止められると、その煙が重さをまとったように地面に落下して、真っ赤な火花が四方に散った。
爆煙の中に現れたのは、先ほどの赤百足よりも二周りは大きな化け物。バキバキと擦れる分厚い甲殻から上がる熱波で、周囲が歪んで見える。
その最上部、巨大な顎の上に、男の上半身が生えていた。真っ赤に火ぶくれした男が、
「火の神よ、我が身に宿りし獄火を受け取りたまえ!」
と両手を天に広げ祈りを捧げると、異様な熱気が宙に拡散していった。
*****
「グウッ!」
やっと追いついた装甲車から、苦しそうな声が聞こえる。あれはリロだ!
バッシは焦る気持ちを抑えて、祭器を積んだ装甲車に取りつくと、
「大丈夫かっ?」
と聞いた。先ほどまで金色一色だった装甲車の後部から、赤い光が漏れ出している。
その時、装甲車のドアが開くと、タンたんを抱えたリロがまろび出てきた。
咄嗟に受け止めると、火柱がバッシを襲う。同期したはずの仲間をタンたんが襲った?
紫光をまとったバッシの表面を火が滑っていく。それは地面を溶かすほどの熱を持っていた。
容赦のない攻撃にリロを見ると、白目を剥いて苦しそうに呻き声をあげている。
ジュエルやウーシアも心配そうにしているが、これだけの炎を放たれていると、近づけるわけにもいかない。
そうこうする内に、巨大百足が地面から湧き出した白幼虫を、多節足でひっかけて放り投げてきた。
傷口から白い体液を垂れ流し、空中で丸くなりながら放物線を描く白幼虫、その数10以上。遠近感がおかしくなるが、それは一体一体が人馬を合わせた騎士よりも巨大な塊である。
迎撃する間もなく、地面に落ちた白幼虫は、その体液を周囲にぶちまけた。
途端に猛然と沸き起こる白煙と、鼻を突く異臭。次の瞬間、爆発的な勢いで燃え広がった炎は、長く尾を引いた隊列の遥か後方まで、覆い尽くした。
司祭団が必死になって結界を張るが、カバー出来たのは、装甲車周辺の一部のみ。その外では、黒百足の体液をタップリ浴びた騎士達が炎に包まれると、断末魔の悲鳴をあげながら焼け死んでいった。
*****
「聖なるかがり火よ! 天に吹き上げて道を示せ!」
巨大百足の頭頂部で狂ったように叫ぶ男の周囲に、突如として闇の渦が絡んでいくと、
「導師よ、なぜ赤百足を取り込んだ? 勝手な行動は慎め」
地の底から響く、人とは思えない声が発せられる。それに対して、
「お前ごときに語る事は無い! 今こそ火神様の封印せし女神を復活させる時」
訳の分からない事を、狂ったように叫んだ。いや、実際に狂っているのかも知れない。熱波の向こうに見える男は、闇に大きく揺さぶられながら、歓喜の表情にヨダレを垂らし、両手を上げて祈りを捧げている。
「許されると思っているのか?」
闇が男を包むと、赤百足の体ごと縛りあげていく。だが男が手を振り下ろすと、リロの手の中にあるタンたんから、強烈な魔力の光線が放たれた。
「獄火の赤虫と獄火の魔導書の合力を、お前ごときが抑えられると思うな」
光線を受け赤く輝いた男は、息を吸い込むと、闇に向かって火炎を吐き出した。
それは以前、リロがタイタンを仕留めた紅炎にも似た輝きをはなつ。だがその範囲と、目も眩むような光量は紅炎よりも強かった。
周囲を包む闇が、抵抗も虚しく散って行く。
「神をも恐れぬ破戒僧よ、身の程を知れ……」
という言葉を残して。
「クックックッ……私が破戒僧か? それとも従順な神の僕か、手の届かない所で歯噛みしながらとくと見るがよい」
タンたんから尚も力を引き出すと、赤百足の男は装甲車を見下ろし、灼熱の息を吐く。
膨大な火柱が司祭達の結界を容易く焼き崩した時、装甲車の上に乗ったジュエルが聖守護結界を展開した。
「くああっ」
人が負うには強大すぎる力に吹き飛ばされそうになるが、全身を青く光らせたジュエルは、両手で盾を突き上げると、なんとか炎を食い止める。
青光の結界を容赦無く犯す赤炎が、飛び散って地面を溶かした。周囲の司祭達もジュエルに力を合わせるが、圧倒的な炎は尽きる気配がない。
「リロ! リロしっかりしろ」
バッシは、腕の中で白目をむくリロを揺さぶって正気を戻そうとするが、全く目覚める様子が無く、手元のタンたんからは、とめどない魔力が赤百足の男に吸い上げられて行った。
「やめろ!」
とタンたんを閉じようとするが、紫の光を纏ったバッシですら触れられないほどの熱を帯びたタンたんは、リロの手元を離れて浮上していった。
「リロ! 意識を戻せ」
と呼びかけるが、汗だくになったリロは痙攣を起こし出す。〝このままだと危ない〟バッシが焦る中、装甲車の後部扉が開くと、師匠であるリリが飛び出してきた。
手には儀式の最重要アイテムである、祭器の黄魔石塊を封じた壺を抱えている。
蓋の閉じられた金属製の壺からは、溢れんばかりの金光が漏れ出て、後光のようにリリを浮き上がらせていた。
「リロは私に任せて、バッシはお行きなさい。ウォードは皆を率いてちょうだい」
何時もの気軽な口調で告げるリリに、
「儀式を維持するだけで精一杯の魔力を使っているはずだ、外の事はワシらに任せよ」
とウォードが言うが、
「もうその時は過ぎました。これからは委細構っていられません。良いから皆はあの虫を退治して。細かい事は私に任せなさい」
無い胸をドンと叩くと、その手を空中に向ける。その先に淡く光る蕾が現れると、薄桃色が零れ出るように、巨大な睡蓮の花がほころび開いた。
そちらに赤百足の炎が吸引されると、負荷から解放されたジュエルがガクッと崩おれた。何人かの司祭も同時に気絶して地面に倒れこむ。
「リリ! 無茶をするなよ!」
全速で駆けて行くウォードが叫ぶ。バッシも龍装の爪で地面を掴みながら駆け出した。
目指す敵は大赤百足、敵はリリの睡蓮火に炎を吸い取られた事に気付くと、忌々し気に多脚を鳴らせて突進して来た。
バッシは急所を攻めようと、一本残る鎌鉈を遠投した。本来備わった魔力をのせて、グン! と威力を増した鎌鉈が、上半身をさらす男に向かう。
だが、距離があり過ぎたせいか、余裕を持って赤百足の体内に潜り込まれると、鎌鉈は虚しく空間を切り裂いた。
その隙に分厚く展開した龍装の爪で、赤百足の燃える足を掴み、焦げる爪を無視して登り始める。有機物の燃える臭いの中、赤百足が振り落とそうと身をよじった。
それをチャンスと、階段状になった赤百足の足を駆け上り頭部を見る。バッシに大顎を向けたその中心部から、チロチロと炎が漏れ出た。
〝来る!〟
紫光を纏ったバッシを包む火柱。それらは空中で破魔の光に遮られ、魔力を分解されて飛散する。だが、頭部に収納されていた男が再び身を出すと、空中に紋様を描き出し、真紅の炎に溢れ出る黒を流し込んだ。
〝バッシ!〟
鋼の精霊の声に従い、紫光を解除した瞬間に銀光を発動させる。刹那襲いかかる黒炎を跳び避けると、頭上に迫る爪を掴み、龍装の力も合わせて、一気に体を引き上げた。
重い空気が負荷となって、腕の筋が切れる音が鈍く響く。銀光の世界にあって、唯一対応してくる黒い炎が軌道を変えるとバッシに迫った。そこに鋼の剣を合わせると、一瞬だけ紫の光を纏わせて黒炎を断ち切る。
次の瞬間、目のくらむような頭痛が襲いかかった。目の前が暗くなる前に、足先の届きそうな男に向かって、最大限に伸ばした龍装の足爪を振るう。
〝ガヅッ〟
と何かを削る手応えが返ってくる。それを確かめる術もなく、バッシは放り出されるように赤百足の頭部に転がり落ちた。
触覚代わりの飾り鱗でおおよその地形を知るが、視界は完全に潰れてしまっている。【超回復】が発動しているのを感じるが、いつになったら視力が回復するのかは分からなかった。
その時ひりつくような殺気を感じ、勘に従い前方に身を投じる。右足に激痛が走り、思わず声を上げたバッシは、足を貫かれて吊り上げられた。
回復が間に合った、ぼやけた視界に高々とバッシを持ち上げるのは、火炎に包まれた赤百足の爪である。上下反転した頭上には、怒りに目を血走らせた男の姿があった。
黒炎がバッシに向けられている。覚悟を決めて、もう一度紫の光を纏わせようと意識を集中させた時、空間が粘性を持つと、駆け上って来るウォードが見えた。
そこに付き従うものを見て、バッシも銀光の世界を発動させると、貫かれた足を反対の足で蹴り、爪から逃れた自由落下の中で、黒炎を誘導する。
空中で身動きの取れないバッシを黒炎が覆い尽くす。その瞬間、空中に咲いた睡蓮火が黒炎の魔力を分解した。地上から発せられたリリのオリジナル・スペルだ。その隙にウォードは無駄のない動きで頭部に辿り着くと、男に斬りかかる。
男は全身を纏う黒炎で空間を埋め尽くすと、ウォードに向けて全て放出し、その姿を完全に覆い隠した。
ウォードは、燃え盛る黒炎の中にあって、そのまま男の懐に飛び込むと心臓を貫いた。その周囲は朧げな睡蓮火に覆われているーー体側にもう一つの睡蓮火の蕾を隠し持っていたのだ。
瞬間に激動する巨大赤百足。足場たるそれは大きく傾ぐと、轟音を立てて地面に倒れた。
衝撃で吹き飛ばされたバッシは素早く起き上がると、男の元へと走る。途中で地面に片ひざをつくウォードを引き上げようとしたが、
「俺に構わず先に行け! まったく歳は取りたくないもんだ」
舌打ちするウォードに拒否された。
巨大百足の頭頂部、だらしなく開いた顎の向こうに、下半身を無くした男が、腕の力だけで這いずり進んでいる。
男の元に追いついたバッシは、
「殺して良いのか?」
後ろに控えたリリやゲマイン、そして司祭達に尋ねる。さっきウンドの爆死を見たばかりだったから、何らかの封印をする準備がいるのか? と思っていると、
「クックックッ、もう遅いよ……殺しても……殺さなくても……すでに儀式は完成だ」
仰向けになった男が、苦しそうな息の下で告げる。その指がさす方を見ると、異様な輝きを見せるタンたんが、リロの頭上に浮遊していた。




